医者の転生
私がまだ人間だった頃。この体に生まれ変わる前。
持病があった私は幼い頃からよく医者の世話になっていた。
キビキビと動いて指示を出し、体の辛さを理解してくれた先生は私の憧れだった。
いつか、あんな風な大人になりたいと。
そう思った。
学生になった時もやはり、苦しんでいる人々を救いたいと考えていた。
医者になった時はおもわず涙したものだ。
今まで助けられる立場だった私が、助ける立場になれたのだ。
とても嬉しかった。とても誇らしかった。
しかし持病は私を蝕んだ。20代までは耐えられたが、仕事に追われて体力を失った時に病の進行はより激しくなった。
最期は悪化した病に倒れ伏し、病院のベットで細くなった手足を見ながらただ考えていた。
もし次の生があるのならば健康な体を。そして人々を救う医者になりたいと。
そうして私は死んだーー筈だった。
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目を覚ます。
何故か体の動かせる部分が小さくなっている気がする。いや、それどころか体がほとんど動かない!
声をだして人を呼ぼうとする。
「あー……うーあーうー」
だめだ。
こんな赤ん坊のような声しか出ない。
だがそれを聞いたのか人が近づいてきた。
視線を向けると金髪の美しい女性が立っていた。
看護師にこんな人いただろうか。
「あら、目が覚めたのね。シルヴァ」
彼女は確かに私に向かってシルヴァと言った。
誰だそれは。
私はそんな名前じゃない!と抗議したかったが、
「うーう、あーう」
こんな言葉しか出なかった。
そもそもこの人白衣着てないじゃないか。
というかここ病院ですらないぞ!
ログハウスみたいな雰囲気の場所だ。
一体どうなってるんだ。
そして極め付けはこれだった。
「水の精よ。一雫の恵みを与えたまえ」
そう女性が呟くと樽の中に水が一杯になった。
もうだめだ。
理解できない。
現実を受け入れることを拒否した私は再び眠った。
この世界が今まで生きていた世界と違うこと、そしてどうやら私は生まれ変わったらしいということを理解できたのはそれから数日経ってからだった。
それから5年が過ぎた。見ず知らずの女性に赤ん坊として世話をされるのは非常にマズイ光景だったため心の奥に封印した。
その間に文字やこの世界のことについて学んだ。
両親はかなり怪しい子供の演技をしていた私を賢い子供だと言ってとても可愛がってくれた。
私はエルフという種族に生まれ変わったらしい。エルフは森の中に里を作り、いくつもの里で国が形成されているとのことだ。
私のいる里はエルフ国では結構な田舎らしく、人口が非常に少ない。これはエルフが長生きな分妊娠しづらいという特性によるものもある。
里の住人はみんなが顔なじみだ。みんな200〜800歳くらい生きるから里の中でも唯一の子供である私の成長はみんなが楽しみにしていたようだ。
エルフは20歳くらいまでは人間と変わらず成長しそれからゆっくり老いるらしい。
身体能力は高く、魔力を豊富に持つエルフは歴史上何度も人間が奴隷として使役するために攻めてきた。
しかしエルフは天然の要害に囲まれ、その能力で幾度となく人間を退けてきた。
現在では多少の差別は残っているようだが、周辺国との交易もある。
……とまぁここまでエルフについて書き連ねたが私が驚いたのはそんなところではない。
この世界の医療水準が非常に低いのだ。
これは自分の中で一番大きかった。衛生観念なんて微塵もない。
医者は怪しいシャーマン1人。
とりあえず医者と名乗っているのでどんなことをしているのか気になって彼の元へ行ってみた。
「アルビアさーーん? いますかーーー?」
巨大な木に建てられているログハウスの1つに赴き、彼を呼ぶ。
しばらくするとドアが開きエルフでも結構な年齢がありそうな老人が現れる。
「おや、君は確か……」
「シルヴァです。アトフとペトラの息子です」
「そうだそうだ!ワシも君の出産の儀式に立ち会ったからのぅ」
まさかとは思うがその格好のままじゃなかろうな。
「出産の儀式にはその格好で?」
アルビアさんは首を傾げ
「そりゃそうじゃ。シャーマンはこれ以外に服を持たない。何十年と渡って魔法薬が染み込むからワシがいるだけでこの里には病魔が入ってこなくなるんじゃ」
「え、衛生観念は……」
だめだこれは。
ずっと服を変えてないとかいつの時代だよ……。
私はそう思って崩れ落ちた。
追記・5月13日改稿しました。