プロローグー4
「土方少尉は、新婚疲れですか」
部下の原田曹長が、からかうような口調で、土方勇に話しかけてきた。
「まあな」
「夜は、程々にお願いしますよ」
原田曹長の口調は、土方少尉を揶揄している、と聞こえかねないものだったが、土方少尉にしても、事実、そうであるだけに、たしなめる気にはなれなかった。
それに、原田曹長は、歴戦の下士官だ。
満州事変以来の古強者で、父の親友(?)であり、自分の現在の直属の上官になる岡村徳長中佐が、自分を鍛える下士官として、特に指名したらしい。
祖父や父、それに義弟からも、歴戦の下士官の意見には、新人の頃は、まずは黙って従え、と土方少尉は言われており、しかも、その歴戦の下士官が、岡村中佐からの指名を受けている、とあっては。
土方少尉に、原田曹長の言葉に、今は黙って従う以外の選択肢があるわけがなかった。
それに、それ以外にも気を遣うことが、多々あったからだ。
まずは、自分が搭乗し、戦場で使うことになる新型戦車(零式重戦車)のことだった。
重量は約30トン、主砲に対戦車戦闘にも本格的に使える75ミリ砲(旧式化した仏製M1897野砲を転用したものに過ぎないが)を搭載、対歩兵、対空用に12.7ミリ機関銃1丁を砲塔上部に、7.7ミリ機関銃を主砲同軸と車体前面に各1丁(全部で2丁)装備した、父に言わせれば、何とか世界標準に達した日本の誇る最新鋭戦車だった。
「日本陸軍が、保有する戦車(89式戦車、97式戦車)を遥かに凌ぐ、海兵隊が開発を主導して鈴木重工に開発させた戦車か。この前の世界大戦以来の実戦経験を踏まえて、開発されたものということだが」
土方少尉は、零式重戦車を見る度に、その巨大さ、威圧感に圧倒される思いがしており、思わず、そう呟かざるを得なかった。
だが、父によると、この戦車でさえ、独ソが、既に保有又は開発している戦車には、所詮、蟷螂之斧に過ぎない戦車だという。
父によれば、
「ソ連は、KV戦車の量産体制を進めている。今のところは、76ミリの主砲で忍んでいるが、来年には、高射砲を転用した85ミリの主砲を搭載するようになるらしい。ドイツは、88ミリ主砲を搭載した戦車を主力として開発中という情報が入っている。勿論、それぞれ自分が搭載する主砲に抗堪できるだけの防御力を確保している。エンジンにしても、航空機用エンジンを転用する等、色々と工夫しているらしい」
とのことだった。
それが、本当ならば、零式重戦車等、どう見ても格落ちの戦車で、独ソからすれば、日本の戦車は、軽戦車だ、と評されても仕方のない戦車だった。
「だが、自分には、これを活用するしかないのだ」
土方少尉は、そう考えて、零式重戦車に乗り込んだ。
零式重戦車だが、実際問題として、未だ制式採用には至っていない戦車であり、1939年8月段階においては、増加試作、又は先行量産体制の戦車を、横須賀鎮守府海兵隊に集中して、試験的に部隊運用を行っている段階だった。
そのため、不具合も多発していたが、ある程度はやむを得ない(実際に量産体制に入る前に、問題点を洗い出して、改修しておいた方が良いのは、自明の事柄である。)と考えられていた。
とはいえ、実際に、不具合処理に追われる身からすれば、別の想いがこみ上げてくる。
「土方少尉、浸水してきます。このままでは、水没するのでは」
「少しでも速く進め。上陸するんだ」
辻堂演習場で、大型発動艇(零式重戦車を搭載可能にした新型)を用いた上陸作戦演習を行った零式重戦車の部隊の面々の一部は、悲鳴を上げながら、演習に参加する羽目になった。
防水加工が不十分で、一部の戦車の車内に、海水が入り込む事態が発生したのである。
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