第3章ー10
海軍が、そういったことをやっている間も、日ソ(満韓米)戦争は、激化する一方だった。
「これが精一杯か」
目の前に広がる光景に、木村昌福大佐は、溜息を吐く思いがしていた。
日ソ開戦以来、日本政府は、基本的に外洋商船については、日本からの単独出航を禁止していた。
また、できる限り、外洋商船が日本に向かうのも船団を組むように指示を出していた。
第一次世界大戦の戦訓から、船団を組み、それに護衛の駆逐隊を付けて出航させることにしたのだ。
そして、船団が到着した先で、護衛の駆逐隊は、あらためて日本に向かう船団を護衛することになる。
インド洋方面からの商船は、シンガポールに集まることになっていた。
そして、太平洋方面の商船は、トラックに集まることになっている。
基本は、横浜とトラック、大阪とシンガポールを、この商船団は航行することになっており、それに護衛の駆逐隊を付けるのだが。
木村大佐に与えられた駆逐艦は、2隻だけだった。
その一方で、護衛する商船は、20隻もいる。
第6駆逐隊の第一小隊、第一線で使える「響」と「暁」を与えられているのだから、本来は文句は言えないのだが、木村大佐としては、「雷」と「電」も寄越せ、と言いたい想いがしている。
だが、「雷」と「電」は、次に出航する商船団の護衛に使われることが決まっており、無理なのだ。
2隻では、どう考えても護衛艦艇としては不足している。
だが、駆逐艦の数は少ない。
木村大佐としても、連合艦隊司令部の苦衷は分かるだけに、無理は言えなかった。
「まあ、良い、と想おう。昔とは違うからな」
木村は、そう言いながら、空を見上げた。
空には、飛行船が浮かんでいた。
「商船団が出航したら、気を抜く暇は無いと想え」
商船団が、まだ出航していないにもかかわらず、飛行船の船長の富士信夫中尉は、部下を叱咤していた。
「気持ちは分かりますが、まだ、商船団は出航していません。気を緩めましょう」
富士中尉が、一番信頼している部下の山田兵曹長は、富士中尉をたしなめた。
「確かにそうなのだが、初の実戦だと思うとな」
「誰しもそうですが、士官なら泰然としてください」
富士中尉と山田兵曹長は会話した。
「それにしても、商船団の護衛に、実際に飛行船を使うとは、思いませんでしたよ。しかも米国から日本海軍が購入したものだ」
山田兵曹長は、富士中尉の気を変えようと、わざとのんびりとした口調で言った。
「色々と裏事情があるらしいがな」
富士中尉は、山田兵曹長の言葉を聞いて、自分もそれに合わせることで、自分の気を鎮めることにした。
二人が、他の乗組員8名と乗っている飛行船は、米国製のK式軟式飛行船だった。
第一次世界大戦の戦訓と、ソ連太平洋艦隊の潜水艦の増大は、1930年代後半の日本海軍に、対潜用の飛行船部隊の保有を決断させていた。
とはいえ、日本の企業の中で、対潜用の飛行船を、戦時に量産できる余裕のある企業は無かった。
こうしたことから、日本海軍は、独ソの潜水艦隊を敵視している英海軍を取り込み、日英共同で、米海軍に協力を要請した。
そして、当時、世界大恐慌の為に、貧乏に苦しんでいた米海軍は、金を出してくれるのなら協力すると、日英海軍に返答した。
こうして、事実上、日英米三国の海軍が共用することが前提で開発された対潜用飛行船が、米国のグッドイヤー社の開発製造によるK級軟式飛行船だった。
「今のところ、16隻しか、日本海軍は保有していないとはいえ、こいつの対潜哨戒能力は大したものだ。何しろ36時間は飛び続けられるからな。こいつで商船団を、守り抜いて見せる」
富士中尉は、あらためて自らの決意を部下達に告げ、それに部下達も肯いて応えた。
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