一時帰還
「先輩」
「まて、説明が先だ」
会議室の中2人は向き合っていた。
鳴瀬の表情はまだ固い。
「いいか? 機構において転移者と転生者は扱いがだいぶ変わるんだ」
「どちらも同じ回収対象ですよね?」
鳴瀬は首を傾げる。
それを見て六城は鳴瀬が新人教育を受けていないことを思い出し、説明を始める。
・転移者は地球での肉体のまま異世界へ行く。
→肉体は地球から消失
・転移者は地球で死んでから魂のまま異世界へ行く。
→遺体として肉体は残る。
「こんなところだ。まぁチート能力がついたりつかなかったり神が現れたりと異世界に行く条件は色々変わるがな。機構ではそれをA案件やB案件と区別しているが後で説明する」
会議室のディスプレイに文字を映し出す。
「ではなぜ両者の扱いが変わるんですか?」
「魂が馴染むんだよ。向こうの世界に」
「魂が馴染む?」
「そうだ。この世界の人間は「神」の管轄下だから器が違う。あらゆる力を受け入れられるしそれに馴染むのも早い。そして転生者は異世界で生まれてから何年もかけて育つ。その間に馴染むんだ」
「そうするとどうなるんです?」
「魂が世界に癒着してこちらに引き戻すのが難しくなる。1年や2年までならどれだけ帰りたがらなくても無理矢理連れて帰れる。ただ、10年20年住み着いてる奴は本人が帰ることに賛成しなければなその世界から連れもどせない。そしてそういうのは大抵転生者だ。なまじ遺体が残るせいで異世界に行ったかが分かりづらい。葬儀所にエージェントを派遣する訳にもいかないからな」
「なぜ脅しを?」
「ああやって期間を設けて脅迫すればその間に心の整理もつく。やり残しも全て終わらせて多少未練がありながらも仕方ないとすんなり帰ってきて貰えるからな」
「なるほど……」
「特に今回の回収対象は権力闘争に敗れて意気消沈状態だったからあの手を選んだ。失望したか?」
「いえ、あまり好きなやり方ではありませんが。前の仕事場でも自分達の正義を通す為に同じようなことをしてましたから」
「正義……ね」
「それに、ここへは無理矢理入ったのであまり文句を言う訳にもいきません」
「何? 12人委員会からのスカウトじゃないのか?」
そう聞くと鳴瀬は慌てて言い繕う。
「す、すみません。間違えてました。そうです、スカウトです。」
その様子を見て六城が何か言おうとしたとき扉が開き1人の男が現れた。
「やぁアルベルト君!無事に帰ってきたみたいだねぇ。どうだった?」
「富士見か。俺の名前は六城だ。対象はやはり襲われていたぞ。とりあえず3日後に迎えに行く。今はナノマシンで監視しているから何かあればすぐ出動する」
「オッケー!それで?彼女は誰だい?シンディー?」
富士見は六城の反対側に座っている鳴瀬を見て尋ねる。
「あ?何で覚えてない。遂に俺以外も覚えられなくなったか?」
「ゴメンって!本当に分からないんだ!」
嘘はついてないらしい。
呆れながら六城は答える。
「こいつは新人の鳴瀬だ。C級エージェントのな」
「鳴瀬さんか。よろしく!」
「鳴瀬。俺の妹だったりしないか?」
「他人の修羅場を面白がったり銃で脅したりする様な人の妹では無いです」
「あれ?会ったことあった?ごめんよ。大分ポンコツな頭でねぇ」
「その話も2回目です……」
鳴瀬が疲れた顔で富士見に向かって言う。
富士見は言葉を続けるがそれは途切れた。
「あははは。そう言えば武装は……ガハッ!!」
銃声。
富士見の胸が赤く染まり、肉が飛び散ちり血が床を汚す。
富士見の体はゆっくり傾いて倒れる。
2人はまだ煙を吐く拳銃を持つ者の正体を見た。
「おぅ富士見、テメェこんなとこでうろついてたのか。仕事しろ仕事。ん?返事がねぇな。死んだか?」
そこに現れたのは白衣を着た赤髪の女だった。
ゴォォォン!!
巨大メイスが顕現する。
六城の前に立った鳴瀬はそれを構えた。
「まて鳴瀬。落ち着け」
六城は鳴瀬の肩を掴んで彼女を抑える。
「先輩!しかし富士見さんが……!」
「安心しろあいつは死ねないからな」
「はい?」
倒れていた富士見がムクリと起き上がる。
胸に空いていた大きな穴は塞がっていた。
「あーあー眼鏡のフレームが曲がってる。酷いなぁ雛ちゃん」
「チッ。45口径銃で撃っても死なねぇのか」
「今度こそ死にたかったから倒れたままだったけどねぇ。すぐ傷塞がっちゃったんだもの」
「一体いつになったら死ぬんだテメェ。ところで見ない顔だな。新人か?」
女は鳴瀬を見て尋ねる。
鳴瀬は混乱しながらも質問に答えた。
「は、はい。先日配属されたC級エージェントの鳴瀬です」
「そうか。ん?新人でC級?しかもこんなガキが?」
「ガキっていうなよ。こいつは若いが動ける。素性に関しては詮索するなよ」
「久しぶりだな六城。訳ありか。今はそいつとペアで任務をしてんのか?」
「まぁな」
女は再び鳴瀬の方を向く。
「私の名前は黒河雛だ。医療庁の最高責任者をやってる」
「ちなみにS級の医師だから腕は確実だぞ」
と六城が付け加える。
「あの、それで富士見さんは一体?」
「僕?死ねない人間だよ。どれだけ殺されようが死が許されていないんだ」
「しかもこいつは原因不明で不老不死だ。もう500年くらい生きてんだろ?」
黒河と名乗る女性はそう尋ねた。
「そうだねー。異常能力者としてここに連れてこられたのは1900年頃かなぁ。数百年溜め込んだ知識を利用できる職場だから僕としては楽しいんだけどね」
「いいか鳴瀬。富士見は驚くべきほどデタラメに不死身だ。ただ戦闘は出来ないし普段も危なっかしい」
「おまけに胡散臭いですよね……?」
「そうだ」
「酷くないかい!?」
「そういう訳でこいつはS級研究員だ。会う度に殺してるんだがまだ死なねぇ。おい、仕事に戻るぞ」
「エージェントから話を聞くのも一応仕事なんだけどねぇ。そうだ、鳴瀬さんまだ武装揃えてないんでしょ?しっかり揃えたさせた方がいいよ六城君。」
「あぁ。そうする。じゃあまたな」
ズルズルと黒河に引きづられながら富士見が帰って行く。
「あいつは不死身の富士見なんてふざけた二つ名まであるからな」
「先輩」
「ん?」
「これ、掃除すべきですよね?」
そう言って鳴瀬が指差したのは富士見の血で塗れた床だった。
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ズルズル……ズルズル
会議室から離れ、黒河は富士見の首根っこを掴み、引きづりながら歩く。
「2人とも似てるから間違えちゃうよね」
ぼそりと富士見が呟いたが、黒河には聞こえなかったようだ。
「何か言ったか?」
「いや、何も?というかその引きづり方で僕の首が絞まってるんだけどね?」
「死にたいんだろ?丁度いい」
「残念ながら首絞めで死ねた事は無いなぁ」
廊下には血の跡がべったりと残り、その後始末にかなりの人数の職員が駆り出される事となった。
閲覧ありがとうございました。
5月14日改稿しました。