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第3章ー16

 ソ連空軍による帝都初空襲は、様々な波紋を周囲に投げかけた。


「帝都の守りは鉄壁。帝都上空に、我が軍は敵機の侵入を許さず」云々

 景気のいい見出しが、多くの新聞の第一面を飾っていた。


 その新聞の一つが自宅に配達されてきて、その見出しに目を止めた土方千恵子は、夫に尋ねた。

「あなたは、どう考えているの」

「うん。そう報道するしかないな」

 土方勇は、半ば物憂げに答えた。

「本音は」

「もうちょっと何とかなると思っていたが」

「そうね」

 千恵子も、少し声を潜めながら言った。


 確かに、その報道内容に嘘は書いていない。

 東京都内には、空襲による被害は無かったのは、間違いないらしい。

 だが、埼玉県内では、ソ連空軍の空襲というか、爆弾投下によって、多数の死傷者が出たらしい、という噂が横須賀市内にまで、その日の内に駆け巡っていた。

 そして、新聞は、埼玉県内の被害には、一切、触れていないのだ。

 恐らく、陸軍省と内務省が話し合い、報道規制をかけたのだろう。

 いや、新聞各社が忖度した可能性の方が高いかもしれない。


 勇は、海軍兵学校出の海兵隊士官だし、千恵子にしても、れっきとした東京高等女子師範学校卒業という学歴を誇る才女である。

 頭が回る二人にしてみれば、この報道内容の裏を想像するのは怖い話だった。


「どうしても気になるのなら、祖父に声を掛けるけど」

「遠慮しておくわ。知らない方が良い話にしか思えないもの」

「それが賢明だろうな」

 二人は、そう更なるやり取りをした。


 土方勇の祖父、土方勇志伯爵は、様々なコネ、人脈を持っている。

 今や長生きし過ぎて政軍界の妖怪呼ばわりされている林忠崇侯爵の腹心の部下と言ってよい存在であり、米内光政首相にも直言できる顔の広さ等を、土方伯爵は持っている。

 現在の海兵本部長である住山徳太郎提督等、土方伯爵に掛れば、ガキもいいところだった。

 その祖父なら、幾らでも表に出せない情報を(下手をすると勝手に集まって)把握していそうだった。


 だからこそ、土方伯爵には、却って話を聞く訳には行かない。

 下手に聞けない話を知っている可能性が高い。

 そこまで、二人は考えてしまっていた。

「取りあえず、君は、自分の身だけを考えておくんだ」

「そうね」

 勇の言葉に、千恵子は相槌を打ち、二人は話を打ち切った。


 勇と千恵子の想像は当たっていた。

「取りあえず、そんなに重大な被害は出さずに済んだ、と言ったところなのか」

「ええ」

 林侯爵と土方伯爵は、林侯爵の東京の別宅で、半ば密談していた。

 土方伯爵は、様々な伝手を使い、情報を収集し、林侯爵に報告したのだった。

 情報を把握していないと、状況判断ができない、二人にしてみれば、自明の理だった。


「ソ連空軍によって、埼玉県内の数か所に爆弾が投下されています。もっとも、苦し紛れの投弾で、狙って落としたものではない、というのが、空軍上層部の多数の判断です。実際、私が見る限りでも、空爆被害に遭った場所には、そう目標らしい目標はありません」

 土方伯爵は、林侯爵の別宅にあった関東地方の地図に、鉛筆で薄く被害個所を書き込んで見せた。

 それを一瞥した林侯爵も、土方伯爵の言葉に同意して、無言で肯いた。


「具体的な被害は?」

「建物が全部で200戸近く、何らかの被害を受けました。死者は、内務省が把握している限りでは、今のところ50名程、重軽傷者が300名余りといったところです」

「100機余りの空爆を受けたことからすれば、軽くて済んだ、と判断すべきなのだろうが」

 林侯爵は、渋い顔をしながら言った。

「それにしても、国民に被害を出してしまったか」

「ええ。戦いは激化する一方です」

 土方伯爵も昏い顔をして、林侯爵の言葉に同意の言葉を発した。

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