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Last Game  作者: じょん
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第六話:呼吸する影

「ゴブリンだー!」警護団の誰かが叫んだ。その叫び声に剣戟と怒号、悲鳴が混ざりあった。僕ははっとして立ち上がり、叫び声の上がったほうへ駈け出した。

「どこに行くんですか!?」マリアさんが呼び止めようとする。

「加勢しに行きます!僕でも役に立つことがあるはずですから!」僕は走りながら答えた。

 向かう途中に一体のゴブリンに出くわした。

「くそ、じゃまだ・・・・・・!?」腰に手をやって、初めて剣を置いてきたことに気づく。ゴブリンは僕が丸腰なのが分かると、まっすぐに切りかかってきた。僕は下がりながら攻撃をかわし、何とか反撃するすきを探そうといた。だが、相手は長剣な上、鎧までつけていて、素手では攻撃できなかった。僕はじりじりと後退しながら、先ほどマリアさんと別れた所へ戻っていった。

「イェリシェンさん!」マリアさんは、あろうことかまだそこにいた。

「マリアさん、どうしてにげな・・・・・・。」

「これを!」マリアさんの手には、僕の剣が握られていた。よく見れば、マリアさんは息を切らしていて、服も乱れている。

「武器ももたずに駈け出して行ったから、きっと必要になると思って・・・・・・。」

「投げてください!」僕は背を向けてマリアさんのところへ走った。ゴブリンは僕を追いかける。マリアさんは剣を僕の方へと放った。僕は落ちる寸前にそれをつかみ、止まって振り返りながら剣を抜き、薙いだ。ゴブリンは急停止ができなくてそのまま体を真っ二つに切られてしまった。

「ありがとうございます、マリアさん。おかげで助かりました。」僕は礼を言いながら振り返ると、マリアさんはへなへなと座り込んでしまっていた。

「・・・マリアさん・・・・・・?」僕は近づいて顔を覗き込んだ。

「大丈夫ですか、マリアさん?」僕がもう一度声をかけて肩に手をかけると、マリアさんははっとして我に帰った。

「す、すいません。気が動転して・・・・・・。」僕が握ったその手は震えており、汗がびっしょりだった。

「ここは危ないですから、とりあえず安全な所に非難しましょう。」僕はマリアさんを何とか立たせると、とりあえず診療所に戻らせようと思った。

 と、弓の引く音が聞こえた。僕の正面、ちょうどマリアさんから死角になるところから弓を構えているゴブリンがいた。

「あぶない!」咄嗟にマリアさんを突き飛ばしたのと、ゴブリンが矢を放ったのは同時だった。矢は僕の胸に向かってまっすぐ向かってくる。かわせない・・・・・・!


 ゴブリンは信じられないものを見た。矢は男に向かってまっすぐ飛んで行った。本当なら、男は今頃胸を押さえて倒れているはずだった。今まで殺した奴と同じように。

 しかし、男は飛んで来た矢をあろうことか素手でつかんだ。男は矢を放り投げると、こちらに歩み寄って来た。ゴブリンはあわてて次の矢を番えようとした。その間も男はどんどん近付いてくる。ゴブリンがもたついて、やっと弓を構えた時には、男は五メートルほどの距離まで近づいていた。その右手には黒い影が握られていた。

 ゴブリンは奇声を発して矢を放った。男はそれを軽々とかわして一気に間合いを詰めると同時に、深々と黒い影を腹に突き立てた。

 ゴブリンは体から力が、自分を動かしている何かを吸い取られていくのを感じたが、それは一瞬のことだった。

 

 イェリシェンはゴブリンから剣を引き抜くと、こちらに歩いてきた。イェリシェンはマリアのところまで歩いてきて、そのまま通り過ぎた。

 マリアは声をかけることができないまま、歩き去っていくイェリシェンの後ろ姿を見つめていた。


 村の山側では、戦闘が激化していた。警護団は善戦していたが、いかんせん数が違いすぎるのを、パナズは戦いながら感じ取っていた。

「皆、弱気になるな!村を守るんだ!」目の前の敵を倒しながら、パナズは仲間を励ました。幾人かがそれに答えたが、だれもがこのままでは全滅も時間の問題だとわかっていた。一体を倒しても、新たに二体になってあらわれてくるのだ。

 パナズはいつの間にか数体のゴブリンに囲まれていた。ゴブリン達はじりじりと包囲を狭めてくる。

 と、一体のゴブリンが倒れた。続いて二体、三体。彼らの頭部には矢が刺さっていた。ゴブリン達は慌てふためいてパナズの包囲を解いてしまった。パナズは好機と見て、一体に襲いかかった。ゴブリンは矢を放った相手に注意を向けていて、パナズが近寄って来たのに気づいた時には、槍が深々と体に突き刺さっていた。パナズが他の敵に向かおうとすると、そいつらはもう倒されていた。

「大丈夫ですか、パナズさん。」最後の敵を射ぬくと、クリスが駆け寄って来た。

「君がやったのか!?すごい腕だ。」

「弓は得意ですから。それより、イェリシェンはどこですか?あなたの家にもいないんです。」

「家にいない?いや、知らないが。彼にも手伝ってもらいたい。とにかく今は一人でも戦える者が必要だ。」

 その時、悲鳴が上がり、ゴブリン達が浮足立ち始めた。

「何だ?味方か?」

「イェリシェン!」クリスが叫んだ先には、ゴブリンを一太刀で屠るイェリシェンがいた。ひどく愉しそうに笑いながら。その手にはヤコブ爺のくれた剣ではなく、あの黒い剣が握られていた。

 ゴブリン達は新たに現れた敵にただならぬものを感じたのか、手が空いている者は皆イェリシェンに突っ込んでいった。イェリシェンは相手の攻撃を完全に見切った動きでかわしながら、次々と首を刎ねていく。

「なんだあの剣。それに、まるで別人のようじゃないか。」パナズは驚いて言った。クリスは苦い思いで頷いた。

「今のイェリシェンは、普段とは全く違います。強さも、心も、人が変わったみたいに。」

「そうみたいだな。だが、今は助かる。見ろ、あの強さを!ゴブリンのやつら、逃げ出し始めたぞ。」ゴブリン達は、味方が次々と簡単に屠られていくのを見て、森に逃げて行った。

「ゴブリン達が逃げて行くぞ!俺たち、助かったんだ!」警護団の誰かがそう叫ぶと、皆喜びの声を上げた。

 パナズとクリスはイェリシェンに近づいていった。

「ありがとう!君のおかげだ。イェリシェン、だったな?助かったよ、礼を言う。」パナズはイェリシェンの肩を叩こうとした。だが、それは払いのけられた。

「まだ早い。やつらは戻ってくるぞ。」

「そんなはずはないさ。やつらの数も減った。君がずいぶん殺してくれたみたいだからな。今夜はもう来ないだろ・・・・・・」

「あ、悪魔!悪魔!」突然叫んだのはラビだった。

「ラビ!?」パナズはラビが剣と鎧を着こんでいるのを見てびっくりした。

「おまえ、俺を殺しに来たんだろ?生き残った俺を殺しに。」ラビは剣を構えながら近づいてきた。

「おいラビ、少し落ち着け。こいつはおまえをころしに来たわけじゃない。それどころか、おかげでこの村は助かったんだぞ。」

「嘘だ!俺は信じないぞ!こいつは悪魔だ。おれは見てたぞ、こいつがあの時と同じように笑いながら殺すのを!」

「あのとき・・・・・・?」イェリシェンが聞き返した。

「そうだ!俺は戦場で、お前に殺されかけた!その剣が脇腹を掠めた時のことを、おれははっきり覚えている!」ラビは声を震わせて叫んだ。歯の根が合わなくて、がちがちと何度も歯を鳴らしている。

「戦場で?」イェリシェンはずいとラビに歩み寄った。ラビは剣を構えたが、その手は夕方の時よりも震えており、いまにも剣を落としそうだった。

「よ、よるな・・・・・・。」ラビは恐怖に目を見開きながら後ずさった。それでもイェリシェンは止まらず近寄ってくる。ラビはさらに一歩後退しようとしたが、下がるときに足をもつれて転んだ。イェリシェンはかがみこんでラビの顔をじっと見つめた。ラビは失禁し始めた。

「貴様のようなカスなど覚えておらん。だが、俺から生き延びたというのなら、貴様の幸運はすべて使い果たしてしまっただろうな。」そういって立ち上がると、ラビに背を向け、森のほうへと歩き始めた。

「覚えてない・・・・・・?おれを覚えてないだと!?殺してやる、殺してやる!」ラビははね起きると、雄たけびを上げながらイェリシェンに切りかかろうとした。

 その時、森から巨大な黒い影がとび出し、イェリシェンに飛びかかった。イェリシェンは突然の奇襲に反応して横に飛び退いたが、イェリシェンしか見ていなかったラビには黒い影に気づくことができずにかみつかれた。

「ぎゃああああああああああ!」ラビが断末魔の悲鳴を上げながらもがいた。黒い影の正体は巨大な・・・・・・。

「獅子・・・・・・?」クリスが半信半疑に言った。確かに、見た目は獅子に最も近かったが、獅子というには大きく、後ろ足が鷲の足で、尻尾は蛇が鎌首をもたげていた。黒い影に見えたのは、巨大なカラスのような翼だった。

「違う、マンティコアだ。」イェリシェンが訂正した。

「や、やめろおおお!離せええええええ!」マンティコアは叫び続けているラビを噛み砕いた。ラビは叫ぶのをやめ、体をだらりと弛緩させた。地面にはぼたぼたと血が落ちて、血だまりができていた。

 マンティコアは首を振ってラビの死体を放り出すと、イェリシェンに向かって前足を繰り出した。イェリシェンはそれを地面に伏せてかわし、懐に飛び込むと剣を深々と突き刺した。

 マンティコアは悶えたが、、尻尾の蛇でイェリシェンにかみついた。イェリシェンは右腕にかみついた蛇をつかむと、剣を引き抜いてその体を切った。

「くそ、俺としたことが・・・・・。」イェリシェンは悪態をつきながらかみついたままの蛇の頭をはずすと、噛まれた箇所に刃を走らせた。腕から血がほとばしり、黒い血が地面に滴った。

 マンティコアはイェリシェンに再度対峙すると、今度は噛み殺そうと飛びかかって来た。それを何とかかわすと、イェリシェンは何かを唱え始めた。

 唱えながらもマンティコアの攻撃をかわすイェリシェン。だが、先ほどよりもその動きは鈍かった。

「なぁ、なんかさっきより影が濃くなったきがしないか?」パナズがイェリシェンの戦いにじっと見入っているクリスに話しかけた。

「影?」クリスは目をそらさずに聞き返した。

「ああ。なんていうか、生き物がたくさんいるような圧迫感が・・・・・。」言われてみればそうだった。先ほどより、何かが息をしているような・・・・・・。

 クリスが目を周りの影に映した瞬間、イェリシェンが吹っ飛んだ。

「イェリシェン!」クリスは叫んだ。マンティコアはよろよろと立ちあがるイェリシェンに近寄っていく。クリスは駆け寄ろうとして、踏みとどまった。イェリシェンは笑いながら口の地をぬぐっていた。そして体をすっくと起こすと、呪文を唱えた。

影犬(シャドウハウンド)」突然、周囲の影が一斉に騒がしくなった。人々は悲鳴を上げながら、正体不明の恐怖に身をすくませた。マンティコアも異変を感じ取ったのか、イェリシェンを攻撃するのをやめ、毛を逆立てて辺りを警戒している。

 最初に聞こえたのは呼吸音だった。それからひたひたと歩く音。そして最後に、黒い犬のような(・・・)姿をした獣が陰から音もなく姿を現した。ような(・・・)とは、そいつが輪郭さえあやふやだったからだ。

 犬たちはさまざまな陰から湧き出していた。建物の影、森の影、人の影(自分の陰から出てきた犬たちを見た人はぎょっとして飛び上がった)。それらはゆっくりとマンティコアを包囲した。マンティコアはあたりをきょろきょろしたが、隙間さえなかった。

「食事の時間だ」イェリシェンがにやりと笑って指を鳴らすと、犬たちはいっせいにマンティコアに飛びかかった。マンティコアは前足を振り回し、後ろ足で地面を踏みならし、切られた尻尾でからみつき、口で噛み砕こうとした。だが、犬たちはまるで実体など持たぬかのように

すり抜け、マンティコアを自分たちの体で覆い隠し始めた。

 やがてマンティコアの体がすべて覆い隠されると、マンティコアは動かなくなった。代わりに、肉を貪る湿った音が響き始めた。辺りにはくちゃくちゃという音だけが支配していた。

 しばらくすると謎の咀嚼音が止み、マンティコアを覆っていた影がひき始めた。マンティコアのいたところには何もなく、ただ地面が血に染まっているだけだった。影は現れた時と同じように元の場所へと還っていた。

 最後の影が元の暗闇に戻ると、影は本来のように騒ぐのをやめた。人々は小さな声で囁き始め、それはやがて大きなうねりとなった。

 イェリシェンはいつの間にか剣を持っていなかった。

「イェリシェン・・・・・・?」クリスが近寄って声をかけた。

「クリス・・・・・。僕はまたやってしまったんだね・・・・・・。」いつものイェリシェンが、悲しい顔をして振り返った。

「ああ、イェリシェン!血が・・・・・・。」

「私が治します。」いつの間にそこにいたのか、マリアがやってきていた。マリアはイェリシェンの傷を見ると、呪文を唱え、傷をふさいだ。

「とりあえずは大丈夫です。でも、失血がひどいので、少し横になったほうがいいです。」マリアはそっとイェリシェンに肩を貸した。クリスは少しムッとなった。

「そうさせてもらいます。今は人から離れたい・・・・・・。」イェリシェンはぼそりとつぶやいた。そうしてマリアの手を借りながら、イェリシェンはパナズの家に向かった。クリスはそんなイェリシェンの背中を見送った。その姿に、先ほどの体がこわばるような殺気はかけらもなかった。

「それで、彼は何者なのか、はなしてもらえないか。」パナズはクリスの肩に手をかけた。 クリスはため息をついてパナズに向きなおった。

「私にもよくわからない。あれがイェリシェンなのかもわからない。」

「わからないだと!?それなのに、君は彼と一緒に旅をしているというのか!?危険すぎるぞ!俺はわかる。あれは殺しを楽しんでいる目だった。」パナズは責めるような口調で叫んだ。

「イェリシェンはそんな人じゃない!あの人はやさしい人よ!さっきのイェリシェンは、普段とは違うの。本当に別人みたいで、その時の記憶もなくなってしまうのよ。」クリスはかっとなって叫んだ。

「それを本当に信じているのか?」

「どういうこと・・・・・・?」

「彼が嘘を付いている可能性だってある。あれが本性なのかもしれない。普段は君をだますために猫を被っているんじゃないか?」パナズは疑いを隠そうともせず言った。

「そんなことないわ。彼は名前さえわすれているんだもの。」

「それをどう証明する?ばれたら困るから隠しているだけじゃないのか?さっきの魔法を見る限り、あれがただの記憶喪失には見えなかった。君は一度も疑わなかったのか?」

「そんなこと・・・・・・。」クリスは初めて言い返せなくなった。イェリシェンが本当に記憶をうしなっているのかどうかは、本人しか分からない。クリスには確かめるすべがない。

「とにかく、君が何も知らないのはわかった。今日はもう休んでくれ。君も疲れたろう。」パナズは少し口調を和らげて言った。クリスは言い返したかったが、今は何も言う言葉が見つからず、仕方なく診療所に戻ろうとした。

「そうだ。助けてくれてありがとうよ。」パナズは診療所に向かうクリスの背中に向かって言った。クリスはそれには答えなかった。

 パナズは視線をクリスから離し、被害の状況と死体の処理の仕事に向かった。



どうも、ジョンです。何とか土日前にUPすることができてよかったです。次の更新は少し間が空きます。いろいろと忙しくなるんで^^;ではでは、次の更新で。

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