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第四日目 24

24

 

 黒いコーヒーカップを片手に、窓にもたれてたそがれようとする天羽。

「かっこいいねえ旦那」

 太鼓もちよろしく、ぱちぱち拍手をしながらコーヒーフロートをすする更科。

「なんだこのカビくさいコーヒーはっ!」

 俺はひたすら、苦いのかそれともしょっぱいのか、よくわからん泥水状のものを白いカップですすっていた。俺の知る限り、これ、コーヒーなんてもんじゃねえだろう。漢方薬あたりをごった煮にして混ぜ混ぜした代物だと信じて疑わない。やたらと毒々しい黒い水分のかたまりだ。

 「名城」と小さな白い看板が掛かっている、煉瓦の積み重なったちっちゃい店に入り、「本条先輩と結城先輩お勧めの美味しいコーヒー」を注文したはいい。一杯七百円ってのは絶対ぼってるぞ。出てきたマスターらしきじいさんも俺たちの顔を見るや、「こいつらにコーヒーの味なんぞわかるわけない」というようなしかめっ面を見せやがった。朝、開けたしたばかりなんだろう。ちらっとのぞいたカウンター奥には生ごみが残っていた。見るからに売れなさそうな店だ。歴代評議委員長のお勧めなんだから味に狂いはないだろう。信じた俺が馬鹿だった。出てきた代物がかび臭いコーヒーときた。一応メニューには「名城オリジナルブレンド」とへたくそな筆ペンで書かれていたところみると、たぶんマスターお勧めの代物なんだろう。

 ──金沢の絵を評価するのと同じことだわな。

 周りがどんなに絶賛しようとも、また俺も金沢本人のことがまんざら嫌いじゃないとしても、絵のよさについては理解できない。それと同じだろう。せっかく払った七百円を泥水に捨てた俺は、しかたなくちょびちょびとなめることにした。いや、苦い。俺でもこれだと角砂糖三つ入れちまった。

「静かで、またいい雰囲気じゃないか、なあ更科よ」

「まんざらでもないっすよ、旦那」

 相変わらず二人でおちゃらけている。俺はずっとこのカビカビコーヒーと付き合わねばならないってわけか。

「とにかく、俺に何言いたいってんだよお前ら!」

 かすかにクラシック音楽……かなり雑音が聞こえてくるところみると、古いレコードなんだろう。肩越しにカウンターを覗き込むとどうやらマスターのじいさん、でかいLPレコードを取り替えひっかえして、そおっと針を落とす仕種をしている。いやおうなしに俺たちも小さい声にせざるを得ない。

「いいかげん言いたいこと言えよ、ばっかじゃねえの」

 気持ちよく外で、でっかい声で「だからなんだっつうんだよおめえら!」とわめくことができたらどれだけすっきりするんだろう。全くもって腹が立つ。

「まあまあ、羽飛も少し落ち着きすって」

「何が落ち着けだよったく」

「本当のことが知りたくてなんねえんだろ? だったら黙ってあっついコーヒー飲めっての」

 すっかりどこかの世界に飛んでったかのように、まぶしそうに目を細め、カビくさいコーヒーを一口飲み、表情を変えずに、

「やっぱり、本場は違うねえ」

 明らかに俺と味覚が違うってことを証明する発言をした。


「お前も評議委員会の裏事情、立村から聞いているだろ?」

「聞いてねえよ。あいつ関係ねえ奴にそんなことべらべらしゃべらねえし」

 これは嘘じゃない。立村はその辺シビアだ。評議委員会がらみの悩みはそれほど相談してくれないし、聞くきっかけもない。たぶんだが、二年までは本条先輩べったりだったし、そのあたりで全部片付けていたんだろうな。その頃は俺と立村、ついでに美里も結構どんぱちやってたし、タイミングが合わなかったのかもしれない。

「じゃあ、さっき俺がしゃべったことなんて全然聞いてねえってわけか」

「あたりめえだろ。まあ、な。天羽の色ボケぶりについては立村に聞かねくても、十分情報としてD組まで流れてきているしな」

 本当だ。修学旅行前日に行なわれたという「弾劾裁判」。カラオケボックス内で行なわれ、結局は和やかな話し合いで終わったらしいという。ちらっと聞いた。美里も立ち合わせてもらえなかったそうだ。「清坂氏がいたら、たぶん近江さんの味方につく形になるから、西月さんが可哀想だし」との判断だった。立村もあいつなりに考えてはいるんだろうなきっと。しかし問題を起こした天羽、お前に言われたくはないな。

 天羽はそれほどショックを受けた風でもなく、さらっと答えた。

「俺はもう、暫く大人しくするけどなあ。羽飛。ただ、俺なりに何とかしたいぞって気持ちはあるんだわな」

「何をなんとかしたいんだよ」

 よっくわからねえ。立村だったら評議委員長なんだし、あうんの呼吸ってものもあるのかもしれんが、俺は百パーセント部外者だっての。要するになにか? 美里と俺ができてるかどうかなんていう、勘違いをもとにして、一発脅したいってわけか。

「最初に言っとくがな。俺と美里のことで妙なこと言ったらこのかび臭いコーヒーぶちまけるからな」

「しーっ、聞こえるって!」

 向かい側で慌てたように更科が両手を左右に振る。知ったことか。

「妙なことじゃあねえと思うんだがなあ。羽飛、先に飲め」

 天羽はまた、肩ひじを突きつつふうっと溜息をもらし、前髪を日の光で金髪にとろけさせながら、 「ま、俺の方から先に言うわな。羽飛。お前の知りたいことってのは、なんで立村とトドさんがふたり仲良くデートに出かけたかってことだろ?」

 あたりまえじゃねえか。返事するのもむかつくぜ。

「昨日のお前さんと清坂との組み合わせと一緒、ってことで片がつくんだけどなあ。羽飛、それじゃあ納得しないっすね、旦那」 「当たり前だろ!」

 意地でもコーヒー飲むもんか。いつぶっかけても構わないように最低限の泥水はカップの中に残しておく。

「それ言うならな、俺と美里が二人で歩いている間、立村も古川としゃべってたんだが、それと一緒と考えれってのか? そりゃあ、無理だろ? 第一古川と美里は友だちだしな。けど轟と美里じゃあ、ちょっと違うんじゃねえか」

 もともと美里は轟のことがあんまし好きじゃないみたいだった。あまりよく知らない奴を悪口言うのは避けるけれども、美里の性格から考えると「うじうじしてて、人の顔ばかりうかがっていて、やたらと愛想笑いばかりする」女子は大嫌いだろう。じゃあなんでそんな性格男子版の立村と付き合っているのかは謎だ。見た感じ、確かに轟は古川タイプでも、近江タイプでもない。きらきら目立つタイプじゃない。

「まあな、トドさん、清坂みたいなタイプあまり好きじゃあねえからなあ」

「そうそう」

 なんだこいつら? やっぱり轟びいきじゃねえか? 美里よ、いったいお前、男子評議連中に恨み買うようなことやらかしたのか? 俺の知ってる限りじゃ、十分仲良くやっているとか、問題起こしている女子たちの間を懸命になだめているとか、いいことばっかり聞いていたんだが。

 尋ねたいのはやまやまだが、誤解を招く恐れがある以上、不必要に言葉を発せられない俺の口。非常に痒い。

「まあいいか、一言で言っちまうか」

 天羽はぐいとコーヒーを飲み込み、舌出してあへあへと息遣い荒くした。

「つまりだな、女子の間において過去現在、トドさんが評議のトップなんだわよ。信じられねえ話だがな」

「轟がトップ? どういう意味だよ」

 にかっと更科が笑う。

「つまり、問題ばかり起こしている女子連中の中で唯一、まっとうに話のできる相手ってことだよ。お前の清坂のことくさすわけじゃないけどさ。あ、天羽も近江のことを……」

 ぽこりと頭をはたく天羽。目は笑っている。小指を一瞬ぴっと立てて、すぐに引っ込めた。

「近江ちゃんは別。評議に浸かってねえもんな」

 俺の隣りに真っ黒い手が伸びて、白いカップになみなみと泥水、もといカビの香りしたコーヒーが注がれた。なんも言わないうちにだ。頭の真っ白なじいさんが、俺のカップが空になったと見るや否や飛んできたらしい。七百円だけあるや。天羽も気取った格好をすぐにあらためて、

「あ、俺もお願いします」

 とカップのまま差し出した。天羽の表情が窓辺の光でなんとなく、学校の先生っぽい顔に見えた。ひとりだけ年寄りになった感じだった。

 それから始まる天羽と更科の言葉を、俺は口を挟まずただ黙って聞いていた。

 コーヒーを注いでもらってよかったと思ったのは、時間つぶしができるからだった。

 かび臭くても、やたら苦くても、口許だけ大人になれるから、やっぱしコーヒーっていい。


「まず俺たち評議委員会の成り立ちから説明するわな。最初に立村が評議委員長として本条先輩に選ばれて、その補佐を残りの連中で行なうというのが、一年の頃から決まっていた案なんだ」

 そりゃあそうだわな。立村が本条先輩のめんこだってことは重々承知だ。

「ただ、立村はあの性格だろ。いい言い方すれば人がいいけど、裏を返すと優柔不断っていうか、どうでもいいことを真剣に悩みやすいってか。下の連中に突き上げ食らえば自分ひとりで抱え込んじまうし。こりゃあやばいな、って前から俺も思ってたってわけだ。なあ更科」

 頷いている更科。ほんとかこいつ。俺も人のこと言えた義理じゃないが、男子同士の友情の表れってのは、基本的に「どつきあい」じゃないのか?

「種は一年の頃からいろいろ蒔かれていたってわけだ。俺も不本意ながら偽善者として振舞っていたし、立村も本性見せないし、更科もこんなエロ野郎だってこと隠してたし、難波も似たようなもんだったな。表沙汰にしないでこそこそしていたわけ。そんなかで女子連中だけは相変わらず仲良し同士でいいじゃございませんかってことだったんだが、状況が変わったのは二年以降だな。ご存知、立村の離脱っすね」

 なんなんだ? 立村の離脱って。俺はコーヒーをすすりつつ、ごくんと数滴飲み込んだ。喉がじわっとする。

「俺たちは最初、立村が付き合いかけたんだって思っていたんだわよ。清坂にさ。けどあとあとから情報上がってきたところによると、清坂からアプローチかけたんだってな。聞いた時かなりみなショック受けてたぞ」

 そんなショック受けることかい、お前らと突っ込みたくなる。美里もいつも愚痴っていることだったし、別に先入観のあるなしだけの問題じゃないかと思ったりもする。立村と美里が「つりあわない」と勝手に思い込んでいる連中が多いだけのことなのだ。一回じっくりと立村と話してみればわかるが、女子受けはあまりしないかもしれないけれどもやることはきちんとやっているし、かなり根性入れなくちゃいけない時は授業サボろうが宿泊研修ぶっつぶそうが、なんでもやる。うちのD組男子たちは同じことを思っているだろう。二年時代のことを思えば、誤解されてもしゃあないか。

「で、一度俺たちは女子連中の行動がだんだん怪しくなってきたことにも気がついたってわけだ。一番の発端は下に新井林と杉本が入ってきたってこともあるんだけどな。立村、杉本のこと可愛がっていたし、清坂も睨んでいたしあまり俺たちもいえなかったけどな。ただ、あいつの性格上ちょっとあぶないなってことは感じてたんだ。そこで、評議委員会内でこっそりと、一部チームを結成したってわけ。それが俺、更科、あとトドさん」

 よっくわからねえ。なんで轟がそこに出てくるんだ。美里とか、せめて霧島だったら話も通じるだろうが。俺の思いっきり苦みばしった顔を見たんだろう。まずいコーヒーの味ではないしかめっ面に天羽はうんうん頷き、

「霧島は単純だが悪い奴じゃあない。あいつもいろんな面で被害者なんだ。あと、羽飛にはほんと悪いけどな、清坂はほとんど使い物にならねえわ。てか、立村の方が大変なんじゃねえかって思うな。気を遣い合ってるのが見え見えでさ、よくあいつら付き合ってるよなあって思う」

 余計なお世話だっての。俺だってわからないわけじゃないが、あのふたりそれなりにうまくやっているのを知らんっていうのか、節穴め。

「ああそうだよな。難波も同じようなこと言ってた」

 神経さかなでするようなことを今度また、更科がにこやかに笑う。

「別に仲のよしあしってわけじゃあない。ただ、野郎同士で集まってるとだな、立村の奴、もうすっかり神経ぼろぼろなんだなってことがよっくわかるんだ。その一端を担ったのが俺なんで言い訳は出来ねえけどな」

 お前が西月を振ったから立村は胃が痛くなるような日々を送ったんだろうが。

「ただ俺としては、立村が清坂の行動で日々落ち込んで、どうすればいいかってストイックに悩んでいる様子を粒さに見てだな、こりゃあこのままだったらあいつ、つぶされるぜって思ったわけ」

 ──美里にかよ!

 飲み込んだコーヒーがなんだか毒薬に思えてきた。

 俺の方が変になってきている。天羽の視線は自然と黒いカップの中に落ちてゆき、唇からふうっともれた息と一緒に白い点に集まった。妙にかっこいいんだが、気取っている風にも見えなくはない。隣りでしゃかしゃかとコーヒーフロートをつついて喜んでいる更科と対照的だった。


「おい、お前なあ、仮にも俺の前でな、親友同士の悪口をそう言うのは、あんまり趣味よくねえんじゃねえの? 天羽、お前が美里のことを嫌ってるのはよっくわかったぜ。けどな」

「嫌ってなんかないっすよ。誤解、せんといてえな、羽飛くん」

「気持ち悪いな」

 吐き捨てた俺の言い方に気にすることなく、天羽はにまっと笑った。

「ただ、今の女子連中の行動は立村を追い詰める一方で、評議委員会にもプラスにはならねえなと。そう思ったわけだ。言っとくけど俺、霧島もそう嫌いじゃねえよ。てかあいつ、馬鹿いくらやっても、憎めないもんなあ。なんかからっとしてるだろ。裏表ねえし、納得すれば素直に自分を責めてくれるし。あれだけアマゾネスの破壊の限りを尽くしてもあいつのこと嫌いにならないのは、人徳だよな」

 天羽の論理から行けば。裏を返すと、どんなに好かれようと努力しても嫌われる西月は、人徳がなかったってことになるんだろうな。

 霧島と同じクラスの更科がうんうんと頷きくちばしを挟む。

「俺もキリコのこと、面白いと思うよ。無理に評議ならなくたって、十分みんなめんこがってくれるのになあ」

「それと美里とどういう関係があるんだ」

 悪いが俺は評議女子たちの裏事情になんてそれほど関心がないのだ。評議の男子連中が美里のことをそれほど評価していないってことはよっくわかった。なら、うちの女子たちとは別の意味で「立村と不釣合い」だと決め付けているのがなぜなのか説明しろ。

「うんそうだな、論理的に言えるかどうかは別としてだ。あいつ、無理してるよな、清坂のために、って思うことが多くてな」

「美里も相当無理してるぞ。あいつに合わせるために」

 思わず口走ってしまい、やばっと思った。

 落とされた。

 愛かあらずにんまり笑う天羽と更科の前で、俺は「沈黙こそ金」という言葉をかみ締める羽目となった。

 ったく、美里もなんでこういうところで、なにへましてるんだよ、ばかがっ!


「まあ、あのふたりも付き合っているんだったらそれなりに考えるところもあるんだろうけど、評議委員会の中だけでも自由にしてやりたいよなって思ったのがまあきっかけさ。どうしても女子との連絡は立村、清坂を使わないとまずい雰囲気だろ? けど清坂を通して通達を送ると、大抵ろくなことにならない。霧島はあのまんますとんと言われたことをそのまんま過激に行動に移す奴だし、清坂は頭が働く反面自分のやりたいことを押し通すから結局立村の意としたことが伝わらない」 「それは立村が説明、どへただからじゃあねえのか」

「違う。立村は立村なりに一生懸命やってるんだ」

 天羽は小指を立ててまたコーヒーを口に運んだ。気取るなっての。

「立村なりに懸命に努力しているのに、大抵女子たちのあたりで話がひっくり返ってしまう。その理由ってのが、やっぱりナンバー2に清坂が入っているからじゃあないのか、という結論に達したんだ。で、話戻すな」

 最初からその話に持ってけっていうんだ、まどろっこしいな。

「この旅行が終わってから、大規模な評議委員会改革を行ないたいと俺は思っている。俺だけじゃねえ、更科もそうだし難波も、それからトドさんもそうだ。俺たち三年が現役のうちに形をこしらえて、ゆくゆくは二年連中および生徒会連中に渡したい、そう思っているとこなんだ。けど、このままいいかげんなまま進んでいくとつまらん形にまとまってしまう。ってわけで、立村と一度ゆっくりと相談したいと思っているんだ」

「何もせっかくの自由時間使って、それで轟使ってか? 轟が立村に熱上げていることを利用して、か」

「これは誤解。羽飛、お前さあ、ずっと思っていたんだけどさあ」

 こいつらの思考飛躍に、俺、まじでついていけねえ。

「お前、なんでそうもトドさんのことそうも馬鹿にするわけなのかねえ。お前ほとんどあいつのこと知らないだろ? 出っ歯女って程度だろ? それを何故最初から、立村には相応しくないとか言って決め付けるわけだ? いくら清坂がお前の幼なじみだからって、露骨に他の女子を馬鹿にするのはどうかって思うぞ」 

「てめえになんか言われてくねえよ!」

「まあ、その気持ちもわかるさ。俺も嫌いな奴はとことん嫌う性格だしな」

 天羽はあっさり認めた。

「だがな、俺は女子を顔で判断したりなんかしない。そ性格の悪い女子はとことんぶったぎるが、多少出目金だろうが前歯が二枚輝いていようが、自分の頭で考えて賢い行動を取る奴はえらいって思えるんだ。男女関係なくな」

 そうか、じゃあ西月は性格が死ぬほど悪かったから、ぶったぎったってわけだな。その辺は微妙なラインなんで答えるのが難しいが。

「要するに、トドさん以外の女子は、自主性ないよね。自分がないよね」

 とどめを刺したのはやっぱり、更科だった。なんだかこいつら、妙にむかつくのは何故なんだ。


 原因はなにがなんだかさっぱりわからん。要は美里が評議委員会関連で相当の大ポカを犯したらしい。で、男子一同相当頭にきていたってわけか。まああいつの性格だったら考えられないこともないんだが、でもそういうボケをかますのは大抵、相手の立村じゃあないだろうか。美里はむしろ立村をサポートしようとがんばっていたんじゃないだろうか。立村だってしょっちゅう口にしていたぞ。「清坂氏の方が、俺よりしっかりしてるしな」ってな。でもそうじゃないってわけか。天羽も更科も、たぶん難波も、美里は霧島や西月レベルと同じだってふうに見ていたってわけか。

 俺も男子の一員として思うが、否定はしない。たぶん。女子だしなあいつ。

 でも、なぜそういうことをだ。俺に話す? 立村も美里も同じレベルの友だちだって思っている俺にだ。仲間割れさせたいわけか? ふざけるなっていうんだ。俺はくそにがいコーヒーを無理矢理飲み下した。はらいた薬みたいな味がするぜ。

「いいかげんまどろっこしいこと言うのはやめろよ。要はどうしたいわけなんだ? お前ら。轟の評価が美里よりも上だってことはよっくわかった。自主性がないってこともよくわからねえけど、評議の連中からしたらきっとそうなんだろな。けどなんでだ? なんで俺なんかにそんなネタ振るんだ? それと立村轟のデートとどう関係あるんだ?」

「あせるな、もらいが少なくなるぞ」

 意味不明の言葉を呟く天羽。こんな静かな喫茶店でなかったら、ほんとぶん殴ってるぞ俺も。

「つまりだな、羽飛」

 この日何度目かの「つまりだな」を繰り返した。

「お前に清坂のことをなんとかしてほしいってわけなんだ。これから先」

「はああ?」

 あんぐり口を開けてしまった。反撃の言葉も出ない。情けねえ。

「俺も清坂は悪い奴だとは思っていねえよ。ちゃっちゃかしているし頭は悪くねえと思うし。けどな、これから評議委員会の中で動き回られると、これからちょっとまずいんでないかって思うんだ」

「じゃあお前、直接美里に言えよ!」

 当然だ。言い放つ。

「天羽なあ、お前なんでそういうこと、回りくどいやり方するんだ? 評議委員会のことは評議の中で片付けろよ。それか彼氏の立村に言うかだ。美里だって馬鹿じゃねえから言われたらすぐ気づくだろ? あんまり誤解めちゃくちゃされること言いたくねえけどな。あいつそういうところはきっぱりしてるぞ。男子とかわんねえよ」

 そこまでわめいて、はっと息が詰まった。

 ──男子とかわんねえよ。

 胃が臭くなったような匂いが自分の口から漂ってきた。妙に横っ腹が痛くなってきた。

 天羽と更科はふんふんどこ吹く風って顔で、俺を眺めていた。

「天羽さあ、たぶん羽飛、混乱してるよ。もっとわかりやすく言った方がいいよ」

 何を今更とりなそうとするんだ、犬ころ顔した更科よ。俺が言葉を詰まらせたのを、てっきり別のことと勘違いしてるんだろう。

「そうだな。けど個人的な情報をばらしあうのもどうかと思うぞ。まだ決まったことじゃねえし」

「OKなとこだけ」

 天羽は窓辺をすうっと眺めた。鼻の上あたりを両方の人差し指でつんと押した。くっと息を詰めた。

「しゃあねえ、また『アルセーヌ・ルパン』気分で演説と行くか」

 ──気取るなあほらしい。

 けど、一瞬にして天羽の面は、気取りきった気障男の顔にはや代わりした。


「さっきの話と無理やりつなげるとだ。俺と更科、あとトドさんの三人はちょくちょく集まって、今後の評議委員会をよりよい形で、次の学年につなげるかってことを相談してたんだ。羽飛は変に思うだろうが、立村を間に入れてはやらなかったのには理由があるんだ」

 なんなんだ、そんな理由。仮にも評議委員長さまを交えないでなにが。

「立村の場合、誰に対しても中立か、わりと弱い立場の相手に偏りがちな態度を取るんだ。この前の新井林と杉本の件でもそうだし、まあ言っちゃあなんだが俺のことでもそうだった。とにかくどっちかが負けそうになると、そっちの方につく。結果はバランスよく終わるって感じだな」

 言われてみると頷けるところもなくはない。過去のいろいろな事件を思い起こすと。

「そうだな、立村はとことん敵を叩きのめす性格じゃあねえよな」

「あいつのいいところっていうか優柔不断な性格っていうか、その辺はさておいてもだ。とにかく立村は丸くまあるく収めようとするタイプなんだ。けどな、すっげえ残酷な言い方するようだけど、あるところではとことん、きっぱり片をつけなくてはならない時もあるんじゃねえかって思うんだ」

 天羽と西月のいざこざのようにかよ。相手が口きけなくなるくらい痛めつけるってことかよ。ま、立村はそんなことできねえな。

「だから、今の女子たちの行動とか、まあ迷惑行為ってのか? そういうことをされたら、ある程度のとこで雷落とすべきなんじゃねえかってのが俺の考えだったんだ。評議委員を降りるとか、もしくは有力な地位から降りてもらうとか、いろいろあるだろ? たぶん立村だったらそういうきついやり方できねえって思うんだ。新井林と杉本、どちらを次期評議委員長にするかでもめた時も、結局まわりの意見を受け入れて新井林にして、杉本を別の路線で動かそうとしたけれどもな。あれはまずかったぜ」

 よくわからん。立村があのやたらと胸のでかい女子を可愛がっていたことくらいしか知らん。

「まずかったって、何がだよ」

「俺だったらまず、委員長指名制度ってもんをなくす。あ、これ誤解せんでほしいんだけどな。俺は立村が委員長で正しかったと思うし、自分が指名されなかったとかそういうことで恨んでいるってわけじゃねえからな」

 すぐにそっちの言い訳するとこみると、やっぱり気にしてるんだな。

「要するに委員長指名制度ってものがあるから、一年終りの段階でああだこうだってもめるわけなんだよな。単純に、二年の学校祭終了後に、民主主義万歳ってことで選挙やればいいんだよ。挙手でもいいし拍手でもいいや。生徒会役員選挙のようにな。けど、あいつは決してやらねえだろうな。その辺の違いだな。羽飛、お前良く立村に泣きつかれてなかったか。『俺より天羽の方が委員長には向いてるんだよな』とか。俺のこととことん持ち上げるって」

 ひょいと天羽の表情を伺ってみた。俺の眼が節穴でなければ、なあんも考えていないすぱっとした笑顔だ。更科も頷く。和やかだ。

「勘違いするなって言ってやってくれよ。俺、立村をさっき、優柔不断だとか言っちまったけど、けどああいう奴だからこそみんな助けたいって思うんだよな。いつのまにか周りがあいつの手をひっぱっていくっていう感じなんだよ。それが俺としては楽。だよな、更科」

「うん、難波も似たようなこと、言ってたよな」

 何もここで、いない立村を称える会に変更しなくたってよかろうよ。俺は無視だ。

「立村はあのまんまでいいって俺は思ってる。けど、女子連中からの受けも悪いのがネックだ。本当だったら支えるべき清坂も女子単体としてはいいだろうが、サポートってとこになるとちょっとまずいだろう」

「だからどこがまずいっていうんだよ」

 同じ質問だ。腹が燃える。

「たぶん立村のやりたいこととか、これからの方向を考えていく上では、サポート側をもう少し整えていきたいなって思ったわけで、今回、顔合わせってわけなんだ」

 顔合わせ。頭の中が混乱してきた。更科が補足説明する。

「つまり、立村の委員会内の補佐役として、トドさんに入ってもらいたいってことなんだ。単純だろ?」

「単純もくそもあるかよ! お前らそんなことを言うために、こんな怪しいコーヒー二杯も」

「しーっ!」

 更科の仕種に思わず黙る。天羽が割り込む。

「もちろん清坂に評議を降りて欲しいとか、そういうわけじゃあないんだ。二人の熱い仲を引き裂きたいともさらっさら思っちゃいませんって。ただ俺としては、もしトドさんがこれから先、立村といろいろ相談を持ちかけたりした時に、清坂がまたよけいなことをやらかすんでないかってそれが心配なんだよな」「だからそういうこと美里に言えよな! 何で俺なんかに」

 胃がきゅうっと引き絞られるような感覚あり。押えて腹のとこをさすってみる。角砂糖をかじる。甘いのか苦いのか区別つかない味だった。

「そりゃあ、単純だろ」

 更科も真似して口に角砂糖を放り込み、かりこり噛んだ後わんこの目で見つめやがった。

「今、一番清坂のこと考えて焦ってるの、お前だけだもんな。羽飛」

 本当に聞きたかったこと、全然聞かせてもらえない間に、話は俺一本に絞られていった。

 青大附中の教室の中だったら、青潟の街だったら。

 俺は絶対、言い返すことができただろう。

 こんなカビくさいコーヒーの出る、気味悪い店でなかったら。

「お前、さっきから清坂のこと『親友』って繰り返してるけどな」

 天羽は肩ひじ突いて、俺の顔を覗き込む仕種をした。黒のコーヒーカップを置いた。

「『親友』ってのは、もっと自立してるもんじゃねえかって思うんだがなあ」

「自立してねえってのかよ?」

「そ。俺から見るとどうみてもお前、清坂のことを、『守ってやりたい』って顔して話してたぜ」

「どういう顔だよ。顔に文字でも書いてたか」

「そういうこと。一時期の天羽が近江見るたびに見せてた顔と同じだもん」

 なんと天羽の奴、否定しなかった。更科の頭をぐりぐりと片手で撫でた。

「どうも俺、ここんところ恋愛感情をもろに顔だししている奴見ていると、ぴんと来ちまう体質になってしまったみたいなんだよなあ。例えばな、俺たちとトドさん、ありゃあ恋愛感情ねえってわかるだろ。けど友情ってもんはちゃあんとあるんだ。例えばお前がさっきちらっと言ったよな」

 これだけでなぜ頭に蘇っちまうのかわからん。

 ──要するに、立村に轟が惚れているんだろ。

「俺もその辺は考えねえわけじゃあねえけど、でもな。お前が焦るようなことはねえよな、って信じてるんだわ、俺は」

「何が信じてるだよ」

「清坂から立村を奪っちまおうなんて、そんな汚いこと、トドさんがするわけねえし、その信頼裏切らないって奴だって思っているしな」

「どこからそんな意味不明な信頼持てるんだよ」

「けど、お前、清坂のこと心配でなんねえんだろ? もしかしたらトドさんが立村にちゅーを迫ったりして、せっかくのベストカップルをぶっこわすんじゃねえかって。そうしたら清坂が泣くんじゃねえかって。いや俺からしたら、たぶんトドさんが本気だしたら清坂勝てねえと思うけどな。でも、お前からしたらそんなことよりも、清坂がどうなるか、が心配なんだろ?」

「付き合い長い奴をなぜ心配しちゃあいけないってな!」

「つまりだな、羽飛」

 天羽はゆっくりとコーヒーカップを持ち上げた。何度目かの「つまりだな」だろうか。

「俺もただ今、お前と同じ気分を、上方漫才愛好家の彼女に対して覚えているってわけ。同志、わかるぞその本音。だったらどうしたらいいか、わかるだろ?」

「わからねえよ!」

「前、清坂の面倒を見てやってくれよ。お前しかその辺できねえよ。それだけだ」

 

 天羽が言いかけた言葉を全部聞かずに俺が千円札をテーブルに一枚、叩きつけて店を出た途端、煉瓦につまずいて思いっきりこけた。

 同時に窓辺から手を振っている天羽と更科の顔が覗いた。

 ──なあにが、「清坂を面倒見てやってくれ」だあ?

 学校に戻ってもあいつらとはもう金輪際口も聞きたくない。いつものパターンの誤解かと覚悟はしていたが。

 俺だって気づかなかったわけじゃない。たぶん退学がどうのこうのっていうのは霧島のことだろう。昨日の「おさわり」発言とか、「オヤジカメラマン相手にモデルやった」とか、そのあたりの関係かもしれない。その辺は俺も想像していないことではなかった。そのことを立村に話すために轟がこっそりとツーショットの振りをして……と最初はあいつら、ごまかすつもりだったんだろう。図星で俺が轟のことを匂わせた途端、今度は俺を攻撃かよ。最低もいいとこじゃねえか。ありもしない「羽飛と清坂は両思いだがなぜか立村と付き合っている」ってガセネタを投げつけられ、評議委員会のどろどろに巻き込まれた挙句、たぶん大泣きしちまうであろう美里の慰め役まで押し付けられたってわけか。お前らこそ「友情」と「愛情」の区別わかってねえよ。なあにが自立だ。なあにが「守ってやりたい」だ。俺も美里も十分、自立しているぜ。当たり前だろ、あいつ、ひとりで何もできないことなんてあったかっての……?


 ──D組連中に、本当のことなんか言い訳、しねえからな。

 しょうがない。金沢たちを追っかけて、すぐに合流しよう。

 今の話は全部ちゃらだ。嘘八百だ。そんなこと、しゃべる必要もない。

 一番いいのは今夜、立村を真夜中までとことん正座させて白状させるって常套手段。

 奴自身の口から出た事以外、ガセネタ誰が他の奴にばらすかってな!

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