第3章ー14
成増の戦闘機部隊は、帝都防空の最後の盾として、帝都上空に基本的に止まることに、日ソ開戦前に策定された事前計画ではなっており、今回もその通りに展開していた。
そして、敵機の侵入高度は、事前計画では6000乃至8000程度のかなり高い高度を想定していた。
これは、ある意味では、当然の話で、高い高度を取るほど、迎撃側の迎撃は困難になるからである。
例えば、高射砲部隊がカバーできる範囲は、敵機の侵入高度が高いほど狭くなるし、照尺も困難になるのは自明の事柄である。
また、高い高度で侵入されるほど、迎撃機の上昇時間も掛かることになる。
だから、ソ連空軍も、高い高度で、帝都空襲を試みると、日本空軍は想定していた。
だが、相次いで入ってくる無電情報は、敵機の高度が、3000程なのを知らせるものばかりで、牟田弘國大尉は、面食らう羽目になった。
「高崎の監視哨を、敵機の集団は通過。敵機の集団の推定高度、約3000の公算大とのこと」
「立川の戦闘機部隊の第一陣は、大宮近辺の上空で接敵見込み」
「立川の戦闘機部隊が攻撃開始、敵機の高度は3000、敵機数、おそらく100機余り」
どういうことだ、何でそんな低高度で侵入してくる。
牟田大尉は、内心で混乱するのを覚えたが、大宮まで侵入されては、それどころではない。
それに、100機余りの集団だという。
こちらも、全力で迎え撃たないと、本当に皇居に爆弾が落ちることになりかねない。
そして、そうなっては。
牟田大尉は、その恐怖感から、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
「こちらも、高度4000まで降りる。敵機を見つけ次第、攻撃開始」
思わず、牟田大尉は、絶叫しながら、部下に指示を出してしまった。
牟田大尉率いる第一中隊が、ソ連空軍機を発見し、攻撃に掛ったのは、赤羽近辺だった。
「本当に、高度3000で侵入してきている」
牟田大尉は、思わず独り言を言っていた。
帝都防空の為に展開している高射砲部隊が、興奮の余り、見境なく航空機を見つければ、射撃をしているのではないだろうか。
自分やその列機の傍でも、高射砲弾が炸裂しているようで、機体が揺れるのを感じてしまう。
味方撃ちは止めろ、と叫びたいが、最早、皇居は、敵爆撃機にしてみれば、指呼の間にある、と言っても過言ではない。
それこそ、味方ごと撃ってでも、敵機を阻止する必要がある。
そのことに思い至った牟田大尉は、冷静さを取り戻した。
「各小隊に分かれて、敵機に対し、攻撃を開始せよ」
牟田大尉は、部下の小隊にそう指示し、自らが直卒する小隊を率いて、敵機に躍りかかった。
帝都爆撃に来たソ連空軍のTB-3は、事前にある程度は分かってはいたが、難敵だった。
7.7ミリ級と、牟田大尉は、曳光弾の大きさから推定したが、TB-3は全部で8挺の旋回機銃を、1機に装備しているようだ。
その多数の旋回機銃が、攻撃を仕掛けようとする自分達に銃火を浴びせてくる。
先に攻撃を仕掛けている立川の戦闘機部隊も、苦戦を強いられている。
部下の恐怖心を減らすために、そして、自分を鼓舞するために、牟田大尉は、敢えて叫んだ。
「草鹿龍之介大佐並みの射手は、そうはいない。恐れずに、前上方、または、前下方から攻撃せよ」
そう、第一次世界大戦で、戦闘機の操縦士で無いにもかかわらず、草鹿大佐は日本トップの撃墜王になってはいるが、それは草鹿大佐が、射撃の天才だったからだ。
そんな射手が、そういてたまるか、牟田大尉は、強気に思った。
狙いを定めた1機のTB-3の前上方から、牟田大尉は、12,7ミリ4挺の1連射を浴びせた。
後続の部下も射撃を開始し、遂に目標は火を噴いた。
やった、牟田大尉は快哉を叫んだ。
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