エピローグー2
5月15日の昼前、土方勇少尉は、岸総司中尉と連れ立って、アラン・ダヴー大尉の自宅を訪ねていた。
昼から不謹慎か、とも土方少尉は考えたが、一応、訪問の儀礼として、それなりのワインを2本、岸中尉と相談して買い求め、ダヴー大尉の自宅に持参していた。
ダヴー大尉の妻カトリーヌと、母ジャンヌは2人を歓待してくれた。
「ノルウェーに行かれていたのですが、そして、カレー港で上陸して、フランス本土防衛任務とは、本当にお忙しい身ですね」
カトリーヌは、土方少尉らに話しかけた。
2人を歓待する料理は、自分が作りたい、とジャンヌが言い張ったことから、カトリーヌは義母に料理を完全に任せていた。
ちなみに、ダヴー大尉は妻の隣にいて、ピエールを膝にのせている。
「それが軍人の職務ですから」
土方少尉は、そつのない答えをしながら、ダヴー大尉と岸中尉を見比べた。
うん、やはり、どこか似ている感じがする。
それに、妻の千恵子や村山幸恵とも。
祖父の言う通り、おそらくだが、ダヴー大尉は義父の忘れ形見なのだ。
更にピエールを見ながら、土方少尉は想った。
そういえば、自分の子は、そろそろ産まれただろうか。
千恵子、無事に元気な子を産んでくれ。
ちなみに、岸中尉は何となく居心地が悪そうだった。
ダヴー大尉の母ジャンヌが、岸中尉の養父の消息等を気にしている、とダヴー大尉から聞いた土方少尉が、渡りに船と岸中尉を誘い込んだのだ。
自分が話すよりいい人がいる、とダヴー大尉に言って。
ジャンヌは、世間の狭さに驚いたが、是非ともお越しください、と岸中尉も誘ったという経緯だった。
「お待たせ。できたわ。メインは、塩豚肉を使ったポトフよ。お二人に馴染みのある味が再現できていればいいけど」
そう言って、ジャンヌが料理を運び出し、それを機にカトリーヌも料理を運ぶのを手伝った。
ジャンヌが、何故にそう言ったのか。
土方少尉と岸中尉は、ポトフを口にした瞬間に分かった。
この味、海兵隊のレシピの面影がある。
更に言えば、どことなしに海兵隊流の塩豚肉を使った肉じゃがの塩加減でもある気がする。
二人は顔を見合わせ、村山幸恵が自分達の出征前に出した肉じゃがを揃って思い起こした。
「20年余り前の味付けだから、変わっているかもしれないけど。海兵隊の方々に教わったの。あの人も美味しいと食べたわ」
「そうですか」
ジャンヌの言葉に、二人は揃って肯いた。
「岸提督やその家族は、お元気かしら。本当にお世話になったわ。アランを妊娠出産したのに、そのまま雇い続けて貰えたの」
「祖父は元気にしています。私はその孫です」
ジャンヌの言葉に、岸中尉は答えた。
その横から土方少尉が口を挟んだ。
「岸中尉の父も、ヴェルダンで戦死しました。アランの父と知り合いかもしれません。ちなみに岸提督は岸中尉の母方の祖父で、養父でもあります」
「そう」
心なしか、ジャンヌの返答が違うように、土方少尉には聞こえた。
「アランの父の名前を教えてもらえませんか。隠密裏に遺族の消息を探せるかも」
「いいの。岸提督の消息が分かっただけで。あの人の遺族の生活を乱したくないから」
人の良い岸中尉が言うと、ジャンヌは答えた。
土方少尉は今一歩、踏み込んでみた。
「岸中尉と私の妻は異母姉弟です。岸中尉がその気なら、私も協力しますが」
「いいんです。あの人の遺族を悲しませたくない」
ジャンヌは頑なに答えた。
土方少尉は想った。
やはり、そうか、岸中尉とダヴー大尉は異母兄弟なのだ。
だが、ジャンヌは明かすつもりはないようだ。
ジャンヌは想った。
あの人の愛人が娘が産んだと聞いていたけど、無事に成長していたのね。
それにしても、アランが兄弟と巡り合えて本当に良かった。
ちょっと補足説明をします。
ジャンヌ・ダヴーは、息子アラン・ダヴーに対して、アランの父とは、野戦病院に入院していた際に患者と雑役婦として知り合ったと話しています。
(実際には大嘘で、知り合った経緯は外伝の「マルセイユの街角にて」で書いた通りです。)
それで辻褄を合わせるために、ポトフの味付け等について、嘘の説明をしたのです。
岸中尉は鈍いので全く気付きませんでしたが、土方少尉は祖父から示唆されていたこともあり、ジャンヌの真意について気づいたという経緯になります。
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