第5章ー1 欧州へ
第5章の始まりになります。
土方勇少尉は、欧州へ向かう輸送船「淡路山丸」の中で、物思いに少し耽っていた。
まさか、これ程の大規模な輸送船団にして、大艦隊が欧州へ向かうとは、この世界大戦が勃発するまで思いもよらない事態だった。
土方勇少尉は、1940年の新年早々、欧州へ向かう日本海兵隊の輸送船団に乗り込む羽目になっていた。
この輸送船団だが、日本が所有する大型貨物船、貨客船が、ほぼ全て海兵隊に徴用されて欧州へ向かう輸送船団の一員に、組み込まれているといっても過言ではない有様だった。
もっとも、それ程の規模の大輸送船団でないと、日本海兵隊6個師団の総力を挙げた欧州への輸送作戦等、実施できるものではない。
ちなみに、土方勇少尉の父の土方歳一中佐は、欧州派遣軍総司令部の作戦参謀に抜擢されたのだが。
欧州派遣軍総司令部は、東京オリンピック開催の暁には、北米航路の新たな目玉になると内外から注目されていた、最新鋭貨客船の「橿原丸」に乗り込んで、優雅な(?)船旅を欧州まで楽しむ、とのことだった。
土方勇少尉としては、正直に言って、父が内心では羨ましくて仕方なかった。
他にも、「出雲丸」、「春日丸」、「あるぜんちな丸」等々の東京オリンピック開催に備えて、逓信省、海軍省、大蔵省が協働して補助金を出した最新の貨客船が、全てこの輸送船団の中に含まれている。
独宣伝省が行っている、東京オリンピックを隠れ蓑として、日本は我が独を侵略するための欧州派兵の準備を着々と進めていた、という虚偽宣伝等が、事実に見えてもおかしくない状況だった。
そして、欧州に向かう輸送船の中で、土方勇少尉は、物思いに耽りつつ、第一に考えていたのは、欧州で出会うことになるであろう、義弟のアラン・ダヴー中尉の事だった。
祖父から、秘密裡に聞いた限り、スペイン内戦時における武功は、抜群とのことだった。
「正直に言わせてもらうが、あいつは、全ての同年代の士官にとっての模範が務まる可能性があるな」
祖父は、そこまで、義弟を評価した。
祖父をして、そこまで言わしめる義弟は、自分にとって、目標とすべき存在になるだろう、と想った。
そして、第二の考えが頭に浮かんだ。
祖父が言ったように、もう一人の義弟、岸総司とアラン・ダヴーの仲を、何とか取り持ちたいものだ。
わざわざ出生の秘密を、お互いに知らせる必要までは無いだろうが。
実の兄弟姉妹が、憎しみあうより、仲良くなった方がいいのは、言うまでもないことではないだろうか。
お節介にも程があると思わなくもないが、林忠崇侯爵が動いて、それとなく知らせてくれたお陰で、村山幸恵と土方(篠田)千恵子、岸総司が、姉弟として仲良くなれたのも事実なのだ。
(もっとも、林侯爵が動かねば、そもそも、自分と千恵子が結婚できなかったのも事実ではあった。)
姉弟か、そこで、土方勇は、あらためて想った。
1月4日の朝食に、千恵子が作った豚汁は、じゃがいもが入っていた。
千恵子は、豚汁だ、と半ば言い張ったが、自分の見る限り、味噌仕立ての肉じゃが風だった。
何となくだが、幸恵との食事の際に出てきた肉じゃがに触発されて、千恵子は、あの料理を作ったのではないだろうか。
姉と張り合うというのではなく、姉の料理を味わい、妹なりに挑戦してみた、といったところだろう。
ちなみに、豚汁に使った塩漬け豚肉の塩味を、千恵子は、考慮していなかったみたいで、妙に塩辛い豚汁になっており、千恵子自身が辛い、と顔をしかめたのは、ご愛嬌だろう。
岸総司とアラン・ダヴーが、仲良く同じ料理を食べる仲になればいいのだが。
うまくいくだろうか、自分のできるかぎりのことをしたいものだが。
土方勇は、物思いに耽ってしまった。
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