初めてのサイカイ(改)
彼女を保健室まで連れて行き、ベッドに寝かせて保健の三河先生に任せた後、僕は駆け足で教室へ向かった。
時間としてはまだ余裕があるが少しでも早くクーラーの効いた教室へ入りたかったからだ。
教室に着くといつも通りの騒がしさで、僕の席はクラスのある女子の取り巻きに既に占拠されていた。その女子とは、川端梓、このクラスでの女王的存在だ。
初めて見たときからこの人は周りと雰囲気が違った。例えるなら氷の薔薇だ。
整った容姿と落ち着いた姿勢、女子のみんなからは頼られており、親はよくテレビコマーシャルでみる大企業の代表取締役、つまりは社長様だ。
男子からはとても恐れられている。というのも、取り巻きが怖いのだ。
いつも川端の側にいて、男子が近づけばすぐに排除しようとなんでもしてくる。
言うなれば女王様の近衛兵だ。
それに川端梓が怖がられる理由は本人にも理由がある。川端はグループ学習や、団体行動の際でも必ず女子としか話さない。男子が話しかけようとすればこちらを睨んできて、冷たい態度をとる。言葉数は少なく、彼女が男子と笑顔で話すところなど入学して三ヶ月たっても一度も見たことがない。
そこからついたあだ名が「氷華姫」この学園のラスボスの誕生であった。
まあ僕とあまり関わりもないし、正直言えば関わらなければ実害もないだろう。そう思いもう一度その取り巻きの中心、川端に目をやると目が合ってしまった。
(やばっ)
そう思って僕はすぐにめを逸らしてしまった。不可抗力とは言え、今の態度は流石に失礼だっただろうか。そう思い恐る恐るともう一度だけ川端の方へ目を向ける。
しかし本人は既にこちらを見てはおらず、取り巻きの女子達と仲良く話していた。一安心したが、何か胸に引っかかった。
(なんであんなに冷めた…違う、悲しそうな目をしてるんだろう…)
彼女の目は楽しそうに話してるのとは対照的に、どこか心だけがここに無いように悲しく見えた。
僕が座る場所もなくなり、ただ教室内を彷徨っていると後ろから誰かが急に肩を組んできた。
その男子の顔は僕のすぐ横にあり、ヘラヘラと笑っている。その顔に泥を塗ってやりたくなった。
「おはようさん健、随分と顔色が悪いねぇ?」
彼の名前は墓月将吾、僕が入学する前からの腐れ縁で昔からよくつるんでいる。男の幼馴染である。
彼の少し長く伸び赤みがかった髪が鬱陶しく、むしり取ってやりたくなる。
「おはよう将吾、気持ち悪いからこの腕早く外してくれ」
そういうと、青年はさらに腕に力を入れて顔を近づけてきた。
「そんなこと言うなよぉ〜俺とお前の仲じゃんかぁ?すっこしぐらいはいいだろぉ?な?」
話し方まで鬱陶しい上にそっちの気があるのでは無いかと疑うぐらい気持ちが悪い。
しかしこんな奴でも親友だと思っているし、対応しなければ悪いだろう。だから…
「早く離さないと妹ちゃんに将吾のお宝の在り処をバラすよ?」
笑顔で警告してあげた。
すると将吾はすぐに僕の肩に回していた腕を外して2、3歩引いてくれた。
将吾の妹は少しばかり兄妹愛が強く、この手の話を教えるとすぐに飛びついてくる。将吾は一度それでトラウマを抱えてしまったらしい。
「あ、あははそ、そういえばお前鞄は?」
「ん?あ…」
将吾が逃げるように話題をそらす。いつもならもっとイジり倒してしまいたいところだが、僕は自分が置き去りにした鞄を思い出した。
「ごめん将吾、ちょっと忘れ物…」
そう言って茂みに隠した鞄を取りに行こうと思った矢先、チャイムの音がなってしまった。
「はぁ…」
気づけば将吾は既に席に戻っており、「氷華姫」の取り巻きも席に戻っている。まだ席についていないのは扉に向かおうとしていた僕だけだった。
そして運悪く、扉を開けると担任教師の原柴先生がそこに立っていた。
(…まあ提出物も今日はなかったし、他のクラスから借りるか…)
そう思い僕はとぼとぼと自分の席についた。
ホームルームは正直つまらない。朝の定期連絡、日直の確認、そしてやる気のない原柴先生の掛け声。全て聞き流しても眠さを抑えきれない。
しかし、そんな退屈な時間に今日は一つだけあるお知らせが入った。
「はーい…それじゃあ最後に一つ、今日から新しい仲間がこのクラスに増えることになった、仲良くしてやってくれ」
気だるそうにそういうヒゲモジャの原柴先生はそのまま廊下に出て行き、その転校生とやらを連れてきた。
みんな転校生がどんな人なのか気になってザワザワしている。前の席にいる将吾は何やらブツブツ言いながら必死になにかをお願いしている。少し身を乗り出して耳を傾けてみると
「可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い女の子可愛い…」
その言葉に親友の少し狂気染みたところを聞いてしまった気がした。
右斜め後ろに座っている川端は近くにいる取り巻きと話しているが、どこかつまらなさそうな目をしていた。あまり転校生が気になっていないのだろうか?
僕自身もそこまで興味はなかったが扉の先を見つめる。すると驚く事に原柴先生が連れてきたのは額に冷やシートを貼った女の子だった。
「それじゃあ自己紹介どうぞ」
原柴先生がそういうと、その子は赤くなった顔で自己紹介を始めた。
「は、はじめまして…神崎初香です。父の転勤でここに越してきました…よろしくお願いします!」
途切れ途切れで、途中で何度も息を整えながらした自己紹介を僕はあまり頭の中に入ってこなかった。なにせ、その子は僕が先ほど保健室まで運んだ彼女だったからだ。
驚いて目を見張って彼女を見ていると、彼女もこちらに気づいたのか目が合ってから小さくお辞儀をした。
周りのクラスメイト達はみんなに対しての挨拶だと勘違いしていたが、あれはおそらく僕に対して一礼していたのだろう。
これが、望まない僕と臆病な彼女の初めてのサイカイだった。




