技術庁
「まずは武装を揃えないとな。技術庁に行くぞ」
2人は富士見の血を片付けた後、異世界庁から出て行く。
「先輩。あれは?」
「この地下都市の巡回バスだ。」
何人かが降りてから2人は乗り込みバスは発進した。排気音をほとんど出さず静かに走る。
「バスに乗るのも久しぶりだな」
「走った方が早いですもんね」
「いや走らないから。普段は原付乗り回してるんだよ」
「原付?地下で排気ガスは平気なんですか?」
「地下は……まぁ大丈夫だろ……注意されるけど」
「駄目じゃないですか……」
暫く走って大きな白い建物の前でバスは止まる。
「ついたぞ。ここが技術庁だ。基本的に武装や術式はここで研究・開発されてる。まずは工廠局だ」
建物の奥にある巨大な工場へ歩いて行くとどこからか声が聞こえる。
『セキュリティカードを提示して下さい』
「セキュリティカード?」
「初日に貰わなかったか?」
鳴瀬はパーカーのポケットを探る。
「これですかね……?」
鳴瀬が取り出したカードは、一面の黒い唐草模様に10ばかりの文字を印刷した奇妙なものだった。
「いや、違うだろ。というか何だそれは」
ピーッ
しかし、明らかにセキュリティカードではない鳴瀬のカードに反応してゲートが開く。
「何?……まぁいいか」
少し疑問ながら反応したなら大丈夫かと六城は思い、自身のセキュリティカードも提示する。
「ヒヒヒヒ、やぁ。エージェント・六城と……」
ゲートの先には痩せた体に眼のきょろきょろとした男が立っていた。
鳴瀬を見て言葉を詰まらせる。
「よう。こいつは新人でC級の鳴瀬だ」
「ほう。ほうほうほう。新人なのにC級とは。私はA級研究員の木村尚志。今日の用事はなんだね?」
「鳴瀬にエージェントの基本装備を用意してくれないか」
「新人とはいえ基本装備を持って無いのかね」
「まぁな。訳ありだ」
「ついてきたまえ」
白い廊下を歩き、1つの部屋に通される。
「じゃあまずはこれだ」
木村は手に持っている黒いカバンを机に置いて開く。
「これは?」
「周囲認識改変リングだよ。潜入時には必須だろう?」
取り出したのは何の変哲も無い銀色の指輪だった。
「認識改変……」
それに対し六城は指輪を見ながら答える。
「この指輪は指定した服装や顔に見えるよう人々に認識させることができる。これのお陰でパワードスーツを着て完全武装でも潜入できるようになった」
「社交界からスラム街まで。あらゆる場所で人混みに紛れられる科学技術部自慢の逸品だとも。いくつかあるからサイズ合ったやつを持って行くがいいさ。」
と木村は言いながら数枚のコートを取り出す。
「次はこれだ」
「インビジブルコートか。タイプは?」
「君と同じでいいと思う」
「あの、それは?」
鳴瀬が訪ねると六城が答える。
「早い話が光学迷彩を施したコートだな。あらゆる風景に溶け込んで周りから見えなくなる。これもエージェントに必須の潜入用具だ」
木村は服を並べながら
「防寒、防弾、防刃に優れた素材でできてるよ。ただ稼働時間が3時間くらいなのがネックかな」
「なるほど……。あの、指輪はこれでお願いします」
鳴瀬はサイズが合った指輪を右手の人差し指につけた。
「流石にパーカーの上からコートは変だな」
と木村は言う。
「そうですね……。ただ、思い入れがある服なのであまり変えたくないです」
「ふむ。ならそのパーカーに光学迷彩を施そうか。如何かね?」
「それができるならお願いします」
鳴瀬は少し考えてそう答える。
「ではやっておくとしよう。それまではこれを羽織るといい」
と木村は六城が着ている茶色のロングコートと同じものを渡す。
「よし次だ」
カバンの中から包帯とカプセルを取り出した。
「これは便利だから携帯しておけ」
「医療庁と合同開発した医療用ナノマシン配合の万能包帯だ。毒でも傷でも受けた場所に貼ればナノマシンが解析して治療してくれる。カプセルも同じで毒を盛られた時に飲めば体内の毒素を排除する」
「ちなみにシルヴァ……藤堂が受けた毒矢の治療もこれを使った」
「なるほど……ありがとうこざいます。でもこれいきなり毒を盛られたらどうするんですか?」
「そこはまた別の対処がある。お前はこの任務が終わったら医療庁に行ってもらうからな」
「……はぁ?」
「とりあえずこれで最後であろうな」
木村は手の平くらいの白色の四角い箱を出す。
「これは転生・転移者がよく使っているアイテムボックスとかいうやつの模造品だ。ポケットにこの装置を入れておくとそのポケットが物を30個くらい収納できる。ただし手を入れてすぐ取り出せるのは5個くらいだから緊急性の高い物は入れない方がいい」
「わかりました」
鳴瀬はガーターパンツのポケットにアイテムボックス(偽)を入れる。
「六城君。彼女を技術庁に案内したらどうだね?」
「あぁ。そうだな」
「よし!では私も行こう」
3人は工廠局から出て技術庁の中に入る。
「工廠局は色んな部が研究した兵器や術式を造りだす場所だ。私は科学技術部と工廠局の総責任者。この技術庁には8つの部署がある。日夜研究に忙しいよ」
木村はそう言ってフロアを歩く。
「1階は科学技術部。文字通り科学を主題に研究している。先程の道具はここが開発したのだ」
数人の白衣を着た男達が木村を見つけると慌てて近づいて来た。
「木村研究員!!どこにいらっしゃったんですか!例の報告書、今日までに上に提出しないと!」
「む?あれは今日までかね!?」
「だから言ったんですよ、テニスとかしてる場合じゃないって!早く来てください!」
木村は青ざめた顔で六城と鳴瀬を振り向いた。
「すまない。そういう訳だからあとの案内は君に任せる」
「……わかった。行ってこい」
ため息をつきながら六城がそう答えると木村は走り去っていく。
「……研究員という方は皆さんあんな感じですか?」
「頭が良い分どこかネジが飛んでるんだろうなぁ」
エレベーターに乗って上へ向かう。
李世は各階の説明をしていく。
「2階。ここは魔法技術研究部だ。残念だがこの世界に魔法の元になる魔素はほとんどないから魔法を使える人間が非常に少ない。この部署では異世界の魔法を地球で使えるように研究している」
「3階。神術研究部。異世界神が「神」によって生み出されたリソースをどのように利用し権能を振るってるかの研究だな」
「4階。古典呪術研究課と地球外技術探求課。前者は人々の怨みなどによる呪術研究。後者は文字通り地球外技術の探査。あまり成果は上がってないらしいが」
「5階。召喚術研究部。天使や悪魔の召喚を目的にしていた部署だ。ただ最近は異世界から転生・転移者の逆召喚ができるかどうかの研究が主だな」
「……あいつはいないな。6階。陰陽五行研究部。ここは」
「あっ!利生!」
1つの部屋から少女が飛び出てくる。
六城の身体が一瞬強張る。
「と、巴……。いたのか……なぜ気づいた?」
巴と呼ばれた少女は片目が髪で隠れており、そうでない方の目で2人を見る。
「みんなが教えてくれたの。久しぶりだね、李世。こっちのお姉さんは?」
「あぁ……。新人の鳴瀬だ。それでもC級エージェントだし多分歳上だろうから失礼なことを言うなよ」
「鳴瀬沙耶といいます。よろしくお願いますね」
「私はD級研究員の五色院巴。ねぇお姉さん。施設を見にきたんだよね?案内してあげるよ!」
そう言って巴は2人の腕を引く。
「ここはね、妖怪や式神の使役で怪異に対抗する古来からの術、"陰陽道"を研究する部署だよ」
六城がそれに補足する。
「もともとは日本に居た陰陽機関"五色院"が戦後解体、機構の前身組織ラテーロに吸収合併された時にできた部署だ」
「五色院……?確か巴さんの名前は……」
「ねぇ2人とも。後ろに居るよ」
そう巴が言った時に鳴瀬は首を傾げ、六城は声にならない叫びを上げて鳴瀬の後ろに隠れる。
「ふざけんな……!居るってお前……お前!」
「あははははは!!やっぱりまだ治ってなかったんだね、幽霊嫌い!」
そう言って巴は笑う。
「幽霊?あぁ、確かに弱いですが居ますね。嫌いなんですか?」
「物理攻撃が通じない、呪いとか振りまくとかどうやっても倒せないだろうが!」
「はぁ……。先輩。落ち着いて下さい。具体的には手を離して下さい。対処法さえ知れば大丈夫ですから」
そう言ってから鳴瀬は言葉を紡ぐ。
"夜に灰に少しの胡椒、死に連なる者が求める、
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
海水と波打ち際の間に涸れた井戸。
そこに住むある人に言ってくれ、
できないというなら私は答える。
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
忘れるな、
呪いの言葉を。"
呟いた言葉に呼応して電灯が点滅し、バチンっという音と共にその1つが砕け散った。
閲覧ありがとうございました。
追記・5月14日改稿しました。