第3章ー20
とはいえ、小畑敏四郎中将自身は、機甲師団を実際に率いて、戦場で戦った経験はない。
それに関東軍司令官という職責がある以上、小畑中将が自ら機甲師団3個を率いて戦場に赴く、ということは躊躇われるというか、無理があった。
そして、この戦闘に際しては、既述の事情から、必ず勝たねばならない、とまでは言わないが、負けてはならないのは、確かな話だった。
こういったことを考えていき、自分が機甲師団3個を率いて戦えない以上、この部隊を預けて、実際の戦場で戦わせる将官には、それなりの実績を持つ将官が必要不可欠だった。
小畑中将は、苦吟した末、一人の将官を満州に派遣するように、陸軍省に要請した。
「本官を、満州で新編される第1機甲軍の司令官として、小畑中将が指名した、というのは、本当ですか」
「本当だ」
陸相室で、梅津美治郎陸相と、山下奉文中将が会話していた。
「満州に赴いて、機甲師団3個を束ねる第1機甲軍司令官として、ソ連軍を撃破してほしい」
「光栄の至りです」
梅津陸相の言葉に、山下中将は笑顔で答えた。
「ところで、小畑関東軍司令官としては、第1機甲軍に、何としても勝ってほしい、とのことだが、山下中将の目からして勝算はあるかね」
梅津陸相の問いかけに、山下中将は、顔をゆがめた。
「小畑中将のお気持ちは、よく分かりますし、私も必ず勝てる、と言いたいところではありますが」
そこで、山下中将は、言葉を切って、少し考え込み、沈黙した。
梅津陸相は、山下中将の言葉の続きを待った。
「単純に考えれば、7分の勝算はあるといえると思います。これまでに満州から届いているソ連軍戦車と我が軍の戦車との戦闘結果の報告を検討する限りでは」
山下中将は、ようやくその口を開いたが、それは躊躇った末に発せられたものだった。
「言外の意味が、多々ありそうだな」
梅津陸相は、第1次世界大戦以来の付き合いがあり、共にブリュッセル会の一員でもある山下中将に、そう言って、話の続きを促した。
「ええ」
山下中将は、言葉を継いだ。
「満州に到着している我が軍の機甲師団3個は、文字通り、虎の子の3個師団です。通称、99式戦車、本来の名称からすれば、97式戦車改に、全ての戦車が統一されています。正直に言って、私が把握する限りにおいて、この師団に勝てる師団は、現在、再編中の我が日本の海兵師団くらいでしょう」
中国内戦介入の戦訓によって、満州に赴いている3個機甲師団は、様々な改編を施されているが、その中でも、世界的に破格の装備を持っている筈なのが、99式戦車だった。
その搭載している47ミリ戦車砲は、500メートルの距離から70ミリの装甲を撃ち抜くことが可能であり、こんな装甲を持った戦車は、ソ連軍にはKV-1戦車しかいない筈で、しかも、何故か、極東ソ連軍には、配備されていないようだった。
(タネを明かせば、簡単な話で、KV-1戦車を、極東に配備することは可能だが、その整備等の手間を考えると、ソ連にしてみれば、まず欧州方面からという話になっただけだった。)
一方、ソ連軍戦車の標準的戦車砲といえる45ミリ戦車砲は、500メートルの射距離では、99式戦車を正面から破壊することは不可能と言ってよい、非力な戦車砲だった。
この戦車なら、まずソ連の戦車に勝てる、と山下中将は踏んではいた。
そして、数の上でも、自動車化された狙撃師団4個に随伴している戦車部隊と、3個機甲師団の戦車部隊は、そう戦車の数は変わらない筈だった。
だが、一抹の不安を山下中将は拭えなかった。
勝たねばならないという重圧からくるものだ、と山下中将は想った。
その一方で、困難な相手だ、と率直な想いを山下中将は抱いた。
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