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第2章ー15

 1939年12月初めのある日、多忙な中で何とか交替で確保された休日を、土方勇少尉は、自宅で過ごすことで、様々な疲れを癒していた。

 妻の千恵子の言葉、すぐに三人家族になるわ、というのは、半ば当たり、半ば外れた。

 自分の子ができたのだが、自分は、欧州、フランスに日本海兵隊士官として赴くことになったのだ。

 来年のお正月三が日のみを、自宅で過ごした後、自分は出征することになる。


 自分が出征する以上、今の自宅の官舎を基本的には明け渡さざるを得ない。

 妻の千恵子に、どうしたい、と尋ねたら、日野に住んでいる自分の祖父、土方勇志伯爵と同居したい、と千恵子は、希望してきた。

 確かに、それが無難か、と勇自身も考えざるを得なかった。


 妊娠し、近々、子どもが産まれる以上、千恵子の実母である篠田りつのいる家に、一時、千恵子が同居するというのも考えられることではあった。

 だが、下手な噂、勇と千恵子が不仲で、千恵子が実家に帰ったという噂が流れる可能性がある。

 自分の父、土方歳一にしても、官舎住まいであり、父も欧州出征が決まっている以上、自分の母も、千恵子と同様の立場だった。

 日野にいる自分の祖父の自宅に、千恵子も、母も同居するのが、無難なところだろう。

 それに、祖父の自宅には、何人か使用人もいる。

 千恵子を預けるのに、その点も、安心できる点だった。


 そんなふうに勇が、想いを巡らせていると、千恵子が声を掛けてきた。

「それにしても、本当に欧州に行くの。満州じゃないの」

「ああ」

 勇は、内心を覚られないように、細心の注意を払いながら答えた。

「幾ら米陸軍が満州に来るから、と言って、日本海兵隊が、何で行かないといけないのよ」

 千恵子は、妊娠中で、やや精神的に不安定なのもあるのだろう、目に涙をためながら言っていた。


「ワルシャワと同様の目に、パリを遭わせる訳にはいかないさ。それに、英仏、更にポーランド亡命政府までが、ポーランドの惨状を見て、日本軍の来援を待ち望んでいる。日本海兵隊は、サムライとして、欧州に行かない訳には行かない」

 勇は、取りあえず建前論を言った。

「分からなくもないけど」

 千恵子は、その言葉を聞いて、口ごもった。


 だが、実は、そうではないらしい、と勇は、推測していた。

 日米両国政府、軍の上層部が、裏で話し合い、第二次世界大戦勃発が迫る中、日本海兵隊を欧州に送る代わりに、米陸軍が満州に来援することが決まっていたようだ。

 そうではないと、第二次世界大戦が始まる前に、祖父が、自分にアラン・ダヴーのことを知らせたりはしないだろう。

 祖父の手は長い。

 米政府、軍から、直接、情報を祖父が入手した可能性さえある。

 勇は、そう睨んでいた。


 その一方で、日本の国内世論に対しては、ポーランド、ワルシャワの惨禍というのは、海兵隊の欧州派遣を後押しするものになっている。

 独、許すまじ、米軍が満州に来てくれるのなら、欧州に海兵隊を送れ、という世論が強まったのだ。


「話は変わるけど、仏で浮気とかしないわよね」

 千恵子は、いきなり問いかけた。

「死なないで、と言わないのかい」

 勇は、千恵子が、そう言ったことに違和感を覚えた。

「土方家の人間が戦死する訳がないでしょ」

「曽祖父は、戦死しているのだが」

「あ、忘れてた」

「おい」

 千恵子は、素で言っていたらしい。


「ともかく、急に心配になったの。将来、土方勇の息子です、って仏人の子が訪ねてきそうで」

「はは、考えすぎだよ」

「だって、「白い国際旅団」の紹介記事で、日系仏人の話を読んだから。また、あなたもやりそうな気がしたの」

 千恵子は、言い募った。

「そんなことしないよ」

 勇は、アラン・ダヴーのことを想いつつ、懸命に千恵子を宥めた。

第2章の終わりになります。

次から第3章で、日ソ戦争(といっても、満韓米、更に共産中国も絡む戦争でもありますが)の章になります。


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