3話『クエスト報酬』
モココの毛刈りを粗方済ませ、綿が汚れないように気をつけながら借り物のバックに詰める俺と、意気揚々とスコップと植物の種を取り出すサアヤ。
「自宅にあれだけの花があるのに、相当花が好きなんだな」
棘が立たないように気をつけながら、土の中に埋もれていく種たちを眺める。
ここ、「始まりの地」浅部には、その隅っこになぜか畑じみた空間が出来上がっていた。
「うふふ、こういう自然にできたダンジョンには、春夏秋冬のどれかの季節を司っているものが多いんですよ?このダンジョンは一応、春と同じ環境ということになっています。今は秋ですが、ここでは季節はずれの植物が手に入るんです。」
さすが異世界。ダンジョンの範囲内のみとはいえ季節すら塗り替えてしまうとは、粋な計らいをするものだ。
確かに秋に春の植物が売り場に出れば人気も増すのだろう。
「へー、じゃあここは、一年中春の陽気ということなのか」
俺の言葉にサアヤが頷く。
「そうです。他の季節のダンジョンもありますが、自然系のダンジョンでは冬を頂点に、だんだんレベルが上がっていきますので、挑戦する際にはご注意ください。それらのダンジョンの比較的安全な場所には、このように畑が設置されています。それぞれの季節にあった作物が採れるので、どうしても欲しい食材などがあったらぜひ使ってみて下さい」
...誰が畑なんて作ったんだろう。
気になることはまだまだ山積みだが、今はクエストの終了を依頼主に報告する方が先だ。
種を植え終えたサアヤが、膝についた土を満足気に払い、俺たちは依頼主の元へ向かった。
依頼主は奇遇にも、たびたび話に上がってきていた雑貨屋だった。
サアヤの案内でたどり着き、お店というより少し古くなった洋風の家、という印象を受ける建物の扉を開ける。
「いらっしゃいませー。」
鈴の音と同時、間延びした声が聞こえてくる。声は聞こえてくるが、姿は見えない。
どうやら店の奥。作業場のようなところで手芸をしているみたいだ。
悪いと思いつつ、ついその中を覗き見てしまう。が、その集中力が凄まじく、思い切って声をかけてみても気づく気配がない。
...これはすごい。色の着いた和紙に似た素材のものが、瞬く間に薔薇の形になっていくのを見ながら、その手際の良さに感心する。
それぞれ色も形も異なるものを何輪も作っているようで、机の上には既に同じようなものがいくつもある。
ただ俺の隣でぐぬぬ、と唸っているサアヤさん。顔が怖いんですが。
どうやら生の植物を扱っている花屋としては、造花について何か思うところがあるのかもしれない。
しかしまあ、困った。
依頼主がこちらに構ってくれないのであれば、報酬を受け取ることができない。
いっそ強引に作業を中断させるか。
あんな楽しそうにしているのを邪魔するのも気が引けるが、こちらは生活が懸かっているのだ。仕方のない措置だろう。
作業場に踏み込むタイミングを見計らっていると、突然2階から足音が聞こえてきた。
なんだ?別の店員さんがいたのか。
現れたのは茶髪長身の、活発そうな印象の婦人だった。
「いらっしゃいませ!こらエリス。お客さん放っぽってなにやってんだい。すまないねぇ、この子、作業に集中すると周りが見えなくなっちゃうから」
「は、はあ」
降りてきた途端に会釈をし、続いて娘の背中を軽く叩き、少女を叱責。
俺はそのやりとりにやや苦笑い。
当の少女はといえば、未だ集中力を持て余しているのかぼんやりとしている。
「ああ、サアヤちゃんじゃないか、こんにちは。男の子の方は見ない顔だね。他所から来た人かい?」
物怖じしない性格なのか、初対面の俺にも自然な態度で接してくれる。
世界単位のぼっちである俺には実にやりやすい相手だ。
「はい、日本という国から来た、旅人の三浦新といいます。ええと..」
「実はミウラさんはこの町に住みたいそうですよ。それで、私と一緒に挨拶も兼ねて、この街を案内しているんです」
何から話したものか、と考えている間に、サアヤがフォローを入れてくれる。
こういうところは心強い、と切実な感謝を胸に抱き、相槌を打つ。
この時「今は金がないけれどお金が溜まったらなにか奢ってやろう」となんだか駄目なギャンブラーのようなことを、俺は思った。
「日本?聞いたことがない国だね。名前も馴染みがないし。...まあ細かいところはいいか。あんた、これからこの町に住むんだろう?私はペルシア。この子はエリスさ。よろしくね!」
「...よろしく」
ペルシアが元気よく、その傍で椅子に座ってこちらをぼんやり見ていたエリスが小さいがくっきりとした声で、俺がこの街にいることを了承してくれる。
そのことが純粋に嬉しくて、俺は早くもこの街が気に入り始めていた。俺も大概単純だ。
「ところであんたたち、何か用があって来たんじゃないのかい?サアヤちゃんが彼氏を紹介しに来ただけとは、持ち物を見る限り思えないんだけど」
「...綿」
ペルシアが元気に喋った後にエリスがぽつりと呟く。
なるほど、この親子はこれで会話のバランスが取れているのかもしれない。
「あ、そうでした。これ、依頼されていたモココの綿です!」本題を思い出し、慌ててバッグを差し出す俺。
もう一方のバッグはサアヤが持っているので、ちらとそちらを見ると、何故か少し顔を赤くしたサアヤと視線が合う。
今日は街を案内して疲れてしまったのかもしれない。
風邪を引いていなければいいが。
「おお、やっぱりそうかい!ありがとうよ。えっと、報酬が確か、500sだっけ?」
言いながら財布を取り出すペルシア。いや、ちょっと待てよ...。
「いえ、報酬は...1000sです」
そこを間違えてもらっては困る。
金のある連中は知らないかもしれないが、金がないと屋根のある家に住むことすら適わないのだ。
「ああ、そうだったそうだった、いやあ、歳をとると物忘れが酷くてねえ」
ペルシャはそう言いながら頬をかく。
いや、年を取るとって...あんた十分若々しく見えるじゃないか。
腐っても銀行員だ。職業柄、金勘定にはうるさい俺が内心で疑惑を口にする。
それはそうと、年はいくつなんだろう、すごく気になる。
しかし、俺の経験で言えば女性に年齢を聞くと何故か高確率でグーパンチが飛んでくるため、絶対に口に出さないことが得策かと思われる。
「....」
俺は現実世界で得た教訓に従い、沈黙を貫くことにした。
「「「「...」」」」
あ、あれ、おかしいな。
途端に変な空気に。
「....ふんっ」ドゴォ、と腹部に衝撃。
「な、なんで殴るんすか」
「いや、今何か殴っておかないといけない雰囲気だったから」と仁王立ちのペルシアさん。そんな曖昧な理由で客を殴ってもいいんですかねえ。
「ああ、そうだ。報酬だったね。はいよ。大事に使いな」何から文句を言おうか迷っていると、ペルシアさんは俺を殴った方の手で500Sの銀貨を2枚差し出してきた。
...正直にいうと触る気すら起きなかったが、これがないと今日寝る場所もないのだ。
クエストの報酬を受け取り、雑貨屋をあとにする俺たち。
「あとは、今夜の寝床があると助かるんだが...」
そう、あとは宿屋を見つけることが出来れば夜を凌ぐことが出来る。
手の中の金を見ながら必死に頭を回転させる俺に、サアヤがきょとんとした顔でこちらを見る。
「ああ、それなら私の家に泊まればいいじゃないですか。食事、お風呂、寝床付きですよ。」そう、俺がサアヤの家に...ってえぇ⁉
「ええ⁉俺が君の家に⁉」あの家には見たところ、あのちょっぴリ怖そうなおじいちゃんと、サアヤしか住んでいない。...ということは、だ。
何かの拍子におじいちゃんが外出した時点で、俺とサアヤがは二人きりということになる。万が一そうなった場合、俺のチキンハートが耐えられるかどうかはかなり怪しい。
尻込みする俺に、サアヤが何かに気が付いたように目を伏せた。そうだ。あって間もない割には打ち解けているが、俺はまだここに来たばかりの、きっと彼女らにとって得体のしれない存在であることを思い出して欲しい。やがて彼女はとても悲しそうな口調で言った。
「...そうですよね。私みたいな知り合って間もない人の家になんて、安心して生活出来ないですよね。ではこのあと、宿屋を探しに--」よし、彼女の家に泊まろう。先ほどの心配は瞬く間に霧散した。