空間反転
まるで天まで届くような、地上からでは雲に覆われ頂上部が見れない程高い塔の前。
「全員揃ったかい?ここが機構の最新鋭転送設備
【白象牙の塔】だ。この塔は機構が開発した異世界転送技術の粋を集めたものだからこの防衛任務も気を抜かないように。何かあれば手元の発信機を押してくれ。本来防衛にあたっている部隊"オツベル"が駆けつける」
「「「「了解!!!!」」」
B級エージェントの白里が、機構の北米本部から連れ帰った新人達と塔の防衛につく。
白里を除き全員E級クラスだが、黒くゴツゴツした鎧の如く強力なパワードスーツを身につけ、戦車にすら穴を開ける対物ライフルを手に持っていた。
「さて、何も起こらなきゃいいけど」
『塔には何重にもセンサーが張り巡らされてる上、設定された生命体以外を撃ち殺す大口径マシンガンが設置されているから大丈夫でしょう』
上司が呑気に言っていたことを思い出す。
白里は最初、塔の防衛任務を与えられた時、新人では使い物にならないと進言した。
しかしながらそう言われて押し切られ、訓練を終えたばかりの新人達とこの任務に就くことになったのだ。
「こんなに大変だったら仕事中に小説なんて書くんじゃなかったなぁ」
「でも私は白里サンの小説好きですヨー」
そう言ってきたのはケビンという黒人の男だった。
彼は機構に入る前から白里の小説を読んでいたらしい。
「それは嬉しいけどねぇ」
「そういえばこの前天々堂からでる新型VRゲームの体験会のチケットを手に入れたんですが行きませんカ?同期は興味ないみたいデ」
「マジで!?興味あったんだよなー」
白里がケビンに顔を向けた時、ケビンの若い声ではない、低い男の声がした。
「そりゃあいい。部下と親睦を深めるのは大事だ。だがその前にお前は強化特訓を受けた方がいいな」
ケビンが大きく頭を振っているように見えた。
否、
身体ごと前のめりに倒れたのだ。
「!!」
白里は後ろへ数メートルは跳ね飛んだ。
腰にあるナイフに手を伸ばし、振り抜く。
しかし、
「大銀条・亀乃尾」
そう声が聞こえ、その直後ヒュンヒュンと銀色の閃光が白里の腕目掛けて飛んで来る。
「これは……針金……!?」
針金は自身の腕に巻き付けられ、ナイフを落とす。
背後から腕が伸びて頭を掴む。
「すまんなぁ、精進してくれ」
一瞬で瞼が重くなり、眠りに落ちた白里は最後に
「全ポイント制圧完了。ヘリに連絡。成功時のコード
[象は解放された]、だ。」
とだけ聞いた。
近くにいたエージェントが通信機を持ちヘリに連絡する。
「了解。こちら"サンタマリア"。
[象は解放された]。ヘリ着陸地点準備完了。どうぞ」
「了解。これより全機着陸する。交信終了」
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富士見はノートパソコンを操作していた。
その作業は、塔を守る防衛システム全てを無効化することである。
非常に乱暴な作業であったがそんな真似をしていながらも富士見は死んでいない。
無論どうあっても彼は死なないのだが。
「先程から試しているのですが、塔に侵入する唯一の扉が開きません。マシンガンに妨害されています。
破壊しますか?」
ヘリから降りた富士見と黒河は報告を受ける。
「ん?防衛システムは全部無効化した筈だけど。僕がやってみよう」
そう言って富士見は扉に近づく。
次の瞬間、
ガガガガガガガ!!!!
と扉に備えて付けられた砲口が火を噴いた。
富士見はノートパソコンと共に粉々になる。
突然の惨状にビゼンや薬膳すら目を見開く。
「放っておけ。あいつは死なねぇ」
黒河がそう言っている間にミチミチと肉は再生し、富士見は服ごと元に戻る。そして扉に触れると、今度こそ扉は開いた。
「ここの制御は僕1人でやるよ。みんなはヘリの中で待機してて。あと10分も経たずに"オツベル"が来る」
富士見は中へ入っていき、扉は閉まった。
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[制御室]へ向かう為、案内表示に従って富士見はエレベーターに乗った。
「マスター」
静かな駆動音で上へ向かうエレベーターの中、横の空間がぐにゃりと歪んだ。
「助かったよ、アルト」
富士見の横に現れたのは、グレーがかった髪に紫色の目をした女性の姿だった。
彼女は自身のメイド服姿を再度確認する。
「新型の光学迷彩は高性能ですが、メイド服にする必要は無かったと提言します。ミニスカートではなかったのが救いですが」
「気に入らなかった?似合ってるけどね?」
「……そういう問題ではないと思考します」
「でも本当に助かったよ。まさか権限が弾かれるとは思わなかった」
「あれには私も驚きました。保安庁があれ程警戒しているとは」
「勤勉だねぇ」
「プロテクトも強力であり、強行的に突破したので恐らく向こうに気づかれているでしょう」
「じゃあ早く終わらせないと」
[制御室]へと辿り着く。
その部屋には透明な樹形図と共に、巨大な筒が鎮座していた。
「アルト、何秒で制御下に置ける?」
「既に全システムを掌握しました。これより塔周辺約500mを当該世界と置換します。よろしいですね?」
「完璧だね。よろしく」
「了解」
ーー空間侵食開始。成功。
ーー固定穴拡大。成功。現在3m。
ーー当該世界へのルート作成。完了。
ーー位相反転準備開始。
ーー空間軸同調開始。
「40秒後に当該世界へ接触します」
5、4、3、2、1……成功。
ーー当該世界と現行世界間のゲート出現を確認。固定開始。
ーーゲート固定完了。ルート固定完了。プロテクト開始……完了。
ーー空間侵食60%
ーー固定穴現在80m
ーー反転準備完了。空間侵食80%、固定穴120m
ーー空間侵食100%、空間軸完全同調。固定穴拡大率上昇。
「……全行程終了。塔周辺約500mを異世界と反転可能です」
この間アルトは指1つ動かさなかった。
ただ、彼女が言葉を発するだけでコンピュータは明滅し、あらゆる演算をこなしていたのだ。
「了解。これから異世界と現空間を反転させるよ。
そっちは大丈夫?」
『問題ねぇ。さっさとやれ』
ヘリの中にいる黒河が富士見に返答する。
富士見はアルトに対して頷いた。
「固定位相反転装置【白象牙の塔】の最終起動を行います。全システムオールグリーン。介入者無し。範囲確認周辺500m。目標捕捉、クレマイヤ王国外れの草原地帯。反転開始!!」
キィィィィィィィィィィィィィン!!!!
辺りが強く光り輝く。
次の瞬間には、その場所から塔は消え去り、草原地帯が現れた。
3分後、塔の防衛部隊"オツベル"が事態を察知し、辿り着いた頃には500mに広がる異世界の草原とその周りで伸びている白里以下新人だけがそこに存在していた。
閲覧ありがとうございました。
追記・5月17日改稿しました。




