第2章ー4
そういった悲壮な決意を固めて、ポーランド軍の多くが抗戦している中、英仏軍は、ひたすら防御を固めるしかない有様だった。
本来なら、英仏軍は、ポーランド救援のために、独に対する攻勢を発動すべきだった。
だが、色々な事情がそれを困難にしていた。
「厄介ですな。ここはスペインではないのですが。フランスでも、このような事態が起こるとは」
フリアン軍曹は、ある新聞記事を、アラン・ダヴー中尉に示した。
その新聞には、フランスの各地で、参戦反対デモが巻き起こっており、一部の都市では、デモ隊が暴徒と化して警官隊と衝突した、という記事が載っていた。
その記事を斜め読みしたダヴー中尉は、溜息を吐かざるを得なかった。
「誰が背後にいるか、想像できるな」
「ええ」
2人の脳裏には、スターリンとヒトラーがちらついた。
「フランス共産党、更に転向したフランス人民党辺りが音頭を取っているのでしょう。民主主義国同士、争うべきではない。君主主義国と手を切れ、といったところですか」
「確かに日英は、憲法上、国民主権を謳っておらず、民主主義国ではないな」
フリアン軍曹の言葉に、ダヴー中尉は、皮肉で返した。
実際、英国には、憲法的な法律はあるが、明確な成文憲法と言えるものはない。
日本も、国民主権を、大日本帝国憲法では謳ってはいない。
右翼の一部に至っては、天皇主権説を取るくらいだ。
そんな国民主権を謳う憲法を持っていない、非民主的な国家と手を組むべきではない、そんな国と手を組んで世界大戦を戦うことはない、民主主義国同士、話し合いで平和を維持すべし、という主張か。
「スペインで「赤い国際旅団」の一員として戦った面々の多くが、スペインで自ら経験した悲劇でも目が覚めていませんからね。その後方でしかいなかった面々となると、尚更でしょう」
「全くだな」
ダヴー中尉とフリアン軍曹は、スペイン内戦時に、「白い国際旅団」の一員として戦った経験がある。
その経験の際、スペインの大地で、フランス人同士が戦い、お互いに死傷者を出した心の傷が未だにうずく身だった。
その経験が、二人に皮肉めいた感想を抱かせている。
だが、問題は、このような国内の事態に足を引っ張られ、仏軍が積極的に攻勢を取るのが、不可能とは言わないが、困難になっていることだった。
土方勇志伯爵の総指揮の下、華麗な機動戦によって、スペインの大地で勝利を収めた「白い国際旅団」の一員であった二人にしてみれば、本来からすれば、仏軍は攻勢を取り、機動戦を展開すべきだった。
しかし、国内で反戦デモが起こり、しかも、一部が暴徒化して警官隊と衝突するような状況において、仏軍が攻勢を取れるわけがない。
それに、二人は、口には出さなかったが、日系フランス人として皮肉な想いを更にしていた。
日本のように、国内対立が深刻で無かったとしても、我がフランスは。
かつて、第一次世界大戦が勃発する前、エラン・ヴィタールを、仏軍は高唱し、攻撃精神によって戦争では勝利を収めることができると主張した。
だが、第一次世界大戦の惨禍は、仏軍から、エラン・ヴィタールを完全に失わせてしまっている。
勿論、過度の精神主義は厭うべきものだが、戦争という狂気において、精神主義は必要なものなのだ。
この第二次世界大戦において、我が仏軍が攻勢を取るには、他の国が音頭を取り、それに仏軍も追随するという形しか、当面はあるまい。
英軍も、第一次世界大戦の惨禍から、攻勢の音頭を自ら採ることには消極的になるだろう。
となると、日本軍か、米軍が仏本土に来援するまでは。
二人は無言のまま、思った。
父の国、日本。
そのサムライが、母国仏を救うために早く駆けつけてほしいものだ。
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