プロローグー2
土方勇は、想いを巡らせた。
義弟にして海軍兵学校の先輩になる岸総司が言ったことがある。
海軍兵学校の飯の味のことで辛かったのが、豆味噌がほとんど出ないことだと。
姉弟といえど、育つ家が違えば、好みの味が違うのか。
確かに、家によって、好みの味は違ってくる。
千恵子や総司の父は、この味に慣れ親しんで育っていたのか。
そうなると、忠子の豆味噌の味には、長い間は我慢できなかったかも。
そんな風に想いを巡らせる内に、祖父の土方勇志から聞いた秘密の話を、更に勇は思い起こした。
千恵子や総司には、おそらくだが、味噌を(詳しくは)知らない弟がいる。
それは、村山幸恵の結婚式の参列を、祖父から直接聞かされた直後の頃のことだった。
祖父は、結婚式の準備の関係という名目で、勇の下を急に来訪し、二人きりで話したいことがある、と勇に言ったのだった。
「これから話すことは、お前の父も知らない秘密の話だ。だが、篠田千恵子と結婚する以上、お前には知らせておいた方がいいと思った」
祖父は、重々しく言った。
勇は、思わず背筋が伸びるのを覚えた。
「それから、これから話すことは、篠田千恵子や岸総司には、絶対に秘密にしろ。もし、間違って伝わったら取り返しがつかないことになるからな」
祖父は、勇の目をのぞき込むようにしながら、更に言った。
勇は、これに肯くことしかできなかった。
「実はな、篠田千恵子や岸総司の父は、フランスに何というか、愛人がいたのだ」
祖父は、周囲に誰もいないのを確認したにもかかわらず、ささやくように勇に話を切り出した。
「その愛人というのが、問題だった。地元のマルセイユで、名を馳せた街娼でもあった」
祖父の言葉に、勇は驚くことしかできなかった。
「つまり、その愛人が産んだ子が、本当に篠田千恵子や岸総司の父の実の子なのか、誰にも分からないということだ。だが、わしや岸三郎は、理由は言えないが、その愛人の子は、ほぼ確実に、篠田千恵子や岸総司の異母弟ではないか、と考えていた」
祖父は、言葉を更に紡いだ。
「岸三郎は、篠田千恵子や岸総司の父が戦死したこともあり、その愛人に手切れ金を渡し、因果を含めて、一切の縁を切った。いや、縁を切ったつもりだった。だが、やはり、縁を切るのは難しい。わしは、スペインで出会い、わしの指揮下で戦った日系フランス人義勇兵の士官の一人が、その愛人が産んだ子ではないか、と考えている。実際、年齢や母の名が一致するからな」
祖父は、言葉を、一旦、終えた。
ここまで聞かされては、勇としても、聞かざるを得ない。
「その士官の名は?」
「アラン・ダヴーだ。今は、フランス陸軍に所属していて、陸軍中尉になっている筈だ。だが、アラン・ダヴー自身は、自分を一人っ子だと思っている上に、父の名を知らない。そういった点では、あの愛人は、岸三郎との約束を守っているのだろう」
勇は、祖父の言葉に、無言のまま、頷いた。
「ところで、何故、そんな話を私にするのです?」
勇は、祖父に疑問を呈した。
「わしの勘からだ。もうすぐ、お前や岸総司は、アラン・ダヴーと出会うだろう。フランスでな。その際に、それとなく、お前は、岸総司とアラン・ダヴーの仲を取り持ってやれ」
祖父は、勇に半ば命じた。
「勘ですか」
「そう、勘だ。これまでの人生経験から来るな」
祖父は、それ以上のことを、勇に言うつもりはないようだった。
だが、勇は、察した。
祖父の下に、秘密の情報が入ったのだ。
それ故に、祖父は、自分や岸総司が、アラン・ダヴーと出会うと予測した。
祖父は、貴族院議員でもあり、色々と情報源を持っている。
その情報源が、近い内の海兵隊の派兵を示唆したのだ。
勇は、背筋が冷たくなった。
アラン・ダヴーが、岸総司らの異母弟だ、と岸三郎や土方勇志が確信しているのは、外伝「マルセイユの街角にて」で描きましたが、アラン・ダヴーの出生時に、蒙古斑があったからです。
(蒙古斑は、白人の子には、まず出ません。)
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