白象牙の塔
富士見と黒河、小町と柳生は医療庁の一室で話し合う。
「なるべく多くの人員と物資が必要だ。何せ国全体で蔓延してる病を治さなきゃいけないからね」
「それ以上に人員の輸送だ。召喚陣は保安庁の奴らに押さえられてる。いくら医療庁の戦闘部隊でも連中には勝てん」
「んーー……。雛ちゃん、人員と物資は何とかなる?」
「あ?人員は私の部下を動かしゃ足りるだろうし、物資も余剰分として処分しきれてないのがある。何とかなんだろ」
「それなら大丈夫かも」
富士見はそれはそれは楽しそうに、面白い悪戯を思いついたとでもいうように、そんな笑顔で言葉を放った。
「機構の最新装置。【白象牙の塔】。あれ、襲撃しよう」
それを聞き小町は声にならない悲鳴を上げる。
「大丈夫?」
「さっきから忙しねぇなお前は」
富士見と黒河からそう言われたのに対し、肩を震わせながら
「病人を救いたいのは分かります。私も医療庁の幹部なので。しかし、何でそれがーー」
そこまで言って思いっきり息を吸い、
「何でそれが味方の施設を襲撃する発想になるんですかーーーッ!!??」
と叫んだ。
「よし、それじゃ塔の占拠だな。柳生。ビゼンと薬禅、戦闘部隊の連中を呼びに行くぞ。」
小町の叫びを無視して黒河は指示を出す。
「えっ無視ですか!?」
「あの、すみません」
それまで沈黙を保っていた柳生が尋ね、全員が彼を見る。
「【白象牙の塔】ってなんですか?」
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ツカツカと全員は白い廊下を歩く。
「向こうの世界にいるのはA級エージェントの六城、C級エージェントの鳴瀬だ。あいつらが所属してるのが異世界庁。異世界庁の仕事はわかるよな?」
そう黒河が尋ねる。
「転移者・転生者の発見と回収、異世界召喚に関わった存在の処分もしくは捕縛です」
「そうそう。カルネアデスの前身組織時代にあった
"神域調査部"が組織再編にあたって巨大化したのが今の異世界庁なんだよね」
と富士見が付け加える。
「"神域調査部"の頃はこちら側から異世界へ行く技術が無くてね。たまたま異世界から帰ってこれた人やいくつかの組織を尾け回してようやく異世界へ行く技術を確立したんだよ。 それが
【擬似召喚式】。向こうの世界に召喚陣を投影してこちらが用意した人物を異世界召喚という形で送り込むシステムだよ」
「だが、今の召喚陣では送れるのは精々十数人単位。そこで開発したのが【白象牙の塔】だ。
【擬似召喚式】と違って周囲数キロの空間を入れ替える。それによって工作員でコソコソ行動するんじゃなくて軍隊送り込んで堂々戦争できるようになったわけだ」
「まだ試験段階だからね。実用はされてないよ。今回が初めてじゃないかな?」
黒河の説明に富士見が補足した。
その話を聞いて柳生は目を見開く。
「そんなもの襲撃したら完全に反乱じゃないですか。それに警備だって厳しいでしょう」
「反乱と見られようが私主導なら「また黒河か」と呆れられる程度に済むだろ」
「まぁいつもやらかしてますしねー。痛っ」
そう言った小町の頭を叩く。
「まぁ警備は問題だがな……。あそこを守る防衛部隊"オツベル"は全員A級エージェントで固められてるから医療庁の戦闘部隊じゃ敵わない」
黒河はちらっと富士見を見る。
富士見は問題ないというようにいつも通り笑顔を貼り付けながら、
「さぁ着いたよ。さっさとしないと保安庁が来る」
扉を開けた。
そこには、
「はいはい、主は貴方を救いますとも。アーメン。ん?だれだ?懺悔室にいきなり入って来ないでほしいんだが……ゴフッ!?」
酒を片手に呑んだくれてる金髪の中年がいた。
そして黒河に思いっきり殴られた。
「待て待て待て殴らないで!痛い痛い!」
「ビゼン、てめぇ患者のケアと称して懺悔室作らせておいて酒を飲みながら仕事とはいいご身分だなぁ?」
「ひぃ。か、勘弁してくれよ。お!そこにいるのは小町か!黒河チャンを説得してくれよ」
ビゼンと呼ばれた男が小町に助けを求める。
「残念ながら私が黒河さんを説得できたことはありません。それに今回のはどう見てもビゼンさんが悪いです」
「じゃ、じゃあ柳生!久しぶりだ!助けてくれ」
「お久しぶりです。俺が機構に入って戦闘部隊に配属されて以来ですね。残念ですが俺にも無理です」
「ひでぇ。そもそも何で俺の所にまで来たんだ?連絡くれりゃいいのに」
「そりゃ私達が追われてるから」
そこまで黒河が喋った瞬間、扉を開けて禿頭に法衣姿の男が入ってきた。
「ようビゼン!! いい日本酒を手に入れたんだが飲まないか?」
「ほぅ……?? 薬禅。テメェもグルか……」
「スマン、立て込んでいたようだな。またの機会にしよう……うおっ」
薬禅という男は場の雰囲気を察し逃げ出そうとした。しかしながら富士見が差し出した足に引っかかりバタリと倒れた。
「言い訳は後で聞く。第1戦闘部隊集めて地上用大型昇降装置前に来い」
「いきなりだな!それにさっき追われてるって……」
「全部私の責任でやる。お前らは知りませんでした騙されましたと言えばいい」
ビゼン、薬膳を残し全員懺悔室から出ていった。
「ちょっと待て!おい!」
「風のように去っていったなぁ」
カラカラと薬膳は笑う。
「クソ!一体何をやらせようってんだ!?」
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「というわけで【白象牙の塔】を襲撃するね」
集まった4〜50人はその説明を聞いて目を剥いた。
「いやいやいや!!あそこは保安庁の精鋭で守られてんだぞ!そもそも味方の施設を襲撃するのか!?」
ビゼンの発言に周りも頷く。
「そうしないと人員輸送厳しくてね。それに警備なら大丈夫。今夜はアメリカ本部から新人を連れて帰ってきたB級エージェント・白里の部隊が新人教育で白象牙の塔の守備にあたってる。隊長の白里以外全員E級以下のエージェントだから簡単に制圧できるよ」
医療庁の戦闘部隊はビゼン、薬禅がA級、柳生がC級、その他がD級のメンバーである。
B級の白里、E級の新人が相手ならばまともな戦闘すらせずに制圧できるだろう。
「だからと言って襲っていいわけあるかぁ!!」
「むぅ……ビゼンの言う通りだ。これは反乱だぞ?」
「反乱じゃねぇ。私達は施設を無断利用して人助けするだけだ」
「その無断利用の手段が反乱に準じるんだ!」
「そこまで言うなら付いてこなくてもいいぞ」
「何?おい、待て!」
ビゼンの叫びは無視され、黒河は昇降装置に乗り込み始める。
「ちなみに私が死んだら助けなかったA級のせいって遺書を書いといたからな」
「はぁぁぁ!?」
「ビゼン。向こうは本気だ。抵抗するだけ無駄だぞ」
薬膳は呆れたように両手を上げる。
「ちくしょう!!自分を人質にするなんて卑怯だ!」
黒河の死が自分の責任になる。
そんなオソロシイ事は考えられず、泣く泣くビゼンも作戦に参加する羽目になった。
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月が照り輝き、雲ひとつない夜。
都心では奇妙な事が起きていた。
しかし、誰もそれには気付かない。
大小様々なビルが建ち並ぶが、その中でも群を抜いて巨大な建造物。
機構が秘密裏に所持するそれはビルなどでは無い。
地下都市からヘリを飛ばすための昇降装置である。
『認識阻害装置起動』
数多ある窓から光が発される。
それと同時に人々はその建物に一切眼を向けなくなった。
もし窓の中を見る事が出来れば人々は驚くだろう。
建物の内部が巨大なエレベーターとして機能していたからだ。
『空間葬音装置起動』
建物の屋上は真っ二つに割れ、何かが中からせり上がってくる。
『輸送ヘリ1号機から4号機まで各機離陸を開始』
ローターが回転を始める。
凄まじいエンジン音を鳴らし、タンデムローター式のヘリコプターがふわりと飛び始める。
真っ白の機体だが中心に赤十字が塗装されている。
しかし空中に浮かぶのはその4機だけではない。
唸りを上げて巨大なプロペラが現れた。
『"強襲治療艦"の浮上を確認。相変わらずバケモノみたいな大きさだな』
輸送ヘリのパイロットはそう呟く。
既に離陸した4機の、丁度真ん中にそれは浮かび上がる。
ヘリと呼ぶには奇妙な形であり、機体の上部は長方形で下部は船底のようにカーブしている。
主となるプロペラは機体の真横に2つ、小さなプロペラが他に4つ。その小さなプロペラでも周りを飛んでいるヘリと同等の大きさであった。
「な、何でこんなことに……」
ビゼンは頭を抱えた。
「仕方ない。これも人助けと諦めようぞ」
ハハハと笑いながら薬膳はビゼンの肩を叩く。
「人助け以上に迷惑過ぎるだろ……」
「さて、揃ったみたいだね。始めよう」
ビゼン・薬膳・富士見は同じヘリに搭乗していた。
恨み言を呟くビゼンを無視して富士見は通信を送る。
『これより作戦を開始する!目標は固定位相反転装置【白象牙の塔】!!』
『即席奪取部隊"サンタマリア"は速やかに塔周辺を封鎖し襲撃、防衛部隊"オツベル"到着までに塔を制圧せよ!』
『全機、出撃!!』
本来であれば耳を塞ぎたくなるような爆音も聞こえなければ、地上を歩く誰もがヘリ群に気付かない。
彼らは静かに夜を掻き分けて進む。
機構の秘密施設、【白象牙の塔】を襲う為に。
閲覧ありがとうございます。
本当に不定期更新、気まぐれ執筆で申し訳ありません。この話も長いですがもうしばらくお付き合い下さい。
同時連載中の「死にゆく世界に弔銃を〜狐神様と終末世界紀行〜」https://ncode.syosetu.com/n6707ei/
も、かなり遅れていてすみません。
こっちは1カ月以上投稿出来てないです…。
どうか生暖かく見守ってください。
では次回もよろしくお願いします。
追記・5月15日改稿しました




