王都侵入
光の中に包まれる。
身体が落ちる感覚と共に視界が歪む。
「う……畜生……これだけは慣れないな……」
僅か数秒の出来事だが六城は既に最悪の気分だった。
光が収まり片膝立ちの状態から彼はゆっくりと立ち上がり、ヘッドセットを取り付ける。
「司令部?聞こえるか?」
そう呼びかけると女性オペレーターの声が返ってきた。
声の主は先ほど廊下ですれ違った東雲というオペレーターだった。
『こちら司令部。周囲はどうですか?』
朝陽が昇る前で、月は落ちかけていたが周囲はまだ暗かった。
そこかしこから植物の匂いがした。
六城はおどけた声で返答する。
「空気がいいよ」
『そこはリングヘルン王国の王都から少し離れた"青の森"です』
「森の外に出る方向を教えてくれ」
『そこをずっと右に行くと街道があるので、そこから向かえます』
「了解……ん?」
気配を感じて振り向くと、獣道から光る目玉が2つ、こちらに向かってくる。
六条は聖句が刻印された銀製のナイフを取り出して投げた。
ナイフは獣の足元に突き刺さり、眩い光を放つ。
周囲が一瞬だけ輝くと獣は逃げ去り、彼を襲うものは居なくなっていた。
風が強い。
木の葉が散り、バサバサと彼の髪が乱れた。
木々の合間を縫って鬱蒼とした森を抜ける。
「ここをまっすぐ……あれは城壁か?」
彼はかろうじて街道の先に建造物を確認する。
『そうです。一般的な「異世界」と同じで、魔法を除けば文明レベルは中世くらいですね』
「なるほど、いつも通りだな」
下手にSFチックな世界に飛ばされても困るので、むしろこの牧歌的な世界は有り難い。
次第に夜が白んできて、辺りがしっかりと分かるようになる。
小高い丘とその奥に茶色の城壁が見えてきた。
「そろそろだな、王都に侵入する。光学迷彩を起動するから、その間はこちらから応答は出来なくなるがいいな?」
『了解』
六城は通信を切り、茶色のコートに付いているボタンを押す。
カチッ………フォォォォン
近くにいても聞き取れないような小さな音で装置は起動した。
光学迷彩。
コートに装着されたその装置は背景と色を合わせ周囲に溶け込みたことができる。
カメレオンのように周囲に合わせて色を変化させ、たちまち彼の姿は見えなくなった。
城門近辺には様々な服を着た人間が天幕を片付け、火を消していた。
その多くが隊商と見られ、門では1列に荷馬車が並んでいる。
しばらくすると城門から槍を持った兵士が現れた。
「これより開門する!査証を持つ者は左へ!それ以外の者は右の扉にて待機せよ!」
ギィィィィィィィィィ……
大きく響く鈍い音と共に分厚い両方の扉が開かれる。
左に多くの騎士を引き連れた馬車や煌びやかな装飾を施した馬に乗った男が護衛と共に並んで行く。
おそらく貴族や大富豪専用の扉なのだろう。
バレないように六城はその扉を通過し、無事王都に侵入した。
狭く人通りの少ない路地に入り、光学迷彩を解除する。
そして彼は人差し指にはめてある指輪に囁いた。
「認識改変装置発動。対象は俺以外の全員だ」
少しして六城の輪郭がぼやけ、彼の姿は変化する。
黒服に茶色のコートを羽織っていたがそれはたちまち消えてしまい、城門前にいた旅人のようにボロボロのコートとターバンに変わった。
この装置には服装や体格、顔の認識を操作する力がある。
例え男であろうと美女に見せかけられるのだ。
無論、認識改変の力は見た目だけなので野太い声や仕草でバレてしまうがそれに気をつけてれば潜入にはぴったりの代物だった。
このようにして周囲から怪しまれない格好に変わった六城はヘッドセットを弄り、再び通信を行う。
「オペレーター、聞こえているか?」
『はい、聞こえます。王都に入りましたか?』
「そうだ。王城から転移者の反応を確認した。そちらでも確認してくれ」
彼の目の前に青く光るディスプレイが浮かんだ。
しかし周囲の人間がそれを気にすることはない。
否、見えていないのである。
ディスプレイは網膜に投影されておりヘッドセットもまた、周辺の認識を改変する事でその違和感を消していた。
『はい。同じく王城から反応を確認。やはりこの国の権力者が絡んでいましたね』
国の中心部にそびえ立つ白い建物の睨む。
オペレーターの言う通り、王城にはひときわ輝く緑色の点が存在していた。
「よし、王城に乗り込むとするか。何かあれば下賀茂司令に連絡してくれ」
『了解。気をつけて下さい』
六条は王城に向かって歩き出した。
閲覧ありがとうございました。
2023/4/18改稿。