エピローグー5
千恵子は、更に欧州の現在の戦況にも想いを馳せた。
ポーランドは独ソの軍靴に踏みにじられ、バルト三国もソ連に併合されるのは、時間の問題となっている。
フィンランドはソ連との戦争の結果、カレリア地方の割譲等を余儀なくされたし、ルーマニアもソ連の圧力の前にベッサラビア地方の割譲を余儀なくされるのではないか、と予測されている。
独ソの圧力の前にバルカン半島の諸国は、独ソ寄りの中立を余儀なくされていると言っても過言ではない。
しかし、西欧になる程、独ソの力は弱まってくる。
伊やスイスは表面上は独ソ寄りの中立で、物資等を独ソに流しているらしいが、その代価の外貨等は、しっかりと頂いているようだし、独ソの兵器等の情報がそこから流れてくることさえあるらしい。
スウェーデンに至っては、ノルウェーに展開する英仏日米軍の圧力もあり、独への直接の鉄鉱石等の輸出は停止されたようである(その代り、フィンランドを経由しての独への迂回輸出を試みているらしく、中立国はしたたか極まりないな、と土方伯爵が愚痴るのを、直接、千恵子は聞いていた。)。
そして、北欧では、独軍のデンマーク、ノルウェー侵攻に伴い、デンマーク本土は独政府の手に落ちたものの、ノルウェーや、デンマークの属領であるアイスランドやグリーンランドは、英仏日米側に立つことになっている。
何れ、ノルウェーには、英仏日米軍が本格的に展開し、北から独への圧力をかけるのではないか。
また、オランダも、デンマークとノルウェーが独軍の侵攻にさらされたことから、英仏日米寄りの中立政策をとるようになったようで、水面下では動いているらしい。
そして、言うまでも無くベルギーは事実上、英仏日米側に立って参戦している。
仏軍とベルギー軍が協働して独軍に対する防衛線を築きつつあるのだ。
スペインやポルトガルに至っては、あからさまに英仏日米側の中立国であり、物資を積極的に英仏日米側に売り込む一方で、独ソと事実上は貿易関係を停止している有様だった。
こうしてみると、千恵子の見る限り、欧州戦線はまだまだ予断を許さないものの、最終的には英仏日米側が勝てるのではないか、と見ることが出来そうだった。
何しろ、米本土に対して、独ソは全く攻撃を行うことができないのだ。
そして、仏本国には、日本海兵隊や海軍航空隊が既に駆けつけており、米軍もアジア戦線に力を取られつつも、少しずつ駆けつけようとしている。
こうしたことから、ノルウェー戦が終了したこともあり、日米の空母部隊は、搭載する海軍航空隊を仏に揚陸し、本国に帰還して、新たな海軍航空隊を本国から輸送する任務に取り掛かることになったらしい。
更に考えるならば、既に独仏の間では、それぞれの工業地帯に対して、お互いに激しい爆撃が行われるようになっているらしいが、今後はより激しい爆撃をお互いにかわすことになるのではないか。
それによって、民間人、非軍人の死傷者も欧州で大量に出ることになるのではないだろうか。
千恵子は、考えが先走り過ぎている、と自分自身でも考えざるを得なかったが、この世界大戦では、本当に大量の非軍人の死者が出ることになりそうだ、と恐怖感を覚え、体が震えてしまった。
そんな様子を見た土方伯爵が声を掛けてきた。
「どうかしたのか。まるで寒気を感じたように震えておるが」
「いえ。夫や義父が帰ってくるまでに、どれだけの死者が世界で出るのか、と考えると本当に怖くなりました」
「確かにな。本当にどれだけ世界中で死者が出ることやら」
千恵子の言葉に、土方伯爵も沈んだ言葉で返した。
「少しでも少なくなることを願うしかない」
「そうですね」
二人はその後、暫く黙ったままだった。
これで、第9部は完結します。
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