医者の20年
とはいえ実際アルビアさんに医療の知識が全くない訳ではなかった。
それこそ爺さんは薬草に幅広く精通していたし回復魔法も使えた。
この世界の回復魔法は切り傷や打撲を治すことはできるが病気や心の傷を治すことはできないらしい。
まぁそれをやられたら私の立場なくなる訳だが。
そんなこんなでこの世界の薬草を教えてもらう為にアルビアさんの所には頻繁に通った。
「おぉ、来たかシルヴァ」
「こんにちはアルビアさん。……早速聞きたいことがあるんですが、この薬草の効果って……」
「どれ。ふむ、これか。これはな……」
こんな感じに過ごし数年が過ぎたある日。
「シルヴァ!シルヴァ!」
「アルビアさん?何ですか?」
「お主、クレマイヤ王国に行く気はないかの?」
「クレマイヤって、隣国の?」
クレマイヤ王国。国境となる森を挟んで唯一エルフ国との国交を結んでいる隣国だ。
「そうじゃ。向こうの学校が生徒を募集しておるらしくてな。どうじゃ?」
「どうって言われても……私10歳ですよ?行きたいですが……両親も納得してくれるかどうか」
まぁ前世の年齢と合わせれば40歳になるが。
「お主は大人びておるし、アトフとペトラにはワシが説得してみせよう。こんな機会滅多に無いぞ! 」
アルビアさんの熱心な勧めで結局私はクレマイヤ王国の学校に行く事になった。
そして入学から数日。
彼女と出会った。
「きゃあっ!」
「失せろ貧民街のガキが!」
寮へと戻る私の眼前で10歳前後の少女が男に蹴り飛ばされる。
「いたたたた……」
「大丈夫!?」
男はそのまま立ち去り、私は少女に声をかける。
「はい……貴方もしかしてエルフですか!?」
「う、うん。それより怪我は平気?」
「これですか?いつものことですし大丈夫ですよ」
「いや、何かあったら事だ。簡易的だが手当てしよう。"治癒"」
簡単な魔法くらいならこの10年で使えるようになった。彼女の痣はみるみるうちに消えていった。
それを見て彼女は驚愕する。
「魔法が使えるんですか!?」
「少しだけだよ。ほら治った」
「あの、すみません。一緒に来て頂けませんか!」
そう言うや否や彼女は私の腕を掴んで走り出す。
彼女の細い手足の一体どこから私を引きずるほどの力が湧いてくるのか不思議に思う。
連れて来られたのは貧民街の奥。
薄暗い小屋だった。
「廃屋?」
「私の家です……」
「そうか……すまない」
「いえ、あの学校に行くような人を連れて来たのは私も慌ててました。妙な連中に目を付けられないといいのですが……」
今それを言うのか。
とにかく小屋の中に入る。
小屋の中は小さい部屋が一つだけ。
物もなく唯一あるベッドには老婆が眠っていた。
「お婆ちゃん!」
「ジュリエッタ……ゴホッ」
起き上がった老婆の身体はガリガリで、おまけに何か病気に罹っているようだった。
彼女はジュリエッタというのか。
ここに来て私はようやく彼女の名前を知った。
「つまり、君の母を診て欲しくて連れて来たと」
「本当にすみません……」
「ここまで来たからもういいけど。君のお婆さんは体力がまず無いんだ。これで食べ物を買って来て。胃に負担がかからないもので」
ジュリエッタに小銭を渡すと彼女はすぐに外へ出ていった。
その間に診察を行う。
ジュリエッタの祖母は軽い肺炎だったので手持ちの薬草を調合して薬を施した。
「買って来ました!」
ジュリエッタが帰って来て食事をする。
「私はもう帰るよ」
「あの、代金は……」
「食事を作って貰ったからいいよ。経過観察でまた診にくるから」
そうして私は貧民街に出入りすることとなった。
貧民街の人間は私が思っていたほど荒くれ者ではなかった。
私が色々治療して回ったせいもあるだろう。
治療の対価として情報などを貰ってはいたが。
「シルヴァ様!」
ジュリエッタはいつの間にか私の助手になっていた。文字を教えたらすぐ覚えたし、興味ありそうに医学書を見ていたので暇な時に教えたら少なくともこの世界の医者よりちゃんとした医者になっていた。
私は学校を早々に卒業し、国の研究機関に勤めるようなった。
「クレマイヤ王国名誉男爵の称号を叙爵する」
数々の発見をし、医療を飛躍的に進歩させたと異例の出世を遂げた。
前世の知識があるのだから当たり前だ。
ただ、貴族の権力が手に入ったのは有り難かった。
下水道を整備させ、国の医療機関とは別に医療団を設立し、それと同時に分け隔て無く人々を治療する病院を貧民街に作った。
多少なりとも浮かれていたのだろう。
周りが見えていなかったのだ。
ある日、私は貴族から国家転覆罪を告発された。
安価で誰でも治療する医療団が元々あった医療機関の利権を大きく妨害していたからその恨みであろう。
エルフである私が大きな顔をしていたのも妬みを買った原因だろう。
医療団は解散になり、団長は暗殺された。支援者は皆何らかの罪を受け処刑になったらしい。
私はエルフなので即処刑ではなかったが、牢屋に繋がれて閉じ込められる。
そこに再び現れたのがジュリエッタだった。
「シルヴァ様!見つけました!」
牢屋に繋がれた私を彼女は呼んだ。
「ジュリエッタ……。何故ここに」
「シルヴァ様を助けに来ました。馬車を待たせています。すぐに逃げましょう。シルヴァ様の故郷へ。」
そうして彼女は私を連れ出した。
脱獄したその日、牢屋生活だったせいか熱が出た。
そのせいなのかうわ言のように呟く。
「お婆さんはいいのか……」
「貧民街のみんなが面倒を見てくれるそうです」
「すまない。君をこんなことに巻き込んで」
そう呟く私に彼女は微笑んで、
「シルヴァ様は私を助けてくれました。そしてあらゆる人々を救おうとしていた。私はそんなシルヴァ様が好きです」
そう言って彼女は馬車で移動中付きっ切りで看病してくれた。
エルフ国とクレマイヤ王国の国境となっている森。
バキッ。
その手前で奇妙な音が鳴り馬車が壊れる。
いや、壊された。
王国の追っ手により。
護衛が何名かいたが我々が逃げ出した時に囮となって死んでいった。
森の中を夢中で逃げ回るが奴らには追いつかれた。
もう逃げ場はない。
ジュリエッタを逃し、全力を持って抵抗したが剣は折れ、弾かれた。
これで終わりか。あっけないな。
斧や剣を持った男がやってくる。
目を瞑ってそれが私の首を撥ね飛ばすのを待つ。
しかしその時は永遠に来なかった。
おそるおそる目を開けると、くたびれた黒髪の男と銀髪の少女がいた。そして、その足元には追っ手が血を流しながら倒れている。
「あんたが藤堂博之か?危なかったな、安心しろ。あんたを助けに来ただけだ」
私は男が発した懐かしい日本語を聞き、安堵してしまいその場で気絶した。
閲覧ありがとうございました。
という訳で藤堂ことシルヴァ君が20年何をやっていたかでした。
新作「死にゆく世界に弔銃を〜狐神様と終末世界紀行〜」を執筆しました。
よろしくお願いします。
追記・5月13日大幅に改稿しました。