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対異世界機構カルネアデス  作者: 南京錠
「ある医者の話」
24/30

「椿」



「と、いう訳で異世界まで出張することになった」


 諸々の事情を説明し、赤い髪の女ーーーー黒河雛はそう言い放つ。


「何がそういう訳なんですか!さっき啖呵を切って保安庁を追い返したんですよー!?本当に捜査対象が潜んでたら次から絶対強制捜査されます!」


「啖呵を切ったのは柳生だろうが。大丈夫だ、あそこの長官に謝っとけば問題ない」


「問題ありますよう!あの副司令根に持つタイプです!異世界で受付嬢やってた私にはわかります!」


 ダークエルフの小町は若干涙目でそう訴える。


「そん時はそん時だ。おい柳生、お前はどう思う」


「……俺は姐さんに従いますよ。多くの人が助かるならそれがいい」


 黒いスーツ姿のオーク、柳生は黒河に賛同した。

 それを聞いて黒河はニヤリと笑い、小町を見る。


「うぅ……。私だって助けられるなら助けたいですけど……」


 戸惑う小町を遮って柳生は話す。


「でも」


「でも?」


「小町さんや姐さん、他の職員が危ない目に遭うなら止めるべきです」


「……お前も機構に入ってから染まったな」


 柳生の言葉を聞いて真顔になった黒河はそう言った。


「どうゆう意味ですか?」


「弱腰になった。いい意味でな。私には無いもんだ。何度かなろうとしたがついぞなれなかったな」


「弱腰って言うか慎重になった感じじゃないかな?」


 意味がわからないと首を傾げる柳生に富士見が話しかける。


「そうだな。私は勝手に体が動く」


「まぁ雛ちゃんは自己保存の法則ガン無視してるからねー。でも今回は、医療庁の特別強行治療部隊を差し向けるから危ない事にはならないと思うけどね」


「「!?」」


 黒河と富士見が無断で異世界へ行くだけだと思っていた2人は、その時始めて自分達も彼らの計画に組み込まれていたのだと気づいた。



   ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢




 一方その頃。

 六城は貧民街の入り口にあるボロ小屋の屋根にいた。

 後ろを振り返り、先ほどまで居た屋敷を見る。


 医療施設として活動出来るようにシルヴァが作ったという話を聞いた時は驚いた。

 あんなに大きな屋敷だ。

 襲われないのかと思ったことが顔に出ていたらしく防衛網を作っていた男は笑って、


「シルヴァ様は俺ら貧乏人にも平等に治療してくださる。そんな恩知らずは貧民街の住人全員に叩き殺されるよ!」


 と言っていた事を思い出す。


「さて、()()が叩き殺される前に捕獲するかね」


 そう呟き六城はごそごそとコートのポケットに手を突っ込み、アイテムボックス(偽)から1丁のボルトアクションライフルを取り出した。

 その時、風が声を拾う。


「〜〜〜だから、僕らだけじゃ無理だよ!」


「貧乏人なぞ我らの剣をかざせばひれ伏すだろう!」


「しかしだな、俺達数人で大丈夫なのか?騎士団が出るべき案件だろう?」


「疫病で皆動けないのだ。既に東の森を監視していた第5騎士団では半数が亡くなったらしい。我らが国を守るのしかあるまい」


「で、でも、僕ら貧乏貴族の息子だけが駆り出されてるじゃないか! 絶対押し付けられただけだよ!」


 僅か5人の人間が馬の上で口論している。

 それは歩兵も無く、人数もなく、経験もないような少年達。


 呆れて物も言えないがこのまま彼らが突撃したらシルヴァを守る住人に殺されるのは明白だ。


「そうなる前に……と」


 カチャリとボルトを操作する。

 狙いは適当。

 当てるつもりはなく、込められている弾丸が飛ぶだけでいい。

 単発のライフルなので戦闘では使用しない。こういった場合に便利な弾だ。


「ーーーーーー躍れ、飛音弾(ひおんだん)


 引き金を引く。射出された弾丸は、


 ピィィィィーーーーーーーーーーーッッッッ!!


 とけたたましい音をたて飛翔する。

 弾は全く適当な方向へと飛んでいったが結果は六城の想定した通りだった。


「うわぁぁぁ!どうしたんだお前ら!!」


「ふっ、振り落とされる!」


 馬が少年騎士達を振り落としていく。

 人間よりも遥かに耳が良い馬は李世の放った弾に驚いたのだった。

 六城はそれを見て屋根から飛び降る。

 その手には銀色のロープが握られていた。


 ドスッ 「ぐえっ」


 ガスッ 「ぎゃあっ」


 メスッ 「ごはっ」


 拳で転げ落ちた少年騎士達の鳩尾を正確に打ち抜いていく。5人全員が意識を落とし、ロープで体を縛る。

 特殊繊維で編まれており、刃物程度では切れないものだ。

 ズルズルと彼らを引きずりながら六城は防衛網へと戻った。



   ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢




「施術終了!!」


 シルヴァとジュリエッタが扉を開いて出てきた。

 壁に背をもたれていた鳴瀬が彼らを見る。


「どうでしたか」


 シルヴァは若干疲れた顔で呟く。


「成功だ。しかし、重体の病人はまだ十数人もいる。1時間程の施術だがこのままでは間に合わないな…」


「シルヴァ様!ご自身の魔力の事もお忘れです!体力も!」


 ジュリエッタがそう付け加えた。


「魔力……ですか?」


「そうか、地球には魔力が無かったな」


「えぇ、まぁ」


 言葉を濁すように鳴瀬は頷く。


「この世界は地球のように科学が発展していない。故に薬草で治療するのが主だ。治癒魔法は外傷しか治せないからな。手術の技術があっても環境がなければ上手くいかない。だから私は魔法で代用した」


「魔法でですか?」


「血液を押し固めたり空気中の細菌を除去したりと色々便利でね」


「しかしシルヴァ様!いくら魔力豊富のエルフ族でもそれだけ精密な魔力操作はかなりの量を消費している筈です!」


「あぁ。だがこれが出来るのは私だけだからな。見ろ、さっき患者から摘出した物だ。これには魔力が詰まっている。残念ながら他人の魔力は使えんが。」


 シルヴァは銀色の盆の上にある虹色の石を見せる。


「そういえば、この病気は何という名前ですか?」


 鳴瀬がそう言った時、シルヴァの持つ銀色の盆から煙が飛び出した。


「っ!?」


 鳴瀬はシルヴァとジュリエッタの腕を掴んで後ろへ飛ぶ。

 

 ズドォ!


 先ほどまでシルヴァが立っていた床に亀裂が入る。


「何ですか、これ」


「オオオオオォォォォォォォ……!!」


 目の前には拳を振り落とした骸骨の姿があった。


 幽霊?怨霊?いや、あれはもっとべつのモノだ。

 鳴瀬はこの化物に違和感を抱く。


「なんだこいつは!?」


「剣が素通りするぞ!」


 辺りにいた護衛達が骸骨に剣を振るうが、切った場所が煙のように散るだけで次の瞬間には元に戻っていた。


「あれは大量の魔力が固まってできている。物理攻撃ではあの様に霧散した後すぐ元に戻ってしまうぞ」


 骸骨を見たシルヴァは額から汗を一滴流す。


「うわぁ!?」


「ガアアアアアアアッッッッ!!!」


 ヴォォンと骸骨は拳を振り回し周りの護衛を蹴散らした。

 壁に吹き飛んでいった護衛を助けようとジュリエッタが走っていく。


「同じ魔力でできた魔法攻撃なら通じるだろう。私が風の魔法で攻撃する!」


「待って下さい!」


 術を発動しようとしたシルヴァを片手で制す。


「私がやります」


 鳴瀬は胸元から赤い石のペンダントを取り出す。

 石は一瞬光り輝き、次の瞬間には鳴瀬の手には彼女の背丈程もある漆黒のメイスが握られていた。

 それを構えて骸骨に向かっていく。


「駄目だ、物理攻撃では奴には効かない!」


 骸骨の振り上げた拳が鳴瀬を捉える。


ドッゴォォォォォォォォォォン!!


「しまった!」


 シルヴァは鳴瀬の元へ駆け寄ろうとした、しかし煙の中から声が聞こえて立ち止まる。



「神をも絡め取る蜘蛛の糸。

常世ならざる者よ。華の如く紅き涙を流せ。


我が槌矛の名はーーーーーー【椿】」




 ガシュンッ!!


 メイスの側面が開き、蒸気を噴射する。

 その勢いで骸骨の頭にメイスが届き、骸骨の全身に稲妻のような赤い衝撃が走る。


「GAAAアアアアaaaaaaァァァァァ!!!」


 ミシリミシリと音がして、骸骨が砕け散る。

 砕けた破片は光となって鳴瀬のメイスに吸収された。


「助かった。ありがとう」


「いえ、仕事ですので。まだ新人ですが」


 ピシッ……


 鳴瀬は何かが割れる音を聞く。

 その先に視線を向けると、先程患者から摘出した虹色の石が砕けていた。



   ♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢



「ん〜〜〜〜〜?」


 小さな蝋燭しかない部屋の中で声が響く。

 声の主が歩くたびにぴちゃぴちゃと水音がする。


「ワタシの育てた病気が死んだ?」


 ゆらゆら揺れる炎に写し出されたのはペストマスクで、黒いローブを着た異様な姿の人物。


「民間人は大して重要視してないから病の進行は遅くしたけど……」


 べしゃっ


「あぁ、落ちてしまった」


 ゆっくりと何かを拾い上げる。

 それはボール程の大きさで、ドロドロと溶け始めていた。


()()()()()()()()()()


 ペストマスクの人物はかつてのクレマイヤ王に腐敗した頭を渡す。


「……ォ……オオ」


 ぐちょっと頭が首に付いた瞬間、王は呻いた。

 

「さぁ王様。臣下がお待ちです」


 バタンッ!


 部屋の扉が開き、彼はヨロヨロと歩きだす。


「さて、誰が病気を殺したのか確認しないと。そうだなぁ……付近にいる罹患者を活性化させようかな」


 指が紫色に光り、空中に文字を描く。


「歩を進めよう、別の世界線まで!!」


「オオオオォォォォォ!!!!」


 死した王は叫ぶ。

 そして城内に生きる者は誰もいない。

 しかし、臣下はその号令によって動きだす。


 崩壊した肉体は再生し、より強靭なものへと再構成され、死んだ者に性別も年齢も関係無いと言うかのように巨大化した。


 そして術は城から漏れ出し貴族街を襲い出す。

 1人残らず怪物となる様に。



閲覧ありがとうございます。

早速ながら変な連中が現れました。

まぁみんな変人ですが。

視点がコロコロ変わって申し訳ないです。

次回もよろしくお願いします。


追記・5月16日改稿しました。

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