第一日目 4
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たいしたことないんだけどなあ。私からすると、毎月のことだし、めんどくさいって気持ちの方が強いけど、そんな恥ずかしがることもないんじゃないかなって思う。美里にも前から雑誌を読んだりして話をしておいたんだけども。
やっぱり、初めての時が、修学旅行なんて、ショックだったんだろうな。
ちなみに修学旅行中生理になった子たちは、ふつうの子たちが入ったあと、別グループでいくことになっている。やっぱり、見られたくないよなって、私も思うんだけどね。当日、保健委員の子……うちのクラスだと奈良岡彰子ちゃんだけど……がこっそり女子たちに聞いてまわってくれて、それから保健の先生に報告して、お風呂に入る時間帯を報告してもらうという仕組みだった。美里だってそのことは前もって知っていたはずだと思う。
「そっか、美里ちゃん、大変だよね」
絶対誰にも知られたくない!と言い張っていた美里だけれども、観念したのか頷いていた。彰子ちゃんが少し予備のナプキンを持ってきてくれていたので分けてもらっていた。
「初めての時は、いろいろ重たいこともあって大変だってお母さんに聞いたことあるけど、ちょうど重なってしまうといろいろ辛いと思うよ。大丈夫。私も協力するからね」
彰子ちゃんが味方についていてくれたらまず大丈夫だろう。
「ほら、美里、なにまだすねてんのよ。彰子ちゃんに感謝しなよ」
まだふてくされたような顔してうなだれている美里を私は軽く小突いた。
「ごめんね、彰子ちゃん」
それ以上何も言わず、彰子ちゃんは美里の頭を軽くなで、
「じゃあ、先生たちにはうまく言っておくからね」
とにっこり笑ってくれた。
「そんな、お風呂に入る時だってばれちゃうじゃない」
彰子ちゃんがいなくなって、私と部屋で二人きりになった後、美里はまだまだぶうぶうすねていた。こんなこと知ったことじゃないけども。私は下だけジーンズに履き替えた。
「しょうがないよ、それにそんなたくさんいるわけないし、ゆっくり入ることができるし、それでいいじゃんねえ」
「でも、ばれちゃうんだよ」
──なんだか美里、変よねえ。
ほんと、美里としゃべっているという感じじゃない。どこか別の女の子のぐちを聞かされているような感じだった。こんな気弱な美里は今まであまり見たことがない。この子が明るく元気なクラスの評議委員をやっていること、気が強くてしっかりものと思われていること。意外と泣き虫なんだけれども、表では出さないこと。いろいろあるんだけれども、今日みたいな美里の姿は珍しい。羽飛だったらどうかわからないけれども、立村はたぶん想像していないんじゃないかなって思う。
「別に、誰でもあることなんだからいいじゃん。生理にならなかったらならなかったで、今度別の問題になるでしょうがよ」
「だって、着替える時どうするのよ」
──ははん、そっかあ。
ぴんときた。美里は脱衣場で着替える際、いかにも「生理です」といいたげな下着類とか、汚れてしまったものとかを見られたくないってことだ。そりゃあそうだよなって私も思う。でもそんなたくさん、今日生理中って子がいるとは思えない。
「さっき彰子ちゃんも言ってたっしょうが。三日目四日目はシャワーが使えるから、みんなと入らないでもいいでしょうに」
「でも今日は一緒なんだよ!」
まだぐちぐち言っているんだろうか。なんだかうんざりしてきた私は、上を黄色のTシャツに着替え、白いカーディガンを羽織った。さすがにジャージ上下だったら暑すぎる。
「美里、何びくびくしてんのよ。生理くらいで動揺してるんじゃないよって言いたいよね。私も小学校の頃からあれだったけどさ、修学旅行も遠足もちゃーんとのりきってきたんだから。それにあんた知ってるよね。杉浦さんが」
意地悪なことを言っているとわかっているけれども、言ってやる。
「もう、経験済みだってこと」
予想通り、美里の顔はひきつった。
想像していた通りだと私は思った。
「この前さ、杉浦さんと話してて、彼氏のことについて聞いたんだ。『もう、どこまでいってるの? A、B、C?』って。そしたら、ちっちゃくCだって」
Aはチュー、Bはもみもみ、Cは男女接続。
当然、杉浦さんが言っているのは、男女接続にほかならない。
「Cができるってことは、とっくの昔に生理なんて来ているわけよ。あんたがいまうんうんうなっているようなこと、杉浦さんも、彰子ちゃんも、私もかんたんに乗り越えているわけよ。それに知ってるよね。Cってものすごく、痛いんだよ。今あんたがおなか痛がっているよりももっとすごいんだよ。美里、あんた浣腸してもらったことある?」
今度は真っ赤になってしまった。どちらかいうと、エッチよりも具体的で気持ち悪い話題になっちゃいそうだ。でもなんか文句言いたくってならない。
「あんな感じなんだよ。男のあれが入ってくるって。美里、今からあいつとそういうことをするかもしれないって可能性考えるんだったら、生理のぽんぽ痛い痛いくらいで泣いてたらだめじゃんよ。しっかりしなよしっかり!」
きつい言葉かもしれないけれども、今の美里をしゃんとさせてやるにはこれくらいしかないような気がした。すべて直感なんだけども。ただ、今言った言葉を男子および他の女子たちの前で口走るつもりは一切ない。あくまでも、私と美里との間だからできることだ。
「じゃあ、あとでさ、他の子からナプキン寄付してもらってくるから、あんたは早く寝てな」
「絶対、私だって言わないでよ」
まだ言ってるのか、と舌打ちしたくなる。
「わかってるって」
どうせお風呂に入ったらばれるのに。
美里が神経質なくらいに、あれのことを隠す気持ちは正直なところわからないわけじゃない。特に男子たちには知られたくないと思う。お母さんや保健の先生たちはみな、「女の子になったお祝い」とかいってお赤飯を炊いたりするけれども、あれってありがた迷惑以外の何ものでもないと思う。なあにが「成人した大人」の証なんだか。単に、エッチして子どもができるようになりました。気を付けましょうってことじゃないかって私は思っている。女子ばかりやるんだったら、男子の初精通って奴もマヨネーズご飯作って祝ってやればいいんだ。さあ男子諸君どう思うんだか。
お風呂場に向かう途中で羽飛とすれ違った。男子たちがみな風呂場から上がって戻ってきているところだった。旅館に入る前にちょっとだけおしゃべりできたけれども、結局あいつの気にしていることは美里の体調のことばっかりなんで、ちょっとがっかり。しょうがないよね。あいつは美里と幼なじみなんだから。
しかたないので一緒にくっついている立村をとっつかまえる。
まずは馬を射よってやつ。
「どうしたのよ、立村ってばすっかりご機嫌悪いわねえ」
「いろいろあるんだよ、それより清坂氏の様子は」
こいつもやっぱり美里のことだ。これは当然関心持ってもらわないと困る。だって立村は美里のダーリンなんだから。
「うん、まだ相変わらず体調きつそうだけど、一晩寝れば元気になると思うよ。けど今日は、そっとしておいたほういいかもよ」
「美里の奴なんかあったのか?」
口出しするのは羽飛だ。やっぱり、美里のこととなると気になってしまうみたいだ。あえて私は立村に話しかける。
「バスであれだけ酔うとね、ご飯も食べられないんじゃないかな。先生には言ってあるからさ。それよか、どうだったん? 男子風呂は」
ほんとだったら覗いてやりたいところなんだけれども。立村は思いっきり唇を噛んで、吐き捨てるように、
「ふざけるなって感じだよな」
「なにがよなにが」
また菱本先生となんかやらかしたんだろうか。立村ってもともと、担任の菱本先生と天敵同士なのだから。しょうがないんだけどもね。まさか風呂場で殴りあいなんてやらかしたなんて。羽飛が立村の頭を小突いた。
「あのさ、こいつさ、風呂場で菱本さんに覗き込まれてやんの」
「覗き込むってなにを?」
わからないわけじゃあないけど、聞いてみたい。
「お前さんもわからねえわけじゃあねえだろ?」
「あ、もしかして、あれ?」
「そんなんじゃないってさ!」
ご機嫌斜めの立村もそりゃあそうだろう。いわゆる裸の付き合いを要求されたのね。私の予想はしっかり当たっていたみたいで、立村の奴顔を上げられないでいる。それでも答えるのは、意地なんだろうな。羽飛はしっかり解説を続けてくれる。今度は肘でつつきつつ。 「男子風呂ってすげえんだぞ。記念の写真撮影やったんだぞ。立村それで逃げようとしてさ、菱本さんに言われてやんの」 声音を替えて、 「『立村、人の成長ってものはな、人それぞれなんだ。育ってなくたってこれからなんだから安心して混じれよ』って」
「ふうん、立村、成長してなかったんだ」
わざとにやにやして覗き込んでやる。私の「猥談大好き」キャラクターは確立しているから、誰に聞かれたってかまわない。羽飛に知られるのは最初、恥ずかしかったけど、しょうがないもの。これが私なんだから。
「だから、何みんな想像してるんだよ、古川さん、ふつう女子が話すことじゃあないだろ!」 「いいじゃないのさ、ねえ。美里には内緒にしておくからね」
羽飛がうんうん頷いてくれた。私と目を合わせて。ほんの少しラッキー。
「いったい、どいつもこいつも、何考えてるんだよ」
他の男子たちがお風呂上りみな、ジャージなのにこいつだけは真新しい半そでのワイシャツ、制服だった。なんでだろう。
「立村、あんたなんで制服なんか着ているわけ?」
羽飛がしっかり答えてくれた。にやにやと。 「ジャージ大嫌いなんだとさ。ささやかながら、こいつの反抗期」
「うるさいな!」
すっかりご機嫌ななめの立村は、濡れたままの髪の毛を照れかくしなのか撫で付けながら、自分らの部屋に入って行った。片手を上げてついていく羽飛。今だけは、私が独り占めだ。
美里のご要望に百パーセントこたえられるかどうかわからないけれども、とにかく女子たちに協力をお願いしないといけないだろう。一番簡単なのは、美里と一緒に、
「私、生理になっちゃったんだけど、みんなもし予備のナプキン持ってたら貸してくれないかなあ」
と頼むことだろう。私だったらためらうことなくそうする。絶対そうする。だって、四枚だけじゃあ絶対足りないし、ひとりが持ってくる量は少なくてもクラスの女子全員が一枚ずつわけてくれれば十三枚は余裕。もし二枚以上わけてくれたら十分今週のナプキンは集まる。 たぶん、美里も他人のことだったら冷静にやるんじゃないかなって思う。
けど、自分ごとになると、きっとそれどころじゃあなかったんだろうなあ。
わからなくはない。それに、もっと言うならば美里としても、クラスの女子たちに弱み見せたくなかったんじゃないかな。今の情けない状態を、うちのクラスの子たち……まあ一部だけどね……にさらすとなると、何言われるかだいたい想像つくし。
──清坂さんって、初めてだったんだあ。
──遅いよねえ。私よりもさあ。
──生理くらいであんなに騒ぐなんて、変よね絶対。
──初体験終わった人だっているらしいのにねえ。
まあ、こればかりは美里の自業自得と思えなくもないな。
確かに美里はよくやってきたと思う。D組の評議委員として、よく男子たち女子たちをまとめてきたんじゃないかって私も思う。このクラス、三年一緒にいてよくわかったんだけど、とにかく個性の強い連中が多い。女子はそれほどでもないかな、と思うんだけど男子たちが半端じゃない。めっちゃくちゃいかしてるくせにアイドル狂いの羽飛貴史、規律委員長で規則がちがちにならなくちゃなんないのに、自ら率先して規則違反をやらかしている青大附属中のアイドル・南雲秋世、見た目幼稚園児並みの行動のくせに成績だけはだんとつトップの水口要、すでに売れる絵を描いて生きている金沢進、英語限定学年トップでもう少ししゃべりがうまかったらもう少し女子も選り取りみどりだろうに、地味な性格のせいで「あいつとは付き合いたくないよね」と言われている評議委員長の立村上総。とにかく、外見と内面がつりあわない奴の集合体だ。まあ私からするとこれも面白いといえば面白いけどね。
女子がいまひとつ、大人しいといえば大人しい。でも見た目とやってることとがつりあわないということだったら男子と同じかもしれない。奈良岡彰子ちゃんは性格美人のぽっちゃりさんだけど、熱狂的ファンたちに追いかけられた挙句、現在は南雲のくどきに応じてあったかいカップルをやっている。また、穏やかで余り何も言わない杉浦加奈子ちゃんが、実はCまで行っている彼氏もちで脱いだらダイナマイトボディーの持ち主だとか。なんてったって一番は美里だって言いたい。本当だったら羽飛と幼なじみの延長でらぶらぶのカップルとなっていてもおかしくないのに、なぜ見栄えのしない立村なんかにお熱なんだろうか。付き合い始めたのは中学二年の六月くらいだったと思うけど、今だに女子たちの間で疑問が沸騰している。「立村のどこがよくて、清坂さんって付き合っているんだろうね」と。私もその一部については大共感するんだけど、さすがに美里の前では言えない。
とにかく、D組の特長というのは、「人間、見た目で判断しちゃいけない!」ってことかな。
わかりやすい性格の私とか、担任の菱本先生、あと美里。本当にやりずらいクラスなんじゃないかって思う。
本当だったら「もう、はっきり言いなさいよ!」と怒鳴りたいところを、結構がまんしてきたみたいだし、時には負けた振りをしていろいろと立村に甘えたり、とにかく美里は「笑顔のがんばりやさん」を演じてきていたみたいだ。ただそこらへんが、「甘えたいときは甘えさせてよ」タイプの我がクラス女子一同には鼻につくみたいだった。弱みを見せないで、どんな時もがんばりやの評議委員、怖いもんなんて何もない!そんな感じだ。
けど、一緒につるんでいる私にはよく見えてくるんだな、これが。
本当の美里を思いっきり隠してるってことが。
たった今、部屋でむくれているような美里の顔は、教室ではめったに見せないはず。きっと立村とか、他の女子たちがいたりしたらもっと明るくはしゃいでいるんじゃないかなって思う。でも、私とか羽飛の前では違う。立村が冷たいとか、機嫌が悪そうだったとか、一年の杉本さんと仲良さそうだったとか言うたびに、しょっちゅう涙を見せる。意味不明のわがままなんか言ったりする。しつこいようだけど美里って、ほんっと、泣き虫だ。それをがっちりとカギかけているのがいつもなんだろうけども、やっぱり、「女の子」になっちゃった直後だし、そこらへんがうまくコントロールできないのかもしれない。今ごろ生理になっちゃって、周りの子から馬鹿にされたくないって負けん気もあるみたいだし。なんてったって、妹に生理が先にきちゃってかなり落ち込んでいたくらいだものね。
わからないわけじゃあ、ないけどね。実際、おなか痛い人はほんっとに痛いって聞く。 私は軽い方だからあまり想像つかないけれども、一日中おむつをしてなくちゃいけないとか、スカートについて流血騒ぎになってしまうとか、そういう面倒なことはうーん、やっかいだなっと思う。美里、ちゃんと保健体育、勉強していたんだろうか。いやいや、私が一年の頃から読ませた雑誌のエッチなとことかちゃんと読んでいたはずだし、生理がいきなり来た時の対処の仕方なんか、ちゃんとマスターしていると思っていた。いや、まさか、ほんとにびっくりした。
とにかく、私としてはすっかり赤ちゃん返りしている美里のために、ナプキンを調達してこなくちゃいけない。
しつこいくらい「絶対、他の人には言わないでね!」と繰り返していたけれども、誰かに話さなくちゃ意思疎通なんてできないでしょうが。ということでまずは、彰子ちゃん経由で情報を知っているであろう、保健の都築先生の部屋へ行った。確かC組の先生と一緒の部屋に泊っているはずだ。
生徒はみな、大部屋に男女各全員詰め込まれているはずなのに、先生たちは二人部屋。しかもバストイレがユニットだけど設置されている。これってずるい。軽くノックして、先ず声をかけた。
「都築先生、いますか?」
「いますよー」
語尾を伸ばすような明るい調子で、都築先生の声が響いた。明るいソプラノだった。
「D組の古川ですけど、入っていいですかあ」
「こずえちゃん? 入っていいわよ。ほら、更科くん、これでいい?」
──ちっ、男子がいるんだあ。
男子だけじゃなかった。C組の殿池先生も一緒だった。まったくもって、美里には悪いけれど、切り出しにくいこのタイミング。さすがに男子……C組の更科だ……は部屋の中ではなく、入り口のところでスリッパ踏みつけながら座り込んでいるだけだけど。
「やあ、お元気」
──なにがお元気よ。
三年学年一緒だと、クラスが違っても大抵の男子たちとは顔見知りになる。C組の更科といえば、見た目がいわゆる「女子たちのマスコット」タイプで、めちゃくちゃ可愛いと評判の奴だった。うちのクラスの水口要……通称すい君……と対を張ることができるかもしれない。ただ、一年からずっと評議をやっているということもあり、すい君よりは大人っぽく見られる傾向があったと思う。立村とか美里とかとも仲良くしゃべっていて、その関係で私もしょっちゅうからかって遊んだりしていたのだけれども。ただ、はっきりしているのは、立村と違って下ネタには耐性がある。「修学旅行は夜這いに燃える予定?」と聞いたところ「夜這い、いいなあ、よっし、ゴム持って準備だ!」とはしゃいでいたから。あのお坊ちゃん顔で。
「ちゃんと、あれは持ってきたの」
「しいっ、ここではだめだめ」
別にいいじゃんと私は思う。C組の殿池先生率いる女子一団といえば、とにかくうるさいくらい元気で、その分男子たちの影が薄いと評判だ。典型的更科タイプの男子たちの多いクラスだけになおさらだ。
「ほらほら、更科くん、男子の教室に戻ってね」
殿池先生がにこやかに更科を追っ払おうとする。この先生、まだ結婚していないそうだけど、いったい歳いくつくらいなんだろう。更科に言わせると「四十半ばらしい」とのことだが、見た目はそこまで年取っていないように思う。たぶん普段から、私たちが着ているような若作りファッション……セーラー襟の幅広いワンピースとか、白いパンツスーツとかが多いかな、今の時期だと……をしているから、ごまかせているところもあるのかもしれない。私からしたら「化粧、濃いっすね」くらいかな。
「あのあの、先生、まだ相談あるんだけど」
「もう少し経ってからね」
都築先生は困った顔をしながらも、首を振った。どうやら二十代前半・都築先生に保健体育からみのことでご相談中だった様子だ。悪いね、邪魔しちゃって。
未練ありありの顔で更科が、
「じゃあ、ほんっとに後でお願いします!」
私を恨めしげに見つめて去っていった。
──けど、やりづらいなあ。
もともと殿池先生は私自身、ちょっと苦手なタイプだった。
「アマゾネス王国C組」と呼ばれるクラスの担任だから、もっと強い感じの人かと思っていたのだけれども、実際体育なんかで接してみるととんでもない、めっちゃくちゃ可愛い感じのキャラクターを持っている人だった。決して悪い人じゃない。ただ、なんというか、はっきり言うようではっきり言わないというか、甘えているようでいつのまにか自分の意志を押し通してしまうというか。
まあはっきり言ってしまうと、私の嫌いな女子のタイプ、そのものなのだわ。
かわいこぶりっこしているくせに、いつのまにか話が女子向けにまとまっていて、男子たちも気が付くのが遅くて、ってことが本当に多い。合唱コンクールの時も「ええっと私、わかんないなあ。ねえ男子のみんな、どうかなあ」と舌ったらずの言葉でもって意見を集めようとし、いつのまにかC組女子たちが団結してしまう。「先生が困っているのに、なんで男子は協力しないわけ?」と怒った挙句、結局女子たち一同がまとめてしまう。いつものパターンだ。これが三年間、続けられてきたと、私は更科とかC組女子評議のゆいちゃんから聞いている。
もっと、「馬鹿な男子は大嫌い! フェニズム主義万歳!」と叫ぶ人だったらいいだろうけれども。なんか、「女の武器」を利用してクラスをまとめているというきらいがなきにしもあらず。私は正直言って、D組でよかったと思う。
むしろ、今私の隣でジーンズに履き替えている都築先生の方が話しやすい。
「どうしたの、こずえちゃん」
「もう情報は入っていると思うんだけど」
女同士なのに殿池先生もなぜかトイレで着替えている。「やはり、人にみられちゃうのってはずかしいし」だそうだ。
「ううん?」
「うちのクラスの、美里のことなんだけど」
「清坂さん?」
ひそひそしないでいいけれども、殿池先生もいるので小さい声で話す。
「あれ、なっちゃったみたいで、ちょっと今、パニックなんだ」
「あれ?」
ジーンズのボタンをかけて、ブラつけたままコットンの水色シャツに着換えた都築先生は、普段白衣を着ているのを見慣れているせいか一気に高校生逆戻りしたって感じだった。先生っていうよりも、お姉ちゃん、だ。
「そう、あれ。バスの中でさ、スカートにもちょっとついたみたいで、かなりショックだったみたいなんだ。それに、ナプキンも持ってきてないし」
「まあ、そう?」
厳密に言うと、持ってきてはいたのだけれども、たった四枚しかなくて、しかも第一日目であっという間に使いきってしまったという。
「一応、私の分もやったんだけど、やっぱり足りないよね。先生、予備もし持っていたら、分けてくれないかなあ」
「それは大丈夫よ。ちゃんと持ってきてるから」
都築先生は見た目寝袋入れのような感じの黒いバックを開いた。ぐちゃぐちゃしているのがちょっと意外だ。もっと整理整頓得意そうな人に見えたのだけども。
「でも、一回りしちゃうよね。五日目は帰る日だもんね」
「もうまっただなかでさ、初めてでさ、そりゃぱにくるよね」
「そうなんだ、初めてなんだあ」
美里に聞かれたら半殺しに会うかもしれないけれども、思わず都築先生と目を合わせてにやっとしてしまった。
「私の方が先輩だし、それに今の美里、かなり女の子モードでナーバスなんだ。あまり、クラスの女子にも知られたくないみたいだし。だから、先生に先ずお願いってことかな。今日の目的は」
「いいけど、清坂さん、今どうしてるの?」
まだ彰子ちゃんから情報は流れていなかったみたいだ。女子の生理組が入るお風呂の順番ってどうなっているんだろう。
「おなか痛いってとにかく、横になってる」
「着替えて?」
どうだったろう。たぶんジャージにはきがえていると思う。
「あ、そうだ、先生もうひとつきいていい? この辺、コンビニってある?」
ナプキンだけじゃなかった。まるで美里の世話焼き母さんしているみたいな気分で私は尋ねた。
「ほら、あれの日用のビニールついたパンツ、あれってコンビニに売ってるかなあ。美里、一応一枚持ってきているけど、それしかないってお風呂に入ること自体、ためらってるんだ」 「そうよね、お風呂よね」
──都築先生、もしかして、生理組のお風呂のこと、忘れてたって言わないよね。 なんだかそれっぽかった。都築先生はさっぱりしていて、きさくで、彼氏がいること隠さない人だ。女子もさることながら男子たちからも人気が高いと聞く。ウルフカットにざくざくまとめた髪に、ちょっとクールなまなざしが色っぽいんだそうだ。女子からすると、かっこいいお姉さんって感じでいいんだけどな。ただ、少し抜けているっていうか、片付け関係とかが思いっきり抜けていてずぼらっぽいところが玉に傷。保健室のお片づけはほとんど彰子ちゃん代表とする保健委員がやっているという噂だ。
「先生、忘れてたっしょ」
「今思い出したからちゃらにして」
肘をつつきあう。
「それよか、そうなのよね。女子のお風呂は時間ずらそうか」
──先生、もう生徒の方ではそう思い込んでます。
「まあいっか。とにかく、私の方でなんとかするわよ。こずえちゃん、じゃあこれを清坂さんに持っていってあげてね。車の中で結構酔ったんだって?」
「うん、かなり具合悪そうだったんだけど」
真っ最中だからしょうがないといえばしょうがないんだけど。受取った紙袋を覗き込むと、ピンク色のはんぺんが五枚、入っていた。
「ごめんね、全部上げられないの。他の女子たちにも協力してもらって集めた方がいいと思うな。本当だったら私の分も上げたいとこなんだけど、ほら、動くじゃない。いつも私、タンポン使ってるからね」
「タンポンって、やっぱり、感じます?」
思いっきりぽこんと叩かれた。ジーンズ姿の都築先生は笑っている。なんか先生っぽくないから安心して私も猥談かませる。こういうのって、保健の先生相手でないとできないし、女子でなかったらしゃべれない。やっぱり私、女の子でよかったと思った。
「大人になってから、こずえちゃんもたーっぷり、感じなさいよ!」
ずいぶん時間がかかったのか、殿池先生が花柄のワンピース姿で現れた。それほどどふりふりじゃあないけれど、いわゆる上下が繋がった、ちょっぴりフリルが覗いた袖と襟。たぶん先生が二十才若ければもっと似合ったのかもしれないけれども、どうも化粧が濃すぎて怖い。髪型はてっぺんにお団子っぽくまとめている。どうみても、不釣合いだ。美里にこの辺、ファッションチェックをお願いしたい。
「古川さん、もしなにかあったら、遠慮なく言ってね」
歳とは合わない甘い声と笑顔で声を掛けられた。ちらりと都築先生の方を観ると、私にだけわかる程度のまゆしかめをしていた。
──うわあ、かわいそうだなあ、先生。
明らかに殿池先生は、都築先生と相性よくなさそうだった。いわゆる「オールドミス」VS「若いぴちぴちギャル」との対決が五日間行われるんだろうか。同情したい。
旅館のスリッパを慌てて履いて後、D組の女子部屋に戻ろうとした時だった。
「あれ、こずえちゃん」
C組のゆいちゃんが上下深紅のジャージ姿で立っていた。お風呂準備の格好だった。どうせゆいちゃんにもナプキンの融通をお願いしようと思っていたとこだった。ラッキーと思って口を開きかけたとたん、
「美里、初めての『あれ』になっちゃったって、ほんとなの?」
ゆいちゃんごめん、思いっきり私、つば吹いてしまいました。
「ど、どこでそれ聞いたのよ、美里から?」
「ううん、違うのよ」
やっぱり女子の秘密は女子にしか聞こえないように声を潜め、
「うちのクラスの男子たちが、噂してたの。D組の清坂さんが、今日あれになったばかりで、すっかりヒステリー起こしてるって」
──そ、そんな本当のことをなぜ!
やばい、やばすぎる。あれだけ美里が「隠しておいてね!」と言っていたのにだ。私がいくらおしゃべりだとはいえ、今相談に乗ってもらったのは、都築先生だけだ。なんでC組の男子どもが知っているのか?
「ゆいちゃん、そのことについて、何か男子たちに文句言った?」
アマゾネスC組のことだ。他クラスとはいえ、女子の生理とかそういうことについての恥ずかしいことを暴露されたと聞いたら、きっと怒るに違いない。ゆいちゃんは長い髪を低いところで一本にまとめながらさらに続けた。
「ううん、言えないよ。そんなことしたら返って大騒ぎになっちゃうじゃない」
さすがアマゾネスC組をしっかりまとめているゆいちゃん。C組女子評議委員。ほっとする。
「けどこずえちゃん。男子たちが知っているってことはね、みんなにばれちゃうのは時間の問題だよ。美里、かわいそうだよ」
──確かに。
私はゆいちゃんのひたいにキスする真似したのち、D組女子部屋へと走った。走るしかないよ。
──みんなにばれちゃうのは時間の問題、だよ。ほんと!
生理だってことがまず知られること自体、女子にとっては……私にとっても……死にたくなることじゃないかって思う。しかも初めてで、具合悪くなっていて、お風呂に入ることも面倒って状態。これは恥ずかしい以外の何ものでもない。
それをよりにもよって、他のクラスの男子たちにばれるなんて!
美里じゃなくたってこれ、良識ある女子のみなさまなら絶対に許せないことだと思う。
C組の男子ってことは、男子繋がりでD組の男子にも知られるだろうし、C組のゆいちゃんが知っているってことは、他の女子たちからD組の女子にも知られる可能性大だ。
──絶対、他の人には言わないでよ!
美里ごめん、私が甘かったわ。
片手で握り締めた紙袋がかしゃかしゃ言っている。今私が出来ることって美里の「あれ」がこれ以上広がらないようにすることくらいだけど、できるかなあ。最低でも、美里の一番知られたくないと思っている男子……昼行灯の評議委員長たる、我が弟よ……にだけは隠すこと! これしかない!