第一日目 6
6
こずえのおかげで、少しずつナプキンを集めてもらえた。
「明日ちょこっとだけ自由時間あるから、その間にこっそり買ってきなよ」
だんだんおなかの痛みが激しくなってくる。温かくなったり冷たくなったり、寒気が走ったり、自分でもどうしてこんなに苦しいのかわからなくて、思いっきり布団の中で膝を抱えてみた。
「寝てなよ。誰にもばらさないって」
──本当かな。
うとうとしていたら、仲のいいグループの子たちが、
「美里、車酔い? 大丈夫?」
と側に来てくれた。遠目で眺めている子もいたけれど、知らないふりしてくれたほうが本当はいい。風邪気味だとか、具合悪いだけだと言ってごまかせるから。
こずえにしか、あのことは言いたくない。
ううん、こずえにもほんとは言いたくなかった。
あんなことを。あんな、臭くて汚くて、気持ち悪いことを。
「美里風邪気味だからさ、あとでお風呂入るでしょ」
「うん」
うまくごまかしてくれてほんとよかった。
生理の女子生徒たちはあとからひとりずつ、こっそり入るようにということだけど、私だけは「初めてなった」ってこともあって、本当に一番後でいいんだそうだ。そのあたり、こずえが保健の先生に交渉してくれたみたいだ。
「ごめん、やっぱり、都築先生には話さないとまずいでしょうが」
「やだけど、しかたない、か」
夕食が終わってからもこずえはいろいろと走り回ってくれたようだった。私がずっと、ジャージに着替えて横になったまま、ずっと動かないでいるからしかたないのかもしれないけれども。本当にごめんって感じだった。
「なに言ってるのさ、美里。おたがいさまじゃんねえ」
「だって」
言いかけると、むりやり遮られた。
「あのねえ、美里。今のあんた、ちょっとでも変なことしゃべったら、すぐにばれちゃうよ。立村に顔見られてごらんってさ。一発だよ。ああ、清坂氏ってあれなんだなあって。あいつ恐ろしいこと、南雲に言ってたらしいよ。この前彰子ちゃんから聞いたけど」
彰子ちゃんが生理のことなんて話すわけ? こずえみたいに?
「立村の母さんって、あれの時ものすごく怖いんだって」
立村くんが「あれ」について話すなんて信じられない。なんだか気持ち悪くなりそうで、胸に両手を押えた。なんか吐きそうだった。
「だからいつも、月に一回ご機嫌斜めな時がくるんだって。びくびくしておびえてなくちゃいけない一週間。無意識のうちに立村少年は数えていて、わが身を守ったらしいって」 信じられないことだけど、でも、きっと立村くんは言ったんだろう。あの彰子ちゃんが話してくれたんだもの。彰子ちゃんは嘘つく子じゃない。でも、立村くんもそういうことを知っているんだと思ったら、なんだか胸がむかむかしてしまう。
「だからさ、他のスケベ命の男子よりはわかってくれるんでないの? ま、今夜はとにかく寝てなさい! 生理日で一番しんどいのはね、明日なんだから! 二日目用のナプキンは、少し多すぎってくらい使ったほうがいいからね」
こずえに一方的お説教を食らってしまった。
「うん、わかった。寝る」
「じゃあ、おやすみなさーい。私はしっかりと修学旅行第一日目夜・突入!」
こずえもさっさと着替えに入った。布団の隅からちらっと眺めた。しっかり白いブラに包まれた胸が突き出ている。やっぱり、私よりも、大きい。
他の子たちには「風邪を引いたの」ということでごまかし、目を閉じていた。やっぱり横になっていると楽なんだけど、一日目のおしゃべりに交われないのが悔しい。
──なんで修学旅行になっちゃうんだろう! もう最悪!
同じことを考えた。
──お風呂入る時、私ひとり、だよね。
そのことが少しだけ嬉しかった。
保健の授業とか、お姉ちゃんの話とか、そういうので「生理」とか「初潮」がどういうものかくらいは知っていたし、なにせこずえが詳しすぎるくらい詳しいからいつきてもかまわないと思っていたはずだった。ちょろちょろっと血が出て、おむつみたいにして押えれば大丈夫、誰でもなるもの、すぐ平気になるとみんな言っていたっけ。でもそんなこと、絶対ない。下着を替えていないせいか、べたべたして気持ち悪いし、身体からすうっと上がってきた匂いが、お魚みたいで臭い。匂い消しのスプレーでなんどかごまかそうと思ったけれども、かえって具合悪くなりそうな匂いだった。それに、うまくいえないんだけど……ナプキンを取り替えた後、どこに捨てるかどうかでまた迷ってしまった。外を歩いている時のトイレには、ぐしゃっとごみ箱につっこんでおけばよかったけれども、旅館に備え付けられているトイレの汚物入れにはそう簡単に捨てられない。一応、女子の部屋にはトイレがついているけれども、さっき見たら誰も生理用品なんて捨てていなかった。もし私が、あんな汚いものを捨てたとしたら、一発でばれてしまいそうだ。木の箱で、ふたがついていて、あけなくちゃいけない。誰でも中を見ることができるのだ。そんなみっともないこと、できない。
──お風呂行く途中に、女子トイレあるよね。
何度か寝返りを打った。ポーチにはこずえがいろいろ集めてくれたものを詰め込んでおいたし、一応着替えも枕もとに用意してある。こずえが呼んでくれたところで、こっそり出かけよう。ついでにさっきから行きたくてなんないトイレにも、寄っていこう。
「美里、順番来たよ」
こずえが呼びに来てくれた時は、いろんな意味で限界だった。助かったと思った。他の子たちには気付かれないようにしてくれるとは、こずえも変なところで気遣いある子だ。
「じゃあさ、ちょっと先生のところに行って来るね。美里もついでに来る?」
「うん」
言い訳がうまい。他の子たちも何人か、気付かれないように生理用のお風呂順番を待っていたらしいけれども、やはり人には言わないでおいたみたいだ。ひそひそ話をしている子もいたけれど、仲良しグループとは違うし、それはそれ、無視していた。
「気分悪い時は無理に入らないほうがいいって先生言ってたけど、別にいいよねえ」
部屋でたむろい、背中丸めて青いとどみたいな格好で足伸ばしている女子たちの何人かが、ひょいと顔を上げた。
「清坂さん、あのさあ、すごいさっきから具合わるそうなんだけど、どうしたの?」
思いやりっぽい声じゃない。もともとクラスでも私とは反りの合わないタイプの子だった。
「風邪だってさっきから言ってるじゃん。ねえ美里」
返事する間もなく、こずえは私を部屋の外に押し出した。
──変なこと言われていたらどうしよう。
──あれなんだ、って言われてたらどうしよう。
いつもの私じゃない。ほんとに変だ。こんなことくらいで、なんでどぎまきしてるのか、自分でもわからなくて泣きたくなる。こずえが耳もとで、
「ほら、怪しまれるでしょが。ここの風呂、女子のとこもおっきいよ。あ、でもね、湯船には入らないほうがいいよって言われた」
「水、入っちゃうから?」
首を振ったこずえ。
「違うって。やっぱり血がついた風呂って、マナー違反でしょがってことよ。美里、ちゃんとあそこも洗ってくるんだよ」
「もうエッチなんだから!」
まだにやにやしているこずえの顔を見るのも恥ずかしくて、私は慌ててトイレを探した。「あ、女子トイレはこっち」
ありがとうと返事する間もなく、飛び込むしかなかった。だって、ほんとぎりぎりだったから。荷物をこずえに預け、個室に飛び込みまたがろうとした。
「美里、ほら戸、押えておくね」
恥ずかしいったらない。慌て過ぎてあぶなく、木の戸を開けっ放しにしたままやってしまうとこだった。こずえがいなかったらもう、二度と出て行けないかもしれなかった。
「あとさ、美里」
誰もいないからこずえもだんだんパワーアップしてくる。
「私の経験上、言っとくけど」
「そんなおっきい声で言わないでよ!」
「ナプキンもったいないからって、トイレ行くの我慢するのは絶対やめなよ」
「そんな、どうでもいいじゃない! 赤ちゃんじゃないんだから!」
「お母さんにも言われたんだ。よく旅行行く時におトイレ我慢を避けるために、水飲むの我慢する人っているけど、膀胱炎になって大変なことになっちゃうからねって。女の子はちょっと恥ずかしくても、堂々とトイレ行きなさい!ってさ」
──そんな、わかってること言わないでよ!
「それにね、生理ナプキンばっちいままだったら、スカートにつくだけじゃなくってさ、かゆくてかゆくてなんなくなって、あそこが腫れてしまう……」
「もうやめてよ!」
こずえが詳しいのはよくわかっているけれど、そんなあけすけなこと言わなくたっていいじゃないと思う。明らかに生理なんだとわかる個室の中の匂い。丸めて捨てるナプキンの汚物入れ。息を止めて捨てようとしたら、またこずえのよけいな声が聞こえる。
「あのね美里。ナプキン捨てる時さ、ちゃんとキャンディーみたいにティッシュで包んでる? まさかそのまんま、ごみ箱にポイじゃないよね」
──どうして、知ってるのよ!
「うちの母さんにもしっかり言われてるんだ。女の子として使った後のナプキンの始末は、きれいにしないと恥ずかしいよってあれ、どうした、美里。具合悪くなったんじゃないよね?」
──もう、いや、こんなの!
わからない、どうしてこんなに自分の気持ちが変になってしまうのかわからない。
いつもだったらこずえに「やーねえ、こずえのエッチ!」と言い返したりできるのにだ。使用済みのものを言われるとおりに小さくティッシュで包んで捨てるとこまでは言われるとおりにした。でも、それ以上、何もできなかった。
──誰にでも来ることって言ってるけど、こんなのが毎月続くの?
大人へのお祝いだなんてみんな言うけれど、大嘘だ。
トイレに行くたびにこんな汚い血の塊を見なくてはならないなんて。
スカートに血がつくのにびくびくしなくちゃいけないなんて。
こずえに言わせれば「あんたかなり便秘気味?」とかいう、勘違いした励ましの言葉をもらい、私はトイレから出た。汗と血の匂いが入り交じっていて、倒れてしまいそうだった。入りたくたってたぶん、湯船には近づけなさそうだった。
「ほらほら、ひとあびしてさっぱりしちゃいなよ。それよか、羽飛はどうなのかなあ、今日も美里のことなんだかさあ」
ほとんど聞いていなかったけれども、男子たちの泊る部屋を通り過ぎようとした時だった。第一日目の旅館では、男女別に、一クラス一部屋と分けられていた。廊下の四つ角を曲がったところに男子軍団の部屋が並んでいる。そこを通らないとお風呂場には行けない。見られたくない。タオルとポーチをしっかり抱きしめた。
「いるかなあ、羽飛」
D組男子の部屋を覗き込もうとするこずえを、私は無理やり引きずった。
「やだってば。帰りにひとりで行ってよ」
「冗談だって。ほんっと美里、使用前と使用後、性格変わっちゃったねえ」
──なんだか、やらしいこと、言わないでよ!
立村くんとも顔を合わせたらなんて言えばいいんだろう。あの人も私がバスの中で酔って具合悪くしていたことは知っているはずだし、もしかしたら心配してくれたかもしれない。いつもだったら私が「ねえ、立村くん、いいかげん酔いやすい体質直したほうがいいよ! ジェットコースター乗れないでしょ!」とはっぱかけてあげるのに。こんな全身臭くて臭くてならない今の状態、近づいてほしくない。
ほしくないのに、よけいな時に近づいてくるのはどうしてなんだかわからない。がやがややってるD組男子部屋を通り過ぎたとたん、C組男子部屋が突然ぱかっと開いた。
「あららん、そこにおわすは、未来の藪医者、水口大先生ではないですか!」
いきなりこずえがすっとんきょうな声を上げた。あわてて私も水口くんの方を見る。ここ最近、ぐんぐん背が伸びてきて、へたしたら立村くんも抜かれるのではないかと噂されていて……これを立村くんの前で言うと、露骨に機嫌が悪くなるので言わないけれども……、しかもスケベな話に夢中だと聞いている。貴史も立村くんも、少々あきれ気味の水口くん最近の傾向だった。今時はやらないよ、スカートめくりなんて。さりげなく彰子ちゃんにかまそうとして、お尻でどんと突っつかれてからかわれているのはやっぱり、今までの「すい君」なんだけれども、妙に男っぽくなっている今日この頃だ。
「へへ、噂の清坂がきたぞお」
いつもだったらもっと甲高い声で「どこいくんだよお」となんも考えていない顔して尋ねてくるのに、今日のすい君はなんだか変なイントネーション使っている。声も、少し太くなっている。にやつきかたがなんだか、いやらしい。私も調子が元通りだったら元気いっぱいからかってあげるんだけれども、そんな気分ではない。
「こずえ、いこ」
腕をひっぱり、すれ違おうとした。とたん、
「どう? 初めての『しょちょう』の感覚は?」
──いま、すいくん、なんと言った?
言葉の意味がつかめなかった。つかみたくて立ち止まったことを、次の瞬間後悔した。
「やっぱ、痛い? かゆい? ぬるぬるしてる?」
──痛い、かゆい、ぬるぬる、してる。けど。
具体的に形容詞をなぜ使うんだろう、すい君は。おなかから下、言われた感覚が全部揃っていることに嘘をつけない。こずえがあっさりすいくんを捕まえ、思いっきりひとつぶった。
「ばっか。すいくん、楽しいエロネタは、いきなり女子にかますよりも、まずは男子に通用するかどうか試してからにしようね」
「古川だって、いつも立村に『今朝はちゃんと立ったの?』とか聞いてるよなあ」
「すいくんとは、スケベ話のキャリアが違うんだって、わかってるよねえ。何事も努力と根性よ。まずは男子たちにしっかりと『最近何回抜いているか』とかいう話を堂々とできるようになってから努力しな。ったく、すいくんってガキだねえ」
「僕……俺、ガキじゃないよ」
慌てて「僕」を「俺」一人称に直そうとするところが、やっぱり子どもっぽい。
いつもだったら私も笑ってかわせるのに、笑えない。怖いこずえはおいといて、とばかりに今度は私にまたにやにや顔を向けてきた。
「C組で噂だよ。清坂、バスの中で『せいり』になったんだろ? だからメシも食わなかったんだろ? 今日初めてなったんだろ? 今度さ、赤飯炊いてもらうんだろ。な、な」
──聞き間違いじゃない。
確かに、すい君は「生理」と「初潮」、この単語を口にした。
私の想像している通りの意味だ。
たった今、おなかのしたのところでうようよしている、あれのことだ。
「保健体育で習ったけどさ、清坂」
こずえがすい君の後ろに回って両耳をひっぱられ「いいかげんにしないと、あとで男子風呂覗いて、すい君に毛が生えてるかどうか確認しちゃうぞ!」と制裁を加えている。私は答えることもできずにただ、タオルとポーチを抱いたまま突っ立っていた。「さ、D組男子部屋へ連行されたいか!」と冗談めかした調子でぐいぐいとすい君を前に引っ張っていく。D組男子部屋の戸を開けたこずえが、
「ひとり、勘違い野郎、おっ連れー!」
と叫び、無理やり部屋へ押し込んだ。廊下は私とこずえだけ、ほっとして腕を緩めようとし、戸が閉まる寸前、すい君の声がどかんと響いた。
「じゃあ、立村にも言ってやるよ、お祝いだよなあ!」
──立村くん。
──部屋にきっと、いる、よ、ね。
たぶん、D組の男子部屋、全員に聞こえているはずだと思う。
「ど、どうしたのよ、美里いきなり廊下を走らないっ!」
規律委員みたいなことをいきなり叫ぶこずえを振り切り、私は廊下を駆け抜けた。すっころびそうになり、ポーチが落ちた。また拾って風呂場へ走り込もうとした時、制服きたまんまの誰かさんとすれ違いそうになった。
「清坂氏、あの、大丈夫か?」
すい君の声は聞いていないはず。そう安心すればよかったのに。風呂あがりでもしっかり制服きている立村くんが、私の方をじっと見つめていた。いつものさりげない感じじゃない。後ろにはC組評議の更科くん、B組評議の難波くんが……はだけた浴衣姿だった……ふところに手を突っ込んで拳骨をこしらえていた。
──いつもだったら。
いつもだったら、「あれ、立村くん、どうしたの? 秘密の男子限定評議会?」と話し掛けること、できるのに。
だんだんおなかの右がちくちくしてきた。さっき取り替えたナプキンも当てかたがうまくいかなかったせいか、中でずれているのがわかり気持ち悪い。
「お、お風呂に入るんだ、じゃああした、ね」
言葉をとぎらせてしまう自分が悔しい。
「わかった、明日」
短く答える立村くんに私は無理やり笑顔をこしらえようとした。その努力をぶっこわしたのは、B組評議の難波くんだ。
「やっぱり、噂は本当だったか」
「噂?」
思わず問い返してしまった自分の無神経さに、また後で後悔するはめになってしまうなんて思ってなかった。立村くんが目をひんむくようにして難波くんに舌打ちをし、隣の更科くんをにらむようにして、また私に向かいわざとらしい優しい声で、「あの、とにかく、明日、古川さんのこともあるし、今日はおやすみ。ほんとに、ほんとに、本当になんでもないから」
動けなかった。私とすれ違うまでは普通の顔を一生懸命しようとしていたくせに、私とすれ違ったとたん、すごい勢いで走り出した男子三人を見送るしかなかった。更科くんが振り返り、意味ありげににやっと笑ったところが、なんとなくさっきのすい君に似ていて、また全身あっつくなってしまった。絶対、今の私の匂い、かいで臭いと思っただろう。生魚の匂いって感じだっただろう。涙が出そうだった。
──立村くんに、知られてるんだ。
──どうしよう。
黙っているうちに、何か目の中がごろごろしてきた。
「美里、さっき立村たちとなに話してたのさ」
わざとらしい明るい声で、追いかけてきたこずえ。肩を思いっきり叩いた。何度も、何度も、ゆさぶるように。
「いったあ、いきなりどうしたのよお」
「こずえ、あんたがばらしたの?」
すぐに「ちぇっ」といいたい顔をしたから、有罪だと判断。咽もとが膨らんできて声が出なくなりそうだった。
「私、あれだけ、言わないで、って、言ったでしょ!」
「言ってないよまさか、男子になんてさ。私が言ったのは保健の都築先生だけだって! ほら、あんたのナプキンもらうために」
「先生に言ったわけ?」
あれだけ、絶対に、言わないでって頼んだのに、あっさり約束破るこずえなんて信じられない。私はさらにタオルを思いっきり押し付けるようにしてやった。動かないのはやっぱり罪を認めている印かもしれない。
「だって、さ。他の女子たちに頼むことも考えたけど、ばれたらまずいっし。先生ひとりに頼めば大丈夫かなって思っただけだって」
「けど、ばらしたなんて最低!」
「保健委員の彰子ちゃんだって、あんたがお風呂に入ることできるようにって、ちゃんといろいろしてくれたんだよ。なにそんな焦ってるのよ美里。さっき言えばよかったけど、言いそびれちゃって、ごめんごめん」
言い返さないであやまるのは、やはり自覚があるんだ。
「だって、なんで男子が知ってるのよ! だって、さっき、立村くんが」
「ああ、いたよねえ、男子評議三人でつるんでたねえ」
立村くんの眼が明らかに、「噂」の内容を知っているという感じだった。永年……二年だけど……の付き合い、やっぱり、知っていることを私に知られたくないんだってことくらい、わかる。
「『噂』になってるんだって! どうして、そんな早く、そんなことわかるの!」
「あの馬鹿、そんなこと口走ったわけ?」
こずえに聞かれても返事できない。首を振りながらしゃべりつづけるだけ。
「だって、すい君、さっき『初潮』だとか『生理』だとか言ったよ。ほんとに言ったよ。それに、もう、D組の部屋にいるってことは、もうばらされてるかもしれないんだよ!」
「すい君は、単なるスケベ話が面白くてなんないだけ。ちびが大人になっただけ、祝ってやりなって、ほら美里、早くお風呂入ってきなよ」
「なんでばれてるのよ!」
──痛い? かゆい? ぬるぬるしてる?
また、すい君の口走った感覚が蘇ってきて、思わずおへそのあたりを押えてしまった。しゃがみこみたかった。ポーチとタオルを両手で抱きしめると少しだけ楽になる。こずえが心配げに「どうしたのよ、美里、本当におなか、痛い? 入れないくらい、痛い?」と声をかけてくれるけれども、私は首を振ることしかできなかった。とうとう声すら出なくなってしまった。
「美里、ね、ごめん、私ももっと考えればよかった、ね、美里」
──こずえなんて、大嫌い。
──なんで今日に限ってこんなことになっちゃうんだろう。
──立村くん、なんで、なんでなの? なんで、知ってるのよ!
頭の中の混乱を押さえつけることができない。こんな感覚初めてだ。いつもの私じゃない。あふれてしまいそうなのはおなかの中の汚い血かもしれない。そんな感じがして、ちょっと膨れ気味のおなかをさすってみた。
──もういや、こんなの私じゃない。近寄らないでよ。なんでこんなにくさいんだろう。もういや。なんで立村くんとすれちがっちゃったんだろう。絶対この匂い、かがれてるよ。もう、帰りたい!
声が裏返りそうだった。つま先だけ立てるようにして私はお尻つけて床にしゃがみこんでいた。はいていたスリッパがべとっとして気持ち悪かった。一緒にしゃがみこんでくれたこずえが一生懸命さすってくれているのを感じた。
「美里、ほんと、どうしちゃったのよ。ほらほら、泣かないでよ。早くお風呂に入りなって! もう、赤ちゃん戻りしている暇ないんだから。もう、ほらほら」
ちょうど顔を埋めるのにちょうどいいタオルを持ってきていた。顔をうつぶせるようにしてごしごし拭きながら、私はおんなじことを考え、ただ泣いた。
──立村くんに知られちゃったなんて、もう、いや。