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第4章ー3

 そんなことをしていたために、村山幸恵が、料亭「北白川」に帰宅するのは、遅れてしまった。

 そのため、幸恵は、母でもある大女将から叱られる羽目にもなった。


 幸恵がそんなことをしていた頃、東京では第75回帝国議会が始まったばかりだった。

 その帝国議会には、土方勇志伯爵も、貴族院議員として出席していた。


 土方伯爵としては、正直に言って、余り動く元気が無かった。

 何しろ長男も、跡取りである初孫も、海兵隊士官として欧州出征への途次にあった。

 私事を心配し過ぎで、公務に専念すべき、と周囲から言われそうだが、土方伯爵としては、どうしても子や孫の事が気に掛かってならなかった。

 また、土方伯爵を貴族院議員に引き込んだ林忠崇侯爵も、さすがに満90歳を超える高齢の身であることから、そう動かなくなっていた。


 とはいえ、貴族院議員である以上は、土方伯爵は職務を果たさねばならない。

 土方伯爵は、帝国議会に出席して、他の議員の演説を聞いたり、時としては、質問に立たざるを得なかったり、政府の答弁を聞いたり、等々という職務を、70歳近い高齢の身ながら、黙々とこなしていた。


 第75回帝国議会では、国家総動員法の扱いが、最大の問題になった。

 第二次世界大戦という未曽有の大戦に世界が突入している以上、国家総動員法の制定自体に反対の声を、国会議員が基本的に挙げることはない。

 問題は、どの程度まで規制を掛けられるか、だった。


 この点については、衆議院において、政府、与党立憲政友会、野党立憲民政党、それぞれの思惑がぶつかりあった。

(貴族院議員の多くは風見鶏で、衆議院の結論に従う、といった有様だった。)

 いや、米内光政首相が、この際、挙国一致内閣による戦争遂行を呼びかけたことから、尚更、混迷したともいえる。


 例えば、国家総動員法の骨子の一つである、労働問題にしても、どちらかと言えば資本家よりの立憲政友会と、労働組合の多くが支持団体である立憲民政党では、意見がかなり食い違った。

 また、できる限り、勅令や省令、通達により、機動的な運用を図ろうとする政府と、法律による縛りを掛けようとする与野党の思惑も絡み合った。

(米内首相が、立憲政友会総裁であるにも関わらず、挙国一致内閣を呼びかけたのも、与党内の操縦に苦心する余り、野党との連携を図ろうとすることで、与党内の求心力を反作用によって高めようとした側面があったことは否定できない話だった。)


 ソ連空軍の空襲被害等を避けるために、工場の地方疎開を勧めるという点に関しても、各議員の思惑が絡み合い、党内対立が起きるのは避けられない話だった。

 土方伯爵の見るところ、米内首相としては、日本国内の継戦体制を維持するためにも、工場の地方疎開を勧めようとしているのだが、どこに疎開させるか、という点だけでも、衆議院の各議員にしてみれば、自分の地元に工場を残そう、いや、自分の地元に工場を誘致しよう、と思惑が錯綜する有様だった。

(そういった点では、貴族院議員の方が、地元のしがらみがないだけに、こだわりが少なかった。)


 とはいえ、戦局の行く末は、まだまだ見通せないし、もし、日米満韓側に戦況が不利になったら、ソ連空軍の日本本土への空襲が再開される可能性も否定できない。

 最終的には、与野党は妥協して、国家総動員法に関する政府の改正案の多くが、そのまま、衆議院、貴族院において可決成立することになった。


 土方伯爵は、帝国議会が閉会になった際に、思わざるを得なかった。

 前回の世界大戦は、欧州にほぼ限られていて、アジアは平和だった。

 今度の世界大戦は、ユーラシア大陸の東西が戦場になっている。

 本当に大変な戦争を戦う羽目になったものだ。

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