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第四日目 28

28


 夕食後、即、菱本先生のご訪問を受けた俺と立村はしばらく、あったかいお説教を頂戴していた。

 俺自身は菱本先生の言葉を「説教」とは思わないしむかつきもしなかったけれども、立村は違った。もう、見るからにぶっちぎれそうだった。

「いろいろあった四日間だったが、立村、どうだった?」

 さっき俺に話してくれた通り、菱本先生は立村の計画した「スタンプラリー午前中に片付けて、午後は自分らの時間。自由に過ごそう!」をあっさりと看破しているはずだ。修学旅行後、たっぷり締め上げる予定でいるらしい。ただ、評議委員長という奴の立場も考えて表向きはなあなあにしてくれるとのことだった。立村の奴、きっと菱本先生を含む大人どもに勝ったと思い込んでいるに違いない。まったくもって、こいつはガキだって思われていることちっとも気付かないでやんの。

 普段の俺だったら、すぐに「立村、実はな、菱本先生がな」と教えてやるんだが。俺だって少々むかっときているわけだ。

 話の展開によっちゃ、このあたりでばらしてやるか、とも考えていた。

 ほとんどしゃべってねえしな。あいつとも。もちろんなんもしゃべらないで一晩明かすつもりはない。「修学旅行中に起こった出来事は、修学旅行中に片をつける」これが原則だ。うだうだ引きずってもめるよりも、すぱっと言いたいこと言い合って、しゃっと終わらせる。これが一番だ。菱本先生だって、そうだろう? 


「いろいろありましたが、楽しかったです」

 無表情かつ丁寧語を遣う立村だが、いかにもふてくされているってのがわかる。こいつ、ポーカーフェイスだと思い込んでいるが、すねてる幼稚園児とおんなじだと周りが見ているの、気付かないんだろうか。

「そうだな、本当に、いろいろあったな」

 菱本先生は軽く流すと、次に俺へ話を持ってきた。

「羽飛、お前も楽しんだか? それこそいろいろあったみたいだが」

「そりゃあもう、たっぷりと! 喜怒哀楽なんでもありって感じでさ」

「いいこと言うなあ、そっかあ、『喜怒哀楽』かあ」

 ただいま俺の気分は「怒」なんだが、あえて先生の前では言わない。余計なこと言って巻き込むのはやだもんな。

「やっぱし今回一番盛り上がったのは、金沢とお坊画家さまとのご対面じゃねえかと」

「そうだな、あれはよかったよかった。羽飛、お手柄だったな。ああいう風にして、やりたいことを俺たち大人に訴えてくれれば、少しでもいい方向へ持っていけるんだぞ」

 知ったことか、って顔で立村はそっぽを向いている。こいつ、自分を抜きにして起こった事がむかついてならないに決まっている。

「立村も詳しい話はあれから聞いてないだろ?」

「はい」

 聞きたくねえよ、って面だ。聞かせてやるって。俺は話を無理やり菱本先生からひっぱりだすことにした。

「けどさ、先生、あの後金沢舞い上がりまくったままだったけど、どうなった?」

「詳しいことはわからないが、もし何かお力になれることがあれば、いつでも、とおっしゃってくださったんだぞ、住職がな。もちろん今回は挨拶程度だったろうが、金沢もこれで面識ができたし、文通という方法で交流させていただくこともできるってわけだ。ぶつかったことは決して、無駄じゃないんだぞ」

 まったくもって「知ったことか」との立村。相当、自分の目が届かない場所で起こった出来事に関心持ちたくないらしい。身動きひとつせず、唇をかんだままだ。

「それとだ、立村」

 菱本先生はもう一度、立村に膝を向けた。露骨に後ろずさる立村を追うようにして、

「スタンプはきちんと押してきたか? 午前中だけで、回るのは疲れなかったか?」

 ひゃあ、とうとう来たぜ。こういうことか。

 いつもだったら俺も助け舟を出してやるところなんだが、自業自得だ立村、ひとりでなんとかしろ。

 思った通り立村の横顔は蒼白だった。そりゃそうだわな。百パーセント、完璧さって気取っていたところでだ、しょせんは先生に筒抜けなんだもんな。必死に何か言おうとしているんだが、言葉がでないでやんの。俺の顔を見て、まさかって目で見た後、またぎゅっと唇をかみ締めた。


「このことは旅行が終わってからゆっくり話そうと思っていたんだが、いい機会だ。お前らが頭をひねって自由行動タイムを増やそうと努力したことについては、敬意を表したいとこだ。今回はおとがめなしにしようと先生たちとも意見が一致した。だがな、基本的に修学旅行とは、単なる遊びのためのものじゃない、自分の身になることをひとつひとつ蓄えていくことが必要なものなのだよ。わかるかな、立村『くん』」

 菱本先生、完璧に立村の反応みて面白がってるとしか思えない。笑えるなあ。怪人二十面相の口真似してなにが楽しいんだ。

「ひとつひとつスタンプを押していくことによって、この旅行で何を感じ、何を得たのか、それをじっくり考えることも大切なんだ。あまった午後の時間をお前たちがどういう風に過ごしたかはあえて触れないがな。自分の心の中にいったい何が蓄えられたのかを、学校で作文に書いて提出してもらうから、今から準備しておけよ。いいな」

 だんだん耳まで真っ赤になっていく立村の反応を、菱本先生も俺も、むちゃくちゃ笑いをこらえながら見つめている。完全におもちゃだなこりゃ。まあな、立村は今回の自由時間を通じて、そうとう「得るもの」があったとは思うぞ。古川と語り合ったり、今日みたいにだな、出目金出っ歯の……いや、それ以上は何も言わんが。ちゃんと、作文に残せるだけのもの、持ってるのかいなと突っ込んでやりたくなる。友情ゆえにその辺はこらえるが。

「まあ今回はな、お前も相当勇気がいっただろうがすっぱだかで風呂にも入ったしな」

 アキレス腱をごりごりとのこぎりで切っているって感じだぜ菱本先生。

「それなりに、お前も成長しているんだってことがわかったしな」

 目つきにだんだん血走ったものを感じるんですが立村よ。

「それに、お前も清坂のことを大切にしようとしているってことが、無意識の行動でよくわかったぞ。お前もだんだん、男になったなあ、なんだか安心したぞ。お前このままだったら頭でっかちのガキになるんでないかって、ずっと心配だったんだが、ほんと良く育った育った」

 野菜じゃないんだからそういう誉め方まずいと思うぞ菱本先生。あとが怖いぞ。

「今回はお前の男らしい努力を認めて不問にするが、来年はもう手の内がばれていることを認識した上で、下級生たちへのアドバイスをするよう心がけるんだな。あ、そうだ、お前も知りたかっただろ? どうしてばれたか」

 完全に無言地蔵状態となった立村に対し、菱本先生、とどめを刺した。

「こういう時はな、女子を巻き込まないのが一番なんだ。男子だけなら目的意識もあってうまく秘密も守られただろうが、お前、女子に受けが悪いだろ? かならずどこかで水洩れがあるもんだ。秘密はできるだけ少ない仲間内で守らないと、こういうことになるんだって、いい勉強になっただろ?」

 言い返す言葉もなく、ただうなだれている立村を見据え、俺にはちらっと笑ってみせ、菱本先生は去っていった。

 完全ノックアウト状態。さてこれから、どうなるか。


 こういう時、俺ならば「ま、元気だせよ、いつものことじゃねえか」と声をかけてやるんだが、残念ながら俺もあいつにだまされたばかりだ。少しお灸を据えてやるのも悪くはないんじゃないかと思うわけだ。

「……ちくしょう!」

 小さい声でののしる声だけは聞こえたが、知らん振りを決め込んだ。

「ばかにしやがって!」

 ほんと、ささやく程度の声なんだが、立村相当切れている。

「狸と狐の化かし合いなだけじゃねえか」

 かなりのいやみなんだが、俺の性格上はっきり断言してしまうのがつまらん。

「化かし合い?」

 露骨にぶちぎれた声で立村が言い返す。こちらのカードは断然有利。なんせ、午前中のことがあったからな。

「お前が悔しがったって、菱本先生の方が上手だったんだ。しゃあねえだろが」

「誰がばらしたんだよ!」

「だから言ってただろ、女子サイドだってな。お前も一生懸命学年のために尽くしたんだし、だから『不問に処す』って結論になったんだろ? 努力した甲斐あったじゃねえの。今度は女子を巻き込まないようにしてのんびりやれや」

 そうだ、女子を巻き込んじゃあいけません。

 俺の言い方はあまりいやみがいやみに聞こえないらしく、立村もぴんと来なかったらしい。

「なにがのんびりだって! せっかく喜んでもらえたって思ったのにさ!」

「喜んでもらえたって、女子はクールだからな。お前に恩義は感じちゃいないさ。そういうもんだぜ」

「別に恩義なんて感じてほしくないけど」

 口篭もり、立村は浴衣姿のまま膝を抱えた。先にさっさとシャワーを浴びたので、あとは寝るだけの態勢だ。窓は完全に防音がなされているらしく、土砂降り状態にもかかわらず雨音は響いてこない。

「わりい、これからベストテン見ていいか? 優ちゃんの歌声で気分をリフレッシュ!」

「勝手にしろよ」

 完全に臍を曲げてしまった立村は、遠くを見ながら静かにつぶやいた。

「本条先輩に、言い訳できないよな……」


 まあな、立村オリジナルの案だとは思っちゃいなかった。たぶん本条先輩あたりからの入れ知恵だろうな。

 おそらくなんだけど、本条先輩が率いた修学旅行の時は、ばれなかったんだろう。

 詳しいことはわからん。ただ、菱本先生が言うには、「女子ルート」から情報が流れたらしい。  立村にとって一番の弱点は、そこだ。

 女子受けが恐ろしく悪い。なぜか付き合っている美里がさんざんばかにされているのも、その原因なんだろうな。

 その辺は素直に反省して、次回に生かせばいいじゃねえか。ったく、そこで膝抱えていじいじしてるんじゃねえよ、うぜってえ!


 しばらく鈴蘭優ちゃんのかわいい顔と歌声を満喫しつつ、俺はちょろちょろと立村の様子を伺った。

 優ちゃんの歌とトークが終われば、後はまったく関心なし。テレビのスイッチを切った。

「あのな、立村、ご機嫌斜めなところひとつ聞きたいんだがな」

「なんだよ」

 こいつ、問い詰められること覚悟してるんだろうか。俺の追求にびびってないとは思わないが、最大の敵・菱本守氏に撃墜されて、再起不能となっているようだった。やさしく手を差し伸べる気にはなれない。とことん叩くぞ覚悟しろ。

「今朝のあれ、なんだ?」

 しばらく膝を抱えて、顔を引きつらせてうつむいている。当然だな。

「なんで俺、天羽と更科にかびくせえコーヒーを飲まされる羽目になったんだ?」

 そろっと横目で俺を見た。首をそのままにしていた。

「なんでなんだ?」

 もう一度尋ねると、立村は口のはしっこにでかいえくぼをこしらえた。

「ごめん、悪かった。俺がすべて悪い」

 肩を怒らせ、膝と腹の間に顔を思いっきり押し込んだ。人間、だるま状態だった。

「そうやって逃げるなよな。結局あれか? あの、轟だったか、B組の女子とラブラブデートか?」

「らぶらぶっていったい」

 びくっとした顔で俺を見返した。とんでもないってか。そりゃあそうだよな。お前の彼女は美里だし、いくらなんでもなあ。

「きちんと、普通の話をしていただけだよ」

「ほお、普通の話って、二人っきりでねえとできねえことか?」

「そういうんじゃなくて」

 その癖、言葉が出せないでやんの。ったくなあ。こいつ、自分で自分の墓穴掘ってるよな。完全に立村は俺に勝てそうにないことを理解しているんだろう。とにかく下手に、下手に出ようとしている。いつもなら適当にあきらめてやるのが俺のやり方なんだが、そうは問屋が降ろさねえ。覚悟しろよ。

「美里は相当ご機嫌斜めだと、某所の放送局から情報が流れている、とな。夕飯の時も見ただろ?」

「だからそういうんじゃないって!」

「けど、美里には内緒なんだろが!」

 すごんでやる。

「俺はなあ、立村。天羽たちに拉致されてだ。一方的に評議委員会事情を聞かされてだ。いわゆるひとつのパターン『俺と美里はいいかげんくっつけよ』説を押し付けられてだ、すげえまずいカビくさいコーヒーを飲まされてだ。お前がやるべき、美里を飼いならすってことを俺が代りにやってくれと命令されたんだ。すげえ失礼だと思わないか、それ」

「清坂氏を飼いならすっていったい」

「あーあ、これ美里にばれたらしゃれにならねえぞ。いくらお前がボランティアで轟にお情けデートしたんだって言い訳したって、女子には通用しねえぞ。菱本先生じゃあねえけど、お前女子には受け悪いからなあ。『あーら、やっぱり立村には轟みたいな女子がお似合いなのよねえ』とか言って、騒ぐぞ騒ぐぞ。美里がヒステリー起こしたら俺じゃあ手に負えねえし、どうすんの立村。お前やったのってな、相当やばいことなんだぞ。どういう事情あるかわからんけど、覚悟しとけよおらっ!」

 ううまずい。俺としたことが。やっぱりしゃべりだすと熱を持つっていうのか? があっと叫びたくなるってのか? すげえ勢いで言葉があふれ返るんだが。一緒にぶっちぎれて頭に来ちまうっていうのか? こういう時、さりげなく冷静なふり……あえて「ふり」って言うぞ……している立村を見るとこちらの方が切れそうになっちまうもんなんだ。こいつみたく、つらっとした顔で「まあいいじゃねえか」って通すことが、俺にはできない。未熟ものって言われようがどうしようもねえんだなこれが。


「ボランティアじゃないよ」

 しばらく俺が凄みまくった後、立村はぽつっとつぶやいた。

「はあ?」

「だから、轟さんと話したのって、ボランティアじゃないよ」

 んなこと、言ったか?俺? 自分で何言ったか覚えていないってのが情けねえな。

 立村は膝をがっしり抱えたまま、覚悟を決めた人みたいに目をこわばらせ、

「轟さんと話したのは、評議関連のことだけど、羽飛が想像しているような変なことじゃないよ」

「じゃあなんで美里に内緒なんだ? 天羽ら言うには、霧島にも内緒なんだってな」

「うん、だけどそれは、いろいろ事情があるんだ」

「評議委員同士で隠し事し合ってなにやってるんだ。だからお前らはうじうじしてるってんだよ」

「違うって」

 けど、説明できないところがやっぱり立村だ。相変わらず女々しい奴だぜ。天羽じゃねえが「優柔不断」そのもんだ。

「清坂氏には、修学旅行終わってから、全部話すつもりでいたんだ。だから、今すぐ説明しなくてもいいかなって思ってただけであって、隠してたわけじゃないんだ」

「じゃあなんだよ。天羽言うには、『うちの学校から追い出される奴がいる』とかなんとか言ってたが」

 話の内容なんてほんとは覚えていなかった。いかにもって顔で天羽が気取って語っていたのをうろ覚えに語っただけだ。意外や意外、立村の奴青ざめてやんの。

「天羽の奴、そんなことまでしゃべってたのかよ」

「誰が、とは言わなかったがなあ。美里たちに内緒ってことは、美里にばれないようにってことなのか? けどそれ聞くんだったらなんで轟が出てくる? 結局轟、お前とデートしたくて、それでか。あーあ、立村、どうするどうする、このままだと修羅場だぞ。美里がぶちぎれた時の怖さ、知ってるだろ?」

 殴られんばかりに噛み付かれた経験をもつ立村なら、想像はつくはずだ。

 俺はじいっと立村を見つめてやった。

「わかってる、それくらいさ」

 結局立村は、さっきと同じ態勢で膝を抱え、顔をかくしただけだった。


 俺としたら、このあたりで立村に本当のことを吐かせて、古川たちの部屋に電話で連絡を入れるつもりだった。

 まさか轟に乗り換えたいなんてことはないだろうよ。あいつの美的センスおよび、モラルから考えてまずありえない。

 天羽たちが話していた通り、評議委員会にはそれなりの事情があるんだろう。退学者が出るとか出ないとか、そのあたりの問題が絡んでいるのだったらまあしょうがない、ある程度の隠し事もしょうがないだろう。俺の想像ではたぶん、霧島がこの修学旅行でお色気トラブルを無意識に起こしてしまったゆえの問題なんじゃねえかと思うんだが。けどもし協力してほしいって言われたら、俺だって霧島の退学を取り消してほしい旨の署名運動に参加する気はあるぞ。

 はっきり言っちまえばいいんだ。霧島の問題なんだってことと、轟に泣きつかれてデートしただけだってことをあやまるってことと。それと、さんざんばかやらかしたことについて、美里に土下座して許してもらえばいいんだ。なあに、あいつ立村に根っこからほれぬいているから、ちょっと低く出られたらすぐに機嫌直すわな。

 直接美里としゃべって、謝って。あとは明日、船の中で船酔いぼろぼろになりながら美里に甘えりゃあいいんだ。立村の奴、乗り物に弱いから、一度介抱されたらすぐに轟への浮気を後悔するに違いない。

 簡単じゃねえか。世の中、そんなもんよ。


「じゃあ、せっかくだし、反省の弁を以下に述べよ」

 おぞそかに告げた後、俺は受話器を取った。確か、美里たちの部屋は四階だったか。部屋番号を三桁押すと、そのままつながるシステムなんだそうだ。もちろん電話料金はかからない。外にかけない限りOKだとは、先生たちのお話だが。まあ今夜はほたる観賞もできなくなっちまったことだし、多少の真夜中のおしゃべりは大目に見てくれるのでは、と周りでは噂している。

「あ、なんだよ羽飛」

「お前が直接、美里と話、しろ。それが一番いいんだ」

 慌ててベッドの上に立ち上がった立村。さっそく膝の裏をキックしてぶっ倒した後、俺は遠慮なく「ハロー」と声をかけた。美里か、それとも古川か。やたらときんきん声なのは明らかに、下ネタ女王のあいつだ。


 ──はろはろ、羽飛、あいらびゅーん!

 なんだこいつ。完全にテンション、ハイだぞ。

「古川か。今そこに美里いるか?」

 ──ううん、ただいまお姫さまの優雅なバスタイムなのでーす!

「誰がお姫さまだっての」

 言いかけて、ひとりそう思う輩がいることに気がついた。悪い悪い。

「そうかあ、いやな、ただいま約一名、反省の色濃い男がいるんだが、いかに?」

 古川とはさっき部屋の中でうだうだ話をしたんで、すぐに飲み込んでくれた。ありがたい。切れるぜナイス!

 ──ははん、私の弟ね。

「その通り。じゃああとどのくらいであいつ出てくるか? こっちからもっかいかけるか?」

 言った後、美里の長風呂は相当なもんだってことに、今気付いた。羽飛家と清坂家合同の家族旅行中、美里の奴、いっつもだらだら風呂に使っていて、それこそ「お姫さま」気分で上がってくるもんだから周囲からはど顰蹙買ってたんだ。いつになるかわからんな。しかも今日は最終日。おめかしにもさぞ、余念がないだろう。ちっともありがたくない幼馴染の特権だったりする。

 ──あ、羽飛。今、そこにわが弟がいるんでしょ。

「ああいるぞ」

 ──いいこと思いついたんだ。仲直り作戦に協力してほしいんだけどいい?

 古川の考えることは下ネタオンリーと考えてよいだろうなあ。

「なんだよなんだよ、おい」

 ──悪いんだけどあいつをうちらの部屋に来るように言ってくれないかなあ。

 おいおいちょっと待った。それはまずいぞ。一応夜はもう、野郎同士でも部屋の出入りが禁止になってるんだ。しかもここのホテル、エレベーターしかねえぞ。もし女子部屋に男子がのこのこ訪問していて、あわや「不純異性交遊」扱いされたらどうするんだ? 

 言おうとするのを三Dの誇る下ネタ女王古川はさえぎる。

 ──直接立村出してもらえる? 悪いけど、あ、美里がお風呂に入ってるってことは内緒ね。

 あたりまえだろうが。いくら美里の貧弱な胸……別に見たわけじゃあねえからな……にくらくらしなくたってな。「お風呂」なんて言って、立村が鼻血噴いても俺は素直に同情するぞ。


「なんだよ」

 ぶっ倒れたまま耳をふさいでいた立村は、俺に無理やり起こされてめちゃくちゃ不機嫌そうだった。

「お前と話したい彼女がいるんだけどな」

「いいよ、俺から話す」

「だから、電話先でぜひにのご指名だよん」

 わきの下をこちょこちょやりながら無理やり受話器を握らせる。しぶしぶ立村は返事をした。

「ああ、古川さん」 

 はたして古川の奴よ、どういう風に説得するんだか。相手はきわめて紳士でかつポーカーフェイスを理想とする立村だぞ。下ネタ女王のお手並み拝見といくか。

 

「先生か? うん、来たよ。何って? 一人で語って一人で感動して去ってった」

 たぶん菱本先生登場のいきさつについて聞かれたのだろうな。仏頂面したまま事実関係だけを説明する立村。さすがにスタンプラリー秘術敗れたり!までは語れなかったらしい。立村の言葉はそれ以降、

「いや、うん、そんなことないよ。ただ相変わらず俺のことばかにしてるなとは思ったけど」

 と、菱本先生罵倒と化していった。日常なんで取り立ててネタにすることはない。

「そう、そう。なんでだろうな。でも旅行終わるまでは何も起こらないと思うから大丈夫だよ」

 何が大丈夫なんだか。立村、自分の立場が危うくなるのを恐れてか、あえて真実を語らない。

「そんなことないってさ! 古川さんあいかわらず俺のこと誤解してるだろ」

 さては、古川、例の隠密デートについて、つっこみを入れたのか? 残念ながら立村側の相槌では判断ができぬ。

 しばらく無言でこくりとうなずきつづけている立村の様子を眺めていると、いいおかずになる。ちらと俺の方を見て、テレビのスイッチを入れろと合図するんだが、甘いな。すでに優ちゃんの出番が終わった今、最大のエンターテイメントはお前、立村のバラエティーショーなんだ。


「まったくな、腹立つよな」

 あいつが激していないのはおそらく、さっきのデート疑惑を突っ込まれなかったからだろう。たんたんと話は続いているようだった。時折、

「何が見抜いているだよな、そんな知ったかぶりするなよって言いたくなるだろ? 古川さん」

 まさに姉弟の会話をしている。この二人、昨日は一対一で行動していたんだよな。男子と女子って感じじゃねえ。美里がやきもち妬かないのもなんかわかるぞ。

「そうなんだ。清坂氏にもそんなこと言ったのかよ」

 ううむ、残念だ。どういうこと言ったのか俺にはわからないが。俺をもう一度ちらっと覗いた後、立村はかなりひそひそ声となり、

「ああ、うん、俺の方から直接話すつもりでいたし。うん、そうだよな。それがいいかもな」

 聞き取りたくても聞き取れないしゃべり方で俺をシャットアウトしやがった。古川、あとで俺に詳しい説明プリーズだぜ。

「うん、わかった。今から行く」

 今から? どこへだ?

 「移動」を意味する動詞「行く」を用いるってことは、立村いよいよ、行動か?

 さっき古川が「立村を来させてちょうだい」と話していたのとつなげてみると、どうやら目的は達成したらしい。

 けどどうやってだ? いや、もしもだ、ばれたらあいつ、殴られるだけではすまねえぞ。

 なにはともあれ電話が切れるのを待つ。俺は両足をしっかりと地面につけて、電話側でため息をついている立村の腕を軽くひねった。顔が引きつっている。答えが出ないと困るんで、手加減しといた。

「どうしたんだ、立村。今な、『行く』って言ったようなんだが」

「ちょっとだけだよ」

 相変わらず仏頂面は変わらない。俺の手を振り払い、浴衣の帯と裾のところを合わせなおした。男子のくせにそういうところはめかしこみやがるんだな。美里にいいとこ見せたいんだろ。男だよそこんとこあいつもな。

 一応俺も、連帯責任を取らされる恐れありなんで詳しく聞きたい。 「古川がなさっき、立村を部屋によこせって言ってたんだが、そのことだよなあ当然」

「わかってるならいいだろ」

「見つかったら停学食らうぞ、どうすんの。お前これで前科三犯になっちまうじゃん」

 もちろんいとしい美里のところに行きたいのだったら、自分なりの浮気事情を説明したいのだったら、俺は万歳三唱して送り出してやるぞ。だがな、疑問代名詞「なぜ?」だけは確認したいもんだ。英語エキスパートの立村に。

 立村はしばし黙った。うん、罪の意識はあるんだなきっと。指をもそもそさせながらつばをのみこむように喉を膨らませる。覗き込む俺と目が合い、いきなりかっと見開いた。ぶち切れる予兆だって、俺はこいつの付き合い二年半のつながりから感じ取っていた。

「ばれるようなへま誰がするってか! 勝手に決め付けるなよな」

「おいおいどうしたよ」

「なんでもかでも、そういうことになんで、つなげたがるんだかな。真面目な話をしたいだけじゃないか」

「ちょっと待った、よおわからんぞ立村」

「何が人生の大先輩だ、知ったかぶりしやがって!」

 おい、と口に出しかけてはっと気付いた。立村の奴、てっきり俺をののしってるのかと思いきや、なんのことはない、天敵菱本守に対しての宣戦布告ってことじゃあないのか? 

 立ち上がり、もう一度襟元を鏡の前で合わせ、クローゼットにかかっているブレザーへ手を伸ばそうとし、すぐにひっこめた。そりゃあそうだわな。浴衣にブレザー、似合うわけねえじゃん。ろくろく説明もせずに、あいつは音を立てぬようドアを閉めて出て行った。


 すぐに戻ってくるだろうとは思っていた。

 テレビのスイッチを入れ直し、二時間ドラマの山場をぼけっと眺めながら大の字になり横たわっていた。

 まあな、立村も美里へ言い訳したいって思ったってことは、より戻したいって気持ちの表れなんだろうな。

 天羽、更科の評議ふたりには思いっきり勘違いしたことを叩きつけられたが、今更ながらの勘違いに頭が痛くなる程度のことにすぎない。たまたま男子と女子ってだけでめちゃくちゃ話の合う奴と、なんで区別されなくちゃあいけないんだ。あいつらきっと、男と女イコールやらしい話をする間柄、としか思ってないんだな。さびしい奴だぜ。だから天羽は、西月にしなしなされた時に叩き潰すことしかできなかったし、更科は思いっきり年上の女にしか感じなくなっちまってるわけなんだ。俺なんて十分健全じゃねえか。俺の愛は鈴蘭優ちゃん一筋だ!

 もちろん、美里と立村がこじれてしまった暁には、俺なりになんとかしてやりたいとは思っている。

 親友同士がいざこざしていたら、そりゃあ気になるに決まっている。

 あいつらからは、俺と美里をいわゆるふつうの「お付き合い」にまとめてしまい、立村と轟のニューカップルを誕生させたいという目論見がぷんぷん漂ってくるわけだ。むかつかないでどうするってんだ。俺は轟なんて単なる出っ歯出目金の女という印象しかないし、性格もいい悪いなんてわからない。もしかしたら奈良岡以上の性格美人なのかもしれないがそんなの俺に関係ねえよ。もし美里より轟の方がよかったら立村だってそれなりに考えるかもしれないが、俺の見た限り、その気はさらさらなさそうだ。せっかくいちゃついているカップルを、評議委員会の都合で引き離して何が楽しいんだ。クラスでのほほんと楽しく過ごしている俺たちを、意味不明なラブラブ光線にさらしたがるのはなんなんだ。

 ああ、むかつくぜ! 

 俺はぼおっとしながら、画面ドアップの警察手帳・桜田門の紋を眺めていた。 

 ノックの音が、三回した。内側オートロックなんで、俺が開けてやらないとまずいんだ。早く終わったんだなきっと。顔を見ないで相手を入れた。戸を閉めたとたん、ぎょっとした。

 ピースして俺に笑いかける相手は、かの下ネタ女王・古川こずえだった。

 慌てて締めた俺も、とうとう停学予備軍か?


「悪いんだけど、ちょっと長丁場になりそうなのよね、あのふたり」

 二回目の二人きりといえばそうなんだが、なぜかこいつとはやばい気持ちにぜんぜんならない。美里も似たようなものなのだが、こいつはもっとすきっとしている。最初のショックはすぐに落ち着いた。明るいエンディングテーマに乗せられた格好で俺は自分のベッドに腰掛けた。古川もさっさと夕方腰かけた椅子にまたいで座った。大またおっぴろげて浴衣ははだけ、かなりセクシーな格好なんだろうが、こいつぜんぜん色気ないせいかどきんともしない。

「あのふたりってなあ、古川お前、さっき立村に何言った?」

「電話ででしょ。あのねえ、たいしたこと言ってないんだけどねえ」

「たいしたことねかったら、あいつがいきなり動き出すわけねえだろ。男女同室・しかも十時以降ったら停学の対象だぞ。ま、四人で停学なら怖くねえか、な」

「お互いさまよ。そんなへましないって立村も言ってたけどね」

 いや、へましてるんだな、これが。俺は簡単にさっきの菱本先生ご来室時の会話について説明してやった。

「ははん、修学旅行後にお説教の予定が、早まっちゃったってわけねえ」

「そういうこと。あいつ相当めげてたんだぞ」

「だからなんだね、あっさり落ちたのは」

 落ちた? かなり気になる発言に俺は耳をそばだてた。古川もあごを椅子の上に載せてピースサインを俺に送ってきた。

「つまりねえ、立村、菱本先生と相変わらず戦ってるじゃない。羽飛の言う通り、あいつは美里と同じ部屋で二人っきりで話したいたってそんな恥ずかしいことできないって思い込んでるのよ。校則違反はしたくないだろうし。評議委員長様だしね。けどあいつ、ふたつの点においては理性失うよ」

「理性って、美里のことか?」

 思いっきり疑問をこめて尋ね返す。

「ノンノン、それはなし。あいつのアキレス腱はね、本条先輩と、あと菱本先生」

「なるほど」

 頷ける。立村にとって兄貴分でかつ「ホモ説」のお相手本条先輩。今は公立の青潟東高校で相変わらず女に不自由しない生活を送っているのだとか。弟分たる立村の口癖は、「もし本条先輩だったら、どうしているか、だよな」なのだ。もし本条先輩に万が一のことがおきたら、たぶん尋常の精神状態ではいられまい。

 それに匹敵する相手と考えるならば、確かにひとりしかおらんわな。

 我が三年D組担任、菱本守教諭。二十九歳。独身。たぶん、彼女、あり。

「そうよねえ。菱本先生のことどうしてあんな嫌うんだか私もよくわかんないんだけどね。立村、同じことを狩野先生にもし言われたら素直にこくんとうなだれると思うんだ。けど、なぜか菱本先生だと、火に油を注ぐ状態に陥っちゃうんだよねえ。面白いし」

「面白いことを、どうやって利用して落とした?」  くくく、と古川は喉を鳴らして笑った。

「つまりね、美里が菱本先生のご来室でいろいろと痛いところを突かれてしまったということを軽く説明したのよ。詳しくは言わないけどね。ちょっと落ち込んでいるのとか、また男子女子とのお付き合いは適度にねってことを言われたとか。まあそんなとこ」

「それくらいのことで立村の奴、なぜ熱くなる?」

「さあ。で、美里はかなり落ち込んでいるんだってことと、菱本先生の言い分がすべて下ネタにつながっているってこととかを付け加えて。そんなことないよって言い聞かせてやれるのは、立村、あんただけだってこと」

「そんな程度であいつ動いたのかよ」

 信じがたいが、今すでに立村は美里の部屋にいるんだから、本当なんだろう。

「とどめはね、『このあたりで菱本先生の鼻明かしてやりたいと、思わない?』と」

「なあるほど!」

 一度両手を打ち、人差し指を古川に向けて指すポーズ。でかしたぞ!だ。

「あいつたった今、ぶちのめされてたからなあ。ここいらで一発、ざまあみろっと言ってやりたいという本音か」

「そういうこと。私もスタンプラリーの話でつっこまれてたこと知らなかったし、ずいぶん簡単にひっかかるなって思っていたんだけどね。そうかそうか。まあねえ。立村ってやっぱりガキよねえ」

 まったくだ。すでに終わった二時間ドラマのチャンネルから、報道番組に切り替えると、俺はあぐらをかいてベッドに座り直した。古川は肩をまたくくく、と震わせながら声を潜めて言った。

「さっき立村が来た時、お姫さまバスタイムの真っ最中だったのよね」

「美里は風呂なげえからなあ」

「しょうがないからずっとしゃべってたんだけど、そうしたらなんと、美里がバスタオル一枚巻きつけてあがってきたのよ! 髪はタオルで巻いて! あんた鈴蘭優が同じ格好したと想像してみなよ、びんびんものじゃない!」

「……まさに、なあ」

 美里には悪いが、優ちゃんで想像するとかなり来るものがある。顔がにやけるぞ。

「羽飛もやっぱりスケベなところはスケベだねえ。ま、来たこと教えていなかった私も悪いんだけど、立村と目が合ってもうパニック! きゃあー!って悲鳴上げてただいまお風呂へ篭城中」

 いや、ちょっと待った。思わず声を潜めてしまいたくなるのは、これも本能か。

「ちょっと待った。じゃあ、今、立村ずっと部屋で美里が出てくるのを待ってるってわけか?」

「チェリーなあいつにはそうとう刺激的だったみたいね。立村顔真っ赤にして、ベッドの上で膝抱えて座っちゃったわよ」

「鼻血は噴いたか?」

「さあ。ただ明らかに、上半身と下半身の意思統一はできなかったみたいね」

 古川は顔をきゅっとしわだらけにして笑いつづけた後、真面目な顔をして続けた。

「けど、こうやって一晩とことん話し合ってもらうのが、一番いいのよ。菱本先生だって、『中学生のお付き合いはまず語ることなんだ』って言ってたし。立村には言わなかったけどね」


 雨はだんだん激しく降り続けている。

「たぶん見回りはもう来ないと思うけどね。話し合いか初体験かどっちかが終わったら美里に電話させるようにって、立村へは伝えてるからさ。少しここにいて、いいかな」

「行けねえだろ、適当になんか食うか」

 残り少ないスナック菓子の残りあり。俺はかばんから最後のポテトチップス一袋を真中から開き、ベッドへ広げた。

「あんがと、羽飛」

 ニュースは、局地的な豪雨についてだった。明日の朝には上がるだろうってことだった。    

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