第5章ー6
「何、日本が、独の戦艦を、航空攻撃のみで沈めただと」
米合衆国艦隊司令長官のキング提督は、小沢中将率いる第三艦隊が、「シュペー」を沈めたとの第一報を聞いた時に叫んだ。
「畜生。先を越されたか。航行中の戦艦を初めて沈める、という栄誉は、米海軍が担う筈だったのだが」
キング提督は、吐き捨てるように言うと考えを巡らせた。
今、米海軍は、欧州への航空機輸送の為に、空母6隻を分散させて航行させている。
この際、感情的には嫌だが、日本海軍と同様に、空母を集中して運用すべきだな。
こういう時、米海軍は、恐るべき合理性を発揮する。
「レキシントン」、「サラトガ」、「レンジャー」から成る第1空母任務部隊と、「ヨークタウン」、「エンタープライズ」、「ワスプ」から成る第2空母任務部隊に、米海軍の空母部隊は2月末までに、再編された。
そして、その成果は、早速現れた。
「何としても沈めろ。米海軍航空隊の意地を示せ」
3月3日、第2空母任務部隊の司令官に抜擢されたハルゼー提督は吠えていた。
北大西洋で、通商破壊任務に当たっていた独装甲艦「アドミラル・シェーア」(以下、「シェーア」と呼称する。)を、第2空母任務部隊が、総力を挙げて実施した航空索敵の結果、見つけたのだ。
「シェーア」のいる海域までは約150海里も離れており、攻撃距離としてはやや遠いが、日本海軍は、約300海里離れた攻撃を成功させた、という。
米海軍の艦上機は、日本海軍程の航続距離は無いが、約150海里ならば何とか艦爆隊に加え、艦攻隊もぎりぎり届くはずだ。
「いいな。迎えに行ってやるから、何としても沈めろ」
ハルゼーは、攻撃隊隊員への訓示の締めを、上記の言葉で行った。
「シェーア」に向かった米海軍の攻撃隊は、ハルゼー提督の意気に応えようと、120機近くに達した。
そして、単艦で、これだけの攻撃に耐えられる程の防御力を、「シェーア」は持っていなかった。
「「シェーア」が沈みました。乗組員の救助をお願いします」
攻撃隊が発艦してから、2時間近くが経った後、ハルゼー提督は満足気に、その電文報告を受け取った。
とはいえ、幾ら猛将ハルゼー提督と言えど、軍艦に全速以上は出せない。
それに出撃した攻撃隊を収容する時間も掛かるのだ。
「シェーア」が沈んだ海域に、米艦隊がたどり着いたのは、「シェーア」が沈んでから6時間以上が経った後であり、米艦隊の懸命の捜索にも関わらず、「シェーア」の乗組員の遺体は何体か収容できたものの、生存者は誰一人見つからなかった。
「シュペー」、「シェーア」の撃沈を、日米海軍は大戦果だとして、高らかに宣伝した。
その一方で、この二つの撃沈は、独海軍にとって大きな悲劇であり、相次ぐ悲劇は、独水上艦部隊に大きな動揺を与えた。
最早、大西洋上に、水上艦を通商破壊の為に、独海軍が単艦で出撃させるのは、全員戦死を覚悟した必死の作戦となった、と言っても過言ではなかった。
潜水艦なら、潜航することで、多少は、航空索敵の目をごまかすことができる。
しかし、水上艦には、それは無理な話だった。
そして、装甲艦でさえ、航空索敵の末の攻撃で手もなく沈められるのに、仮装巡洋艦(特設巡洋艦)で、戦果を挙げられるのかというと。
独海軍は、水上艦による通商破壊任務を、事実上は諦めざるを得なかった。
こうしたことから、独海軍は、潜水艦による通商破壊任務を、より効果的にすることを考えざるを得なくなり、そのためにノルウェー侵攻作戦を本格的に行うことが、最終決断される一因になった。
そして、そのことが、独海軍水上艦部隊に更なる苦闘を強いることになり、更に独陸空軍を巻き込んだ激闘を引き起こすことになる。
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