第3章ー9
連合艦隊旗艦「扶桑」の一室、連合艦隊司令長官室に呼び寄せられた角田覚治提督と、山口多聞提督は、思いもよらぬ嶋田繁太郎連合艦隊司令長官の話に、興奮を隠せなかった。
第一、第二航空戦隊を統合する第三艦隊を編制する。
その第三艦隊の最初の任務として、ウラジオストク軍港に対する大空襲を実施するというのである。
「どうだ。できるか」
「できない、というと私達が言うと思いますか」
嶋田長官の問いかけに、角田提督は、微笑を浮かべながら言った。
横では、山口提督が、興奮の余り、顔を赤くしながら、角田提督の言葉に肯いている。
「最も、準備期間に、二月は欲しいところですが」
角田提督は、言葉を継いだ。
これまで、実をいうと、現在は二つの航空戦隊を構成しているとはいえ、各航空戦隊で航空隊を統合しての航空作戦の実施等、演習でも余りやったことが無かったのだ。
何しろ、第二次ロンドン海軍軍縮条約を脱退して、「蒼龍」が竣工するまで、日本には、事実上は練習空母扱いの「鳳翔」まで入れても、4隻しか空母が無かったのである。
そういった事情から、航空戦隊を編制していても、空母航空隊は、個別に行動するのが、当たり前だった。
ところが、今回の場合は、6隻の空母を共同運用した上に、その空母航空隊を、まとめて行動させようというのである。
日本海軍史上(いや、世界の海軍史上)初めての作戦行動と言っても、全く間違いない話だった。
そのために必要な諸々の準備というと、どれだけの手間暇がかかることか。
「それは必要だろう」
嶋田長官は、角田提督の言葉を肯定した。
何しろ新たに艦隊を編制して、統合運用していこうというのだ。
そう簡単にできる筈がない、というか、二月は欲しい、という角田提督の言葉が自体が、物事を楽観視しているといえる。
嶋田長官自身は、新年以降の作戦実施、つまり諸々の準備に三月は掛かる、と見立てたくらいである。
「では、準備に取り掛かります」
角田提督は、嶋田長官の返答も、そこそこに山口提督を促して、共に立ち上がって、長官室を辞去した。
嶋田長官が、角田提督の勢いに半ば呑まれて、沈黙していると、角田、山口両提督のやり取りが、聞こえるともなしに聞こえてきた。
「ソ連太平洋艦隊を全滅させるぞ。日露戦争時の東郷元帥の無念を晴らす良い機会だ」
「気持ちは分かりますが、できますかね」
「全滅するまで反復攻撃をかければいい話だ」
「確かにその通りですね」
角田、山口両提督のやり取りを聞いた嶋田長官は想った。
こりゃ、いかん。
猛将が揃い過ぎている、第三艦隊司令長官は、どちらかというと沈着冷静な提督を当てて、角田、山口両提督の暴走を抑えられる人材を充てないと。
それが、できなかったら、第三艦隊は、不滅の栄光を勝ち取るか、永遠の汚名を被るか、どちらかの未来しかない話になる。
嶋田長官は、自らの懸念も含めて、ウラジオストク軍港に対する空襲実施と、第三艦隊の編制を軍令部と海軍省に対して上申した。
堀悌吉海相と、吉田善吾軍令部長は、協議した末に、第三艦隊の編制とウラジオストク軍港に対する空襲作戦の実施を裁可した。
なお、嶋田長官も、承認していたが、第三艦隊は遣欧艦隊に事実上、移行する予定にもなっていた。
そして、堀海相は、苦吟の末、第三艦隊長官には、小沢治三郎提督を充てることにした。
角田、山口両提督より先任で、二人の手綱を取れる人格者でもある海軍の提督となると、小沢提督しかいない、というのが、堀海相の判断だった。
小沢提督は、直ちに第三艦隊司令長官に着任したが、旗艦については、通信機能の問題上、戦艦「比叡」とするしか事実上はない、と考えたことから、「比叡」が旗艦になった。
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