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第四日目 30

30

 

 ずっと前に南雲へ相談したことがある。

 ──なぐちゃん、もしさ、もしもだよ。なんかの拍子で、ほら、変なものを見たりしてさ。

 ──変なものって、たとえばあれとかこれとかあそことか?

 勘の鋭い南雲はその辺すぐにわかってくれたみたいだった。

 ──そう、それを見てしまって、その場所だとそんなことしちゃいけないってわかってる時にさ。そうなったら、どうすればいいと思う?

 思い出すとこそあど言葉の連発だなって思う。だって露骨に言えないじゃないか。

 ──りっちゃん、そういう時は開き直ればいいんだよ。

 南雲の言葉は、僕の情けない質問に対してあっさりしていた。

 ──だって、男の体はそう反応するように出来ているんだからしょうがないって。

 ──けど女子の前でそんなことになったらどうすればいいんだろう。どうすれば大人しくなるかいい方法、知らないかな。

 ──うーん。

 南雲はそういう話題を素直に取ってくれる相手だった。だから相談できる。打ち明けられる。 ──ひつじを数えるとか、うまくブレザーを羽織りなおすとか、けど一番いいのは普段から溜めないようにしておくことじゃないかなあ。ごめん、りっちゃん。俺、そんなこと真剣に考えたことなかったから、役立つこと言えないなあ。


 ──よりによって、最悪じゃないかよ!

 古川さんがいなくなり、ユニットバスへ清坂氏が閉じこもり、僕はひとりで部屋の中、膝を抱えている。スリッパをつま先から落として、浴衣の裾をうまく隠すような格好に緩めて、石ころに化けた気持ちで座っている。

 やましい気持ちなんて全く感じてなかったはずだった。決して夜這いしたかったからじゃない。ちゃんと古川さんと相談して、話し合いをきちんと清坂氏としなくては、と思ったから、それだけだ。変なこと考えていたら僕だって、古川さんや羽飛に行き場所はっきり言う訳がないじゃないか。

 僕が清坂氏に誤解を招くような行動をしたのは事実なんだからちゃんと話をしなくてはならない。 やはりこちらの方から頭を下げた方がいいかもしれない、と心に決めていた。

 清坂氏の方が僕よりずっと大人だから、「そんなこと気にしないでいいよ」と言ってくれるんじゃないかって気がする。ふだんだったらたぶんそうだと思う。だけど、なんというかこの旅行中の清坂氏は少し不安定な様子だった。僕がたいしたことない、って思っていることもかなり大げさに受取ってしまうかもしれない。轟さんはあとで清坂氏に、ちゃんと詳しい説明をしてくれると話していたけれども、僕も早い段階できちんと誤解を解いておきたいと思っていた。

 だけど、まさかだ。なんでこうも自分が自分の理想を裏切るんだろう。

 完全に「修学旅行自由時間」スタンプラリー作戦、成功していたと信じていたのにだ。

 あのD組担任に、あそこまで勝ち誇った顔されてだ。

 僕はどうしようもなく役立たずなんだってことがよくわかったってわけだ。D組担任野郎の言う通り、僕は女子受けが悪くて秘密があっさり洩れてしまったのもしかたないんだろう。だけど、古くは結城先輩、本条先輩、それぞれが参加した修学旅行ではばれていなかったはずだ。本条先輩なんて男女ともに敵だらけだって話じゃないか。なんで僕の代になって、あっさりとばれてしまうんだろう。

 救いだったのは、旅行中にいきなりスタンプラリーの禁止令が出なかったことだろうか。

 あれも教師面して「大目に見てやったんだぞ、感謝しろ」とばかり鼻の穴膨らませるD組担任の顔がむかついてならない。羽飛じゃないが、僕はこれで前科二犯になったってわけだ。そうだな、まさにそうだよ。僕の考えていることは、みんなお見通しなんだもんな。そうだよな。やっぱり評議委員長になんて、僕は向いていないんだ。やっぱり、評議委員長は天羽を指名してくれれば一番よかったんだ、本条先輩、そうじゃないですか?

 罵りたい。わめき散らしたい。どうしようもなく暴れたいってこのことだ。

 さすがに同室の羽飛に蹴りを入れるのは思いとどまった。タイミングよく、古川さんから電話がかかってきて、

「あのさあ、立村。あんたが轟さんとなにしたかはわからないけどさ、この辺りできちんとけじめつけときな。今も、美里ご機嫌斜めなんだよ。ほら、菱本先生が『中学生の恋愛』とか『初めてのあれ』とか、いろいろ語るだけ語ってってさ。ものすごいナーバス状態なんだ。ちょっとだけ話、聞いてやりなよ。あんたも彼氏なんだからさ」

 と聞かされた段階で、完全にぶちぎれた。

 僕に対してだったらしかたないだろう。どんなにむかついたって、やらかしたことは確かなんだから。責任を取る覚悟はある。だけど、清坂氏にそんな話を思い出させる必要ってあるものなのか? 僕は絶対ないと思う。もちろん女子のいわゆるあれとかこれとか、見当つかないわけではないけれど、清坂氏は旅行中の嫌な思い出なんて、一瞬も思い出したくないに決まっている。D組担任にとっては、「青春のほろ苦い一ページ」なんだろうが、その当人からしたら地獄を見たのと同じだってことに、どうして気づかないんだろう。本当に僕よりも十四才上なのか? 本当に狩野先生と同い年なのか、あいつは!

「わかった、今から行く」

 本当は清坂氏と話をするのを後回しにしようと思っていた。夜這いなんて思われたらしゃれになんてならないじゃないか。旅行が終わっていわゆる、あれが終わったんじゃないかという頃にふたりでどこか行こうかとも考えていた。でも、あの馬鹿D組担任野郎の非常識な行為プラス、僕の不必要な行動、これが重なってしまったらきっと清坂氏、修学旅行が真っ暗い思い出だけになってしまうだろう。そういえば、清坂氏が思いっきり笑っていたところを、この旅行中一度も見たことがない。いつも苦虫噛み潰した顔している僕に、

「ね、立村くん、せっかくだから楽しもうよ!」

 と明るく声をかける清坂氏がいない。

 もう今更遅いかもしれないし、僕の顔なんて見たらさらに面白くないことばかり思い出させるかもしれないけれど、話をしたら少しはすうっとまぎれるかもしれない、そんな気がした。本当は羽飛の仕事なのかもしれないけれども、僕だってそれなりに、動くことはできるんだから。

 そうだ、あんな馬鹿D組担任・菱本守氏よりははるかに。


 運良く誰にも行き会わなかった。

 古川さんもすぐに部屋のドアを開けてくれた。けどなぜかいきなり、反対側のクローゼットにもぐりこむよう指示された。古川さんとふたり、制服と重なるような格好でもぐりこみ、

「今から私、あんたの部屋に行くからさ。美里と話し合いが終わったら、内線の電話で連絡してよね」

「羽飛とか?」

「そう、あんたたちだけがいい思いなんて勿体ないでしょうが」

 いい思いなんてする気なんてない。何考えてるんだ、この下ネタ女王様。そこまで僕が恥知らずだと思っているんだろうか。

「いい思いなんてしないけど、話し合いはするよ」

「まあまあ、だけど、もしばれそうになったらすぐに私のベットにもぐりこんで、顔かくしな。たぶん私と髪型似てるから、寝ているところだけ見たら気づかれないと思うよ。

 言われてみれば古川さん、僕とかすかに似たような形に髪型を整えている。ショートカット、たぶんうまく潜ればばれないだろう。

「とにかく、あんたたち一度もこの旅行中、まともに話してないじゃないのさ。お姉さんは悲しくて涙が出るわよ。ほらほら、美里今、お風呂に入ってるからね。少し覚悟して待ちな」

 あまり声を出すと、近くの部屋の女子たちにばれてしまう可能性がある。僕も古川さんも、それ以上の話はしなかった。先に古川さんがクローゼットから出てベッドに座り、僕を手招きした。

 何事もなく僕は座ったはずだった。

 何事もなく、清坂氏がユニットバスから上がってくるのを待つはずだった。

 

 白いタオルを胸の辺りに巻き付け、髪をインドのターバンのように丸めてやはりタオルで包み、いかにも女子のお風呂上りの雰囲気で出てこられるなんて、僕は一度も経験したことがない。だから、まさかこうなるなんて思ってもみなかったのだ。予想なんてつかなかった。もちろん、僕だって全くそういう手のことを知らないわけではないけれども、まさか、こんなに急激に身体の奥が反応するなんて信じることができなかった。いつもなら写真集のグラビアくらいでしか反応することなかったのに、なんでこんなことになるんだろう。よりによって、清坂氏の前で。

 ──自分で自分に裏切られるなんて、最低だよな。

 絶対に、こういうことにならないように、どうして準備しておけなかったんだろう。

「じゃあね、立村、あとは仲良くねー」

「古川さん!」

 ただ膝を抱えて、一方的に暴れている身体のもとをなだめるしかなかった。こんな時に、よりによってこんな場所でだ。清坂氏は僕の顔を見るなり慌てて引っ込んだ。それは当然だ。僕がいるなんて気づいてなかったに決まってる。D組担任を馬鹿と罵る権利が僕はもうない。もう前科三犯、覚悟の上だ。どんなことがあっても、いやらしい目で清坂氏を見たりなんてしないし、これ以上傷つけたりなんてしない、そう自分と約束していたのに、僕の本能だけが勝手に今みた清坂氏を汚そうとしているわけだ。どんなに別のイメージを膨らませようとしてもだめだった。全身の血液が物凄いスピードで血管を走り抜けているようだった。天羽の言葉を思い出し、また僕の身体はどつぼにはまった。そうだ、天羽は、もう経験しているんだ。この状態の後、どうなるか、どうしないとおさまらないのか、ちゃんと知ってるんだ。

 ──よりによって、なんでこんなことになるんだよ。

 

 がっちりと膝を喉元までひきつけたまま、羊を数えてみた。十匹目でばかばかしくなって次に英語のリーダーを暗誦してみた。一ページやってみて詰まってくる。少し歩いたらおちつくかなと思って部屋の中をうろうろしてみた。隣のベッドには、たぶん清坂氏の着ていたものなんだろう、小さい布の巾着みたいなものの口が少し開いていた。白っぽいものがちらちらしていた。なんでかわからないけど目が留まって、すぐにそらそうとした。まったくもって逆効果もいいところだ。見当つけるまで見ているなよって自分に言いたかった。窓辺の手ぬぐいかけには青いタオルにかかるような感じで靴下もひっかかっている。花柄のハンカチは何かを覆っているような感じだった。どんなものだかわからないけど、かくさなくちゃいけないものなんだろう。 目に入るものすべてが、余計なことばかり思いつかせてしまう。

 しかたなく椅子に腰かけることにした。もし僕一人の部屋だったら、なにはともあれトイレに飛び込んでいわゆるそちらの始末をつけるだろう。いわゆる生理的現象なんだから異常なのではない、と保健体育の授業では習っているし、そんなの余計なお世話だと鼻で笑いたいと思っていた。本条先輩のノートにあったように、グラビア写真集を男子たちに一ページずつ分配したのはまさにこの状態を逃れるためだったのではないかとやっと気づいたわけだ。それも自分の情けない状態においてだ。

 早く、なんとかならないもんだろうか。 

 たった四日しか経ってないのに。

 他の奴は同じようなことになってないんだろうか。羽飛を見る限り、全くそんなむらむらした気持ちにはなっていないようだった……鈴蘭優の歌番組で喜んでいる程度だ……し、南雲も、他の連中も今の僕みたいにどきまきなんてしてないはずだ。僕だって、この場で、まさか清坂氏のああいう姿を見てしまうまでは、決してありえないと思っていたのだから。上半身と下半身がここまで繋がらなくなってしまうなんて、最低だ。

 浴衣の裾を堅く合わせた。気づかれないようにすることはできなくもないだろうが、何かの拍子で足を崩さないとも限らない。決して今の僕の精神状態を気づかれてはならない。あくまでも、冷静沈着に、話し合わなくてはならない。それができるって信じていたから、僕は清坂氏とふたりっきりになることを決めてきたんだ。そういうことをしない、という前提でもって。もしD組担任に見つかっても、決してそういうやましい気持ちなんてない、と断言できるって思ったからだ。

 ユニットバスの方から、水を流す音が聞こえた。たぶん水洗トイレを使った後なんだろう。

 ──たかがそんなこと、気にするのか、お前は。

 目に入るもの、耳に入るもの、すべてが本能を沸騰させようとしている。

 本条先輩にもっと教えてもらえばよかった。

 ──先輩、こういう時、どうしてるんですか?

 もう誰にも相談できなくなっている、絶体絶命ってこのことだ。

 ユニットバスのドアが開いた。僕は足をしっかり組んで、思いっきり溜息を吐いた。視線を清坂氏とあわせないようにして、まずは一言謝った。

「ごめん、さっきは、何も言わなくて」

 間の抜けた言葉だと思ったけれども、しかたなかった。見上げると、清坂氏は浴衣をきっちりと着付け、着替えをタオルにぐるっと包み、胸に抱えるようにして僕に頷いていた。

「こずえに連れてこられたの?」

 怒ってないみたいだ。怒鳴られてもひっぱたかれてもしかたないと覚悟していたのに、拍子抜けした。

「さっき、菱本先生と何かあったんだろ。だから、そのさ」

 だめだ、完全に全身のコントロールを失っている。舌が回らない。ちゃんと浴衣を着ているのに、頭の中ではなぜか清坂氏の何もきていない姿が浮かんでくる。そんなの見たことないくせに、さっき見たタオル一枚の姿だけが引き伸ばされたって感じだった。それに伴って、落ち着いてほしい場所は全く落ち着かないままだ。目を閉じても逃げられない。動けない。

 清坂氏はスリッパで一歩ずつ、ゆっくりと近づいてきた。

「俺たちの部屋にも結構勘違いしたこと言いにきたんだよ、あの人。だから、相当、失礼なこと言われたのかなって思って、ただ、それだけだけどさ」

「立村くんたちのとこにも?」

「ほたる狩りが中止になった分、担任のほたる狩りってとこだろうな」

 思わず口走った言葉ではあるけれども、なんか的を射ているような気がした。

 僕たちが好き勝手に飛び回っているところを、夜になってから一気に捕まえにかかる、というんだろうか。でもほたるが飛び交うのは真夜中のはずだ。甘い水を求めて飛び交うはずだ。誰があいつらにつかまえられてたまるかよ、そう言いたかった。

「立村くん、おもしろいね、それ、うまい」

 清坂氏は初めて、僕だけの前で笑った。一瞬だけ、ほっとした。


 どちらにしても話をすることはたくさんあるわけだ。清坂氏には、午前中轟さんから言われたことをまず伝えなくてはならないというのがひとつ。轟さんと途中別行動を取り天羽や更科たちと顔を合わせて、いろいろと相談して決めたことがひとつ。丸ごと説明するわけにはいかないので、僕なりに清坂氏を傷つけないように考えながら、話をしなくてはならないだろう。

 もう一度足をがっちりと組んで、膝に手を当てるようにした。たぶん、気づかれないだろう。

「立村くん、さっきね、琴音ちゃんから話、聞いてるよ」

 やはりそうか。息を呑んだ。

「評議委員会で、これからも仲良くしてあげてよね」

 予想通りだ。というか、轟さんの読み通りだ。絶句した。ぬれてない髪の毛の先を何度もつまみながら、清坂氏は古川さんのベッド端に腰掛けた。こんな近くにこないでほしいとは、言えない。

「他の人たち変なこと言ってたけど、きっと琴音ちゃんもなにか事情あるんだなって思ってたから、大丈夫。私も明日、ちゃんと他の人たちに言っとくから」

「言っとくって、何を」

 声が上ずっているのが自分でもわかる。いいかげん、抱え込んだままのタオルとその他のもの、隠したらどうなんだって言いたくなる。

「琴音ちゃんも、きっと勇気がものすごく必要だったんだって思うもの。ね」

「あ、うん」

 言葉を濁しながら、僕はあらためて轟さんの切れに舌を巻いた。

 よくここまで考えられるものだ。心臓の音がまだおなかの辺り、それからだんだん下の部分に響いているようだった。絶対に、勘付かれないようにしなくては。あらためて足をきっちりと組み直し、浴衣の裾を深く合わせなおした。椅子で隠れているから見えないだろうと思うが、念のため。


 ふたりで部屋の中、ふたりきりというのは、何度か経験していた。

 去年の宿泊研修の時も、ほんの五分くらいだったけれども清坂氏とふたりでいた。最後は口げんかで後味悪かった。その時もらったタータンチェックのキーホルダーはまだ、ちゃんと使わせてもらっている。

 その後、十二月くらいに杉本の家へふたりで出かけた時も、数分だけふたりっきりだったような気がする。すぐに杉本が入ってきたからそんな長い間ではなかった。でも、厳密に言えば密室だったし、ふたりっきりと言っていいだろう。

 本当の意味で意識するような「ふたりっきり」はそれから数日後のクリスマス・イブだった。あの時は清坂氏に「品山に連れてってほしい」と言われたのを受けて、僕の家でだった。父もいないし、返って気楽かもな、と何も考えずに居間でそれなりの料理を食べたりした。ちなみに全部僕がこしらえたのだが、清坂氏本人には内緒にしておいた。たぶん二時間か三時間くらい一緒だっただろうか。途中で父が突如帰ってきたのは計算に入れてなかったけれども。 でも、こんなに全身がはれぼったくなってしまったことはなかった。

 一度だってなかった。

 もし、これ以上針のような刺激がちくっときたら、どうなるか。

 だから僕は目を細めるようにして、今日の午後天羽更科コンビから聞き出したことをしゃべるしかない。もちろん、重要な部分は曖昧なままにしてだが。

「あのさ、清坂氏」

 まだタオルを抱いたまま、清坂氏が僕の方を見た。とりたてて変だと思っていない様子だ。

「なあに」

「一応、説明しとくよ。今日実はさ」

 時間を少し巻き戻し、僕はもう一度、話すべき内容と話さない方がいい内容を頭の中でより分けた。


 ◆

  午後から轟さんは、親戚の家に行く予定があるそうで別の汽車に乗った。見送った後は天羽と更科ふたりと待ち合わせていろいろと評議委員会に関する話をした。この辺りは僕もいろいろ考えて自分なりの意見を伝えたりもしたけれど、二人の考えはやっぱり違うようだった。

 ──とにかく、清坂はお前のプライベートハニーにしとけよ。悪い奴じゃないが、評議委員会ではいろいろとまずいだろ。

 なにが「プライベートハニー」だ天羽。お前にそういうこと言われたくないさ。

 ──いや、だって俺より向こうの方が頭いいからさ。だから、そういう意味じゃなくて。

 しどろもどろになって言い訳をしたけれど、この時の天羽は怖かった。旅行前のこと、そうとう根に持ってるのかこいつ、って思った。

 ──旅行が終わって、すぐ水鳥との交流会だろ。立村、お前自分のこと、ろくでもないって思っているだろ。女子たちに気、遣い過ぎてぼろぼろになってるだろ。見てりゃあわかるって。ここいらでお前が頭なんだってこと、きっちりと女子どもに見せ付けてやれよ。

 ──頭、って、いや、俺はただたまたま本条先輩に指名されただけであって。

 遮られ、すごまれ、結局僕は黙るしかなかった。情けない。

 ──だからな、立村。女子が悪いとは言わねえけど、清坂が口出ししたせいでかなりの予定がお流れになっちまっただろ? 「交流サークル」転じて「E組」がそうだろ? 水鳥中学との交流会だって危うく女子だちの血迷った行動でやばかっただろ? あとのひとつは俺が悪かったからしゃあねえにしても、もし男子たちだけで考えたとしたら絶対しないことだろ、大抵は。

 確かにその通りだと思う。でも、それとこれとは話が別だ。

 ──さっき、トドさんと話をしただろ?

 更科が僕のすっかり萎縮しきった表情を見たのか、さささっと話に割り込んだ。

 ──評議委員会と、つきあいを別にすればいいんだよ。それだけだったら簡単だよ。

 ──いや、付き合いもなにも、お前らが考えているようなことないし。

 きっと夜這いしろだとか変なことしろとか思っているんだろう。冗談じゃない。

 ──ふたりっきりの時にあまあい言葉を口走ってやったり、デートしたりするだろ?

 デートって、帰り道一緒に帰ることがそうなのか?

 ──もう一年経ってるんだからなあ、もう少し、ほら、進展させてさあ。

 ──更科お前えらい。そうだ、その通りなんだよ、立村。お前、評議委員会と同じ乗りで清坂と付き合ってるんじゃねえのか? いやさ、お前が清坂を嫌いだとは思ってねえけどさ、それだったらもっとそれなりにいちゃいちゃしたっていいんじゃねえの? 評議委員会ではトドさんの方がお前にぴったり合ってるけど、余計なやきもち妬かれたら面倒だろ。ふたりっきりの時は清坂と仲良くしてだ。委員会上のパートナーとしてトドさんにきてもらう。俺としてはこれが一番ベストだと思うんだ。立村、自分でもそう思わないか?

 天羽の目的は決してやましいものではない。天羽なりに評議委員会の今後について考えてくれていることはわかっているし、僕もその方向が正しいと感じている。このまま結城先輩以来続いてきた評議委員会の立場を、元の形に戻す必要があるだろうとも思っていた。すなわち、完全に先生の御用機関と化した生徒会を自主性のあるものに戻し、立場以上に権限の広がった評議委員会を生徒会のサポート機関に戻す。これは僕の代できちんと処理しなくてはならない。前から思っていた。

 なによりも、評議委員を始めとする「委員三年任期生」……もちろん暗黙の了解だけど……の弊害が多すぎる。西月さんと天羽の一件だってそうだ。三年間一緒に委員会やって仲良くやっていられればいいけれども、部活のように途中で抜けられないというのは大変だ。それに。

 ──俺のことはどうでもいいよ。それより霧島さんのことだけど。

 ──キリコだよなあ。ただ今ホームズが「じゃじゃ馬ならし」にお出かけ中。

 ──難波が?

 今朝、難波に思いっきり八つ当たりしてしまったのが影響したんだろうか。

 ──いやいや、立村のせいじゃねえよ。あいつさあ、結構霧島のこと心配でなんねかったみたいでさ。一度きちんと話をつけたいって、スタンプ終了後午後から、おふたりでデート。

 ──デートっていったい。

 ──修羅場になっている可能性もあるがな。

 くっくと二人で顔を見合わせて笑う天羽と更科。

 ──けどな、トドさんからお前も聞いただろ。あのままだとほんっとまじいぞ。お前にあえて、清坂を評議から少し遠ざけろてのは、霧島のことも絡んでいるんだ。

 霧島さんのことというと、確かにいろいろ問題がないわけではないだろう。僕もその辺わからないわけではない。

 ──霧島さん、青大附中をやめさせられるってことか。でもまだ噂だろ?

 ──いや、本当だ。厳密に言うと、中学で卒業ってことだよ。

 更科がきっぱりと断言した。

 ──別に変な噂が影響したとかそういうわけじゃなくて、殿池先生曰く、単純にキリコにとって一番いい環境に送ろうよってことだけらしいよ。ただ、そういう学校って、いわゆる「底辺高校」って奴だしさ。想像できるか、キリコ発狂するだろうな。

 ──うんうん、それは確かにそうだ。努力したってどうしようもないことってあるんだよな。

 天羽も更科も、結局どうしたいのだろうか。西月さんのようにとことん嫌っているわけでもないし、かといって頭の程度を馬鹿にしているようではいるし。

 ──大人の決めることを正しいっていうのは俺もむかつくけどな、けど霧島の一件については全面的に殿池先生支持だな。

 ──同感。

 僕も何かを言おうとして遮られた。天羽、またかよ。

 ──とにかく、このことが女子にばれたら一大事だ。霧島姐さんがぶちぎれるのは仕方ないとしても、また例のごとく女子どもが立ち上がって「霧島をこの学校に置いとく署名運動」なんかされたら大変だぞ。勘違いもいいとこだって。なあ更科。 ──そうだよ。俺もキリコが違う学校に行った方が絶対うまくいくって思うもんな。たぶんだけどなあ立村、キリコを入れる学校はたぶん、可庭女子高校じゃないかと思う。

 ──可庭?

 思わず絶句した。可庭女子高校といえば、青潟私立高校の中でもランク的にはかなり下と聞いている。天羽が詳しい説明を施してくれた。

 ──立村青ざめてるなあ。そうそう。いわゆる最低ランクの学校だ。けど、俺の知り合いで何人かあそこ行ってた先輩いたけどさ、不良はまず学校こないし、普通の生徒はぼーっとしてるしで、なんだかんだ言って居心地いいんだってよ。朝から帰りまでずっと掃除、あとボランティア活動に力入れてるって有名らしいしな。成績ランクは悲惨だけど、他の私立にくらべたらずっとまともだってなあ。

 そういうこと、お前が判断していいのか天羽。僕はずっと、天羽と更科の言葉を顔引きつらせながら聞いていた。いったい、僕が気づかないうちになんでこんな、いろいろと調べてしまうんだろう。どうして手はず整えてしまうんだろう。なんだかみっともない自分に泣けてきそうだ。

 ──そこまで準備するんだったらさ、どうして天羽、お前委員長にならなかったんだよ!

 もちろん最後の一言は飲み込んだ。僕だってそのあたりを心得ていないわけじゃない。情報をまとめてくれた二人には感謝の意をこめてホットドック一本ずつ奢らせていただいた。

 ◆


 このまま話すのはやっぱりよくない。今、目の前で僕の方をじっと見詰めている清坂氏に、いくらなんでも天羽たちの本音をオブラートに包まず語ってしまうのはいいことじゃない。評議委員長としてとか相棒としてとか、そういうだけではない。一対一の、大切な繋がりを持つひととして。

「言いずらいことなのかな、立村くんの言いたいこと」

 少し喉を詰まらせたような言い方をした清坂氏。どの辺りから話していけばいいんだろう。

「最初に言っとくけど、轟さんたちと話をしたのは、評議関連のことだけなんだ。いわゆる、あの、変なことなんて言ってないからさ」

「そう、琴音ちゃんもそう言ってたしいいよね」

 平らな声で清坂氏は返した。少しは落ち着いている、と見ていいだろうか。

「清坂氏を無視したわけじゃないんだ。とにかく違うから」

「わかってる」

 本当にわかってくれているかどうかは僕にも見当がつかない。評議委員会に関連することを思い出して考えていくうちに、さっきまで全身をびくつかせていた得体の知れないものがすうっと消えていったような気がした。とにかく、集中しよう。僕は両膝を小さく抱え込むようにして、椅子の上で安座した。まずこれで大丈夫だ。万が一また反応しやがっても。

「旅行終わったら、水鳥中学との交流会があるだろ。それから、いろいろ行事があるだろ」

「うん、あるね」

 頷いた表情はまた固まっていた。

「その行事の関係で、これから俺、男子中心に話を進めることになるかもしれないんだ。これ、清坂氏を無視するんじゃないから、それだけは」

「わかってる。わかってるけど、どうしてって聞いたらいけない?」

 あえてきっぱりした言い方にしているところ見ると、危険信号か。清坂氏の場合、感情を押えて後に爆発、というのではなくて、一度火がついたらあとはまっしぐら、というパターンが非常に多い。もう誰も止められない状態。以前かなり修羅場となった。僕だって学習能力はあるのだから。

「私たちが、邪魔だから? いいよ、はっきり言っても」

「違うって、ただ、ほら」

 うまく言葉が出なくてどもってしまいそうだ。

「私やゆいちゃんが男子たちに迷惑かけてるから? 杉本さんみたいに迷惑だから?」「そんなことはない!」  思わず腹に力が入った。慌てて声を押し殺し口をふさいだ。隣の部屋に聞こえたらどうするんだ。「じゃあなんで? 私だって、立村くんに協力したいって思ってるし、それに、私」

 小声で、目を伏せるようにして、

「立村くん、すっごく、変わったって思うの。変な意味じゃなくて」

 変な意味じゃないならどういうとこなんだよって聞きたい。せっかく先輩たちの秘伝・修学旅行スタンプラリーの術を、あっさり担任に見破られてしまい物笑いにされた僕がだ。僕よりも羽飛の方をみんな頼りにしていることがよくわかった金沢のお坊さん事件とか。この調子だと、クラス全員にくばったグラビア写真ページのことがばれてしまう可能性だって無きにしも非ずだ。僕が評議委員長になってから、ろくなことが起こらないなんて思われてしまったらどうするんだろう。

「その、なにが」

 声出すとまた、変なところに力が篭ってしまいそうで、小さい声で返事した。

「うん、あのね、ありがとう」

 頭の中の回路が繋がらない。思わず清坂氏の座った姿をじじっと見つめてしまった。ありがとうってなんだ? 何か、したか?

 清坂氏は少し無理矢理、といった風に顔をしかめ、それから自然にそのしかめっ面をすうっと開いていった。いつもの自然な笑顔が浮かんだ。

「恥かしくても恥かしくなくても一緒だって、言ってくれたよね」

 そんなこと言ったか? 暫く記憶を全力で巻き戻してみる。

「私のこと、守ってくれたよね。だから、ありがとう、なの」

 

 羽飛だったら「なあにしおらしいこと言ってるんだよ、美里!」と笑い飛ばすだろうし、南雲だったら「俺の精一杯の愛が伝わったんだなあ、彰子さん!」と激しく抱き締めようとするだろうし……笑顔でぽんと押し返されるのは目に見えているかもしれないけれど……、けど僕は?

 ──最低だ、まだ変なことばかり考えてるのかよ俺は!

 膝を抱え、膝頭の上に頬をつけるようにして、僕は清坂氏から目をそらした。もう一度顔を見たら、座っている清坂氏の姿が、バスタオルしか巻きつけていない風に見えてしまいそうだったから。いや、そのバスタオルを目の先ではがしてしまいそうだった。そんなことをもししたら、僕は二度と自分を許せなくなるだろう。これ以上、自分の中の自分にせせら笑われるのはたくさんだ。

 雨の音を聴きながら、僕は呼吸を浅くした。

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