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Last Game  作者: じょん
17/58

第十話:闇に沈んで

 意識の彼方から声が聞こえる。

「・・ェリシェ・・・・・・」

誰かが誰かを呼んでいる。

「・・・・・・リシェン・・・・・・!」

聞き覚えのある声が、知っている誰かを呼んでいる。

あの声は・・・・・・マリアさん・・・・・・?

呼ばれているのは・・・・・・

「・・・リシェン、イェリシェン!」自分の名前を呼ばれ、目を開ける。

「・・・・・・?」だが、片目しか開かず、開いた目さえ少しばかりの光が入るだけだった。さらに目を見開こうとしたが、激痛が走った上に、それ以上は全く動かなかった。しゃべろうとしたが、口が動かない。ほほがはれ上がって、口が閉まらない。ひどい頭痛がする。瞬きができない。顔中が熱い。

 何とか声を絞り出そうとしていると、薄く開いた目にだれかの影がかぶさった。

「イェリシェンさん!今治しますから・・・・・・・。」マリアさんが視界から消え、いつもの祈りの言葉が聞こえ始めた。だが、いつもより早く、雑な詠唱だった。

 それでも、祈りを唱え終わると、癒しの力が体中にしみわたって行くのを感じた。頬の腫れが引き、痛みが鎮まった。

「マリアさん・・・・・・?」開くようになった目で最初に写ったのは、不安げな表情で僕を見つめているマリアさんの姿だった。

「イェリシェンさん!よかった、意識が戻ったんですね。」マリアさんは意識が戻ったのに気がつくと、僕の首にしがみついた。

「え、ちょっ、マリアさん!?」僕が困惑して思わず声をあげると、マリアさんは飛ぎ退るように僕から離れた。

「す、すいません!あの、もしかしたら死んでしまってるんじゃないかって心配で・・・・・・。」マリアさんは苦笑いを浮かべながら目をこすった。よく見ると、ほほに涙の筋がひとつ走っている。マリアさんはつづけた。

「本当に心配してたんですよ、二人とも朝になっても姿が見えないので部屋に行ったら、二人ともいないんですもの・・・・・・。」

 僕はベッドからとび起きた。すぐさまベッドのわきに置いた荷物から、剣をつかみとり、部屋を飛び出す。

「え、イェリシェンさん!?」マリアさんがあわてて僕の後を追ってくる。が、僕は待たずに駆け出した。

 途端、頭に鈍痛が走り、立ちくらむ。そのすきにマリアさんが追い付き、僕の手をつかんだ。

「どうしたんです、いきなり走りだすなんて!?いくら治癒を施したからと言って、まだダメージは残っているはずですよ!あなたはそれだけ重症だったんですよ!」

「クリスが、クリスがさらわれたんだ!」

「クリスさんが!?どうして!?」

「僕のせいだ!僕のせいでクリスが・・・・・・!」僕はマリアさんの手を振り払い、駆け出そうとした。マリアさんは両手でしっかりと手をつかみ、何とか僕を引きとめた。

「と、とにかく落ち着いて。何があったんですか?」

 マリアさんがどうしても放してくれなさそうなので、仕方なく昨日の夜のことを簡潔に話した。

「クリスさんはイトペヨンにさらわれたんですね。」

「きっとそうです、早くしないとクリスが・・・・・・!」

「分かりました、私は街の衛兵にこのことを伝えて協力を仰いでみます。イェリシェンさんは部屋に戻って安静に・・・・・・!」僕は最後まで聞かずに、廊下を駆け出した。

 廊下の窓からは朝日が差し込み、ドアを開ける音や、店の支度をする音などが聞こえてくる。すれ違う人たちを吹き飛ばすほどの勢いで走りぬけ、階段を飛び降りる。礼拝堂では朝の祈りをしている最中だったが、僕は構わず走り続けた。扉を突進して押し開け、通りに出る。僕は息を切らしながら、目を左右に走らせた。

 朝日が街を照らし、人々が日々の営みを始めている。道行く人は、何事かと僕を見つめている。人々の注目の中、僕は昨夜の場所へと全速力で走った。広場につくと、そこから一つの道に入る。しばらく走り、目的の場所へとたどり着く。

「クリス!」僕は通りに入るなり叫んだ。道行く人がびくっとして僕のほうを振り向く。が、自分ではないとわかったからか、それとも僕にかかわるのを避けたのか(何せ息を切らしながら、剣帯がついたままの剣を手に握りしめていたのだから)、それぞれの営みに向かって行った。

「だれか探してるのかい?」声をかけてきたのは、建物の影のなかに座っていた初老の老人だった。見るからに乞食といった格好で、ぼさぼさの髪にふけが浴びたようになっている。

「昨日ここで突然誰かに襲われて、さらわれたんです。何か見ませんでしたか?」

「襲われた・・・・・・?あれ、もしかしてあんた、ここで倒れてたやつかい?」老人は驚いて僕の顔を覗き込んだ。

「あなたが助けてくれたんですか?」

「おうよ、ここは俺の場所なもんでな。いつものようにここに来たら、人が倒れてるもんでよ。よく見たら、体中傷だらけなうえに、顔なんて誰だかわかりゃしない有様で、しんでるかとおもったんだがのう。兵隊さん呼んでどかしてもらおうと思ったら、息があるってんで、協会に運ばれたみたいじゃったが。協会ってのは、すごいもんだのう。」老人は僕の顔を見ながら、しきりに感心したようにうなづいている。

「それで、僕以外にはだれもいませんでしたか?なにかおちていたりとか・・・・・・。」

「いや、そんなものはなかったねぇ。あんたの知り合い、女なんだろ?諦めな、きっと今頃・・・・・・っておい!」僕は既に駆け出していた。

「ったく、助けた例に少しくらい恵んでくれたっていいじゃねえか。」


「クリス!クリスー!」大声で叫びながら街を駆け回る。

「クリスーー!」僕のせいだ。僕のせいでクリスが・・・・・・・! 

 街中の人にクリスを見なかったかと尋ねる。が、首を縦に振ってくれる人はいない。

「クリスーーー!クリスーーーーーー!」クリス。僕を信じてこんなとこまで付いてきてくれた。

 また立ちくらみがして、勢い余って全身を滑らせるように転んだ。

「クリス・・・・・・。」なのに僕はクリスに何も言わずに夜抜け出して、このざまだ。

 昨夜転んだ時と同じところから血が流れる。

「・・・クリス・・・・・・。」僕は・・・僕は・・・僕は・・・・・・!

 膝をついて、空に向かって叫んだ。

「クリスーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 夕刻を告げる鐘が鳴り響いている。僕は街の中心から少し離れた通りで、疲れ切った体を壁にもたせかけていた。多くの人々が日が暮れる前に、と、家路を急いでいる。

「クリス・・・・・・。」転びすぎであざだらけになった腕を見つめて、つぶやく。幾度その名前を呼んだだろうか。声はしゃがれ、自分の声ではないかのようだ。のどがひりつき、水を飲んでも痛みばかりがのどを通る。

 だが、それだけ叫んでも答える声はなかった。クリスはどこにとらわれてしまったのだろうか。それとも、もう・・・・・・。

「だめだ、あきらめるな。クリスがさらわれたのは誰のせいだ。おまえに諦める資格なんてない!もうすぐ日が暮れる。そうなれば、彼らが出てくる可能性も高くなる。絶対に助け出すんだ。」くじけかけた心にそう言い利かし、ほほをたたいて気合を入れる。

「や、やっとみつけましたぁ。」ふと、顔をあげると、ふらふらしながらこちらにやってくるマリアさんを見つけた。マリアさんはそばまで来ると、膝に手をついて、ふうとため息をついた。みれば、顔にかなりの汗をかいていて、髪が額に張り付いている。

「どれだけ走りまわってたんですか?街中の人があなたがどっちに行ったか教えてくれるのに、ちっとも追いつけないんですもの。」

「すみません、でも、じっとしてられなくて。」

「お気持ちはお察しします。私だって、クリスさんを助けたいです。でも、何も置いていくことはないんじゃないんですか?」

「すみません。」

「それで、何か情報は得られましたか?」僕は首を横に振ってこたえた。

「そうですか・・・・・・。でも、そろそろ日が暮れます、今日のところは協会に戻って・・・・・・イェリシェンさん?」マリアさんは急におびえた声を出した。

「はい?」返事はしたが、視線は戻さない。

「どうしたんですか?その・・・・・・そんなに怖い顔をして。」

「怖い?、今僕は、笑っているはずですが」壁から背を離し、ゆっくりと歩き出す。

「どこにいくんですか?」マリアさんの声は恐怖に震えている。だが、僕は何におびえているか分からなかった。

「クリスを助けに」


 夕暮れの街を人の波とともに足早に歩く。手には頼まれた食糧と薬の原料になるもの。角を曲がるたび、人通りの少なくなる通り。最近の街の人間は、帰りが早い。それが自分たちのせいだと思うと、ぞくぞくとした感覚が走る。

「おびえろ、おびえるがいい、無知で傲慢な人間どもよ。だが、やがて貴様らには、さらなる恐怖が待ち受けているのだからな。」心の中でげらげらと笑いながら歩いていると、やがて目的地へとたどり着いた。

 それは四角い単純な石造りの小屋だった。懐からいくつものかぎの付いた束を取り出し、その中から一つを選びだし、カギ穴に差し込む。かちりと音がし、カギが開いたことを知らせた。扉を開け、中にはいる。

「動くな。」突然、背後からのどに剣を当てられた。

「な、なんだおま」首に痛みが走る。のどのあたりから一筋の血が流れ、胸元へと伝い降りてゆく。

「しゃべるな、中に入れ。」男はさらに剣を強くのどにあててきた。よほど切れ味がいいのか、刃を滑らしたわけでもないのに傷が深くなる。

「わ、わかった。言う通りにする。」あわてて建物の中に入る。男が後に続いた後、誰かが扉を閉めた。

「明かりはどこだ。」

「と、扉のわきだ・・・・・・・。」男が誰かに火をつけるように言うと、たいまつに火がついた。

 突き飛ばされ、壁に激突する。

「なにすん・・・・・・」振り返った瞬間、目の先に剣先を突き付けられた。

「クリスはどこにいる。」男は背筋も凍るほど冷たい、かすれた声で言った。顔は後ろの女が持っているたいまつの光でよく見えない。

「クリス?誰だそれは?そんな奴は知らな」

「昨夜、貴様らがさらった人だ。クリスを返してもらう。」

「昨夜だと・・・・・・!お前、死んでいなかったのか!?」目を凝らして男の顔を見る。男は唇をゆがめて笑った。

「死んでいたかもしれなかったがな。だが、そのおかげで、お前をみつけることができた。」

「な、なぜ・・・・・・・。」

「お前には小指がない。あれだけ死にもの狂いで握っていたんだ、絶対に忘れなかったぞ。それに、背中にリュックをしょって尚手に持つほどたくさんの荷物ははた目から見てもおかしかったからな。」男はたいまつを女から受け取ると、顔に近づけてきた。相手の顔がはっきり見えた。

 ためらいなく人を殺す目をした、笑う死神だった。瞳には、恐怖に顔を引きつらせる自分の姿が写っている。

「さぁ、クリスのところへ案内してもらおうか」

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