第五日目 33
33
しけったバスタブの中で落ち着いて寝るなんて、不可能だ。
ってことで俺は睡眠をあきらめて、現実を見ることにした。
別にすっぱだかになったわけじゃあない。単に、これからどうするかってことだ。
布団を身体に巻きつけて、膝をかかえるような格好。なんだか棺おけの中だ。入ったことは当然ねえけど、こりゃあ窮屈だろうな。俺はまだ生きていたい、改めて思った。
──とにかくだ。古川と立村をどうやって交換するか、だ。
もう少し早い時間だったらさっさと連絡を取り合って、廊下に誰もいないのを見計らい脱出させていただろう。成功確率は五分五分と微妙なところだが、それは賭けだししょうがない。捕まったとしても、泊りこんだわけじゃない。停学は食らうかもしれないが、美里と立村の仲をうまく取り持つためならそのくらい、しょうがないか、とも思っている。
だがだ。
とうとう、一夜を共にしちまったわけだよ、俺と古川は。
話題がしょせん美里と立村のネタしかなかったという現実を差し置いて、見た目からしたらどうみたっていわゆる「不純異性交遊」だろう。そりゃ、男女ふたりっきり、夜のお色気番組を一緒に見て感想言い合ったのはまあ事実だがなあ。なんもなかったとしても、やっぱり狭い部屋で二人きり、「語り合った」ことは否定できない。「愛」じゃないと言っても、現行犯逮捕されたら一貫の終りだろう。俺と古川はまあ何とかなるだろう。もともと友だち関係なだけだし、証拠を見せるわけにはいかないにしても、まあ言い訳はなんとかなる。
けど問題は、あの二人だ。
本当のところはどうだか俺だってわからないあいつらだ。
古川はあいつらをふたりっきりにしてやりたいなぞと申していたが、果たしてどうなんだろうか。 一応、立村と美里ときたら、「青大附中評議委員同士カップル」だぞ。
しかも一年いろいろあるにせよ、続いてきた仲だぞ。
ふたりっきり、狭い部屋。何もない、と考える方が変じゃあねえか? なあ、古川?
なんでかわからんが、俺もそういう本能のざわめきとは縁のない性格ではないんだと思う。
古川は何を考えたか、一緒にベッドで語り合おうなどと言っているが、男の本能がどんなもんなのかちっとも気がついていないんだな、きっと。俺も残念ながら男だし、寝ている女子を見て、ひょいっと胸のでかさを確認したくなったり、すっぱだかにしたくなったりっていう本能は感じてないわけじゃあない。立村が一日目に配ったグラビア写真集のページだが、俺もそれなりに使わせてもらい、さっさと処分した。やはり、可愛い子には弱いんだな、これが。いつか俺もそういう生身の可愛い子、願わくば優ちゃん似の子といちゃいちゃしたいなあとか思ったりもする。チャンスがあればたぶん、やっちまうんじゃないかとも思う。
古川がもし、もっとなんか言い出したら、俺の理性は飛んでいた可能性ありだ。
浴衣の上から見ても、美里以上にでかい胸だったし、意外と顔も派手目なんだなって発見もあった。いやあいつがもう少しお嬢さん風の口の使い方してくれれば、俺もどうなってたかわからん。ただ、露骨になあ、あまりにも、その「抜く」だとか「びんびん」だとか言われて見ると、なんだか、ひょろひょろっと萎えてしまうのも確かにあるわけだ。
俺が「不純異性交遊」に走らんですんだのは、むしろ古川の下ネタトークにあったのかもしれない。皮肉だけど、それほんとだ。スケベなことをどっさり並べられる女子はなかなか楽しいし、しゃべっていて気楽でいい。けど、話せば話すほど、単なる「実験材料」になってしまい、そそられるものがなくなっちまうってのはどういうことなんだかわからん。
美里とも、ちょっと違う。なんだろう。ま、いい奴なんだってことだけは再確認できたし、それはそれでいいかなとも思う。もう一回、ここ出る前にすっきり抜いておけばいいさ。
けど、しつこいようだが、立村と美里。
──あいつら、本当に、やってるのか?
古川は「たくさん語り合ってもらう方がいいのよ」とかのたまっていたが、それで済むだろうか。
俺が思うに、立村はかなり、こらえてるもんがあるんでないか?
もともとあいつはそういう、「やりたい」というとこを見せない奴だった。風呂場でも自分の身体を必死に隠すようなことしてたし、スケベ話の最中でもできるだけ黙っている様子だし、そのくせグラビアはそれなりに持っているって奴だ。男子同士、もちろん「あ、あいつも本能が反応してるなあ」と気づくことはある。男の身体はその辺、わかりやすいし隠す時の行動も丸見えだ。女子にはわからんだろうが、男は影で戦っているものなんだ。
もしもだ。愛しいハニー美里の湯上り姿で立村がのぼせてしまったとしたら?
果たして冷静でいられるか? もし俺が優ちゃんの姿を見たら何してるか?
たぶん、即、押し倒してるだろうなあ。もちろん妄想イメージの中でだが。
立村にとって美里がもし、そういう存在だったとしたら、これはきっと地獄だぞこりゃ。
全身はすたんだっぷ状態だろう。しかも二人きり。耐えられるか? 男として?
それにあいつ、ゴムなんて持っていってないだろうが。いや、それ以前に、あいつら今までそういう経験したことないのか? 立村も美里もいわゆる「いちゃいちゃ経験」を否定しているけれども、口だけならなんとも言えるわな。俺の知らねえところで、もしかしたら、ちゅーとかぶっちゅーとかしてるんだろうか。美里を見ている限り限りなくシロに近いと思うんだが、世の中わからんぞ。
とにかく、今、上の部屋でラブラブカップルのラブラブな夜が繰り広げられている可能性は、大だ。まああのふたり、ずっとそういうチャンスがなかったんだし、それはそれでいいんでないかと、俺の頭ではそう思う。けど、もう一方で思うのは、
──けっ、立村に出し抜かれるのかよ、童貞喪失をさ。
すんません、すげえ下劣な本音だ。
俺だってやはり、そっちの卒業を立村より先に済ませたいわな。うちの学校で正々堂々・非童貞だったのは一年上の本条先輩しか知らないが、次に立村っていうのはまず想像したくないもんだ。しかも相手が美里とくるわけか。美里が裸になるわけか。美里が素っ裸で……。
余計な想像するもんじゃねえ。すたんだっぷ状態なのは俺の方だ。まずはそういうところをきっちり処理して、頭をすっきりさせて、まずは考えよう。
することだけして、便所の水を流して、外へ出た。
古川はどうしてるんだろう。きっとすやすやおねむなんだろな。ベッドでシーツに包まって寝ている姿は、妙にきっちりしている。どうやら目、もう覚ましているんだろう。寝たふりしたって意味ないっての。机の上の、デジタル時計は「4:34」と蛍光グリーン色に光っている。
「おい、そろそろ起きろよ」
たぬき寝入りしたってだめだっての。そんな背中むけたって、襲いたいなんて思わないっての。
返事がないのでもう一度、ささやく。
「今、四時半なんだけどなあ、どうするかあ」
「……四時、半?」
やっぱり起きてるんだろう。多少口ごもり気味だってとこみると、眠けはさしているんだろう。そりゃそうだわな。肩までしっかりとシーツにくるんだまんま、古川は寝返りを打った。かなり髪の毛が跳ね返っている。もし美里だったらきゃあきゃあ騒ぎながら「ねえ、寝癖直し、ない?」とか騒いでるんだろうが古川はそんなことなさそうだ。
「そ、四時半。脱出できる最後のチャンスだぞ」
「もう無理に決まってるじゃん」
こいつが男だったら、思いっきり髪の毛ひっぱって起こしてやるんだが、やっぱりそこらへんは俺だって気遣ってやってるんだ。女子としてだな。俺の顔を見上げて、次に時計の方に首を回し、
「私が脱出できたって、もうひとりどうするのさ」
「ああ、そうだな」
ちらっと、やばめのイメージが頭の中を駆け巡る。全く可能性がないわけじゃあないんだからな。
「けどどうするんだよ。このままな、二人で部屋を出てったらあとで大騒ぎだぞ。それこそ『不純異性交遊』じゃねえの」
「私、羽飛とだったらそれでもいいけどさ」
「おめえがよくたって美里と立村どうするんだよ!」
「そんなわめかないでよ、眠いんだからあ」
古川は俺の方をじろっと睨み、枕の上に顔を押し付けた。
「大丈夫、ずっと考えてたんだから、いい方法あるもんねえ」
「いい方法?」
腰がくきくき痛い。俺は数回ラジオ体操のポーズを何度か決め、腰を両方にひねった。
「あたりまえじゃないのさ。私だって、ここに泊る以上それなりに言い訳できる方法、考えてこなかったわけじゃあないんだもんね」
言われてみればその通り。合点した。今まで古川が、俺たちのやらかす面倒ごとに関わってきた経緯を考えると、後片付けをしない奴だとは思えない。後始末、って言えばいいんだかな。とにかく古川が、ただ素直に「不純異性交遊」で停学食らうのをみすみす受け入れるとは思えん。最後の最後まで脱出する方法を考えるだろうし、困った二人の後始末だってそれなりにいい方法見つけているんじゃないだろうか。うん、可能性はあるな。
「じゃあ起きて、それ、教えろよ」
「教えてもいいけどさあ、私眠いのよお」
「寝てたらばれるぞ、どうすんだ」
「大丈夫、このまんまで話聞いてよ」
それでもうつぶせになったままではまずいと思ったのか、古川は俺の立っている机の前まで身を起こし、上半身だけ思いっきり伸びをした。だいぶ浴衣の胸がはだけているんだが、ぜんぜんやらしくないのはこいつのキャラクターだろう。カーテンの濃い橙色の光りがぷっくりふくらんでいるように見えた。
「カーテン開けるぞ」
外からは気づかれないだろう。とにかく古川の眼を覚まさせて、その「計画」とやらを聞かせてもらおうか。
「じゃあ、水かなんか一口ちょうだいよ。私、朝一番で水飲まないと、便秘になっちゃんだよねえ」 だからこういう奴とは、むらむらっとこないんだ。俺は素直に洗面所の「消毒後」ビニール袋に包まれたガラスコップに水を汲み、そのまま渡した。ごくごく喉を震わせて飲んでいた。
「あーあ、おいしかった! 羽飛サンクス!」
「お前もなあ、もう少し女子らしくしろよなあ」
俺のつぶやきなんか全く聞こえなかったんだろう。古川は照れる様子もなくはだけた胸を掻き合わせ、ふっと息をついた。ガラスコップを両手で包み込んだまま、
「そうそう焦らないでよ、たぶん、上の二人、どういう関係になってるかわかんないけど、ぐっすり寝てるよ」
「どういう関係って、んなわけねえだろうが。第一立村、ゴム持ってってねえしなあ」
おちゃらかしてごまかした。まあ、あいつの性格上、そういう度胸はまず、ないだろう。
「そうよねえ、美里にそういうことしたら、ちょっと鬼畜よね」
よくわけのわからん言葉を使う古川。なにが「鬼畜」なんだか。
「まずは電話を上のおふたりにかけて、それから相談するのが一番よ。たぶん私たちを誰も探しにこなかったってことは、先生たちにばれていないんだろうし、それならそれで私たちで片つけられるしね」
「まあなあ、ばれちゃあいねえだろうなあ」
なんで、菱本先生たちの目を気にしないでいられたのか、俺も自分でよくわからん。
美里と立村のことを最優先せねば、とは思ったし、停学の恐れもありじゃねえかとあせったりもしたけれども、まず見つからないだろうとたかをくくっていた。古川もかなり冷静沈着だ。
「それでさ、ひとつ聞きたいんだけどね。立村の着替えと荷物ってどれなの?」
自分の着るもんならすぐにわかるんだが、相手のものはよくわからん。
「じゃあさあ、羽飛は制服どこにかけてるわけ? そこだよね、一緒に置いてあるよね」
思い出した。クローゼットの中に適当にひっかけておいたんだ。立村の奴がなんとも言えず丁寧にハンガーへかけたりアイロンかけたさそうな顔するもんだから、真似してしまったんだ。
「へえ、じゃあさあ、あいつ、この旅行中しっかり洗濯してたわけ?」
「まあな、袖口とか、スラックスの裾とかはくそ丁寧にごしごし洗ってたぞ」
「やっぱりあいつ変よねえ」
古川は起き上がると、はだしのままクローゼットの引き戸を開いた。
「だいたいわかった。こっちよね」
両肩ずれないようにグレーのブレザーをかけ、その中にワイシャツ……確か一度も袖を通してないとか言ってたなあ……とネクタイ。立村はなぜか、ワイシャツをしっかりと五日分持ってきたんだとか。洗濯してないシャツを着るのは耐えられないんだとか。こういう潔癖野郎ってやだって思うぞ。男なら。
「ま、私は羽飛みたいなのが一番いけてると思うけどね」
別にこんなところで持ち上げなくてもよろしいっての。どうせ俺の制服は、半分肩が抜けそうだし、シャツは二枚しか持ってこねかったし、スラックスは旅行前からはきっぱなしだしな。
「じゃあ悪いけど、これ、なんか手提げ袋かなんかに詰め込んでもらえない?」
いきなり古川は立村の制服一セットとスニーカーを両手に持ち、顎で俺にしゃくってよこした。
「あいつ怒るぞ、人の服勝手に触ったってな」
「そんなこと言ってる暇ないの。あ、手提げなんかよか、これに詰めちゃえばいいじゃないのさ」
立村の鞄二つを目ざとく発見し、俺が止める間もなく古川はチャックをささっと開いた。初めて俺も見る立村の鞄内部。かなりでかい鞄なんだが、いやあ、全部きちんとたたまさってるってところが怖すぎるぞ。俺なんかぬぎっぱなしの靴下はそのまんま押し込んじまってるし、下着も食い物もみんな、とにかく足でぐいぐい詰めてから隙間にぶちこむってやり方をしているんだが、立村ときたらまあ。
「ほんっと、立村っておとめ座の性格よねえ」
「几帳面野郎ってことさな」
「全部風呂敷か手提げにぴたーっと平べったく入ってて、鞄の隙間にはさ、全部詰め物が入ってるみたいなんだよ。すごいよ、これ。あんたできる?」
「できるわけねえよ、だってこれ立村のだぜ、あまり中見たらあいつに殺されるぞ」
「いいじゃん、私たちがあいつらを救ってやるんだから。そのくらいのおだちん、もらったっていいじゃないのさ」
全く「他人のものを覗く」という罪悪感を感じていない様子だ。要は鞄に制服がきちんと収まるかどうかを確認したかっただけのようだ。きちんとハンガーをかけたまま、袖をたたんでスラックスの膝を崩さないようにふたつ重ねし、古川はきれいな形のまま鞄に納めた。
「あと、立村の持ってきたものってある? この鞄に全部ぶちこみたいのよね」
「ええと、ないんじゃねえの?」
机の上に広げた食い物とか、タオルとか、そういうのはあるがほとんど捨てることできるか、もしくはホテルの借り物かのどっちかだ。言われてみると立村、いつのまにか自分の荷物を全部こしらえ終わっているらしい。
「そっか、準備万端か。これは完璧だわ」
「なにが完璧なんだ?」
俺には正直、古川の考えていることがよくわからなかった。たぶん、立村に荷物を持ってってやらないとまずいと思ってるんだろう、そのくらいのことは見当がつくけれども、どうやって持っていけばいいんだ? 古川が部屋に戻ればいいが、いくら着がえたとしても立村がこの部屋に戻ってこれるかどうか、わからねえぞ。
古川はチャックをきちっと閉じると、裾をはだけさせたまま電話の受話器を取った。
「悪いんだけど羽飛、今から美里の部屋に電話かけてもらえるかなあ」
「はあ?」
お前がかけりゃいいじゃねえか、そう言い返すつもりだった。
「ほんとは私がかけられればいいんだけどさ、万が一ってことあるじゃないのさ」
「なに、万が一って」
「盗聴されてたら一発でアウトじゃないの」
盗聴? スパイじゃああるまいし。
「ここで私の声が壁伝わって聞こえたりなんかしたら、一貫の終りよ。たぶん美里が出るはずだから、今から私の言う計画をそのまま伝えてほしいんだ」
「だからなあ、古川早く言えよ、いったいどういう計画なんだ?」
「まかせなさあい!」
やたらときゃぴきゃぴしているのはどういうことなんだ、古川よ。
さっき飲ませた水、もしかして酒が入ってたとか、いわねえよなあ。
テンションの高い古川にこう言う時は任せたほうがいいと、なんとなくわかっていても、俺としてはちょっと、ついていけそうになかった。
古川は足を組み、細っこい足をつるんと出して、俺にひとつひとつ説明し始めた。
「まず、美里が電話に出たらね、私の着替えとか出しっぱなしにしたものとかを全部詰め込んで持ってきてって伝えてほしいんだ。今私が入れたみたいにさ」
「荷物を、まとめろってか」
少しずつだが古川の考えていることが伝わってきたような気がする。背筋がぶるっと震える。
「そう、それが終わったらクラスの連中がおきだしてばたばたし出すまでここで待機すんの」
「すぐに戻るんじゃなくってか」
「戻れるわけないじゃないの。今の時間だったらホテルの人起きちゃってるし、下手したら菱本先生たちだってさ」
そりゃあそうだ。じゃあどうするつもりなんだ。
「ある程度クラスの連中が起き出すじゃない。そしたらさ、悪いんだけど羽飛、美里とタイミング合わせて向こうのエレベーターで待機しあってほしいんだ。このでかい荷物持って!」
指差したのは当然、立村の鞄二つだ。
「お前、俺が向こうの部屋に運べってか」
「ううん違う。運べるわけないじゃない。つまり美里とエレベーターの中で荷物を交換して、持ってくの!」
古川の言う意味がよくわからん。俺はもう一度聞き返した。
「エレベーターの中ってどういうことだよ」
「つまり、美里とあんたの持っている荷物を交換するの。エレベーターの中だったら怪しまれないじゃない? それにあんたらの仲だったら、預かり物とか貸しあったりするものとか、それなりにあるだろうし、いつものことだって誰も疑わないよ」
いつものこと、か、まあそうだな、否定はしない。けどあんなどでかい鞄を交換して怪しまれないと思ってるんだろうか。信じられねえよ。
「それから、もっかい自分の部屋に戻ってくれればそれでOKよ。あとは私がお風呂場で服を着替えて、誰かが入ってこないようにあんたの方でうまく見張っててもらえればさ」
「俺が、か?」
「当たり前じゃないのさ!」
ばっかじゃねえの、という顔で古川は頷いた。つま先がちょこっと動いた。
「男子ばっかでしょ、ここのフロア。だったら男子が全員ここからいなくなるまで私と立村は、それぞれ隠れてればいいのよ。だあれもいなくなった段階でダッシュしてエレベーターに駆け込んで、あとは知らん顔して『遅れました、ごめんなさーい!』って反省してればいいのよ。寝坊したことにでもしておけばいいじゃないのさ」
「古川、お前、いったいこういう計画、いつ立てた」
口を半ば開いたまま、しばらく絶句した後、俺は尋ねた。古川はベッドのシーツをボンボンと叩き、
「寝てる時に決まってるじゃないの。羽飛、あんた、なんも考えてなかったってわけ?」
「そんなことねえよ!」
俺の方が、何千倍も頭を悩ませてたなんて、きっと想像つかないんだろうなあ。お前が寝ている間にスケベな本能をなだめておかねばなんて、立村ちっくに気を遣っていたなんて、なあ。
「まあいいけどね。じゃあ、今から立村へ電話して」
はいな、といわれるがままに俺は四階の女子部屋へ電話ボタンを押した。
──はい……。
電話の向こうは少し寝ぼけた声の美里だった。
「俺だ、美里、起きてるか」
──うん、起きてる。
古川が受話器の側にべったりくっついて、俺の顔を見上げる。
「奴もいるか」
──いるよ、立村くん、起きてるよね?
話し掛けている様子だった。あいつの声は聞こえないんで、きっと眠ってるんだろう。ほんとはここで、「お前と一緒にいるのか、それとも、別か?」と聞きたかったけど、なんかまた変なとこが反応しそうでやめておいた。んなわけねえじゃねえか。
──私も、連絡しようと思ってたんだ。どうしようかなあ。貴史、今から部屋に戻るって難しいよね。
「だから連絡したんだろうが。今古川から、ナイスでグットなアイデアをもらったからな、今から伝授するぞ、よっく聞け」
──こずえが? そこにいるの?
古川がこくこくと頷きつつも、電話に出られないという風に手をばたばた振る。
「ああ、俺は風呂場で寝たんだからな」
なんか言い訳する必要あるんだろうかって感じだが、口から出ちまったんだしょうがない。
──風呂場って、どうやって?
「丸まって寝たに決まってるだろうが。やらしいことしてねえから安心しろ」
なんで美里にそんなこと言う必要あるんだろうか。よくわからねえが、これも俺の本能のしゃべらせる技、しかたない。
「とにかくだ、お前ら今から俺の言う通り、準備して待機しろ。それとだ」
──なあに?
とぼけてるんだか、いいかげんなんだか、ねぼけてるんだか。
美里の声にはいつも通り、隠し事をしているような雰囲気はなかった。
──立村、せっかくのチャンス、活かせなかったと見えるなあ。ったく、なあ。
思わず顔が笑えてくるのを押えられなかった。今日船の上で、詳しい話、聞かせてもらうぜ絶対に! 古川が俺にところどころ説明を加えつつ受話器の方を見ながら頷いている。ふと、立村は美里の隣でどんな顔して聞いているのか、見てみたいもんだって思った。もう太陽はびんびんに昇っているのが、窓から丸見えだった。