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Last Game  作者: じょん
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第七話:疑念

 じめじめとして暗く、今にも霧が出てきそうなくらいなムッとした空気にみたされている森の中を、僕らは町へと続く道を延々と歩き続けていた。道はでこぼこでしょっちゅう足を取られるうえ、うねうねと曲がりくねり上ったり下ったりを繰り返しており、体力をじわじわと奪っていく。

「じめじめしていますね・・・・・・。」マリアさんが独り言のように呟いた。僕はただうなずくだけで、クリスは何も言わなかった。

 会話が続かず、また沈黙が続く。村を出てからずっと会話が途絶えている。クリスは何か考え事があるのか、朝からずっと黙っている。マリアさんは何とか雰囲気を変えようと話を切り出すのだが、、会話は続かない。

 僕は顔をあげて、果ての見えない道を暗澹とした気持で見やった。


 朝目が覚めると、昨夜の記憶がなかった。自分が昨夜何をしたのかを必死に思い出そうとしたが、マリアさんをかばったあとから全く記憶がなかった。自分のふがいなさに情けない思いをしながら、ベッドから起き上がり、階段を下った。下に降りていくうち、食欲をそそるいいにおいがしてきた。

「あ、おはようございます。」マリアさんはちょうど、テーブルに朝食を並べているところだった。テーブルにはいいにおいのもとであろうシチューが置いてあった。

「おいしそうですね。マリアさんが作ったんですか?」僕はテーブルにつきながら言った。

「はい。ラビさんは食事を作れなかったのでわたしが・・・・・・。」マリアさんははっとして口をつぐんだ。僕はあわてて話題をそらそうとして、スープに手をつけた。

「・・・おいしい!すごくいい香りがしますね。」スープは味もさることながら、たくさんの香りを秘めていた。

「薬草を入れてあるんです。食欲増強と、あとは滋養、とくに解毒を中心とした薬草を入れてみました。」マリアさんは言った。

「解毒?」僕は首をかしげた。マリアさんは昨夜のことを話してくれた。襲撃、魔物、そして僕。

「幸い、すぐに血抜きをして毒がまわるのを防いでいましたし、私が解毒の魔法を施しておきました。けど、マンティコアの毒は命は奪わないにしても、とても強い毒です。まだ体内に残っている可能性があるので、それを少しでも緩和しようと思って。」マリアさんはため息をついた。

「本当は、失血をしているのでお肉を食べたほうがいいんですが・・・・・・。」

「いえ、全然大丈夫ですよ。このスープだけで充分元気になれそうです。」と僕は請け合い、スープを飲んだ。マリアさんは良かったとうなづくと、自分も席について食事をとった。


 食事が終わり、席を立つと、僕は二階へ荷物を取りに向かった。階段を上ろうとすると、マリアさんに呼び止められた。

「イェリシェンさんは、もう行かれるのですか?」僕は振り返った。

「そうですね。この村に長居するつもりはなかったですし、それに・・・・・・。」昨夜のことを振り返る。

痛む右腕と覗き込むクリス、そして村人の得体のしれない者に対する恐怖の目。

「いろいろ迷惑がかかりそうなので。」何か言いかけようとしたマリアさんを無視して、階段を上った。


 村の出口には、もうクリスが待っていた。

「おはようイェリシェン。」

「おはようクリス。待った?」クリスは首を横に振った。

「体のほうは大丈夫なの?」クリスは心配そうに右腕を見やった。腕には傷跡すらなかった。

「大丈夫。マリアさんに教えてもらえなかったら、けがをしたことさえ知らなかったよ。魔法ってすごいね、僕も覚えられたらいいのに・・・・・・。」クリスが悲しい顔をしているのに気づき、僕はあわてて話題を変えた。

「そうだ、バルドさんたちは?もう行ってしまったのかい?」僕はクリスに尋ねた。クリスはバツの悪そうな顔をした。

「どうかしたの、クリス?」

「あの人たちは先に行ったわ。私たちを残してね。あなたをのせられないって。」クリスは語気を荒げて言った。

「何よ!イェリシェンが村の人に何かしたわけでもないのに。うちの村とおんなじ、イェリシェンのことをわかってない・・・・・・。」

「仕方ないよクリス。僕自身ですらわからないことなんだ。彼らの対応は至極正しいと思うよ。」

「でも・・・・・・!」クリスは反論しようとしたが、僕はそれを遮った。

「いいんだ。君が信じてくれているから、僕には平気だよ。」僕は荷物を持ち上げ、肩に背負った。

「さぁ、そろそろ行こうか。ボルノーは遠い。早くしないと日が暮れてしまうよ。」僕は気乗りしないままのクリスをせかした。

「待て、旅人。」声をかけたのはパナズさんだった。

「世話になった。これは礼だ。」そういうと、手に持っていた袋を投げてよこした。袋は予想外に重く、取り損ねるところだった。中身を見ると、燻製の肉やソーセージ、その他保存食と数枚の銅貨が入った袋が入っていた。

「これはなんです?」僕は尋ねた。

「言ったろう、礼だと。お前が何者かは知らんが、昨夜はお前のおかげで助かったのは事実だ。助けられたのだから、礼をするのは当然だろう?」

「でも、こんなにたくさん・・・・・・。」

「何、それには依頼の報酬も入ってるからさ。」

「依頼?」

「ああ。町に着いたら、ゴブリンの被害にあっていることを伝えてほしい。もしかしたら、伝令はたどり着かなかったのかもしれないからな。先に言ったやつらに頼もうとしたんだが、奴らとっとと行っちまいやがった。そういうことだ、頼んだぞ。」パナズさんはそういうと、もう用はないとばかりに背を向けて去っていった。

「なんなの、あいつ。」クリスはパナズさんが去っていく姿を見て言った。

「さぁ。でも、僕を信じてくれたみたいだね。」

「そうかしら。うまいように使われたように思えるけど・・・・・・。まぁいいわ、行きましょう。」

「ま、待ってくださーい!」間延びした声に呼び止められ、そちらを見るとマリアさんがパタパタとこちらにかけてきた。マリアさんは僕らのところまで来ると、息を切らしながら立ち止まった。

「マリアさん!?どうしたんです?」

「わ、わたしも、いきま、す。」マリアさんは息を切らしながら言った。

「どうしてです?」

「私は、ラビさんの治療のために、ここに派遣されました。ですが、ラビさんはなくなってしまったので、その報告のために教会に戻らなければなりません。本当は今朝伝えるべきだったのですが、言いそびれてしまって。」

「ああ・・・・・・。」確かに。その機会を奪ったのは僕だった。

「・・・・・・邪魔でしょうか?」おずおずと僕とクリスを交互に見るマリアさん。

「いえ、そんなことは。僕は大歓迎です、マリアさんが一緒なら心強い。ねぇ、クリス。」

「いいけど。それより、そんなに持っていくの?」クリスはマリアさんのリュックをゆびさした。どれだけ詰め込んだのだろうか、マリアさんのリュックはパンパンになっているのが一見してわかるほどで、明らかに重そうだ。

「ええ。来た時もこれくらいでしたよ。」平然と返すマリアさん。

「何できたんですか?」と僕。

「馬車に乗せてもらって。」マリアさんはニコッと笑った。僕とクリスは顔を見合わせ、はぁ、とため息をついた。


「どうしたの、イェリシェン?」

 立ち止まる僕を見て、クリスは声をかけた。僕は答えず、自分の見たものを指差した。クリスが息をのんだのが見なくてもわかった。

 道の半ばに馬車が壊されていた。車輪はたたき折られ、足をもがれた馬の死体が転がっている。十数匹のゴブリンたちが、商人たちの死体を突き刺したり、切り刻んでは、笑い声と思われる、耳障りなキィキィ声で叫んでいた。

「なんてことを、ひどい・・・・・・。」マリアさんは言った。クリスはまりさんの動揺を見て逆に落ち着いたのか、冷静に状況を分析した。

「数が多すぎる、私たちだけじゃ危険すぎるわ。幸いまだこちらには気づいていないみたいだし、ここは森に入ってやり過ごしましょう。」クリスは僕にそう提案した。だが、僕はその提案には従わなかった。

僕は剣を抜くと、大声で叫んだ。そしてゴブリンたちに向かって突進した。

「ちょっと、イェリシェン!?」クリスは僕を呼びとめたが、僕はそれを無視した。目の前の敵にしか頭になかった。

 ゴブリン達には当然のごとく気付かれた。奇襲と呼ぶにはあまりにも遠い距離だった。しかし僕はお構いなしに突っ込んでいく。

 矢がほほをかすめた。一つは肩に当たった。それでも止まることなく最短距離を突っ切り、一番近くのゴブリンにきりかかった。ゴブリンはその一撃を危なげなく受け止めたが、強引に鍔迫り合いに持ち込み、剣ごとゴブリンをたたき切った。ほかのゴブリン達が仲間の敵を討とうと襲ってきたが、何匹かはクリスの正確な射撃で射ぬかれた。それでも、四匹のゴブリンが一斉に襲いかかってきた。とっさに地面に転がり、その体勢のまま剣を振り回し、すねを斬り、ひざを砕いた。

 一匹がこの好機を逃すまいと飛びかかってきた。突きを繰り出してゴブリンの腹を貫く。ゴブリンはそのまま僕の体にのしかかる格好になった。何とかゴブリンを体から引き離したが、今度は剣が抜けない。さらに三体のゴブリンが襲ってきた。

 僕は死んだゴブリンの手から剣をもぎ取ると、一匹に投げつけた。二匹目にはこぶし大の石を投げつけた。三匹目には雄叫びをあげながら殴りかかった。相手が武器を振り回すのもかまわず、とにかく殴った。

我に帰った時、僕は馬乗りになってゴブリンの頭を石で砕いていた。ほかのゴブリンはもういなかった。

誰かが駆け寄ってくる。

「イェリシェン!」

クリスは僕のそばまで来ると、突然立ち止まった。

「ああイェリシェン、どうしてこんな無茶を。あなた血まみれよ。」その言葉を聞いて、初めて周りが見えてきた。転がるゴブリンの死体。そのほとんどには矢が刺さっている。周りには血の海ができており、ひざを砕かれたゴブリンがまだもがいている。その中心にいる僕は、返り血なのか自分の血なのか分からないくらいまっかにそまっていた。

急に自分を強行に駆り立てた熱が冷めていった。同時に、全身にと痛みが広がってきた。

「マリアさん、早く手当てを。」クリスは遅れてやってくるマリアさんをせかした。

マリアさんは傷の状態を調べてから、いつもの呪文を唱えた。痛みは来た時と同じように、急速に去って行った。

「これで大丈夫です。傷はたくさんありましたが、どれも軽傷です。」マリアさんは僕に、というよりクリスに言った。クリスはほっと胸をなでおろすと、いきなり僕のほほを殴った。

「!?」クリスのこぶしは頭の芯まで響いた。マリアさんは突然のクリスの行動に度肝を抜かれていた。そしてそれは僕も同じだった。

「な、なんでなぐるんだい?」

「もっかい殴られたいの?それとも本当にわからないわけ?なんでいきなり飛び出していったの!わたしの話も聞かずに!今回は良かったけど、一歩間違えたら命を落としてたわ。どうしてそんな無茶をするの!」クリスはものすごい剣幕で怒鳴った。

「ご、ごめん」僕はただ謝ることしかできなかった。

「ごめんじゃないわよ、どうしてあんなことしたのか聞いて・・・・・・」

「クリスさん。今はとにかく、この場所を離れましょう。先ほど逃げて行ったゴブリンが気がかりです、先を急ぎましょう。」クリスはまだ溜飲が下がらない様子だったが、マリアさんの忠告を聞き入れ、置いて行った荷物を取りに行った。

「さ、イェリシェンも。」マリアさんの言葉でぼうっとしている僕は現実へ引き戻った。僕は立ち上がり、剣の血を血でべとべとしてしまっている服で拭いた。血を拭うと、剣は元の輝きを取り戻した。


 夕食は旅には珍しくちゃんとしたものだった。マリアさんの荷物の大部分は食材と調理器具だったからだ(本人は薬となる薬草が大部分だと言ってはいたが)。最初はマリアさんのお荷物にまゆをひそめていたクリスも、もう荷物の量については何も言わなかった。

「それで、どうしてあんなことをしたの?」食事の片づけが終わり、そろそろ夜の見張りをしようと思っている時、クリスが唐突に聞いた。僕は何の事を聞かれているのか最初わからなかった。

「だから、なんで急に飛び出したりしたわけ?」クリスは僕が答えないでいるので、さっきより強い調子で言った。

「それは……僕にもよくわからないんだ。」それは本当だった。自分でもあれはおかしいと思思う。

「わからない?自分でした事よ、ちゃんとした理由を聞かせて。あなたのおかげで危険な目にあった、せめて理由ぐらい教えて。」有無を言わせぬ口調。その目は僕をまっすぐと見据え、批難しているようでもあった。「わからない。ただ、ゴブリン達と殺された彼らを見た時、僕は思ってしまったんだ。かれらといっしょにいかなくてよかったって。そう思った瞬間、自分がひどく醜く感じた。なんてひどい人間なのかって、自分が嫌になった。そうだ、僕は否定したかったんだ、自分のその感情を。だから飛び出してしまったのかもしれない。」僕は考えがまとまらないまま、たどたどしく言葉をつないだ。

「だからって飛び出す必要はないでしょ。」

「その通りだ、飛び出す必要なんてなかった。普通に考えれば、そんなことは意味がないとわかるのに。ただ、あの時は考えなんて浮かばなかったんだ。ただ、怒りだけが僕の中にあったんだ。僕はそれに抗えなかった。怒りが僕を乗っ取った・・・・・・。」僕はクリスに言っているはずが、だんだん自分に言っているのに気付き、口を閉ざした。クリスはもうせめてはおらず、憐れむような眼で見つめている。

 マリアさんが重苦しい沈黙を破った。

「さ、さぁ、今日はもう寝ましょう?夜も更けてきましたし。」僕は最初の見張りを申し出た。クリスは自分がやると言ったが、僕は頑として譲らなかった。クリスが(不必要な)戦いのせいで疲れているのはわかっていたし、何より眠れるような気がしなかったからだ。結局クリスは三時間後に起こしてと言って、硬い地面に寝転んだ。マリアさんはカバンから毛布を二枚出してそれを地面に敷き、さらに一枚をとって寝ようとしていたが、しばらく寝づらそうにしていた。だが、十分もすると、静かな寝息が聞こえてきた。

 闇に包まれた森をぼんやりと見つめながら、最近の自分の変化について考えた。

 戦いをするたび、急速に良くなっていく自分の動き。大した訓練もしていない自分がめきめきと腕を上げていく。今まで疑問に思わなかったのだが、その上達の速度は考えてみると不思議だった。いや、上達というより、体の鉛が取れていく感じだ。そして今日の行動の原因となった怒り。あんなことは今までなかったというのに・・・・・・。

「僕はどうしてしまったんだろうか・・・・・・いや、どうなってしまうのか?」闇に向かって問いかける。問いが返ってこないのはわかっている。それに、答えはうすうす気づいていた。

 剣術の上達も、怒りの感情も、すべて自分の内から湧き出ている。僕の中に誰かが入っていて、僕らを分けている壁に、穴があいている感じだ。

 そこから何かが、そのほとんどは嫌な感じのするものが、かすかではあるが流れだしてくる。それがずっと続いている。そしてそれは、僕が意識を失っている時に特に強く感じるのだ。

「もう一人の自分、か・・・・・・。」僕は目を凝らして辺りを包む闇を見つめたが、何も見とおすことはできなかった。


 クリスは眠れなかった。毛布にくるまっててはいたが、眠るには頭の中の議論が活発すぎた。

「最近のイェリシェンは様子がおかしい。前よりも感情的な気がする。そもそも、イェリシェンの言葉を真に受けていいのだろうか。もし、彼が私を偽っていたとしたら?本当は記憶がちゃんとあって、私をだますためにあのようにふるまっているだけ?もう一つの彼ではなくて、あれが本来の彼だとしたら?

「いえ、それは違う。違う気がする。イェリシェンはうそをついていない、あれは完全に別人よ。イェリシェンはあんなことはできない。

「それは私が信じたいからじゃなくて?だまされたと思いたくないから?ここまで信じて付いてきた自分が馬鹿みたいだから、そうおもいこんでいるだけなのかもしれない。」

 クリスは寝返りを打って、勝手に進む思考をやめようと努めた。だが、イェリシェンに対する疑念は深まるばかりだった。

「どうしてもイェリシェンを疑ってしまう。彼についていくとき、私だけは彼を信じ続けると心に誓ったのに。」クリスはあたりを包む闇を見つめた。自分の思考も、この闇にうもれてしまえばいいと思いながら。

お久しぶりです、じょんです。

まず最初に。前の更新から随分間が空いてしまってすみませんでした。

実は、引っ越しをしまして。引越し準備のドタバタで更新ができず、引っ越した先もやっとネットがつながった次第で。

それでも、こんな小説でも読んでくれる人に対して、非常に失礼な事をしたと反省しております。今後は、主に1週間に一回ペースで更新させていただくつもりです。大変申し訳ございませんでした。

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