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氷の華

予定より1日遅れました…

申し訳ございません

原島翔は私の幼馴染だった。彼が私に恋愛ゲームを教えてくれて、今そのゲームの中に私はいる。

目の前にいる彼の姿は14年間共にしてきたあの姿に非常に似ていた。



「かける…?」



翔によく似た姿の少年は訝しげにこちらを見てきた。私はしまったと思った。彼が本当に翔の筈がない。なぜならここはゲームの世界なのだから。たとえ翔であってもあいつは学校ではいつもクラスの中心にいるようなやつだった。しかし、私はこの世界で、彼の存在を今の今まで知らなかったのだ。



「いえ、なんでもありませんわ」


「そ、…日直の仕事?」


「ええ、けどもう終わります」



少年の声は翔と比べて少し高かった。やはり別人なのだろう。それでも…どこか懐かしく感じてしまうのだ。それが嫌でも心を揺らす。この世界に来てから頑張って来た自分が、「川端梓」という存在が崩れそうになる。揺れて揺れて、壊れてしまいそうになる。


私はいそいそと掃除道具を用具入れににしまおうとした。だけど焦りすぎてしまったのか、用具入れを開ける時に勢いが強いせいで上に置いていたバケツが降って来たのだ。



(あっ…)



この時、私は目を瞑ることしかできなかった。揺らいだ心が原因でこうなったのか、それとも何か私への天罰とでもいうのか、頭に降ってくる衝撃に私は身構える事も出来なかった。


けれど、その天罰は私に当たることはなかった。そのかわり、パン!と何かを弾いた音が聞こえた。そしてすぐ後に机に何かがぶつかる音が続く。

私の体は何かに引き寄せられ、肩を包まれている。

私は何が起きたのかゆっくり目を開けた。そこにいたのは少年だった。



「…焦り過ぎ。平気?どこか打ってない?」


「う、うん…」



この時の私はつい素の私、「三島美香」として返事してしまった。

彼は私より少し身長が高いが、それでもここまで密着していては顔が近くなる。男子なのにまつ毛が長く、翔と同じ顔なのにどこか大人びている。


そんな彼に私は見惚れてしまったのだ。この時から私は彼から目が離せなくなったのだ。自分で驚く程に簡単な理由、「助けてもらったから」という至ってふつうの理由で。



「それじゃ…あ、バケツ割れてる….」



彼が弾いたバケツはプラスチック製のバケツだったため、弾いた時に勢いよく机にぶつかって割れてしまったのだろう。だが、それよりも彼の手の甲に私の目はいっていた。



「…あなた、手の甲を切ってますわよ?」


「ん?あ、本当だ」



おそらく弾いた時にバケツの底の部分を手の甲で叩いてしまったのだろう。私が応急措置をするというと彼はいいと言ってそのかわりと言葉を続けた。



「あのバケツ、割れちゃったからどうにかできないかな?アレは僕にはどうしようもないから」



それに私は頷くと、彼は優しく微笑んだ。そして、彼は包帯をもらってくると言って、保健室に行って帰ってしまった。


その時の笑みを私は忘れることはないだろう。この時私はきっと、恋に落ちてしまっていたのだから









その後から私は彼の名前を知った。「大城健」

私はその日から彼と話す機会を何度か伺ってみた。しかし私の立場上、男子と話すこと自体難しいのだ。

竜胆さんやその他の子たちもあまり男子と交流を持つ事を嫌がる上、話せるようにと男子に話しかけても怖がられる始末。


彼と話そうにも何も出来ず3ヶ月がたった頃、あるイベントが起きた。転校生がやって来たのだ。私はこの事を知っていた。

「君と僕と願いと」のゲームのメインヒロイン役、神崎初香が転校してくる日だ。

彼女は友達作りに悩んで、それがきっかけで主人公と共に「生願部」へ向かう。そこから好感度上げのラッシュタイムだった。一番攻略しやすいが、一番演出にこだわられていたキャラだ。


これで誰が主人公なのかわかる。そう思い私は彼女を観察していた。すると、主人公の正体がわかった。

それは「大城健」だった。


目の前が真っ暗になった気がした。初恋の相手が私を没落させるかもしれない人だなんて、神様がいるならさぞ残酷な事をするものだと思った。


彼の事を考え続けていた。彼の事を想い続けていた。たとえ3ヶ月という短い期間であっても、私にとってはその3ヶ月は意味のあるものだった。それを諦められる筈がない。


私は一か八か、「生願部」に乗り込んだ。結果としては良好だったと思える。依頼主として扱ってもらえたし、私の依頼はいたって普通だったと思う。何より、「生願部」の部室で彼のとなりに座れたことが大きい。

まあその事について口うるさい人もいて少し口論になったけど、それもどうでもよかった気がする。


そして、依頼とはいえ彼と友達になれた。その事で私の、「川端梓」としての何かは少しずつ崩れ始めていたのかもしれない。

いつも優しく、凛々しく、一人でもしっかりと立っていける。そうなるように私は目指していた。それを周りも理解していたし求めていた。

それなのに私は、彼に、大城君に甘えて、もたれて、頼りにしてしまった。


周りから見れば私が大城君によって堕落してしまったようにしか見えない。それを気にくわない人が彼に反感を持つのも当然だ。



私は調子に乗っていたのだ。私は「川端梓」一人で生きていく。立っていく。周りから期待される一輪の華として咲き誇らなければならない。

たとえそれが、冷たく、周りに何も芽生えることのない氷の上でも。そして、私が氷の華になったとしても。







最後まで読んでくださりありがとうございます

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