炎と混乱
リングヘルン王国王城前。
巨大な鉄の門は閉じられており、槍を持った兵士達が城を囲うように警備をしていた。
大通りに面する正門には2人の兵士が立っている。
片方の兵士が何かに気づいた。
「おい、ジェフ。ありゃ何だ?」
「ん?あんな所に荷物か?確認してくる」
ジェフと呼ばれた若い兵士が城壁の横に置いてある大きな袋の中を確認する。
すると、彼は鞄を両手で抱えながら詰所へ慌てた様子で戻ってきた。
「お、おい!おい!カルロス!大変だ!見ろよこれを!」
「なんだ?…うぉっ!すげぇ!なんだこりゃ!宝石だ!宝石が詰まってる!」
「凄いだろ!?どうすればいいんだ!?」
「そりゃ上に報告して……いや、まてよ。落ちてるもんだ。どうせ上が懐に入れるよな……。すこしくらいなら俺達がいただいても……」
カルロスと呼ばれた男はそんなことを呟く。
それを聞いたジェフはひどく迷った様子で考え込む。
「だが、だがなぁ……バレたら不味いぞ」
「知ってるのは俺達だけだぜ?ほんの少しだ。見ろよこの宝石をよ」
ジェフもカルロスも既に心が決まったように宝石の輝きに目を光らせる。どれ位まで宝石があるのか彼らは鞄に手を突っ込む。すると何か宝石以外の物があることに気づく。
「ん?何だこりゃ。硬い板みたいなもんだ」
「確認しよう。ひょっとしたら金地金かも知れん」
そうして彼らはかろうじて見ることができた。
中世レベルの文明にはないはずのプラスチックの黒い箱と組み込まれている透明な板。液晶パネルと呼ばれるその板に赤い数字で「00:00:01」と刻まれているのを。
ピーーーーーーッ
次の瞬間、全てが炎に包まれた。
紫色の炎が門を焼き尽くす。
門兵2人は悲鳴を上げる間も無く四散した。
巻き込まれた通行人は尻に火をつけながら逃げ回っている。
「こんなに威力があるなんて聞いてないぞ」
念の為少し離れていた六城は巻き込まれずに済んだが、その爆発力を見てそう呟いた。
『科学庁が作った新型爆薬よね?ちょっとの水じゃ消えないっていう』
「そうだ。今回は宝石型の助燃剤も加えたからな。大波でも被らないと消えないらしいぞ」
『宝石型にする必要あったかしら?』
「ああやって欲深が勝手に手を出してくれるだろ」
『そんなものかしら』
炎は勢いを増しゴォォォォッと音を上げながら、まるで意志があるかのように荒れ狂う。
爆音が聞こえたのか城から人が出てくる。
「何の音だ!?」
手に手に剣や槍を持つ彼らは恐らくこの国の兵士なのだろう。
「……!?か、各自水魔法で消火するんだ!!」
城門の惨状を見て、一瞬呆然とした彼らだったがすぐに指揮を飛ばし行動を始めた。
「水を司る十の賢神よーーーー」
彼らが何事か呟くと手の平にサッカーボール程ある水の塊が形成される。
そこから水が噴射されるが、量は少なくすぐに途切れてしまった。
「よし、手間取ってるみたいだな」
六城はそう言ってまだ火が回っていない城壁へ近づく。
ひょいっと彼は飛び上がるとそのまま10メートルはあろう壁の上に着地した。
炎は更に城へと燃え広がる。
兵士達が必死に消火しようとしているがもはや焼け石に水であった。
「何が起こったんだぁ!!急ぎ消火せよ!」
報告を受けたのか、白銀の鎧を纏った黒いオールバックの男がやってくる。
そこらの兵士2、3人分はある巨体であった。
平時であれば人当たりが良い顔なのだろうが今はその顔を歪め辺りに怒声混じりの指示を送る。
白銀の鎧に炎が映る。
「火が強すぎる!一般の水魔法では消火できねぇぞ!魔術師呼んで来い!」
「連中は勇者召喚で魔力を消耗してます!」
「何だと!?……いや、予備舎にまだ使えるのが居るかも知れねぇ。誰か行ってこい!俺は団長に報告してくる!」
白銀の騎士が城へ入っていく。
六城は光学迷彩を起動し壁から降り、足音や気配に気をつけながら騎士を追って行った。
一緒に付いてくる六城の姿を騎士は認識できない。
彼は外の様子を伺っている城内の男に尋ねる。
「おい、そこの!騎士団長はどこに居る!?」
「わ、私のことか!?無礼であるぞ!私は筆頭大臣ルシウス様の叔父の親友のベテルギウス卿の息子の嫁の……」
「うるせぇ!団長は何処だ!」
「ひぃ!わ、わかった!胸ぐらを掴むな平民!騎士団長のベルレッド様は玉座の間にいらっしゃる筈だ!」
「よし、わかった!」
「待て!お前の様な平民が行く場所ではない!侍従長か近衛騎士団長に許可を……」
「緊急事態だ!そんなもん待ってられるか、バカ!」
彼は分かりづらい城内を正確に把握しているのか、全く迷わず玉座の間にたどり着いた。
扉の前には槍を持った男が2人居た。
恐らく近衛兵なのだろう。
「騎士団長はここだな?通せ!」
「フン、今は中で勇者様の歓待中だ。暫し待て」
近衛兵はそう答えた。
彼らは鎧を身につけておらず代わりに緑色が基調のゆったりとした服を着ている。
しかし何処と無くナヨナヨした印象を受ける。
筋肉もあまり無いように見え、少なくとも目前の騎士の方が強そうだと六城は思った。
「城門が燃えているんだ!兵士ではどうにもならん!」
「はははは、百戦錬磨の戦士でも火には手を焼くか!」
近衛兵達は副団長を嘲笑う。
「黙れ! 今は嫌味を言っている場合じゃねぇ!」
彼は腕を振り回して近衛兵を吹き飛ばした。
そのまま扉にぶつかるような勢いで玉座の間に入っていった。
「ぶ、無礼者ガッ……」
体勢を立て直しそう叫んだ近衛兵だったが、プシュンという音と共に開け広げた扉は少しの隙間を残して閉じてしまった。
騎士は頭に血が上っていたし、中にいる人々は突然の乱入者に驚いてたので誰もその音や勝手に扉が閉まる現象には気がつかなかった。
鬼気迫る騎士に人々は注目する。
「副団長。何があった?いきなり入ってくるなど……」
そう発言した男は酷く太っていた。
贅肉に覆われた首を回し副団長と呼ばれた騎士を見る。
「団長!実は、城門に火災が発生しちまいまして。既に火の手は城の目の前にまで広がっております!」
この太った男が騎士団長なのだろうか。
確かに鎧は着ているがそこからはみ出す肉が見るに耐えず、近衛兵以上に剣を持てる人間とは言えなかった。
「魔術師と連携して消火すればよかろう」
「それなんですが、魔術師はそちらの勇者を召喚するのに魔力を使い過ぎたでしょう?もう動ける人員が殆ど……」
「あら、副団長。それならば勇者様のお力をお借りすればいいんじゃないかしら?」
そう声をかけたのは豪奢な装飾を施した青色のドレスを着る、金髪の少女だった。
「えっ!?俺ですか?」
そして、少女に腕組みされて横にいる勇者と呼ばれた少年は目を丸くする。
見つけたぞ……!
扉の間から覗いていた六城は心の中で叫ぶ。
黒髪黒目。整った顔に学生服を着たその少年は、まごう事なく回収対象の高校生であった。
「大丈夫ですわ。勇者様。こちらに来るとき神様から力を授かっています。頭に水をイメージして私の呪文に合わせて下さいませ。さっこちらへ」
少年の手を取る少女の長い髪が腰のあたりで揺れる。
「お待ち下さいよ姫様!あの炎は危険です!」
「あら、大丈夫よ。勇者様が一緒なんですから。ねぇお父様?」
「うーむ伝承通りなら大丈夫だろうが……」
立派な髭を蓄えた男がそう答えた。
姫の父とあればこの男が王なのだろう。
白い服に金の刺繍を施し、宝石をつけた杖を持っている。
騎士団長と違い太ってはおらず、逆に少し痩せている王だったが目だけは何かに取り憑かれたかのようにギラギラしていた。
「ですから勇者様のお力を見せて頂きましょう?伝承通りなら勇者様は魔王の炎魔法ですら鎮めてみせたそうですもの!」
「 むぅ……じゃがなぁ。せめて副団長、一緒に行ってくれんか?」
「わかりました。ではお二人とも、すぐに行きましょう」
「よろしくお願いしますわ。さぁ勇者様、行きましょう?」
「俺、魔法なんて使えないんだけど……」
「大丈夫、絶対上手くいきますわ」
転移者の少年は姫に背中を押されてその場を立ち去る。
六城は不味いと思いスルリと扉から玉座の間へ入った。
3人が立ち去ったのを見て騎士団長が息を吐く。
「ふぅ……ようやく行きましたな」
「うむ、いきなり副団長が入って来たのは驚いた」
「どちらにせよ姫様がいたので無理だったでしょうが」
「何、もうすぐだ。それでどうだ?あの勇者は」
「剣の腕は素人でしょう。出された食事も食べ夜もよく寝ていて暗殺に気が回っていません。しかし、身体能力は高く、魔力は魔力針が振り切れるほど桁違いです。伝承通りの勇者かもしれません」
「ほぉ。それは素晴らしい!」
「隷属の首輪はどちらに?」
そう尋ねられ、王は懐から重厚な首輪を取り出す。
ガシャリと鎖が音を立てた。
「姫が勇者と一緒に居たいなどと言いださなければさっさと調伏したのだがな。全く」
「姫様は昔から勇者伝説が好きでしたからねぇ。しかし王家に伝わる秘宝中の秘宝である万物隷属の首輪。まさか実在していたとは思いませんでしたよ」
「この首輪さえあれば勇者であろうと我らの奴隷よ。隙を見て装着してやる」
「かの伝説の勇者の力があれば諸外国を潰すのも簡単でしょうなぁ。対抗できるのは魔王くらいです」
「その魔王すら御伽噺の世界さ!もはや誰にも我が国は止められんよ! ハハハハハ!!」
プシュッ!
ドサッ
軽く気抜けするような音が突き抜ける。
騎士団長が頭から血を流しながら床に倒れた。
鏡のように輝く大理石は赤黒く染まっていく。
「何……!?」
王はその場に立ち尽くした。
六城は光学迷彩を解き、姿を現わす。
そして、未だ煙を吐き出している拳銃を王に突きつけた。
閲覧ありがとうございました。
結構書いたのに主人公が二行しか喋ってない…。更新ペースとしては話はできてるんですが書くのに時間がかかりまくってますがよろしくお願いします。
次回も李世が暴れてます。
追記・4/25日改稿しました。