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第四日目 23

23

 

 捕まえるのは簡単だった。あれだけ楽しげに、鼻歌交じりで歩いているんだ、必死こいて走っている俺が追いつけないわけがない。さっさと立村の首根っこ押さえつけて、

「おい、お前、いったい何考えてるんだ?」

 問い詰めてみてもよかろうしだ。

 走りながらも俺だって、一応は考えていた。

 単なる評議同士の話し合いで、美里抜きでやらねばならないんだったらそれもありだろう。けどさ、なぜ、3D連中の真ん前で劇的に去らねばならなかったのか、しかもお迎えにきたのが。

 ──あの、出っ歯の轟なのか。

 はっきり言って俺も、話の脈略が掴めない。単純に「美里に声をかけ忘れただけ」なのかもしれないし、「たまたま轟が近くにいたから」なのかもしれない。ただ、このシュチュエーションのまんまでバスに戻ろうもんなら何が起こるかわからんぞ。美里だってそりゃまあ、轟を「恋のライバル」なんて思っていないだろうが、面白くはないだろう。ただでさえいらいら機嫌の悪げな美里がまた、いつぞやのように立村につっかかり、あいつがだんまり決め込んで、ずっと船酔い確実な五日目帰り路を辿るなんて、俺はいやだ。はっきり白黒つけるべきとこは、つけなくちゃあ、嘘だろ。

「おい、待てよ」

 陸橋から降りてのんびりと先頭から約十メートル離れて歩いている評議A、評議Cを追い抜こうとした。教会から降りると暫く舗装された道路をてくてく歩いて次のスタンプ経由地、どっかの外人墓地へと向かい、やっぱりそこで記念のスタンプを押す。墓場のスタンプ押してなにが楽しいんだと思うんだが。まあ大丈夫だろう。金沢がしっかり預かってくれたことだし。余計なことは考えない。もう一度怒鳴った。先頭の立村・轟カップルにも聞こえるように。

「おい、ちょっと止まれってのがわからねえのかよ!」

 止まらないのは先頭ふたり。聞こえているのか聞こえてねえ振りしているのかよくわからん。

 振り返ったのは後ろのふたり。互いに内側からぐいと体をひねり、立ち止まる。

「羽飛、この節はどうも」

 頭をかきかきA組評議の天羽がにんまり笑う。

「まあそんな熱くならないでさ、ゆっくり話そうよ」

 同じく赤ん坊っぽい天然の笑みを向けるのはC組評議の更科だ。

 どちらも立村繋がりでよく話す相手だし、別に馴れ馴れしくても腹は立たない。が、どうもこの二人、俺を通せんぼしようとしていると見た。ゆっくり、俺の方に真っ正面に向いて、ゆっくりと肩を叩く。その間にも先頭ふたりはぐんぐん引き離していくんだが、俺としては追いたい。評議ふたりにはあまり用がないのだが。

「ゆっくりゆっくり、もったいないだろが、なあ羽飛」

「そうそう、聞きたいことあったらたっぷり話してやるよ。とにかく今は」

 更科の額に垂れている前髪を軽く掴み抜いてやろうとした。

「お前らには用ねえよ。うちの立村に用が」

「今はほら、ふたりっきりにさせてやってくれよな、野暮なことは抜き抜き」

 野暮ってどっちが野暮なんだ! 片腕ずつつかんで話そうとしないA、C評議を振り払うのは簡単だ。思いっきり本気を出せば天羽はともかく、更科はひっくりかえせるだろう。けど意味不明のけんかしたってどうするってんだ。俺は前かがみになりながら、一歩、二歩と歩こうとした。車がすうっと通り抜けてゆき、すれ違いざまに女の笑い声が聞こえた。そりゃ、面白いだろうな。関係なかったら、前を進もうとして二人の男子に両腕押えられてる奴の図なんてな。

 ──ふたりっきり?

 つん、と脳天に突き刺さった天羽の言葉。反応が遅い俺の頭。思い切り振った。わざとらしく更科の奴、「きゃあ、ふけが落ちる落ちる」とおどけてやがる。だったら腕、離せっていうんだ。

「おい、天羽、今お前、ふたりっきりって言わなかったか!」

「ああ言ったぞ。その辺も聞きたいだろ?」

 ──なんなんだ天羽の奴?

 俺はぐいと睨みつけた。それほど恨みはないにしても、天羽が立村と轟カップルのデート……そう断言していいだろう、あのシュチュエーションだったらな……の企画張本人らしいということと、立村もその辺しっかりと計算済みだったらしいということ、つまり俺にとってはまったく想像外だったということ。しかももっと言うならば、

「羽飛、きっと追っかけてくるだろうなとは思っていたんだけどな。読み通り、当たってたなあ。さすがトドさん」

 更科の奴が、先頭のふたり……もう立村の背中が拳くらい小さくなっているのが見える……を長めやりながらすぱっと言った。「トドさん」とは、当然轟のことだろう。ということは何か? 轟もこの計画に一枚噛んでいたってことか? 

「おい、どういうことなんだよこれ!」

「だから、これからゆっくり教えてやるからな。午前中は俺たちと一緒に行動しませんかって」

 まだ蹴りを一発入れたい気分の俺に、天羽は髪の毛をぐるんと振り更科にウインクした。顔がしかめっ面に見えるだけだというのに、勘違いもいいとこだ。

「スタンプ、持ってるか?」

「ねえよ」

 お前らを追っかけるためだってことは言わなかった。

「あっそ、俺も更科も、立村とトドさんにスタンプラリー全部やってもらうよう頼んであるんでさ。ま、特別思い入れあって行きたいお寺とか、有名人のお墓とか、そういうのがないようだったら、どうでしょう、俺たち男子同士のスリーショットってのは。あ、わびしいか? まあなあ、俺もわびしいぜ」

 どうせこいつ、旅行前にやらかした近江と西月をめぐる大騒ぎのことを言っているんだろう。クラスの女子同士でいちゃいちゃしやがってなあにが楽しいんだって俺は思う。俺の愛はひとえに、

「いや、羽飛、お前の愛は鈴蘭優に捧げられていることはよくわかっているんだ。とにかく来い」

 女子っぽい仕種で更科がもう片方の腕にしがみつく。なになよなよしたことしやがるこいつ。いったい青大附中評議委員会っていうのは、みんな少しずついかれてるんじゃないだろうか。立村がはるかにまともに見えてくる。

「まずさ、まっすぐ行くとさ、この辺では有名なソフトクリームの店があるらしいんだ。二軒向かい合っていて、目の前で売り子のお姉さんが押し売りしまくるんだとさ。ま、流れに任せて買ってみるのもいいんでないか?」

 んなもん食いたい気分でもなかったが、もう遠くに立村たちの姿が消えているところみると、追いかける気力も萎えた。腕にしがみついている更科がじゃまってのもあったしな。それになんだか、天羽の奴が俺の行動パターンまでしっかり読んで待ち構えていたってのが腑に落ちない。全部計画どおりってことだったら、しゃあない、今晩は立村と二人っきりの暑苦しい夜だ。あいつを問い詰めるのはその時にしよう。して、午前中の仕事としては、

「わかった。いいかげん気色悪いから、腕、離せ」

「ついてくる?」

 しょうがない、「ああ」、そう答えた。

「じゃあ行くっか! 天羽、いこいこ、ソフトクリーム、そーふとくりーむっ!」

「誰かと食べたいそふとくりーむ!」

 「花いちもんめ」のメロディーにあわせて歌う二人の野郎どもは、どう見ても不気味だった。


 とはいえ、ソフトクリームはまじでうまかった。なんてっか、生クリームをそのまま噛んでいるみたいだった。ありゃあなめる、じゃなくて、「噛む」だな。歯ごたえあって、しかも濃い。がしがし前歯で噛んで、しっかり腹に収めた。

 「名物のソフトクリームですよ! さ、これ持って! 二百五十円ですよ!」

 あれは売る、なんてもんじゃない。売り子のお姉さんときたら、ソフトクリームを両手に持って、片方を俺の喉元に、もう片方を天羽の口許に押し付けるようにして、「もう触ってるでしょ、買わないと弁償よ」みたいな乗りで買って買ってとくるわけだ。一歩間違うとシャツにべっとりつくかもしれねえ恐怖。立村だったら身動き取れなかっただろう。「押し売り」寸前ぎりぎりセーフってもんじゃあねえだろうか。

 まあ最初から俺も、天羽も更科も買うつもりでいた。前もって天羽からも、

「まじで売りこみ凄いから、ポケットに小銭用意しておいた方がいいって本条先輩言ってたな」

 ちゃりんちゃりんと金は用意しておいた。金さえ払えばすぐに退散するってところが現金だが、まあいい。三人、仲良く溶けかけたソフトクリームを片手にぶらぶら歩くことにした。石畳の路は青大附中以外の制服でかつ中学生っぽい雰囲気の連中がうろうろしていた。他校生だからといってガンをつけようとする奴もいない。みなほのぼのとお土産店を覗き込んだりしていた。女子が圧倒的に多い。青大附中の連中はまだたどり着いていないようだった。そりゃそうだろう。みなスタンプラリーに勤しんでいるんだからな。

「ほんと、うめえなあ」

 口の周りをサンタのひげ状態にしている天羽は、拭いながら、

「ああ、せめてなあ、お前らみたいなむさい連中なんかより」

「近江ちゃんと来たかった、そうだろ?」

「突っ込むなよ。どうせ俺は、素人さ」

 よくわからん会話を更科と交わしている。立村もよく愚痴っていたが、こいつら自分らの恋愛沙汰については非常におおらか、っていうか、恥知らずっぽいところがある。いくら今の彼女、近江にベタぼれだとは言っても、振った女子だっているわけだしもう少し気遣いせよ、と立村はいつも激昂していたもんだ。そうだよな、俺もそう思う。

更科だって顔はガキンチョだが、やっていることはそうとうやばいと聞いている。なんでも今、こっそり保健の都築先生と付き合いかけているそうじゃねえか。よくわからねえけど法律で未成年者と大人が付き合うことは一歩間違うとお縄だってことも知らないわけじゃない。ほんと、一筋縄ではいかない連中だ。本当だったらもうひとり、「青潟のシャーロック・ホームズ」を名乗る勘違い野郎が混じっているはずなんだが、なぜかいない。いったいなんなんだか。

「羽飛、あんまり握り締めてると、ほら、尾っぽから雫垂れてるぞ」

「ほんとほんと、先走り汁って感じでさ」

 にやにやしながらふたりは俺の持っているソフトクリームのコーンを眺めながら言う。

 よくわかっているぜその辺は。俺は勢いよくコーンをかじり食った。

「あのなあ、俺がなぜお前らにくっついてきているかっていうとだ」

 本題にもどさねばなるまい。わざと生真面目な顔をしてやった。俺だってそのくらいできるんだ。

「似合わねえなあ」

「うるせえ。とにかくだ。なんで立村が意味不明の行動を取ったのか、その説明だ」

「まあまああせらずに」

 コーンの下からすす、っとアイスクリームの溶けた汁をすすりとり、天羽はにかっと笑った。

「今回については羽飛にも少々協力してもらわないとまずいんでな。ちゃあんと、俺のおごりでコーヒータイム、いたしやせんか?」

「なんだよ、ここでしゃべれねえのかよ」

「いやなあ、うちの学校の女子どもにばれたら、半端でなくしゃれにならねえから」

「もうならねえだろ。うちのクラスの男子連中全部、見てるんだからな」

「そこをなんとか、羽飛、君の腕で、な」

 また片方の腕を、気色悪くも更科がつかんでくる。お前甘えたいんだったら都築先生だけにしろ。「お、いい雰囲気の場所あるじゃねえか。いこいこ。団子食お」

 いかにも時代劇に出てきそうな、ベンチに赤い布をひっかけて、でかい傘が脇にすとんと刺さっている団子屋を発見した。話が話でなければ俺も団子を食いまくるだろうが、天羽、更科の顔を見てもたいしてうまそうには思えない。口を手の甲でもう一度拭うと、俺はA、C評議ふたりにくっついて団子一皿を注文した。甘いソフトクリームの後にずんたもち風味の緑色な団子。ここの名物らしい。甘すぎずちょっぴりしょっぱくて、うまかった。

 じじいくさく天羽は歯を楊枝でつつきながら、

「羽飛、お前立村とは、言っちゃあなんだが、親友だよな」

 聞くも恥かしいことを尋ねてくる。

「お前正気で言ってるのか? 普通聞けねえだろ」

「じゃあ違うのか?」

 また、つっこまれた。別に俺としてはたいしたこと言っているわけじゃあねえのだが。だってそうだろ。女子ならともかく男子がだぞ、「親友」なんて言葉、さらっと吐けるかっての。そりゃ立村はかなりぼけているけれどもいい奴だと思うし、嫌いじゃあない。がしかしだ、いきなりこういう言葉聞かれて「ああそうだよ」と普通言えるか。

「まあ、おめえらよりは、お友だちかもな」

「そうかそうか。なら安心したぜ。でな、羽飛」

 その辺でうろうろしている紺色の着物に白いエプロンしているお姉さんに聞かれないようにしたかったんだろうか。天羽は俺の耳の穴にぼそっと呟いた。

「じゃあ、今のことぜーんぶ説明してやるから、その辺をうまーく、調節してD組の連中に報告してくれねえか?」

「はあ?」

 また身を摺り寄せてくるのは更科だ。だから普段から都築先生にしていることを俺にするのはやめろって! 気持ち悪いっつうの。


「まだこの辺は未確認情報だし、ばれたら別の奴の名誉が傷つくことになるんで言えないんだがな」 天羽は膝に落ちたずんたもちの緑色の粉を払い、大股広げて両膝つかんだ。腰を入れたって感じだった。

「俺たちの仲間たるある人間が、諸般の事情により、青大附中を追い出されるのではないかという噂があるんだ。このあたりは学校側の事情だし、俺たちもその辺はあんまり聞けねえんだけどな。ただ、以前から噂がないわけではないんで、俺たちはトップシークレットとしていろいろと情報を集めてきたわけだ。せっかくの仲間がだ、学校側の陰謀かなんかで追い出されるなんてやだもんなあ」

「あ、二年の杉本のことか?」

 あいつを仲間と思っているのはたぶん全世界探しても立村しかいないと思うんだが。思った通り天羽と更科は、肩を外国人みたくすくめて「NO、NO!」と首を振った。

「あれだったらみな大歓迎で追っ払うに決まってるだろ。ま、立村だけだ。心配しているのは。あまり詳しいことは言えねえけど、まあ、同じ学年だってことくらいは、ばらしていいよな」

「誰だよそれ!」

「だから言えるわけねえって言っただろ。とにかくだ。その件について調べたことをだ、今回の修学旅行中に少し、委員長にご報告したいということで、あえて今回召還したってわけだ」

 そうそう、と更科が頷く。あどけないガキンチョの笑顔だが、そんなんで納得する俺と思ったかばかもんが。俺は腰を椅子斜めにずらし、天羽と向かい合った。

「立村、そのこと知らんのかよ。仮にも評議委員長ともあろう奴が、天羽の騒ぎを仲裁する程度かよ」

「あ、それは失礼しやしたってとこで。ご心配をおかけしましたが、なんとか片がつきましたんで。その辺ご報告」

 ご報告もなにも、西月はまだ口利けないままなんだろうが。ったく、同情せざるをえない部分がないとも言えないけれども、他人様の心配するくらいだったら、自分で片をつけろっていうんだ。天羽はへらへら笑いを浮かべつつ、まんざらでもないって顔をしてみせた。

「立村も忙しいからなあ。ほら、『E組』のこととか、水鳥中学との合流会とか、あとご存知の杉本の面倒とか、いろいろあるし。それに清坂とも相変わらずいちゃいちゃしてるしな」

 ──いちゃいちゃしてるのか、あれで。

 あいつなりに美里のことを思い遣っているんだろうな、とは思うが、「いちゃいちゃ」と言えるレベルかあれは。もし本気でいちゃつきたがってるんだったら、まかりまちがっても、

「じゃあなんで、轟とデートなんだ?」

 核心を突いてやる。こんなミスマッチ過ぎる組み合わせ、誰が認められるっていうんだ。

「ああ、あれな、トドさんが説明した方がいろいろとわかりやすくていいかなってことでさ。立村もOKしてたし」

 これは更科だ。「トドさん」っていう言い方が海の鯔そのものでなんとも言えない。出っ歯でやたらと上目遣いで人を見る女子っていう印象しかないし、立村から轟の話題が出てきたことはない。美里も、A組の西月とか近江、C組の霧島の話はよくするけれども、B組の轟についてはほとんどネタにしない。存在感、なさすぎ。

「そのこと、他の連中、ほら評議の連中、知ってるのか?」

「たぶん知らないだろな。近江ちゃんは知らないだろうしなあ、更科」

「キリコは知らないはずだしあと難波も」

「じゃあ美里も知らんってわけかよ」

 ますますよくわからん。いったい天羽の言う「学校側から退学させられそうになっている奴」を救う情報を、なぜ轟だけが知っていて、なぜ立村とツーショットで話さなくちゃあならないのか。俺だったら男子同士集めていろいろと相談するだろう。仮に修学旅行中に動かなくてはならないとしても、一応彼女持ちの立村に女子を使って話をさせるなんて、普通じゃあない。伝言ゲームやってみればわかる。人を挟んで説明したら大抵話がずれていってとんでもないことになるって。「黒やぎさんが白やぎさんに手紙を渡しました」が「白やぎさんが赤やぎさんにお土産渡しました」になってしまっても驚くことはないだろう。そういうもんだろ?

「じゃあなんで、轟なんだ?」 

 俺はもう一度、ねとっと尋ねた。

「お前らだって、立村と美里が『いちゃいちゃ』していることは認めているんだろ? だったらなんで、彼女たる美里を使わなかった? あいつの性格知ってたら、そりゃ簡単だろ。いっちゃあなんだが、轟なんて立村とそれほど接点ねえのにな」「あのなあ、羽飛」 男子ふたり、口の周りにさっき食ったずんたもちの緑色粉をまぶしたまま、じいっと俺を見据えた。

「評議委員会にはな、それぞれの役割ってのがあるわけなんだわな」

「はあ?」

 天羽はゆっくり指折りながら、

「お前だって噂には聞いているだろ。評議の女子同士、最近あんまり仲良くねえってこと」

「その発端になったのは天羽、お前だろ」

 切り返すと天羽は素直に応じた。

「そうだな。その辺は全くもって申しわけない」

「それとこれとどう関係あるんだ」

「女子四人の面倒な派閥から一番遠いのが、トドさんってこと。単純だろ」

 派閥って、四人……いや、西月も入れると五人か。そんな中でなにが派閥だってんだろうか。

「もっとわかりやすく言うとだな、男子と女子の間をうまく取り持つことができるのが、トドさんたった一人ってことなんだ。これでわかったか」

「わからねえよ」

 全然わからん。俺には天羽の言うことが理解できない。

「じゃあなんだ? 立村の彼女は美里だが、美里も派閥かなんかに入っているから話すことができねえってことなのか?」

「羽飛、お前の気持ちはよおくわかる。お前の幼なじみを貶すわけじゃあねえよ。ただなあ」

 背中から肩を組んでくる天羽。腕には更科。だからお前らの彼女代わりに俺がいるわけじゃねえっての。天羽が何か言いかけたところを俺はさえぎった。あえてそっちの方に話を向けないようにしていたんだろうが、俺にそれは通用しない。正攻法で言ってやる。

「轟が立村に惚れてるんだろ、回りくどいこと言わずに一言ではっきり言っちまえよ。女々しいぜ」

 天羽、更科の眼ががちっと固まった。なんだ、それで終りかよ。俺はずんた団子の串をもう一度横からすすっとなめて、舌なめずりした。

「ってことは話は簡単だ。余計なことくっつけねえでその辺、説明しろよ」


 最初からそのラインを考えていなかったわけじゃない。

 たぶん見送り組全員、同じことを思っていると俺は見た。

 まず冷静に考えてみろっていうんだ。立村と美里がしっかりカップルの……まあ、ちょっと手抜きと思えないところもないが、立村側の行動からしたら……付き合いをしているのはみな重々承知しているはずだ。しかも評議委員同士だぜ? いくら轟が立村に横恋慕していたとしても、まずはあきらめるだろう。あの二人の間に入り込む隙があるとも思えないし、こう言っちゃなんだがあのご面相だったら大抵の男子は即、美里を選ぶだろう。俺のそれこそ「親友」たる美里だからそう言えてしまうところもあるんだろうが。もちろんどんな美人でも美少女であっても……こう言っちゃなんだが二年の杉本とか、C組の霧島とか……やな奴はやだし、どんなおかちめんこであっても……たとえば奈良岡のねーさんとか……華のある奴はもてるのだ。この辺のバランスにもよるが、もし立村だったとして、美里以上にどきんとする女子が万が一いるとしたら、あの杉本以外考えられない。その辺は美里も気がついていてきちんと上級生らしい対処をしているようだし、当の杉本も美里から立村を下克上、なんてことは考えていないらしい。少なくとも轟が横入りして立村がふらつくことは、まず考えられないだろう。可哀想だが轟は、あっさり振られて終りだろう。男子どもの本音はいきつくところそこだろうな。

 けど、女子連中の考えることはたぶん違う。

 あの存在感ない評議委員長の立村が、怖い彼女の美里の陰でこっそり浮気している、なんて勘違いした情報を流しかねない。いや、ほんと、男子連中からしたら「絶対ありえねえよ」と片付けられることが女子同士だとかなり、すさまじい展開になることが実際多いんだ。もともと美里のことをよく思っていない女子もけっこういるだろう。 さらに美里の精神状態も、昨日しゃべった感じだとまだまだ、落ち着いてないって感じだ。あいつなりにかなり勇気いることも……いわゆるその、身体のこと、だな、保健体育系の……話してくれてだいたい美里の扱い方については知識を得た。普段の美里だったら平気のへいざで笑って流せることかもしれないが、今の状態ではきいっとヒステリー起こさんとも限らない。ここはひとつ、俺か古川か、そのあたりがクッションになって説明してやったほうがいいんじゃないかと、俺は思う。本当だったら話のわかる古川あたりに代行してもらいたいもんだが、残念ながらそれも無理。となったら俺だけだろ? だからこうやって天羽と更科にくっついてきたってわけだ。悪いな、ちゃんとお見通しさ。

「だから、なんで、お前らふたりつるんで、轟をけしかけた?」

 気まずそうに緑茶をすすっているふたりの前で俺は、串を三本まとめてつんつんと頬をつつくまねをしてやった。下手すると目に刺さるのであくまでも、振り、だけだ。動かないでお互いに「どうする、どうする」と目で相談しているところが笑える。俺を甘くみていたな、お前ら。

「羽飛、ごもっとも。さすがトドさん、恐れていた通りだな」

 お茶を入れ替えてくれたエプロン姿のお姉さんに「あ、どうも」と愛想良くお礼を言った天羽は、足首を膝の上に乗せて、ぽりぽりと掻いた。

「更科、しゃあねえよ。計画変更だ」

「あいよ」

 目と目で頷き合う二人。男同士でいちゃついている姿見ても楽しかねえや。更科は俺の隣りに軽く足を開いたまま座り直し、ぽんぽんと膝から緑色の黄粉をはたき直した。

「そこまで知られたんだったらしかたないよね。羽飛、このこと、絶対内緒にしてくれるか?」

「もう内緒にできる状況かよ、馬鹿野郎が」

 もうD組連中の門前でだぞ。できるかっての。

「いや、なんでトドさんが、立村と一緒に行動したのかってことをさ」

「あいつに夜聞き出すからそんなのもどうでもいい」

 なんてったってツインルームに二人っきりだ。

「俺が知りたいのはな、なんでお前らふたり、轟をそこまでひいきにするんだってことなんだがなあ。今の言い方からしてもそうだな。お前ら、轟のことを『トドさんトドさん』ってすげえ親しげに呼んでいるじゃねえか。天羽が近江を『ちゃん』付けで呼ぶのはわかるさ。更科が霧島を『キリコ』って呼ぶのもわかるさ。けどお前ら、美里のことはずっと『清坂』のまんまだろ。お前らの話だと美里や霧島にこのことは話していないんだなってことはわかったけどな。でもな、もし轟がどうしても、なんかの理由で立村を独り占めしたいんだったら、彼女たる美里にもそれなりの仁義があっていいんじゃあねえのか? いきなりこっそり立村を捕まえて、なかよくるんるんってのはなんか違うんじゃねえのかって俺は言いたいんだ」

 言いたいことが少しこんがらがって、わけわかんなくなったが、だいたいのことは述べたつもりだ。更科は親指を軽く噛むような仕種をした後、天羽とまた視線を絡めながら、さりげなく呟いた。

「そっか、やっぱり羽飛、清坂のことが心配で、そりゃもう心配でなんないんだなあ。やっぱし、トドさんの言った通りだよ。な、天羽」

 うん、うんと頷く天羽。さっきの「どうしよう、どうしよう」って目つきとは違う。ふたたび腹が据わって怖いものなしっていう、横長の顔に見えた。

「なんだと?」

 むかっときて、更科を睨もうとしたとたん、俺の肩を天羽が両手でがしっと押えた。

「とにかく、次はコーヒータイムってしゃれこみましょうぜ。俺もお前にもっとたくさん聞きたいことがあるんでさ。お前と、清坂とのこととかさあ、な、羽飛」


 ──俺と美里のこととかって、お前らまた定番の勘違いしてるってのかよ!


 いいかげんうんざりして無視していた「ほんとは清坂さん、羽飛と付き合えばいいのにね」のパターンかよ。立村がだらしなさ過ぎるというのはさておいてもだ、いったいなんだっていうんだ。なぜ、立村争奪騒動の話が俺と美里のつまらないパターンネタになるんだ? 

「お前ら、いいかげん勘違いするのはやめろよな」

「わかってないのはお前だけだっての、さ、行くぞ。すいませーん、お勘定お願いしまーす!」

 更科が素早く自分の財布から千円札を天羽に押し付け、すたすたと走りだした。逃げやがったかあいつ。

「あ、更科がコーヒーの美味しい店、押えるためにダッシュしてくれてるんだ。ちゃーんと本条先輩と結城先輩の用意してくれた修学旅行虎の巻に書いてあるんだぞ、いいだろ。十一時開店だからちょうどジャストだな。さあいくぞ!」

 片腕で無理矢理俺の肩を抱き、もう片方の手で勘定を済ませた天羽は、「ずんたもちーは、おいしーなー」と「こがね虫」の節で歌いながら俺を引きずっていった。こいつ、想像していた以上に相当の腕力の持ち主だ。ここで暴れてもいいんだが、本気出し合ったら即、騒ぎになるのが見え見えだったので我慢するしかなかった。ここが青潟だったらな、こんなやられっぱなしなんてこと、しないんだがなあ。ちくしょう。

   

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