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プロローグー1

「どう、美味しい?」

「うーん」

 土方勇は、新妻の千恵子の問いかけに、即答しかねた。

 勇の好みからすれば、塩味が強すぎたが、あからさまに言うのも躊躇われる。


「もうちょっと薄くてもいいかな」

 勇は、少しぼやかした答えをした。

「やはり、そう」

 千恵子は、落胆したような答えをした。

「私にとっては、かなり薄くしたつもりなんだけど」


「これでかい」

 思わず喉元まで出かかった言葉を、何とか出さずに勇は済ませた。

 千恵子が、あなたの味の好みを試したい、という訳だ、と内心で納得してしまったからだ。

 勇と千恵子が結婚式を挙げてから、2日後の8月8日のことだった。


 結婚式を挙げた日、8月6日とその翌日の午前中は、2人は、結婚式から披露宴で疲れた身を旅館で過ごして癒した。

 そして、午後から横須賀鎮守府で準備された既婚者の海兵隊士官用の官舎に正式に入居したのだった。

 官舎には、予めできる限りの家具や荷物を運びこみ、更に配置して、すぐ住めるようにはしてあったとはいえ、近隣の海兵隊士官に挨拶回り等をせねばならず、更に疲れた2人は、近くの食堂で夕食を済ませた。


 その翌朝、千恵子は、勇にあらためて朝食を始めて準備したという訳だった。

 ご飯に味噌汁、香の物、ある意味、簡素な純和風の朝食だった。

 そして、勇は、千恵子が二人の為に始めて作った味噌汁を飲んで、冒頭のような感想を抱いていた。


「りつ母さんが言ったのよ。味噌汁は、色々とその家庭というか、地域によってかなり違う。あなたの味噌汁が、勇さんに合えばいいけどとね」

「へえ」

 勇は、千恵子の言葉に、半ば相槌を打った。


「言ったかもしれないけど、私の家は、上士とはいえ秩禄処分の際等に失敗したから、母が私を産んで、私の父の遺産を貰うまで、かなり貧困に苦しんだのよ。より正確に言うなら、父の遺産を使って、母方の伯父が相場で大当たりして資産家になるまでだけど」

 千恵子は、独白した。


 勇は、あらためてその話を思い出した。

 千恵子は、結果的にだが、その母方伯父に、母共々世話になることで、東京高等女子師範学校にまで進学し、教師として就職することができた。

 本来からすれば、母方伯父が、千恵子やその母に恩を着せそうなものだが、その発端が発端だけに、千恵子とその母に対して、母方伯父も恩を着せる訳に中々いかず、ある意味、対等な関係を築いている。

(それに母方伯父に子がいないことから、母方伯父は千恵子を事実上の養女と考えていることもあった。)


「それで、母は、若い内は、色々と仕事に出ざるを得なかったわけ。その仕事の中に、会津味噌の店で働いたことがあるのだけど、その際に、色々と味噌のことを学んだらしいわ。それで、自家製味噌を母は作るようになって、私もその味噌で育った」

 千恵子は、そこで一息入れた。


「母の作る味噌は、会津の米麹を使った辛口の赤味噌。母はよく言っていた。この味噌が、会津の味の基本なの。忠子が、幾ら頑張っても、父を満足させることはできなかったって。その味噌で、この味噌汁を作ってみた」

「成程な。確かに独特の辛口の味だな」

 千恵子の言葉に、勇は思わず肯定の言葉を発し、更に想いを巡らせた。


 岸総司の家は、祖父にして養父の岸三郎の妻が、息子2人に先立たれたこと等からの心痛を、主な理由にして、大正の末に亡くなってからは、総司の母、忠子が女主人になっている。

 だが、忠子といえど、母から家の味を引き継いだことに変わりはない。


 岸家は、元をたどれば、岐阜の出身で、独特の豆味噌文化を誇る土地の出身だった。

 岸三郎も、その妻も、それは受け継いでおり、忠子もそれを受け継いだ。

 従って、総司は、豆味噌の味に慣れ親しんで育っていた。

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