幕間1-4
「欧州方面は、どうなのです」
勇が、今度は話を振った。
実際、勇や歳一が赴くのは、欧州方面だ。
だが、新聞は、満州方面の戦況は報じても、欧州方面の戦況は余り報じてくれない。
それもあって、千恵子も、気になって仕方がないのだろう。
酒を運んできたまま、座り込んでしまった。
「欧州方面でも、独ソの潜水艦隊は、猛威を振るっている。この4か月間で、200万トン近い戦果を挙げているらしい。人のことは言えんが、英国が悲鳴を上げるのも無理はないな。米海軍は、日英双方の海軍から引っ張りだこだ。それもあって、色々と水面下で動いている国もありそうだな」
勇志は、意味深なことを言った。
「水面下ですか」
歳一が口を開いた後で続けた。
「それは、中立国から動くという趣旨ですが、それとも中立国に働きかけるという趣旨ですか」
「両方さ。両方」
勇志は、韜晦するように言った。
「例えば、バルト三国は、もうすぐソ連に併合されるだろうな。既にバルト三国領内に大量の赤軍が進駐している。一応は、合法的なものだが、頭に銃口を突き付けておいて、向こうが望んできたから問題ない、というようなものだ。フィンランドは、懸命にソ連に抗戦しているが、どこまで耐えられることやら」
勇志は言った。
「一方、ベルギー、オランダは逆だ。英仏米日に助けを求めているらしい」
さらっと、勇志は、外交機密を漏らした。
「えっ」
千恵子は、息を飲みながら想った。
幾ら身内しかいないとはいえ、そんなことを話していいものだろうか。
「おいおい、新聞の観測記事に載ることを、この老爺が話してはいけないというのか」
「そういえば、そうですね」
勇は、取りなしつつ、内心で思った。
新聞の観測記事に載るのと、祖父が言うのとでは、重みが違う。
祖父の話は、何らかの情報による裏付けがあるものだろう。
「そう言った中で焦点になっているのが、ノルウェーだ。独ソにしてみれば、潜水艦の出撃拠点として、何とか確保したい。また、独の戦争遂行に極めて重要なスウェーデンの鉄鉱石を、独に輸送する方法として、ノルウェー経由で運ばれるものも多い。逆に、英国等にしてみれば、ノルウェーが自分達の味方になれば、独ソに大損害を与えられる。独ソにしても、英仏米日にしても、ノルウェーを自陣営に引き込みたいのだ。だが、ノルウェー政府は、どうも自分の重要性が分かっていないようだ。前回の世界大戦時と同様に中立を維持できると考えているみたいだが、おそらく維持できないだろうな」
勇志は、一息、吐き、他の3人は黙考する羽目になった。
「スペイン、伊、バルカン半島の諸国は、中立堅持を図っていて、おそらくそれは果たされるだろう。伊が中立を保つ以上、地中海方面で仏は動く必要がない。英も、独ソの潜水艦対策で、まずは手一杯だからな。独ソも地中海方面で、ゴタゴタが起こるのは余り望ましくない。そんなところに割ける戦力は無いからな。第一、お前らが行くのだ。少しでも独は、対英仏戦に力を注ぎたいだろう」
「その通りでしょうね」
歳一が、勇志の言葉を肯定した。
「そういえば、独仏国境は、今のところ、静かなものらしいですね。むしろ後方の方が大変だとか」
千恵子が話を振った。
「そうらしいな。だが、詳しい情報は、さすがに分からん」
勇志は、韜晦した。
実際、独仏国境線で、独仏の陸軍は対峙していて、ほぼ睨み合いをしている。
その一方、独英仏の空軍は、後方の軍事目標攻撃にしのぎを削っている。
ソ連空軍の帝都空襲が、欧州でも後方の軍事目標攻撃に対する空襲を誘発したようだ。
欧州では、どんな戦場が待ち受けているのだろうか。
勇は、そう想いを巡らせた。
同様のことを、他の3人も想った。
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