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鬼梅漬け

作者: 靄霧霞

 

 

 

 ぽつりと生まれたその子供。


 みなが鬼だと言い募り。

 言われてまさしく鬼だと思い。

 他に道なし、巨体を広げ、都を荒らす鬼となる。

 

 ぼろ着をまとい、逆らう相手は蹴り倒し、数多の財宝かっぱらい。

 車は潰す。姫はさらう。

 哄笑、野卑に響かせ果たして、粗暴に京を闊歩した。


 暴れに暴れたその末は。

 べけもの退治のその人が、桃の名前に桜葉包む黍団子、そして橘作りの木刀で、

 えいやとばかりに叩き伏せ。

 追い払われて都落ち。


 ここぞとばかりに石は来て。

 報いとばかりに石を受け。

 流れ、流れて、鬼ひとつ。





 どこともしれぬその場所に。

 歳ばかり経た老いぼれ梅は、雪にも死ねずにいまだ咲く。

 弱き葉、萎え花。香りも悪い。

 それでもなおの実が結ぶ。


「なんだい、こわっぱ」

 声をかけられ鬼、戸惑って。

 ため息混じりに梅、語る。

「言葉もないかい。まったく、近頃のときたら……こっち来な、説教だ」


 小さな声で鬼が言う。

「きっとお前は、俺、嫌う。桃や桜や橘のように」

 そうしてぽつりと鬼が言う。

「石も木刀も……もうごめんだ。もうごめんだ」


「そんなこと。お前なんかを嫌うものか、こんなに小さく情けないのを」

 鬼は驚く。

 赤毛の髪に白い肌。あちこち石を投げられたのに、びくともしないその体。

 小さいとか。

 情けないとか。

 一度だって言われたことがない。


「しゃらくさい。その実をもいで、食っちまおうか」

「好きにしな。酔狂者だよお前さん、こんな老いぼれ食いたいなんて」

 怒りにまかせて、その実を食った。

 実にある毒で、すぐにのたうち倒れ伏す。

「馬鹿め。老いぼれてるのは伊達じゃない」


「どうせ食うなら、漬けるんだ」

「漬けてどうする」

「毒の実だって、やり方次第」

「梅よ。毒も食えるか。変われるのか」

「さあね。あんた自身で試してみなよ」

 洗い、清め、手を入れ、手を加え。

 重みと辛みがそれ自体を変え。

 加えるは赤の紫蘇、彩りが増し。

 そこに日の照り注がれて。

 梅の実、変わる、梅干しへ。


「酸っぱい」

「そりゃそうさ。梅だからね」

「でも食べれる」

「薬としても使える。そういうことってのは、あるもんだ」

「そうなの?」

「生きて変わって、死んで変わって。あんたもそうだったんだろう」


「俺は鬼。……生まれたときから」

「本当にそうかい。ずっと、ずっと、鬼だったって言うのかい」

 鬼はその青い目を伏せて黙った。

「あたしは梅じゃなかった。別の名もあった。だけど梅になったんだ」

「なんで」

「さあね。そうして生きて、もう死ぬってところで、あんたと出会ったってわけ」


「死ぬの」

「あぁ、死ぬよ」

「いつ」

「すぐだ」





 鬼は梅と暮らした。ほどなくして、近くの村が鬼のことを知った。

 都を荒らした大悪党。

 怯える日々の煤けた村に、立ち寄るはこれまた煤けた者。


 ……鬼を殺してごらんにいれよう。


 そうして現れた者を見て、腰を抜かすは鬼と梅。

 その姿、都の鬼をその腕で、追い払いたる豪腕者。

「鬼よ、成敗いたす」


 梅は言う。

「小鬼も殺すか、桃太郎」

「殺すとも。ここは人の世、人の夢」

「――お前さん、殺したね」

「そうだとも。みな。みな」

 そういう彼の手にあるは、桃の名前と、絢爛豪華な人斬り刀。

 栄光は、血塗られ輝く魔性の闇。


「もう殺すな。去れ。お前から戦うべき相手などいない。どこにも」

 梅はその身を絞って大喝した。

 だが、ほんの僅かでも心を震わせられたのか。


 刀をちきりと構えて言うは、

「庇い立てるか。ならばもろとも」

 慌てて鬼が飛び出した。

「殺せ。だが、死に損ないの梅なんか、手を出す必要ありゃしねぇ」

「馬鹿め。小鬼なぞ放っておけ、あやかしうめで十分だ」


 目を細め。

 一息、吐いて。

 あっさり彼は言い放つ。

「いいや、ふたつ粒で終いとするか」


 赤に染まったその刀。

 べけもの殺しのその人の、村に帰りて語るはひとつ。

「もう、死んだ」





 そうして。

 鬼が死んで。梅も死んで。

 去るはひとり。

 残るもひとり。

 挟むは首塚、生死を分けた。


 いつかは春も来るだろう。

 梅も咲かないその春も。

 幾度も返せば、また花が。

 若梅、数輪、静かに咲いて。


 ぽつりと生まれたその子供。

 みなに鬼だと言われ死に。

 首塚、残れど怪異も成さず。

 それでも香るは、大粒の、塩酸くも甘き鬼梅漬け――。

 

 

 

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