プロローグー5
だが、あらためて、浸水を起こした戦車の搭乗員からの話を聞くと、どうも搭乗員の側の問題が大きいのも分かってきた。
「どうにも暑くて。ハッチを開け放していて。今から海に入っての上陸となると聞いて、慌てていて、ハッチを完全には閉めずに上陸作戦に参加していました」
上記のような部下の弁解に、土方勇少尉は、
「馬鹿者」
と、まずは一喝して、
「きちんと確認しなかった自分も悪い。今後は、するな」
と言い聞かせる羽目になった。
実際問題として、8月上旬の猛暑は、海兵隊の戦車部隊の乗員達にとって、地獄を見せていた。
熱射病を避けようとし、更に少しでも涼を取ろうと、工夫する乗員を続出させており、実戦を想定した演習中にもかかわらず、戦車のハッチを開放等する事態を引き起こしていたのである。
実際、ハッチ等を完全に閉鎖していた戦車では、全く浸水していないとは言わないが、上陸作戦演習でも問題をそうは起こしていなかった。
そして、土方少尉自身も、暑さからくる喉の渇きから水をがぶ飲みしても、喉の渇きが治まらない有様になり、原田曹長から、
「塩分もしっかりと取らないと、喉の渇きは治まりませんよ」
と忠告され、妻の千恵子の本来の味、塩辛い味を試そう、と決意する羽目になった。
「今度は、どう。美味しい?」
「うん」
その後も、小規模とはいえ、上陸作戦演習以外にも、様々な演習を行い、更に演習結果について、様々な検討を行った末に、土方少尉は、疲労困憊してしまう羽目になった。
疲労困憊した体を半ば引きずって帰宅した後、妻、千恵子が作った夕食の味噌汁の味を味わっている土方少尉は、妻からの問いかけに、即答しかねていた。
体内の塩分を失い過ぎているせいか、今朝とは逆に、味噌汁の塩辛さが足りない気がしてならないのだ。
原田曹長の言ったことは本当だった、ということか。
これは、しっかり塩分を取らないと、熱射病で演習中に自分が倒れかねない。
土方少尉は、そう想いを巡らさざるを得なかった。
一層のこと、千恵子の本来の好みの味で、暫く過ごした方が良さそうだ。
夫婦円満の為にも、そして、演習等で、自分が倒れるのを防ぐためにも。
素早く、そう考えた土方少尉は、言葉を選びながら、千恵子に話しかけた。
「このくらいが妥当かな。でも、君にとっては、薄味すぎないか。明日の朝は、君の思い通りの味噌汁を作ってくれないか。こういうのは、夫婦で味わいながら、やっていくものだと思うから」
土方少尉の言葉に、千恵子は素直に喜びながら言った。
「嬉しい。この味だと、私には物足りないの。やっぱり、もう少し、味噌の味、塩辛さが無いと」
それ以上は、千恵子は言わなかったが、土方少尉には分かってしまった。
千恵子にとって、本来の塩辛い濃い会津味噌の味が、生まれ育ってから、もっとも慣れ親しんだ味で、一番、馴染んで美味しいと感じる味なのだ。
そう考えた土方少尉は、更に想いを巡らせた。
アラン・ダヴーが、異母姉の千恵子の料理の味を味わったら、どう感じるだろう。
そして、他の2人の兄姉(村山幸恵、岸総司)の家の料理の味を味わったら、どう評するだろう。
逆に、アラン・ダヴーの家の料理の味を、他の3人が味わったら、どう感じるだろうか。
実際には、そんなことは起こらないだろうが。
土方少尉は、そうも思ったが、更に頭の片隅では思わざるを得なかった。
自分や岸総司は、フランスに近々、赴かざるを得ないだろう。
そして、アラン・ダヴーと巡り合うだろう。
アラン・ダヴーの家庭の味を、義兄弟で味わうことが起こるかもしれない。
その時、自分や岸総司は、その味をどう感じるだろうか。
美味しい、と思えるだろうか。
土方少尉は、そうも思った。
プロローグの終わりです。
次から第1章に入ります。
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