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第5章ー2

 そんなことを息子が思っていることなど、父である土方歳一中佐からすれば、思いもよらぬことだった。

 土方中佐は、日本最新鋭最大級の豪華貨客船「橿原丸」に乗り込んだ筈が、期待外れだった、とまで考えている有様だった。

 息子からすれば、贅沢な悩みにも程がある話だったが、(不沈対策の一環として)「橿原丸」の豪華設備は、ほぼ全部剥ぎ取られており、息子の乗っている「淡路山丸」と、船内設備に関しては、大差がないのでは、と土方中佐自身は、考える有様だったのだ。


(実際には、それなりに余裕のある船室設備を、この時、「橿原丸」は維持しており、土方中佐と共に「橿原丸」に乗り込んでいた欧州派遣総軍総司令官である北白川宮成久王殿下(海兵隊大将)は、

「腐っても鯛とは、この「橿原丸」に、本当に相応しい言葉だ、とつくづく想いながら、欧州に向かった」

 と戦後の回想録に記している。)


 もっとも、日本から出発直後のこの頃に、土方中佐が、もっとも考えていたのは、欧州の戦況と共に、我が家の事だった。

 土方中佐からしてみれば、父、土方伯爵の老いを、欧州へ向かう前に実感してしまったのだ。


「ごめんなさい。塩辛すぎました」

 息子の嫁の千恵子は、1月4日の朝に、家族全員に対して頭を下げる羽目になった。


 1月3日の夕方、千恵子が、1月4日の出征直前の朝食の味噌汁に、豚汁を作りたい、と言ったのがそもそもの発端だった。

 幸いなことに、父が豚肉を好物にしているので、塩漬けの豚肉が家にあるし、根菜類も備蓄している。

 それで、千恵子が豚汁を作ったのだが。

 千恵子が、初めて使う種類の塩漬けの豚肉だったので、その豚汁は、塩辛すぎる代物になったのだ。

 自分や妻、母、息子や当の千恵子までが塩辛い、と顔をしかめる代物だった。


 だが、父は、

「そんなに塩辛いかな」

 と首を傾げて、その豚汁を普通に食べてしまった。


 可愛い孫の嫁を、父は庇ったのか、と自分は一瞬、疑ったが、父の顔を見る限り、そんなことは無いように思えてならなかった。

 父も、数えの70歳を超え、古希に達しているのだ。

 味覚が鈍りつつあるのだろう。


 父が健在なうちに、自分と息子は欧州から帰れるだろうか。

 この前の世界大戦の時とは違い、今の独には、ソ連や共産中国という味方がいる。

 それから考えると、この前の時のように4年で、凱旋帰国ということは望めないのではないだろうか。

 そう考えると、帰国の際には、父は亡くなっているということもあり得るのではないだろうか。

 千恵子が妊娠しているので、今年の春に、初曾孫の顔を、父は見えるだろうが。


 そんなことを、土方中佐は、家のことに関しては考えた。


 もっとも、そんなことを、土方中佐が船の中で考えられるのも、皮肉なことに欧州の戦況に燭光が差していたからだった。


 ワルシャワ市民の奮戦は、予想外の独軍の損害をもたらしていた。

 そして、中立諸国に与えた影響も大きかった。

 ワルシャワの事態を見て、独軍が、自分達に刃を向けてきたら、どれ程、残虐な事態が引き起こされることか、と中立国の国民、政府に恐怖心がもたらされたのだ。

 特にベルギーに与えた影響が大きかった。


 これまでも、ベルギー政府は、英仏に寄り添う姿勢を垣間見せていたが、ワルシャワでの事態、更に日本が海兵隊等を欧州に派兵することを決め、実際に欧州に日本海兵隊等が向かいつつあること、そして、先の世界大戦時に、ベルギー解放軍参謀長を務めた仏軍のペタン元帥が、仏政府の副首相に就任したこと等から、1月になって、正式に英仏等と防衛同盟を締結したのである。

 先の世界大戦と同様に独が侵略してくるのでは、という懸念が、ベルギー政府の決断を後押しすることになった。

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