エピローグー3
度々すみません。
場面が変わり、土方千恵子が登場します。
そんなことがフランスで起きているとは露知らずに、岸総司中尉やアラン・ダヴー大尉の異母姉、土方千恵子は、先日、自分が出産したばかりの娘を抱きしめて、母としての幸せを実感していた。
五体満足で、千恵子が見る限り、元気いっぱいの娘だ。
早く、夫の勇に娘の姿を見せたいものだ、そう千恵子は考えていた。
「曾孫の出生届が受け付けられて、戸籍に無事に載ったと聞いて、日野町役場から戸籍謄本を取ってきた」
千恵子が、そんなことを考えていると、義祖父の土方勇志伯爵が、そう言って千恵子の下に来た。
千恵子が、戸籍謄本を見ると、確かに娘の名が載っていた。
「和子か。本当に名前の通りに、早く平和をこの曾孫が味わえるようになればいいがな」
和子の曽祖父でもある土方伯爵が半ば独り言を呟いた。
「本当に早く平和になって、この子の父や祖父に、この子を会わせたいものです」
千恵子も、半ば呟くように言った。
和子の名は、千恵子が強く主張して付けたものだった。
平和な日が早く戻って来て、夫や家族が早く自分の下に帰ってきてほしい。
そう願うことから、産まれた子に、和恵や和子といった名を付ける人が増えているらしい。
千恵子も、その一人という訳だった。
「そういえば、村山幸恵から手紙が届いた。読むかね」
土方伯爵が差し出した封筒を、千恵子は受け取って開き、中の手紙に目を通した。
姉のところも大変らしい。
料亭「北白川」は、とうとう、板前が幸恵の養父と夫の2人しかいない状況になったという。
若い板前が、皆、召集令状を受け取り、出征してしまったのだ。
幸恵の養父は、もう60歳近い年齢だし、幸恵の夫は、いわゆる名誉の戦傷により、日常生活に支障はないものの走れない体だった。
だから、これ以上、板前が召集されることはなく、料亭「北白川」は続けられる、と幸恵は強気に書いて来てはいるが、日本の戦況の厳しさを暗に示しているようで、千恵子は胸が締め付けられる思いがした。
更に気になることを、幸恵は千恵子に書いてよこしていた。
日米満韓連合軍の反攻により、南満州をソ連は失っていた。
これに対する反撃の一環として、ソ連空軍による日本の都市に対する爆撃が再開されている。
(ちなみにソ連政府は、日本の自作自演にも程がある、とこの爆撃を否定している。)
それに対処するために、消防組を強化しろ、という声が高まり、横須賀市では、空襲に備えて定期的な消火訓練を消防組が行うようになったとのことだった。
確かに少数機の空襲だったら、対処できないことは無いだろうが、無理をして消防組等に多数の死傷者を出す事態にならねば良いが、と千恵子は懸念を覚えた。
千恵子が手紙を読む内に、表情を曇らせたことに、土方伯爵は気が付いたのか、千恵子の気分を変えようと話を振ってきた。
「そうだ。第一報の段階だが、ノルウェーからフランスへの日本海兵隊の転進が完了したらしい。勇も、それから岸総司も無事にフランスに移動したらしいぞ」
「良かった」
土方伯爵の言葉に、千恵子は胸が晴れる想いがして、そう言った。
とりあえずは、夫も弟も無事なようだ。
「とは言え、まだまだ世界大戦が終わるのは先の話だろう。哀しくて残念なことだがな」
「本当にそうですね」
土方伯爵の言葉に、千恵子も相槌を打って言った。
土方伯爵の事実上の秘書として、世界情勢分析をする内に、千恵子に分かったことがある。
この世界大戦が終わるのには、1年どころか、数年は掛かるだろう。
ベルリンに日米英仏の国旗が翻るだけでは、この世界大戦は終わるまい。
世界大戦が終わるには、モスクワに加え、共産中国が臨時に首都としている成都にも日英米仏の国旗が少なくとも翻る必要があるだろう。
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