鬼梅漬け
ぽつりと生まれたその子供。
みなが鬼だと言い募り。
言われてまさしく鬼だと思い。
他に道なし、巨体を広げ、都を荒らす鬼となる。
ぼろ着をまとい、逆らう相手は蹴り倒し、数多の財宝かっぱらい。
車は潰す。姫はさらう。
哄笑、野卑に響かせ果たして、粗暴に京を闊歩した。
暴れに暴れたその末は。
べけもの退治のその人が、桃の名前に桜葉包む黍団子、そして橘作りの木刀で、
えいやとばかりに叩き伏せ。
追い払われて都落ち。
ここぞとばかりに石は来て。
報いとばかりに石を受け。
流れ、流れて、鬼ひとつ。
*
どこともしれぬその場所に。
歳ばかり経た老いぼれ梅は、雪にも死ねずにいまだ咲く。
弱き葉、萎え花。香りも悪い。
それでもなおの実が結ぶ。
「なんだい、こわっぱ」
声をかけられ鬼、戸惑って。
ため息混じりに梅、語る。
「言葉もないかい。まったく、近頃のときたら……こっち来な、説教だ」
小さな声で鬼が言う。
「きっとお前は、俺、嫌う。桃や桜や橘のように」
そうしてぽつりと鬼が言う。
「石も木刀も……もうごめんだ。もうごめんだ」
「そんなこと。お前なんかを嫌うものか、こんなに小さく情けないのを」
鬼は驚く。
赤毛の髪に白い肌。あちこち石を投げられたのに、びくともしないその体。
小さいとか。
情けないとか。
一度だって言われたことがない。
「しゃらくさい。その実をもいで、食っちまおうか」
「好きにしな。酔狂者だよお前さん、こんな老いぼれ食いたいなんて」
怒りにまかせて、その実を食った。
実にある毒で、すぐにのたうち倒れ伏す。
「馬鹿め。老いぼれてるのは伊達じゃない」
「どうせ食うなら、漬けるんだ」
「漬けてどうする」
「毒の実だって、やり方次第」
「梅よ。毒も食えるか。変われるのか」
「さあね。あんた自身で試してみなよ」
洗い、清め、手を入れ、手を加え。
重みと辛みがそれ自体を変え。
加えるは赤の紫蘇、彩りが増し。
そこに日の照り注がれて。
梅の実、変わる、梅干しへ。
「酸っぱい」
「そりゃそうさ。梅だからね」
「でも食べれる」
「薬としても使える。そういうことってのは、あるもんだ」
「そうなの?」
「生きて変わって、死んで変わって。あんたもそうだったんだろう」
「俺は鬼。……生まれたときから」
「本当にそうかい。ずっと、ずっと、鬼だったって言うのかい」
鬼はその青い目を伏せて黙った。
「あたしは梅じゃなかった。別の名もあった。だけど梅になったんだ」
「なんで」
「さあね。そうして生きて、もう死ぬってところで、あんたと出会ったってわけ」
「死ぬの」
「あぁ、死ぬよ」
「いつ」
「すぐだ」
*
鬼は梅と暮らした。ほどなくして、近くの村が鬼のことを知った。
都を荒らした大悪党。
怯える日々の煤けた村に、立ち寄るはこれまた煤けた者。
……鬼を殺してごらんにいれよう。
そうして現れた者を見て、腰を抜かすは鬼と梅。
その姿、都の鬼をその腕で、追い払いたる豪腕者。
「鬼よ、成敗いたす」
梅は言う。
「小鬼も殺すか、桃太郎」
「殺すとも。ここは人の世、人の夢」
「――お前さん、殺したね」
「そうだとも。みな。みな」
そういう彼の手にあるは、桃の名前と、絢爛豪華な人斬り刀。
栄光は、血塗られ輝く魔性の闇。
「もう殺すな。去れ。お前から戦うべき相手などいない。どこにも」
梅はその身を絞って大喝した。
だが、ほんの僅かでも心を震わせられたのか。
刀をちきりと構えて言うは、
「庇い立てるか。ならばもろとも」
慌てて鬼が飛び出した。
「殺せ。だが、死に損ないの梅なんか、手を出す必要ありゃしねぇ」
「馬鹿め。小鬼なぞ放っておけ、あやかしうめで十分だ」
目を細め。
一息、吐いて。
あっさり彼は言い放つ。
「いいや、ふたつ粒で終いとするか」
赤に染まったその刀。
べけもの殺しのその人の、村に帰りて語るはひとつ。
「もう、死んだ」
*
そうして。
鬼が死んで。梅も死んで。
去るはひとり。
残るもひとり。
挟むは首塚、生死を分けた。
いつかは春も来るだろう。
梅も咲かないその春も。
幾度も返せば、また花が。
若梅、数輪、静かに咲いて。
ぽつりと生まれたその子供。
みなに鬼だと言われ死に。
首塚、残れど怪異も成さず。
それでも香るは、大粒の、塩酸くも甘き鬼梅漬け――。