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第四日目 29

29


 まったく、私のお色気大作戦は効果ないんだってことがわかって落ち込みたくなる。

 羽飛のお誘いに乗って、今度はベッドの上にのっかって、くちゃくちゃポテトチップスを食べているだけなんだけど。

 きっと上では、美里が立村とふたり、いちゃいちゃしているのかもしれないな、と思うとジェラシーを感じないわけないけれども、仕方ないよねとあきらめもある。あのふたりの付き合いは二年の六月から。いろいろあって、けんかもしてただろうし、浮気もされただろうし、けど、やっぱり好きなら好きでそれなりのことがあっても不思議じゃないと思うのだ。

「けど、あいつゴム持ってるのかなあ」

 せっかく私たちも二人きりなんだし、ちょっとはいい感じになりたいじゃないの。

 下ネタで突っ込んでやりたい。

「男子って全員、持ってるんでしょ。学校側から渡されて」

「まあなあ」

「C組の更科、できれば旅行中に使いたいって言ってたよ」

「まじかよ、相手、都築先生だぜ」

 ほほう、やっぱり噂は本当だったのね。あの子犬ちゃん男子評議、更科の恋人がなんと保健の都築先生とは!

「いいじゃないの、愛があればね。することはいっしょだし」

 さりげなく、混ぜてみる会話の中身。けど羽飛の反応はまったくなし。鈴蘭優の話についてはいくらでも語ってくれそうな予感がするんだけどね。一日何回ポスターにキスするかとか、一晩につき何ページ抜いちゃうかとか、どのあたりで下半身反応するかとか。いろいろありそうなのにね。

「そうかあ。けどさ、あれ初めて使う時、一度穴があいていないかどうか調べないとまずいってよ。あとつける時に破かないようにしなくちゃねって。私、男子の保健授業残念ながら聞いていないんだけども、そのあたりの具体的なテクニックについては説明あったの?」 学校側でそんなどんどんやらしいことしましょうなんてお勧め、するわけないってわかっている。

 けど、こちらから持っていかないと、反応してくれないじゃないの、羽飛が。

「学校では適当に、ってことかなあ。けどなあ古川、お前これ、立村にも同じこと聞いてるのかよ」

「もちろんよ。あいつ答えないで逃げちゃうけど」

 

 美里と立村を一対一で話し合わせたほうがいいんじゃないかってことは、言い合いの前から考えていた。本当だったら消灯時間前までにどこかロビーかで、の方がいいかなとも思ったんだけど。ベストは今夜予定されていたほたる観賞の時だったんだけどなあ。暗闇の中、まあるいほたるがふわふわ飛び交う中、二人は愛を確かめ合う……いい雰囲気じゃないのって思っていた。けど世の中そんな甘くない。局地的豪雨の影響で、夕食以降の予定はすべて中止。おとなしく明日の朝までおねんねしなさいというのが先生たちのご命令だった。

「結局どうなのよ、轟さんとのこと」

 美里が言うには、轟さん本人から誤解を解く旨の説明を受けたとのことだった。評議関連のなんらかで話があったけれども、ただそれだけ。別に美里から立村を奪いたいという気はさらさらなかったらしい。けど、それならそうでこんなややこしいやり方、普通するか? 女子たちの多くはかなり疑っているに違いない。もちろん、立村が轟さんを選んで美里を振る、なんてことはありえないと思っているだろうけども。

「評議委員会の裏事情がいろいろあるんだとさ、どっちにせよ、あいつ美里に説明したいとは言っていた」

「ふうん、けどさ、なんで美里をはずすわけ?」

 羽飛はぐぐっと奥歯をかみ締めて首を振った。

「評議委員会にはいろいろあるんだろ。あすこ、なんだかんだいって男尊女卑の世界観だからなあ」

「まあね、この前の小春ちゃんのことといい、杉本さんのことといい。外から見てて思うね」

 美里の性格上、間違っていることは間違っている、納得いかないことは納得いかない、はっきり言い過ぎてしまう嫌いはあると思う。なあなあにしておきたいと思う立村の性格とは正反対かもしれない。そこらへんのでこぼこぶりがもしかしたら、うまくいっている秘訣なのかもしれないけれども、評議委員会の男子たちからはあまりいい顔されないだろうな、とは思っていた。これも外から見ている私の感じ方なんだけども。

「評議の連中ってさ、男同士で固まっていたい、女子はお飾りにしときたい、そういう匂いがぷんぷんするのよね。第一さ、ふつう委員会って委員長がいて、副委員長がいて、書記がいてって流れじゃない。それがさ、なによあれ。委員長の独裁体制であとは委員長のお気に入り下級生がひとりくっつくだけ。去年は本条先輩がいて立村が腰ぎんちゃくだったけどね。こんなんでやっていけるわけ? あまり私もふつうふつうって言いたくないけど、せめて女子の副委員長とか、補佐とかつけろって言いたくなるよね」

「評議委員会における美里の位置付けっていったいどんなもんなんだ?」

 羽飛は唇にくわえたままのポテトチップスをはずして質問してきた。

「一応は立村委員長の補佐、かなあ」

「じゃあ三年男子って仕事あるのか」

「あるんじゃないの? ああ見えても立村、男子限定で信頼されてるから」

 私の目からすると、決して性格の悪い奴ではないと思うのだけど、ただ彼氏に好んでしたいタイプではないだろう。女子にとっては自分の考えでどんどん決断してくれるような男子がかっこよく見えるもの。たとえば羽飛みたいに。

「クーデターの起こる可能性ってのは今までなかったのかよ。俺もなあ、立村から評議委員会からみのことぜんぜん聞いてねえからわからねえんだよ」

「どうなんだろ。去年、委員長を決める時にいろいろどたばたあったのは知ってるけど、同期同士では聞いてないよね。ただそれは男子関係のことだけよ。女子はね、やっぱりあるんじゃないのいろいろと」

 あまりべらべらしゃべってしまうのもまずいだろうし、私はこくんと飲み込んだ。

 なんとなくだけど、羽飛、その辺わかってるんじゃないかって気がしてきたからだった。


 ニュースは豪雨情報から、殺人事件、政治問題、国際問題、いろいろと流れ、また同じ天気予報に戻った。見てないけど、万が一声が洩れないようにということでそのまま付けっぱなしにしておいた。

「そういえばさ、ずっと前なんだけど」

 思い出したことが見つかったんで、羽飛に話しておくことにした。

「耳より情報か?」

「もう期限切れ」

 なんてったって本条先輩だもんね。

「かなり前なんだけれどもね、噂で聞いたことがあったんだ。立村が評議委員長に指名される前、周りでは天羽を推したかったらしいんだけど、本条先輩が絶対に立村でなくちゃやだってだだこねて、ああなったって」

「あれ、今の二年と対抗したってのじゃなくてか?」

「ほら、『ビデオ演劇・忠臣蔵』の年よ。あの時立村、杉浦加奈子ちゃんに付きまとって菱本先生からお叱りを受けて、ってことがあったじゃないのよ。いい噂聞いてないよってことで、二年上の先輩たちはみな立村を指名するのを反対したらしいって。でもねえ、本条立村ホモ説を覆すことはできずって」

 あくまでも噂なんだけども。ただ天羽がもともと目立つし人気ものだったってのは否定できない。小春ちゃんがずっと片思いしていたのもうなづける。うちのクラスでいえば、男子評議委員を選ぶ際必ず挙がる名前が羽飛と南雲だ。立村なんて過去の実績と羽飛の推薦がなければ、絶対浮かび上がるわけがない。そういう奴を指名するとなると周囲も黙っちゃいないだろう。噂だけど、自然な話だなって思っていた。

「まあ、天羽なら順当だっただろうな。関西ギャグ男」

「もしクーデター起こしたいと思う人がいるとしたら、一番可能性高いのは、天羽かなあって。でも立村と仲がいいんだったら、それはありえないか」

 羽飛の目が光ったような気がした。どきり、ぴくん。私に、じゃないのね。

「いや、いいとこついてる。姐さん、あんたは偉い」

「え?」

 今度はほんとに私に向かって、ぎらり。うわあやっぱり、かっこいいじゃないのさ、ねえ羽飛。

 うっかり舞い上がるとまたけん制されちゃうのも経験済み。

 羽飛はもう一度私を静かに見つめて、言葉を流し始めた。

 

「立村のことは評価してるみたいだな。あいつらは」

 ポテトチップスの塩を、つばつけた指ですくいとり、なめる。

「ただ、やっぱりな、美里のことは気に入らなかったと、そういうのはあるだろうな」

「どうしてよ」

「よくわからねえけど、美里がしょっちゅうへましでかして、立村のやろうとしていたことをつぶしていたらしい」

「それ反対じゃないの。立村が優柔不断だから、美里が尻叩いてやっただけじゃないの」

 男っていっつもそうだ。自分の都合が悪くなると、強い女子の方を叩くんだ。

「詳しいことはわからねえけどさ、ほら、立村がめんこがっていた杉本って子がいただろ? あの子のこととか、最近だと西月のこととか。立村がなあなあに収めようとしていたことを、美里が表出しして騒ぎにしちまったってな」

「まあねえ、美里はそういうの得意だからねえ。けどさ」

 羽飛が言うことはやっぱり、男の論理だと思う。

「まあ聞けよ。立村はああいう奴だから怒らないし、美里を立ててるけどな。周囲が迷惑だからなんとかしろってのかなあ」

「何言ってるのよ。そりゃ美里ははっきり言い過ぎるとこあるけど、そうでもしないと動かないから言ってるだけじゃないのよ。立村はもちろんいろいろ考えてるんだろうけど、やはり決断力なさ過ぎ。私思うんだけど、美里が委員長やって立村が副委員長やったほうが一番まとまったんじゃないかって思うけど」

「すげえなあそれ、怖え」

 それでも受けてるとこみると、納得できるんだろうなと思う。

「けどどっちにせよ、評議委員長は立村なんだから、立村のやりたいようにやらせてやりたいってのが男子評議連中の考えらしいんだなこれが。要は立村に美里をもっと押さえ込んでくれって言いたいということなんじゃねえのか」

 このあたり口篭もっていたのが気になる。

「美里をおとなしくさせて、男子に仕えさせろってわけ? ふざけんなって言いたいわよ。それって天羽が言ったわけ?」

「いや、他の評議連中のご意見らしい」

 このあたりもあいまいにぼかされた。あいつの口ぶりからすると、たぶん羽飛はもっと詳しいこと知っているんじゃないかって思うんだけどな。第一どうしてなんだろ。評議関連のこととか、美里の位置付けとか知らないくせにね。天羽のねらいを知ってるんだろうな。

「ふうん、そうなんだ。けどねえ」

「俺もわからねえよあいつらの考え。立村も評議委員長だったらそいつらをもっとびしっと言えって、言いてえよなあ」

 立村が結局は一番悪いんじゃないの、これは私も同感だ。

「とにかく立村は何事もあいまいにぼかしすぎ。杉本さんのことだってそうよ。あんないい子をねえ、結局は評議から降ろすんだから。陰でいろいろ面倒見させてるのはわかるよ。他の三年女子だってそれはやらなくちゃって思ってるよ。けどねえ、男子だけで固まりたがってて、まるで『三年男子評議ホモ説』浮上じゃないのさ」

 ほんと、気持ち悪いったらない、ねえ羽飛?

「古川。これはな、俺が勝手に想像したことだから、他言するなよ。美里にも言うなよ」

 コマーシャルの音楽がやたらとうるさい。小さくしようと手を伸ばしたら止められた。

「ふたりの秘密、きゃー、あぶない」

「ふざねんじゃねえよったく」

 口をとんがらせて、それでも羽飛は推理を展開してくれた。私だけのごほうびだ。


「あいつらがどういうことを考えているかはまったく想像つかないがな。ただお前が言うように美里が評議委員長になれなかった以上、長は立村なんだ。あいつを守り立てるためには美里じゃない誰かが必要なんだってことなんでないか」

「どういうことよそれ」

 言っている意味がわからない。羽飛にしては珍しい。やたらと硬いことばっかり言う。そのくせほっぺたにはポテトチップスの塩がいっぱいついていてアンバランス。男前の顔が台無しだぞ、羽飛。

「美里のやってることがいいのかそれとも間違ってるのかなんて見当つかねえけど。ただ立村の性格を考えれば、美里のやり方にうなづけないってのもあるんだろうなあ。わからんけど」

「だから立村があほすぎるだけなのよ!」

「その辺は俺も見当つかねえよ。ただな、立村もこれから評議委員会でいろいろと計画していることがあるんじゃねえか? 美里には手を出してもらいたくないようなことをな。それこそ、女子には手出ししてほしくねえよってとこをな」

 やっぱり男子なんだろうな。別に女子が手出ししたっていいじゃないのさ。

「なによその手出ししてほしくないことって。羽飛、あんた知ってるんじゃないの」

「知るわけねえだろ。とにかくだ」

 断言しているようにみえてなんとなく口はぼったいことを羽飛は言う。

「今までだったらほれたはれたくっついた離れたとか、ま、命は取られねえよって内容だったけど、今抱えている問題ってのはちょっと違うんじゃねえかって気がするんだよな。つまり、その、んだな。美里がもし下手に手を出したりしたら、第三者に多大なご迷惑をおかけしますって内容のな」

「羽飛、あんた立村の優柔不断が移ったんじゃないの?」

 だんだんいらいらしてくる。だっていつもの羽飛じゃないんだものね。こういう時だったら羽飛、もっとはっきりと「あのぼけはっきり言えよな! 要は美里のだんなとしてもう少しびしっとしろよびしっと!」とか言って怒鳴るはずなのにね。

「移ってねえよ。あれはあいつのオリジナルだ。それはともかく俺としちゃあ、あいつの性格上評議委員会では美里が邪魔だとは言えない。たとえ本音でそう思っていても」

「あんた美里の幼馴染なのに良く言うねえ」

「間違えんなよ。あくまでも評議委員会の中で、だ」

 よくわからないなあ。羽飛の言い方だと、どうも美里が邪魔なので追い払いたいって感じなんだけどな。

「じゃあなんで轟さんが出てくるのよ。なんで轟さんにこそこそとそういう話をさせなくちゃいけないのよ」

「ま、それが男女の仲って奴よのう」

 古風な言い方をする羽飛に、思いっきり腹へパンチを食らわしてやった。ひっくり返って浴衣はだけて紺の柄パンが丸見え。変なとこチェックするようだけど、なかなかセンスいいねって惚れ直し。

「轟がどう思ってるかこっちは知らんが、とにかく立村には、恋愛と仕事の一線をきちんと引いてくれっていうのが天羽の言い分なんじゃねえか? どうせ美里にあいつがほれぬいているのは周知の事実って奴だしな。そんな引き離そうっていうんじゃねくて、あくまでも、評議委員会の中では美里よりも轟を重んじよ、ってことなんじゃねえのか」

「轟さんのどこがいいのさ」

 頭がいいことは認めるけど、私はおろか、美里だってたいしてあの子を評価しちゃいないはず。「さあな。評議男子にとってはいろいろあるんだろ」

 羽飛の言い分はやっぱり、歯切れが悪かった。


 評議委員会なんてよくわからない。私も今は図書局に入って盛り上がっているけれども、こんなややこしい問題はなかったように思う。美里の性格でよくやっていけたもの。男子たちがふんぞり返ってて、ちょっと頭のいい子が来ると追っ払おうとする態度。なんというか、去年の杉本さんがらみの事件を思い出すとほんとむかむかしてくる。

 もちろん、いろいろ事情があるんじゃないかなと思わなくはないのだ。

 「委員会最優先主義」みたいなのが、私たち入学前から出来上がっていて、それに乗っかってずっと来たわけなんだから。仕切っていたのが男子ばっかりで、副委員長も書記もいないって組織。先生も「きちんと運営されている」という理由で大目に見てくれているからやりたい放題。もちろん仲良しのうちはよかったんだろうけれども、一度団結力が弱まると組織がぶっ壊れるのは早いものなんじゃないかな。大人の社会はすごいもんだってうちの母さんからも聞くけれどもね、中学でこんなすさまじいのを目にするとは思わなかったよ。ほんと。

 去年の評議委員長、本条先輩はもろに男子パワー炸裂、って感じの人だった。彼女が学外にふたりいて、かなりきわどいお付き合いをされてたとかなんとか。噂ではラブホテルにちょくちょく出入りしていたという話も耳にしている。図書局の先輩から聞いたことだけども、本条先輩は一年前期においてかなり同期をやめさせたり殴りつけたりと、一歩間違ったら退学になりそうなことをやらかしていたらしい。当然、女子は男子に仕えるもの。もしくはいちゃつくもの。そういう認識の持ち主だったから、評議委員会の雰囲気は相当すさんでいたに違いない。

 立村はその本条先輩べったりだったけれども、方針はまったく異なっているみたいだった。あくまでも私がクラスで見る立村の行動パターンを見て思うことなんだけれども、女子に対してはとにかく腰が低い。声を荒立てて怒鳴ったりすることがない。むしろ飲み込んでしまうタイプだろう。むかつく男子がいたとしても……たとえば去年の冬、一学年下の新井林との揉め事があった時も……ぶん殴って服従させるよか、自分の方が譲歩して納得させるという手段を取る。女子に対してもおんなじで、ゆいちゃんや小春ちゃん、当然美里に対してもそうだ。杉本さんがらみの事件では最終的に先輩たちの意向に従わざるを得なかったみたいだけど、それでも「E組」で面倒みたり、「他校交流」関連で協力させたりと、それなりに心配りしているようだ。

 女子からしたら、悪くはない。けど、男らしくない。女々しいって見えるのも本音としてある。

 女子には得なことしてくれる男子だけど、「男子」としての魅力は感じない。

 本条先輩がもてもてなのに、立村がいまだ美里以外に評価されてないのは、その辺にあると思う。

 

 それ考えるとやっぱり、男子最優先組織の方が男女問わず受けがいいのかもしれないし、いくら立村が私たち女子に対して気持ちよくしてくれたとしても好かれないのはしょうがないかもしれない。そういう考えが大多数である以上、簡単に男尊女卑思想が根強いている評議委員会が変わるのは難しいんだろうな。美里はきっと立村を応援したいし味方になりたいとは思っている。でも、ほんとは自分で思いっきり組織を動かしたいはずだ。補佐するよりも、自分から動きたい。守りたいって。男子たちはそんな女子よりも、「お手伝い」タイプの子の方が便利だし、助かるって思っている。応援してくれて、おだててくれて、にこにこしてくれるような女子。たとえば奈良岡彰子ちゃんみたいなタイプがもてるのは、その辺に理由があるんじゃないだろうか。菱本先生も「おだてられると男は力を二倍だす」とか寝言みたいなこと言ってたしね。

 けど、そんなの悔しいじゃないの。

 おだててほしいのは、ほんというと、私たち女子の方なんだから。

 誉めてほしい、応援してほしいのは、私たちだっておんなじだ。

 男子たちは当然のように応援してくれる相手を求めてくる。自分を一番だと思ってくれる相手ばっかり大切にする。けど、トップに立ちたい、動きたいっていう美里みたいな子がやってくると一気に団結して蹴飛ばすわけだ。男女なんてほんとは関係ないのに。どんどん評価してほしい、おだててほしい、力を二倍出したい、そう思うのは男子だけじゃないのにね。


「羽飛、あんたって誉められるとうれしい?」

 聞いてみた。きょとんと、「はあ?」と返事。

「だから、おだてられたらうれしい? 菱本先生セイド」

「嘘っぱちでおだてられてうれしくなる奴いねえよ」

「ふうん」

 あぐらをかいた両膝を交互に押しながら身体を左右に動かした。

「けど、立村はどうかわからねえけどな」

「あいつは誉められなれてないから?」

「それもある」

 言われてみるとそうだなって思った。だって立村を評価する人って英語の先生と美里くらいじゃないの。

「じゃあ美里がさ、仮に『立村くんあなた素敵よ!』とかいう、歯が浮くような台詞を口走ったとしたら、燃えるかねえ」

「俺も鈴蘭優ちゃんがそういうこと言ったら」

 あっそ。結局あんたは鈴蘭優命なのね。わかったわよ。

「じゃあやっぱりさあ、ひとつ私なりの提案があるんだけど、聞いてくれる?」

 のろけ話をきかされるのはたまったもんじゃないんで、私は話を断ち切らせた。

「私ね、美里にとことん『あんた素敵、あんた最高!』を連発するように勧めてみようと思うんだ。そうすればあいつだって多少は鼻の下伸びるだろうしね。本当は美里、立村の代わりにどんどんやりたいんだろうけれどもそうしたら評議の連中が怒るんでしょ。むかつくけどそれが男子最優先主義の評議委員会ではしょうがないよね。だったら美里が立村をめろめろにして、かばってもらえるようにするしかないじゃないのさ」

「なんだそりゃ」

「わからないと思うんだよね。ほんと女子としては頭くるよ。けど、いくら文句言ったって天羽たちは立村のためっていう言い分があるから勝ち目ないんだよね。初の女子評議委員長を狙った杉本さんですら、本条先輩の命令で追い出されたようなもんじゃないの。それならあとは、レディーファーストを重んじる立村委員長を味方につけるしかないよねえ。女子は女子の武器を使うしかないのかなって思うよほんと、うちの母さんじゃないけどさ」

 しゃべっているうちになんだか、すっごく惨めな気分になってきた。

 私は美里や杉本さんみたいに、どんなことあっても男子たちの上に立ちたいって気持ちはない。おだててOKならいくらでもおだてられるし、ほれてる相手だったらいくらでもプッシュしたくなる。男子も女子も関係ない。けど美里はそういうのがいやなんだと思う。いくら好きな相手だとしても納得いかないことは受け入れない。親友でも恋人でも。

 上を求めつづけた結果、杉本さんは評議委員会から追い出され、美里も補佐から外されるはめになった。

 男子たちの団結力に女子が勝つためには、人一倍の努力とあきらめが必要なのかもしれない。

 ──男子たちはねおだててやるのが一番。そうすればいっくらでも仕事やってくれるんだよ。

「お前の母さん、『女の武器』とか言うのかよ、すげえなあ」

 羽飛は腹を抱えて笑い続けた。私は笑えなかった。

「だってさ、うちの母さん、『コンチェルト』のホステスなんだよ、知ってた?」

 あんまり口に出したことのないほんとのことだった。

 羽飛は笑い声をぴたっと止めた。


 『コンチェルト』とは青潟で知る人ぞ知るキャバレーの店名だった。キャバレーというと、でれでれしたおじさんたちがきれいなお姉ちゃんをはべらせて酒飲んで、「一番テーブルへいらっしゃーい!」とかやっている光景を思い浮かべるかもしれないけども、母さんがいうには「あんた、がんばってるホステスさんに対してそれは偏見よ!」ってことになるらしい。私だって見たことないもんね。子どもの頃はキャバレー直営の託児所で弟と一緒に過ごしていたし、今でも母さんは週三回程度店に出ている。最近は有名な歌手がやってくることも多いので、女性のお客さんがたくさん来るんだそうだ。決して、スケベ根性丸出しの場所じゃないんだそうだ。ごめん、私もいまだに良くわかんないんだ。

「一応、父さんはほんとの父親だから、悲劇の想像はごめんなすってね」

「誰がそんな想像するかって」

 親の職業を誇る気もないしけなす気もない。ただ、働いている、ってそれだけだ。父さんも母さんも弟も仲いいし、私にとってはそれだけで十分だ。けど、やっぱり女子の友だちには口に出しづらいものがあるのも確かなんだ。

 よりによって、初めて話した相手が、羽飛とはね。

「たださ、悪いんだけどしばらく美里には内緒にしててほしいんだけどさ」

「なんでだよ」

「ほら、美里潔癖じゃない。ホステスイコール、きゃーやらしいって思わないとも限らないじゃない」

 テレビドラマの影響である。うちの母さんが言うには、子持ちのホステスさん、うちみたいに結婚している人妻ホステスさんだってたくさんいるんだし別に隠す必要はないのだそうだ。私だって恥ずかしいとは思わないけど、ただ先入観ありありの相手に、「それは違うのよ」と説明するのも面倒だ。

「ついでに女子たちにもね、いろいろとほら、面倒だし」

「わあった」

 それ以上追求されなかったんで、ほっとした。説明できないことがいっぱいなうちの親の仕事。将来「ご両親のお仕事は?」なんて面接で聞かれたら、どうしようかなあ。やっぱり「接客業」って答えるしかないのかなあ。

「とにかく、そういう経験もあってうちの母さんからは、男を誉めたら百人力ってことをレクチャーされてるってわけよ。だからいっくらでも私、羽飛のことほめちゃうわよ、ほめて、ほめて、誉め殺し?」

「いらね、そんなん」

 意外にも無口になった羽飛。できれば先入観なしでいてほしかったんだけど、やっぱり私に対しての見かたが変わったなんていわないよね。

「けど、古川の話はわかりやすいわな」

「でしょでしょ。羽飛の話だと、評議委員男子連中の意見は一致しているみたいだし、そうそう簡単にひっくり返るとも思えないから、まずは美里に少し押さえてもらって様子を見てもらったほういいと思うんだよなあ」

「そうだな。けど美里がそんなの聞き入れると思うか?」

「まあね」

 一番の難題だったりするわけだ。すんなりいくとは思っていない。

「だから、今晩立村にがんばってもらうしかないんじゃない? 四十八手あの手この手」

「なにをだよ」

「『俺を信じてくれ、支えてくれ、ただ側にいてもらえればそれでいいんだ!』って、言ってもらわないとさ。一応ご本人には頼んどいたけど、さあて今ごろ何してるかなあ」

 テレビの画面には、「夜の歓楽街をうごめく蝶たち」の特集が流れていた。こういう番組が日常だから、うちの母さんたちの仕事って誤解されるのかなあ。あらら、ストリップ劇場のお姉さんが着物姿で裾はだけさせてちらり見せてるよ。うわあ、セクシーなんてもんじゃないね。これ。私が男だったら鼻血噴いてるよ。

 羽飛が手を伸ばし、スイッチを消した。あらあ残念。いいとこなのに。

「電話、来ねえな」

「そうだね」

 妙に静かな部屋の中、今まで気付かなかった激しい雨音が、ばつんばつんとぶつかるように聞こえた。

 私たちはふたり、残りのポテトチップスを口の中へ片付けた後、ふうとため息を吐いた。


 口では言ってみたことだけど、私も納得しているわけではなかった。

 女の武器、って効果があるのは認める。彰子ちゃんタイプの性格美人がもてるのもわかる。

 杉本さんが男子たちに無視されるのも、ゆいちゃんがあれだけのかわいこちゃんなのに疎まれるのも。

 理由は単に、男子に受け入れられないから。男子を気持ちよくさせてあげられないから。 そういうことができる子でなければ、委員会の中で男子と対等に扱ってもらうことはできないんだろう。

 いやがられて嫌われてあっち行けって言われるだけだ。

 轟さんみたいにやたらと卑屈で相手を持ち上げるような子の方が、もしかしたら男子はほっとするのかもしれない。美里はそのあたりまったく問題にしていないみたいだけど、私のアンテナがずいぶんぴくぴく言うのだ。男子は自信をつけてくれる女子を好むという。今まで美里は立村をかばって守ろうとしてきたけれども、それは本人の求めているものと違うのかもしれない。はたして轟さんがどういう考えを持って近づいたのかわからないけれども、立村がもともと女子の外見をあまり気にしないタイプだとしたら、美里かなり状況不利だ。頭がよくて、きりりとしていて、どんどん前もってつっきってくれる子よりも「あんたが最高、あんたが一番!」とささやいてくれるようなタイプに負けてしまうだろう。

 簡単になれるようだったら、私だって苦労しない。

 羽飛好みの私になれるんだったらと思ったこともあるんだしね。でも、どんなに努力したって私は下ネタ女王の古川こずえ、鈴蘭優のそっくりさんにはなれない。だからそれでつっきるしかない。ありのままをぶつけて、跳ね返されて、それでも元気一杯でいることしか、できない。それで振られるんならしかたない。今、ありのまんまの私はこうやって羽飛としけたポテトチップスをつまんでいるけれども、決していやじゃないんだから。満足しきってはいないけど、こうしているのが楽しいって、素直に思っているんだから。悔いはない。

 けど美里は?

 美里はありのままの自分を立村にぶつけて、受け入れてもらってるのだろうか。

 なんとなく口に出せないような気がした。上の部屋で、行われていることは語り合いの四十八手なのか、それとも。


「俺、死ぬほど眠いんだ。わりい、古川、立村の方で寝ろ」

「わーい、二人でらぶらぶじゃあん」

 わざとはしゃいだ声を出したけど、羽飛はあっさりと首を振った。枕とバスタオルを身体に巻きつけた。

「風呂場で寝る」

「ちょ、ちょっと待ちいなおとっつあん!」

 冗談めかして声をかけたけど、羽飛はいっさい振り向かず、バスルームへ入っていこうとした。それはまずい、私だって寝る前にお手洗いくらい使いたいじゃないのさ。

「あ、わりい。先に入れ」

「けどあんな湯船の中でさ、寝たら腰痛くなるよ。無理しないでさ。私も襲ったりしないし」

「ばあか、冗談じゃねえよ」

 ほんとは二人並んで眠るのも悪くないって思っていた。もちろんそれが目的だしね。それにいくらなんでも羽飛はやらしいことしたりしないでしょうが。いっしょにしゃべりあって、それで一夜を明かすってロマンチックだしね。

「さて、これでいいか。じゃあ寝るぞ。電話来たら呼べよ」

「そんなあ」

 ちょっと駄々をこねてみたくなった。向こうだって私の気持ちくらいよっくわかっているはずだ。「あのなあ、古川」

 羽飛はじっと私を見つめた。さっききてから初めての、おっかないまなざしだった。

「お前、女子だからわからねえかもしれねえけど、犯罪者にならないようにするってのは、男にとってしんどいんだぞ」

 うるうると訴える瞳をつくって見つめてみたけど、羽飛はあっさり背を向けた。

 

 ──もしかして、ちょっとだけ「女の武器」効果あった?

 鈴蘭優以外でもしかして、あいつの心を揺るがしたのは、私だけかもしれない。

 まったく手付かず、のりの利いたシーツをめくって私は目を閉じた。朝五時半起床。どうやって部屋戻るかほんとは考えなくちゃならないんだろうけれど、なんとかなるよね。今、同じ部屋に羽飛がいる、同じ空気を吸っている。同じ夜の雨音を聞いている。同じく目を閉じている。

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