自己嫌悪
pvがついに一桁に!?やばい、やばいですやばい
待っててもらっていたはずの将吾の姿はなく、一人で僕は部室へ向かった。
すると、部室の前では申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた将吾が立っていた。
「どうしたの将吾?」
「あ、健か…その、すまねぇな…」
どうやら本人も置いていったことを反省していてくれているらしく素直に謝ってきた。将吾が自分から素直に謝ることなんてなかなかないことなので僕は少し不審に思いつつも許すことにした。
「いや、いいよ。そんなに近くにいても良い気分にならなかっただろうし、僕も竜胆達との事はあまり思い出したくないから」
「あー…その、そっちではなくてだな…」
どうにも歯切れが悪い。何か別の事でもやらかしたのだろうか。よく見たら将吾の顔色はあまり良くなかった。
「なんだ、どうかしたのか?」
僕がそう聞くと同時にに部室の扉が開いた。そこにいたのは
「川端さん?」
どこか悲しそうな顔をした川端さんが立っていた。それを見て将吾は諦めたかのようにため息をつくと、とりあえず部室の中に入るように僕に言った。
「それで、なんで川端さんが部室に?依頼の事で話でもあるの?」
僕が席についてそう聞くと、川端は俯いていた顔を上げて僕に目を向けた。
「…大城君、どなたと、どのようなお話をしてきたんですか?」
「………っ!?」
僕がそれを聞いて驚いたのを目にすると、川端はポケットから将吾の携帯を取り出した。
…なるほど、そういうことか。
「…将吾?」
「いや、今回は俺の不注意だったんだ。すまない」
どうやら本当に川端に伝える気は無かったらしく、後悔したように強く自分の失態を噛みしめているように見える。
「…なんで川端さんが将吾の携帯を持っているのか説明してもらってもいいかな?」
「えぇ…ホームルームが終わりましたので、せっかくですから大城君と帰ろうと思い声をかけようとしたのです。お友達になれたのだからそれぐらいは普通だと…けれど、声をかけようにも大城君は既に教室にはいない様子でしたので、墓月君に聞いたんです。その時に墓月君にこんなメールが届きましたのでお話を聞かせてもらってたのです」
川端はそういうと、ロックの掛かっていない将吾の携帯を開けて僕が念のためにと送って置いたメールを開いた。
自分の身を守るために念のためと仕込んでおいた策が、まさかこんな風に自分に降って返ってくるとは思いもしなかった。これも先程、竜胆達に強く言い過ぎた事に対する罰というものだろうか。
「私の方は説明しました。次は大城君の番です。何故この事を私に言ってくれなかったのですか?」
「言ったら川端さんとお友達の仲を裂いてしまうかもしれなかったからだよ」
「それでも今回の事はやりすぎです。私から何か言わなければこれから大城君に不快な思いをさせるかもしれないんです。だから…教えて下さい。今回の件、誰がやったのか」
「ここでその名前を出したって良い方に働く事はないよ。むしろ悪い方に転がっていくだけだ。今回の件は特に僕に被害はなかった。この通り怪我だってしてない。だからもう…」
僕は心配をかけまいと笑いながらそう続けると、川端は頰に涙を流し始めた。僕はその光景に驚いてつい声を止めてしまった。
「だからもう、なんですか?私は心配してたんです!この話を聞いてあなたが怪我をしていないか!どうしてこんな事になったのか!今どうなってしまっているのか!」
川端は涙をボロボロと流しながら言葉を続ける。
「怪我をしてないから良かったというわけじゃないんです!墓月君に聞いても場所は教えてくれない!私があんな依頼をしたから周りの子達からあなたが敵視されるようになった!そのことがとても辛くて…怖くて…悔しかったんです…」
「….僕は…」
何かを口に出そうと思ったが、言葉がすぐには出てきてくれず、ただ彼女の姿を見ることしかできない。
「もう…良いです…ごめんなさい取り乱してしまい…今日で依頼の方は取り下げさせてもらいます…ご迷惑をおかけしました」
川端はそういうと鞄を持って足早に部室から去ってしまった。僕はただ呆然と、さし伸ばそうと出した手を空においたまま何もできなかった。
川端が泣きながら部室を出て行ってどれくらい経ったかはあまり覚えていない。しかし、確実に時間は経っていたようで、気づけば仔猫先輩も星宮も、そして神崎も部室にいた。
「…いつからいました?」
「貴様が川端と言い争っていた時には私達三人ともに扉の前に立っていたよ」
「…別に、言い争ってた訳じゃないですよ。僕が怒られてただけです」
僕は投げやりにそう答えた。すると仔猫先輩は読んでいた新書をパタンと閉じると帰り支度を始めた。
「貴様はほおけていて気づいてないかもしれんが、もう下校時間だ。部室も閉めるから早く出ろ」
「あ、じゃあ大城君、私と…」
「ほら、初香ちゃん。先輩も早く帰りましょ」
「え、ヒカリちゃん?待っ…」
「そうだな…おい墓月」
「は、はい!」
「そこの屍をちゃんと家まで送り届けろ。そんな状態ではどこぞで本当に引かれて屍になりかねんからな」
仔猫先輩たちはそういうと挨拶をして部室から出て行った。
「…んじゃ行こうか屍君」
「…あぁ」
そう言って僕達も部室を後にした。机の上には、彼女の涙が乾いた後が残っていた。
僕と将吾が帰る方向は一緒だ。一応、小学校5年の頃からクラスが一緒という異様な記録を残しているが、話し始めたのは高校になってからだ。それでも僕と将吾はお互いに色々と腹を割って話せてしまう、そんな奇妙な関係だ。
「お前少し老けた?」
「そう見えるなら眼科に行くことをお勧めするよ」
「ふっ、俺の視力は両目2.0だ」
「この前、おばさんが1.5だって言ってたぞ?」
「あのババァなんでバラしてんだ⁉︎俺のクラストップの視力自慢がぁ!」
「自慢できることがそんな事だけならお前の人生、トンボにボロ負けしてるからな?」
そんな軽口を叩きあいながら帰る。将吾はいつだってそうだが、真剣な話に入る前にはいつもより少し高い声でふざける。そんな癖をここ数ヶ月で見つけられたことは少し自分でも変だと思うけれど。
「…なあ将吾」
「どした?」
「僕は…間違えたのかな?」
「…今回はお前も川端さんも間違えちゃいないよ、俺がドジっちゃったのが一番ダメだった」
「…そうだな」
「否定しないのかよっ⁉︎」
これはただの八つ当たりだ。今の僕は少しでも自分で責任を負いたくないと考えている。依頼を受けた以上、その責任を友に押し付けることがどれだけの愚行か、どれだけ醜いか、そんなことは頭では分かっているはずなのにそれでも投げやりになった思考は責任を投げ出したがる。
「いや、ごめん嘘だよ」
僕はそう言って誤魔化した。しかし、これはきっと誤魔化しにもならない一言だっただろう。
「ん…まあお前もわかってるならいいけどさ」
将吾は意味ありげにそう言うと、別れ道でそのまま家に帰っていった。
一人で歩く道はどうにも長く感じてしまう。誰かと隣で話していない分、足取りは速いはずなのだがそれでも一人の時間というのは1秒が随分と拡張された時間に感じてしまう。歩くほどに自分の息が聞こえて切れて、止まって進んでまた止まって…そんな不安定なテンポで呼吸をする。
日が暮れ始めて街灯が薄っすらと明かりを灯す。その明かりは暖かみを持つことはなく、ただそこにはない何かを照らし続ける。それが僕の心なのか、それとも後悔なのか、よくはわからない。
それでも、その光に照らされると眼に浮かぶのは、川端の中庭で見た笑顔と、部室で見た涙だった。
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