第四日目 22
22
朝飯後、いきなりD組だけ一部屋に集められた。せっかく四日目自由行動ということでスタンプレースダッシュに燃えていたってのに。いらついていた俺たちも、次の菱本発言に思わずぶっとんだ。
「奈良岡は今日の朝、ご家族の事情で一足先に青潟へ戻った」
日焼け顔なのかごぼう色なのか、とにかくやつれている。いかにも徹夜明けといわんばかりの顔。きっと真夜中に一悶着あったんだな、と次の瞬間みな南雲の方を見る。
「この件については学校に戻ってから詳しく説明するが、みんなにお願いだ。学校で奈良岡と顔を合わせたら、いつも通り笑顔で振舞ってほしいんだ。そして旅行中は奈良岡に関しての噂を一切、しないでほしい。他のクラスの友だちにもだ。わかったか」
しゃべるなって言われているってのに、女子どもがいろいろ妄想を膨らませておる。
「だからなんだ……彰子ちゃん、戻ってこなかったのって」
「まさかデートってこともないだろうなと思ってたけど」
いろいろ、それこそまあいろいろ。肝心要の彼氏・南雲はどうしているかって言うと、こいつもいかにも真夜中枕投げを徹してやっていたって顔している。寝てない、不機嫌、近寄りたくねえよって感じだ。
「先生、なんかあったんすか」
一応は聞いてみるのが俺の役目だ。隣りの立村も目を真ん丸くしてみているじゃないか。南雲と仲良いあいつでも、聞いていないことはあるんだと頷いてしまう俺がいる。
「詳しい事情はまた後で話すと言っただろ。羽飛、とにかくお前らは何も考えずに自由行動しろ。わかったな」
本来ならばもっとお説教やら面倒くさい注意やらいろいろされるはずだったのに、菱本先生あっさりと幕を下ろして背を向けやがった。ストレスたまる仕事だな、教師は。俺は立村をつっついた。
「お前、ほんとに知らんのかよ」
「聞いてない」
ちろっと南雲の様子をうかがうように振り返った立村はすぐに俺の方へ向き、
「とにかく、自由行動をさっさと開始しよう。みなばらばらになれば、余計な噂も立ちづらいしな」
余計な噂ってなんなんだ。そういえば美里は昨日、奈良岡のねーさんと同じ部屋に泊まっていたはずだ。その辺聞いてみてもいいだろう。家族の事情ってことは、親のどちらかが交通事故にでもあったかなにかしたんだろうか。せっかくの修学旅行を途中で抜けるなんて可哀想な奴だ。
「そうだなあ。ああ、立村、あとでねーさんに土産買ってってやっか」
「もちろん、そうするよ」
ちゃんと次のするべきことを考えている立村。気にならないことはないんじゃないだろうか。奈良岡のねーさんと南雲を引き離すための学校側の罠、とか、単純に「家族の事情」だけなのか、その辺は全くわからない。南雲は取り巻き連中たちとさっさと部屋を出て行った。荷物を持ったまま移動用のバスに乗り込まねばならないんで、まずは整列だ。立村も声をかけたそうな顔をし、口を半開きにしたが、すぐにあきらめ俺に近づいた。
「あのさ、それで羽飛、悪いんだけど今日の自由行動なんだけど、俺だけちょっと抜けさせてもらっていいかな」
これは聞いていないぞ。いきなり何言い出すんだ、立村よ。
簡単に俺も納得するわけにはいかん。うっかり教師連中に聞かれるとせっかくの「午前中スタンプラリー後の自由行動」計画が学年全員おじゃんになってしまう。立村の腕をひっつかみ、軽くねじった。俺にしてはそれほど力を入れたわけじゃないが、あいつは顔をしかめた。軟弱もんが。
「それはもっとはように言うべきじゃあねえのかなあ、立村」
「悪い、ごめん、ほんと、申しわけない」
平謝りする立村だが、簡単には容赦しねえぞ。さらにぐいぐいと締め上げる。
「や、やめろ羽飛、ごめん、本当に悪かった」
「じゃあ理由言えよ」
「もちろん言うさ」
けどここじゃあ言えねえか。視点がほよほよしているぞ。もう一度、今度は腕の皮部分をつまんでひねった。
「は、羽飛頼む、やめてくれ、い、いた」
「じゃあ言えよ」
「評議、評議委員会の集まりを、さ、臨時で、やることに、なって、ごめん」
もうひとつだ。確認だ。せっかくの午後をおじゃんにするからには、当然泣かせる連中があとひとりいるわけだわな。
「美里には言ったのか?」
「い、言った。だから、羽飛、離せってば!」
美里に頭を下げたというのだったらしょうがない。その辺もう少し詳しく聞かせてもらうことにした。
「あいつ怒ってただろ?」
「いや、あの、近江さんと一緒に、あの、芸人関係のイベントに行くとか言ってたし」
「近江? じゃあ天羽はどうしたんだ?」
「わからないよそんなのは」
俺の気づかないところでいろいろと裏があるわけだ。あまり突っ込んでいる時間もなさそうだし、仕方なく俺は荷物を担ぎ、もう一度あいつに振り返った。
「立村、今日は俺と熱い夜だよな」
「なんだよ意味不明な」
さっき俺がつねったところをしきりに撫でている。だから全体的に皮が薄すぎるんだ立村は。
「たっぷり、裏事情、聞かせてもらうからな、今回のことは貸しにしとく」
玄関先で美里を捕まえた。美里も午前中はひたすらスタンプラリーに燃えざるを得ないわけだ。女子同士で行動し、昨日と同じく俺たちと午後合流の予定だ。残念ながら俺との語り合いという、きわめて日常的なシュチュエーションに終わった昨日とは違い、あいつだってしっかりとしゃれのめしてきたんじゃないだろうか。と顔をみやる。お神酒徳利の古川が割り込んでくる。
「おう、今日もまた頼むな、古川も」
「いいけどさ、どうしたのよ立村」
美里が、「いいよこずえ、あとで」、そうたしなめる。立村が前もって美里に詫びを入れたというのはほんとらしい。ただ、怖い姉さん格の古川にまでは声が通っていなかった。詰めが甘いな、奴も。
「いや、俺もさっき言われてびびってた」
「だよねえ、せっかく美里が楽しみにしてたのにねえ」
また「だから黙っててってば!」と美里は古川を揺さぶる。やっぱりショックだったのかもしれない。せっかくのデートチャンスだってのに、しかも余計なことを言う奴がいない、ふたりっきりの甘いひと時……美里を前にこの「甘い」という形容詞を使うのには、寒気が走るんだがそんなことどうでもいい……を味わいたかっただろうに、哀れな奴だ。慰めてやるか。
「美里、夜があるだろ夜が。今夜は噂のほたるでナイト」
「別に、私、そんな楽しみにしてなかったし!」
口と顔との表情が全然違う。しっかり唇を曲げている。いくら美里にお熱の近江がくっついてきたとしても、この御機嫌簡単にはよくならないだろうな。立村にはあとでよおく、説教しとかねばならない。仮にも美里は立村の彼女なんだからな。ったく。
「ほんっと、羽飛、その辺立村にお灸据えておいてよ。まあね、事情が事情だし、しかたないといえばしかたないし」
「そうなの、だからもうこのことはやめようよ!」
ややかすれ声で美里は俺と古川に、話の終りを宣言した。
昨日、風呂に入る前、B組の難波とC組の霧島との間で繰り返された舌戦。いつものことだと周囲はのんびり構えていたらしいんだが、どうやらそれは甘かった。以前から上級生中心に流れていた噂、「三年の霧島は以前、ロリータ写真集に出ていたらしい」、それをどうやらいろいろなルートを辿って証明した難波の言葉が飛び出し、事情通の人間たちをびびらせた。俺はその場にいなかったんで、周りからの情報を集めたにとどまるが。まあD組内についていえば、「他のクラスよりも自分のクラス」の問題が一番大きいだろう。なんで奈良岡がさっさと夜中に帰ったのかとか、南雲との関係はいかにとか、そっちの方にみな盛り上がっている。それは反対から言うと、B組、C組も同じだろう。ただ男子サイドから言わせていただくと、「ほんとに霧島はそういう悪い女だったのか?」という下半身に訴える情報に偏っているような気がする。アマゾネス霧島の過去に興味しんしん、というのは女子の前でそう口に出しづらいだろうなと俺は思う。
あえて今のところはノーコメントを通した方がいいだろうなあ。どうせ旅行が終わればみな忘れるだろうし。
ただ、評議委員長たる立村には放置しておくわけいかない問題なのかもしれない。残念ながら昨日俺は詳しい事情を全然聞くことができなかったのでその辺曖昧だが。霧島がやたらと評議委員会の中をかき回しているとか、つい最近までずいぶんにぎやかだったA組天羽と西月、近江との三角関係とか。三年続くといろいろあるもんだ。もともと「事件を起こしたくないがいつのまにか矢面に立たされる運命」の立村だ。いろいろと大変なのはわかる。美里ルートでその辺は聞きつけている。
けどな、俺からすると、悩みは打ち明けて慰めあうもんではなくて、一緒に笑い飛ばすもんだ。
そういう路線で俺は考えている。立村とは全く大違いだ。
もしくはいい方法をさっさと考えて、まあるく収めることだ。この前の金沢と芸術家の坊さん事件のようにな。
根本からして、たぶんあいつとはと違うんだろう。詳しいことを言ってくれねえのはその辺にあるんだろう。けっ。
立村と美里を先頭にD組の整列が終り、みな仲良くバスに乗り込んでいった。早めに出発し、まずは持ち歩きに必要のない荷物をバスに乗せたまま、第一次解散地に向かう。そこで例のごとくスタンプラリーを行い、午後からは非公式の自由行動だ。昨日の自由行動では、霧島のカメラマンいらっしゃい事件以外、取り立てて騒ぎになるようなことはなかったらしい。
「もし、見知らぬ人に声をかけられた場合は、かならず相手の身分証明書を確認しましょう。そして、自分の判断で校則に反していないかどうか、危険でないかどうかをよく考えるようにいたしましょう。自然とそうすれば、判断はたやすくできるはずです」
最初の注意は、C組担任の殿池先生から出たものだった。そりゃそうだろう。あの霧島の担任だ。心配だろうよ。
C組の先頭女子を見ると、ふわふわポニーテールのまんま、他の女子たちを叱り飛ばしている霧島がいた。
もったいない、あの顔だったらなあ、いっくらでも芸能プロダクションがほっとくわけないだろうになあ。
美里には悪いが、やっぱり女子の中でそのまんま芸能界で通用しそうな顔ってのは、霧島くらいだろうな。ジェラシー燃やしたってむだだぞ、美里、そう言いたくなる。
「南雲、おい、なんとか言えよ」
「うるせえなあ」
俺の後ろ座席から眠たげな声がする。うっとおしくも天敵・南雲の前にいるのだ。席の都合上そうなってしまった。立村は俺の隣りでいつのまにかさっさと寝てやがる。ほんの一時間ちょっとの移動も車酔いの可能性ありということで、安全策をとったに違いない。しかたないんで俺も寝たふりしながら後ろの声を聞く羽目になった。
「お前、なんであんな荒れた?」
「しょうがねえだろ」
かなりめんどう臭そうだ。仲のよい友だち連中にも内容なのか? まさか、南雲の奴、奈良岡のねーさんを押し倒し……いや、それはないだろう、ぽーんと腹で跳ね返されるような気がするぞ。ははん、もしやあいつ、あっさり振られてそれでやけになって、なんかやらかしたのか? 南雲ならやらかしそうだが、被害者になった奈良岡が、へたしたら加害者になっちまうのもかわいそうだとか、いろいろ思いつつ聞いていた。
「気持ちはわかるけどなあ、南雲。よりによってライバルの手伝いするなんてなあ、お前も人良すぎ」
「だから、うるせえよ、黙れよ」
──ライバル?
いや、俺も知らないわけではない。奈良岡のねえさんが実は過去、非常にもてもての時代を送っていたこととか、現在は第二次ブームの真っ最中だとか。女子は顔ではないということをいやというほど思い知らされた次第だ。南雲の場合はどこまで本気なのかよくわからんが、奈良岡を狙うライバルがいることはたやすく想像できる。が、なんで今回の早帰りに関連する?
「人道的に間違ってないんだからそれでいいんだ、以上!」
「そう無理矢理終わらせるなよなあ」
──人道的に?
ますますよくわからん。バスの中がやたらと静かなのは、立村のように寝入っている奴もいるだろうが、主に南雲との会話を耳の穴かっぽじって聞いている奴の方が多いからなのかもしれない。先頭席で無視している菱本先生に聞けば一発だろうと俺は言いたい。残念ながら席が少々遠い。美里と目が合い、思わず「やっぱりな」と頷いた。
「どうせ旅行終わったら、話すからそれでいいだろ!」
「けっ、結局ごまかされちまったってわけかよ」
南雲ファンクラブの女子一同に見せてやりたいこの機嫌悪すぎな南雲の顔。俺はもともとこいつの性格も顔も趣味じゃないんだが、一応女子連中がぼおっとするのはわからなくもない。いつもにこやかにアイドルを演じている、かっこいいとこばっか見せ付けているあいつがだ。奈良岡のことひとつにおいて、あっという間に性格が一変する。奈良岡の家庭事情とか、ライバル到来とか。ああ、立村が起きていたら、無理矢理でも調べさせてただろうなと、ふと思った。
若干お通夜の雰囲気漂っていたD組バスだが、誰も酔わずに目的地へと到着した。みな、予定表とスタンプラリー用の「しおり」を持ち立ち上がった。一刻も早く、バスから降りて、午前中一杯でスタンプを押し捲らなくてはならない。立村曰く、本条先輩からの教えとして、「とにかくスタンプは押したら即、次の場所へ。余計なことを考えないこと。観光とか歴史探訪は、修学旅行でやったって意味なし!」とのことだった。まあな、俺もそれは本気でそう思う。
「では、集合はここに四時半。厳守。遅刻したものは旅行終了後にグラウンド五周」
簡単な注意事項を菱本先生が言い放った。この辺りもクラスによって違うらしい。B組は「罰補習」らしいし、C組は「一週間の掃除当番」、A組は単なる注意のみ。カラーが露骨に表れている。うちのクラスはきっと遅刻者ゼロだろうなと改めて思うのだ。
一応先生の顔を立てるため、途中まではきちんと建前上の班グループで行動する。もちろんスタンプ押しのためだ。だが大抵途中で一人抜け、二人抜け、最後にはひとりだけ、となるらしい。俺の場合は立村と午後も一緒だったから、最終的にふたりだったが。昨日の流れがどのグループもうまくいったらしく、もう最初のスタンプ中継地である有名なキリスト教の教会……名前忘れた……のあたりでみな、好き勝手な仲間に分かれていた。もちろん俺としては途中まで立村にくっついて、少しでも午後の事情について聞き出したいところだった。
女子グループは男子たちと反対方向からスタンプラリーを開始している。青大附中生によりやたらとスタンプ会場が込み合わないようにとの、評議委員長じきじきのご命令だったと聞く。
青錆色のとんがった教会の天辺で風見鶏が、ぎいこぎいこ鳴っている。
俺たちが教会内の金色っぽい部屋の中でスタンプをばしばし押し終わり、D組一同みなずらずらと出ようとした時だった。
「立村、さ、早く来いよ」
A組の天羽、C組の更科。背がでこぼこした二人。玄関のところでシルエットのまま立っていた。時代劇に出てくる正義の味方、登場ポーズに近いものがある。一歩ひいたのは俺だ。後ろですい君が「なんだよあいつら、なんか演劇やってるのかなあ」と脳天気に呟いていた。俺だってそんなこと知るもんか。呟く。
「知らねえよ」
肝心要の立村の方を見た。俺だけじゃない、他の奴ら全員が見ていた。あいつの方がすい君よりももっと脳天気だって初めて気づいた。
「あ、もうか?」
なにが「あ、もうか」なのかわからん。ゆっくりと、ブレザーのポッケに手を突っ込んだままふたりは立村を両脇から抱えるようにした。軽く肩を叩き、いかにも犯人を逮捕する刑事のような顔して両脇抱えてつれていくのはいったいなんなんだ?
立村も観念した犯人の顔して、隣りにいた俺に向かい、軽く笑って見せた。
「そういうわけなんだ、ごめん、また夕方」
「も、もういくのかよ!」
「詳しいことは後で話すよ」
立村はそのまままっすぐ背を向けた。まあいろいろあるんだろう。俺はのんびりと手を振った。俺たちだってスタンプもらったらもうこんなところに用事なんてないのだ。さっさと次のスタンプ地へと向かおう、そう足の向きをかえようとした時だった。
青い空、白い雲、薄緑色のでっかい教会。今にも壊れそうなひび割れの跡。手元のにじんだスタンプひとつ。
金沢が口をぽかんと開けている。黙って真向かいの白い陸橋を指差した。高台に建っているこの教会、コンクリート道路を跨ぐような格好で目の前に白い陸橋が掛かっている。外に出て左側の小道を抜けるとすぐにわたることができるようになっている。だから、俺たちの目の前には誰が渡っているかとか、どういう顔しているかとか、どんな雰囲気かとかがオペラグラスなしで十分見られるようになっている。俺も視力が低い方ではないけれども、見えるものは見える。信じられないだけだ。あっさり目に映るものを信じている金沢はわかりやすい言葉で説明してくれる。
「今立村、B組の出っ歯の人と一緒に歩いてる。
「どこだよどこ!」
俺が金沢の指差す方を目で追うと、おそらく真向かいのコンクリート陸橋のようなところを仲良く歩いている立村とB組女子評議・轟琴音の姿が見えた。俺が信じたくないと感じてしまうのは、肩を寄せ合う仕種、互いに笑い掛け合っている姿、雰囲気が美里との間に見たことのないもばっかりだったからかもしれない。背を丸め、肩をすくめ、立村を見上げる仕種。ひとえに「出っ歯」としか言いようのないご面相の轟だが、立村へ話し掛けている時の笑顔は、どことなく恥かしげだった。立村もその轟に対して、余裕たっぷりに笑いかけている。美里に対してはどことなく、気遣いしまくっているのがありありだってのにだ。なんなんだ、この差は。
もやもやとしてくるこの気持ち、教会の中にいらっしゃる神様、浄化してくれよって俺は叫びたかった。
俺の後ろにつきしたがっている他の連中も
「あ、立村だ」「あ、なぜ轟と?」「清坂はいないのか?」「なんだあの雰囲気」
やっぱり、雰囲気の異様さにみな、足が動かないのかもしれない。そりゃそうだ。立村には美里、美里には立村、なんだかんだいってこのカップルがだんだん定着しつつあったってのに、いきなりのダークホースだ。ひゅーひゅー攻撃しようにも、あまりにもカップリングがずれすぎていていて、怖すぎる。もちろん、B組評議の轟が嫌な奴だとかそういう話は聞いていない。個性強すぎる女子評議の中では地味な方に入る、ということと、やたらと目が飛び出ていて出っ歯だってことくらいしか知らない。美里も轟と比較したら、きっと美人の部類に入るのではないかと俺は思う。 単なる評議委員会の集まりにしては、美里抜きでなぜ、轟とふたり仲良く歩いてるんだ?
第一、美里、知ってるのかこのこと?
──それにしても、誰か追っかけようとしないのか。おい、
──しかもあいつ、遠めでもわかるが、笑ってるぞ。
約五メートルくらい後ろ、つき従うように天羽と更科の頭がでこぼこした感じで続いていた。神妙な顔してくっついて歩いている。もう刑事役も犯人役もない。俺から観たらどう考えても、「デート」にお付き合いするふたりの従士だった。
──なんでだ? なんでなんだ?
──立村、なぜ轟と?
──しかも、なんでD組連中の目の前であんな派手なことする?
──もうすげえ騒ぎになってるぞ、後ろでは。
「おいおい、羽飛、あれってどういうことだよ? 立村の奴、清坂と付き合ってるんだろ? なんで轟に切り替えたんだろうね。あんな出っ歯さんに」
そういうやらしい話に目覚めきっているすい君が、俺の背中に飛び掛ってくる。うざったい、追っ払った。
「やっぱり、『あれ』になったから、やになったのかな?」
「すい、お前正気でもの言ってるのか?」
思いっきり手の甲ではたいてやった。本気、かなり入ったと思う。
「だってさあ、どうみたってあの雰囲気、彼氏、彼女だよお」
スタンプグループに南雲が入っていないのが俺にとって救いだ。たぶんあいつがいたら俺が取りたい行動を先回りして取っちまうだろう。この状況、理解できん。単なる評議委員の集まりにしては、妙に甘ったるい。これってなんなんだ? これ、美里に内緒にしてるのか? いや、なぜ俺たちD組にばればれになるような形で?
「羽飛、その辺詳しいこと知りたいなあ」
すい君にたきつけられたわけではないが、俺の血が妙に滾って困った。
「わかった、あの状況、俺も見捨てておけねえよ」
いきなり拍手喝采の嵐。スタンプブックをひらひらさせる奴までいる。純粋な観光客らしき老夫婦が盛り上がるD組集団を怪訝な目で追いながら追い越していった。
同時に金沢が俺の分のスタンプブックをひったくった。
「俺が代わりに全部押してってやるよ。この前のお礼さ」
しっかりスケッチブックと小さな絵の具入れを抱えたままだってのに。ここまでやってくれるクラス一同の期待を背負って、俺がとことん聞き出さないでどうするっていうんだ。
「金沢、じゃああとは頼む」
俺はついさっき追い越された観光客の老夫婦を一気に追い越し、評議四人組を追いかけた。すぐに捕まるだろう。たった今通り過ぎたばかりなんだから。いったいなぜ、俺に隠し事するような顔して、轟なんかと一緒にデートしようとしてるのか。美里に内緒で待ち合わせたりしてるのか、なんで天羽と更科がからんでいるのか。なによりも。
──なぜ、D組ほとんどの連中が揃っている前で、立村と轟のツーショットを見せつけたのか。
旅行後の修羅場は避けたいだろうな、そりゃ避けたいさ。
美里にとんでもない形で情報が流れる前に、俺が押えないと、こりゃ大事件だ。