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第三日目 17

17


   計画どおり、午前中で一仕事した後、俺たちの自由行動班は昼めし前に解散した。もともと旅行先というのはそれほど見るべきところもない。とにかく美術館、博物館、寺、公園、その他を一箇所につき五分程度の滞在時間でもってこなすとなんとか二時間以内で片がつく。一応出かけた記録を残すために、ちゃんとスタンプ帳を渡されてはいる。前もって立村が本条先輩から得た情報によると、

「特に時間の記録は必要ないみたいだから、何も考えないでスタンプ押しまくるだけでいいみたいだよ」

 つまり、午前中で全部やるべきことを片付けた後は、ゲーセンでたむろうが、デートしようが、何しようが関係ないということだ。別に俺としては、連中と一緒にその辺遊んでもよかったのだが、立村からかなり無理やりの提案をされた。

「悪いんだけどさ、女子たちのグループから話がきててさ」

 ──お前も色気づいたよな。

 美里と古川、あとA組の近江たちを連れて回ってほしいという。A組ではただ今恋愛事情が複雑とかで、同じクラスでの行動が難しい近江と天羽をどうにかして、自由にさせてやりたいという立村の親心だ。評議委員長様も大変だ。もっともこいつの本音は、美里と少しでもいちゃつきたいってところだろう。わかってるんだぜそこらへんは。昨日だって美里の荷物わざわざ持って行ってやったじゃねえか。

 美里よ、ほんっと、よく我慢したよなあこの一年。おかげで立村はお前にめろめろだ。

「じゃあ、食うだけ食ったら、またそこからさらに二:二に分割していっか」

「いや、そういうわけじゃないよ、たださ」

 また口篭もるところを見ると、立村もやはり恥ずかしいんだろう。今までクールに通してきた評議委員長様だってのに、目覚めてしまったところを見られるのはやっぱり照れるだろうしな。相談してくれるんだったらいくらでも聞いてやるぜってとこだ。

 まあこれは昨日の昼までの話だ。その後寺で、金沢に絡んだちょっとした騒ぎに巻き込まれて、立村とは今朝までちょっとばかし絶交状態となった。俺としては全然気にしていなかった。あいつなりのプライドもあっただろうけれども、一日寝れば、あいつだって頭を冷やすだろう。俺の読みはどうやら当たったようだ。朝、

「立村、今日は予定通りだろ?」

 と声をかけたらはにかむように、頷いていた。どうやら俺と縁を切って個人行動する気はなさそうだ。いささかほっとした。 ということで、ただ今俺と立村は最終見学地、高期公園にいる。歴史的に有名な戦いの場所らしいが、昔の武士たちの血まみれな場所に行って運がよくなるとは思えない。他の連中もさっさと俺たちに片手挙げて消えてしまった。自由行動二日間もある学校ってこういうもんじゃあないだろうか。


 他の奴がいると、それほど気まずさもなかったんだが、やはりふたりになるといろいろ、言うべきこともあるような気がした。公園前の誰かわからん武士の銅像前に立ち、俺は腰に両手を当てて眺めた。女子はとろいからなあ。いくら美里や古川が素早いとはいっても。

 立村は銅像の日陰になる位置にもたれて、ブレザーを脱いだ。さすがに暑いらしい。

「腹、減ったよなあ」

「ああ」

 無難な会話を交わす。

 俺は立村の顔をなにげなく眺めた。人のこと言えた義理じゃあないが、あいつすっかりと顔色が青いじゃあないか。どうやら、寝不足とみた。見えないところで生あくびしてるし、まったく何語り合っていたんだか評議連中で。

「そっち、寝たの何時くらいだ?」

「朝、四時近く」

 ──こいつ、クラス連中と一緒の部屋だと、さっさと寝ちまうくせに。

 言葉では出てこないけれどもやっぱりこいつ、クラスよりも評議を最優先しているってことがよっくわかった。むっときて俺も黙った。天気ぴっかり晴れているとはいえ、うっすらと雲が広がっていて、いつ雨が降ってもおかしくない。

「そっちはどうなん」

「俺も同じくらいだ」

 嘘じゃあない。結局、金沢の将来に関する話題から、俺の未来についてとか、学校進学先とか、なんとかかんとか。いろいろあったっけ。昼間では絶対に想像できないくらいマジな話をしまくったような気がした。立村ともこういう話題、出したことがないくらいに。

「ふうん、そうか」

「お前の方はどうなんだよ」

「評議委員会のこととか、いろいろ」

 ──結局、ごまかすのかよ。こいつらしいよな。

 立村とはかなり長い付き合いだし、どういうことを考えているか想像つかないわけではないのだが、やっぱり穴がすうすう空いたような気がしてならない。

 目をこすって眠気ざまししている。俺は知らん振りして女子連中の現れるのを待った。

「ごめーん、羽飛、お待たせ」

「おやまあ、はええなあ」

 やっぱりこいつらは女子の範疇に入らないかもしれない。待ち合わせ時刻十二時に十分も早く来るなんて思ってもみない。古川が大きく手を振りながら、にやにやと笑った。

「まず食べよ、食べよ」

「お前食うことしか考えてねえのかよ」

 わあわあ騒いでいるのは古川のキャラだしわかっていないわけではないのだがやたらと浮き上がっている。そういえば目の前にいる女子って二人しかいないんじゃないのか? 古川、美里、あともうひとり……。

「清坂氏、近江さんは?」

   後ろから立村が尋ねている。ずっと地味な顔して古川の影に隠れている美里がかぼそく、

「今日、個人行動しなくちゃいけなくなってごめんって言ってたの」

 つぶやいていた。また女子となんかやりあったんじゃねえだろうな。

「なんかあったのかよ」

「ううん、今日、どこかの公園で若手芸人さんのショーがあるから、そこに入り浸りたいんだって。ひとりで」

 「ひとりで」というところにアクセントが入っているようだった。そうか、天羽と一緒でないんだ。

「ひとりでいくんだ、そうなんだ」

 立村がひとりで納得している。噂によると近江はかなりの漫才マニアらしい。外見はおフランスとかそのあたりのお上品な世界がお好みというイメージなんだが、なかなか味があるじゃないか。性格としてはまんざら嫌いなタイプではないんだが、どうも俺の中で危険信号が鳴っている。なんだろな。

「とりあえずなんか早く食おうぜ。とにかくスタンプ押しまくることしか考えてねえから、エネルギー使い果たしちまったって感じなんだぞ」

「ハンバーガー屋さん入ろうよ。さっき見たら、結構がらがらだったよ。お昼時なのにね、人いないんだね」

 昼は安くすませて、午後にどこか別のところでお菓子かなんかを食おうという話になっている。高期公園でだべってもいい。俺たち……美里を基準に考えるとだが……はジュース一本とポテトチップス一袋あれば十分帰りまで時間をつぶすことができるわけだ。立村も、たぶん古川もその辺に異存はないだろう。

 がしかし。立村が妙に美里の方を見つめている。いつもとは違う。立村も、美里も、妙におとなしい。まさか俺の知らんところで、この二人新しい展開……AかBか行ったのか?

 肘でこづいてみる。

「おいおい、どうした立村、妙に行動が目覚めてるぞ」

「目覚めてなんかないよ」

 とかいいながら、また肩ごしに眺める。まあ気にならないこともわからなくはない。この旅行が始まって以来、美里がすっかりおとなしくなっちまって落ち込んでいるのを気付なかったわけではない。女子同士いろいろごたごたしているんだろうし、もっというなら、いわゆるあの、女子特有の、あれってもんもあるんだろう。立村が怖い顔してにらむから聞けないけれども、俺なりにも気にしているとこはある。やっぱり、禁句ではあるだろう。けど美里がたかがそんなことくらいで性格変わるとは思えない。なんだか変だった。

「おい美里、お前暗いぞ」

「わかってるってば」

 ──何もわかってないだろうが。

 女子は食わせれば何はともあれ、元気になるもんだ。いつのまにか左隣にいる古川と頷きあい、俺たちは道路向こうのハンバーガー屋へと向かった。とにかく食おう、それしかない。 


 大抵、美里と一戦やらかした時は、とにかくなんか食って仲直りするのがパターンだった。女は色気よりも食い気だな、とはいつも思うんだが、せっかくうまそうなカツレツサンドを前にしても、美里のごきげんは全く直らなかった。俺に、というよりは立村と古川に対して、と言った方が正しいんだろうな。一応は俺相手に、

「このカツレツバーガーって、おいしいよね。油っぽくないし」

「信じられない! こんなにウーロン茶、いっぱい入ってるなんて! 青潟の店ではこういうとこないよねえ!」

 とか、とにかく食い物のネタばかり振ってきている。たぶん古川とは今日で三日目、顔を合わせっぱなしだったってことで、いろいろあるんだろうなあ。美里の性格が鼻につく奴はつくだろうし。もっとも古川だって負けていない。立村相手に、フライドポテトを差し出しながら、

「ほーら、立村、お口あーんしてみてごらん」

「は?」

「食べさせてあげるからさ」

「何考えてるんですか、いったい」

 取り合わず、ひたすら照り焼きバーガーを二つに割って食っている立村。横目でちろちろと美里の方を見ては、

「あのさ、清坂氏、こっちの照り焼きバーガーもおいしいと思うんだけどさ」

 勘違いした話題を振っている。美里は少し視線を落として、

「あ、そうだよね、うん」

 と短く切り返す。

「おいおい、なに相変わらずの痴話げんかやらかしてるんだよお前ら」

「そんなんじゃないもん!」

「いや、けんかはしてないと思うけど」

 古川も大きなため息をこれ見よがしに吐くと、

「美里、立村が淋しがってるからもう少し甘えてあげなよ」

 俺も共感する言葉をつぶやいた。

「せっかくなあ、カップル行動できるチャンスだろうが。お前らなんでこういう肝心な時にさあ」

「いや、なにもそういうことを考えていたわけじゃ」

 立村が言いかけるがとんでもない、と思いっきり頭をはたいてやった。

 なにせ、一番三日目、四日目の自由行動について燃えていたのは立村なのだ。

 先生たちには内緒で午後以降の予定を組むよう指示したのはこの立村評議委員長なのだ。

 ばれたらたぶん、即、停学だろうな。

 こいつもやっぱり色気づいてるんだわ、きっと。

「とにかくお前らのために、少し時間も作ってやるしさ、しょうがねえ、あまりもん同士の古川よ、俺と一緒に行動すっか」

 言ったあとでしまったと思った。

 こいつ、俺のことを、なんだよな。友だちだって割り切れば楽しいんだろうが、やっぱり古川がしてほしがっていることは別なんだろうし、そう答えてやれないのがなんだか悪い。カツレツのジューシーな汁をすすっている間、俺はそんなことを考えた。けど、目の前でにやにやしつつコロッケバーガーに食いついている古川を見ているとどうでもよくなった。まあいいか。しゃべるに退屈でない相手がベストだベスト。

「あ、いいの? 私、あきらめてないよ」

 痛いところをつくなあ、こいつ。

「それとこれとは別だっての」

「まあいっか。もちろんオッケーよ。美里と立村はとにかく少し仲直りしなさいや」

「だから別にけんかなんてさ」

 やたらと言い訳する立村だ。こっそりと耳もとにささやいてみる。

「お前、美里となんかしたのか?」

「してないよ、なんでだか」

 首を振る。ということは、単に美里が八つ当たりしているってだけか? しょうがないんで俺は美里の方にかまかけてみることにした。

「そういえばな、お前にずいぶん、近江は熱上げてるみたいじゃねえの? なんかあれって一歩間違えると百合族って感じだぞ。天羽もかわいそうになあ」

「違うよそんなんじゃないよ」

 妙に堅く言い返す美里だった。このあたりに何か、ひっかかりがあるんじゃないだろうか。俺の勘としては。もう少しつっこんでみつつも、目の前の古川と立村の視線処理に困る。

「だってなあ、立村、お前も思うだろ? それこそ近江ってな『男装の麗人』ってのか? 女子がきゃあきゃあ騒ぎそうな少女歌劇ってかそういうものみたいじゃねえか。ま、美里にはいくらあいつアタックしても無駄だけどなあ。立村がいるし」

「やらしいこといわないでよ!」

 ぶちぎれそうになる美里。思い当たるふしがなければ、こんなに荒れないだろ。やはり変だということに、古川も気がついたんだろう。割って入ってきた。

「いやあ、男子同士だったらいろいろ、やばい世界があるかもしれないけどさ、女子はそういうのってないと思うよ。私も普通だったら美里にそういう気持ちになる可能性大、かもしれないのになあ。そっちは気になんないの?」

「なるわけねえだろ、色気が足りねえっての、古川、もっと努力しろ」

「ははーい!」

 古川が間に入ってくれているおかげで、なんとか食事も無事食い終わることができた。美里の落ち込んでいる理由の一つが近江がらみというところまでは読めたが、だからといって立村たちに八つ当たりをすること自体理解できん。美里だけはもっとオープンに腹割って話し合えると思っていたんだが、なんか妙だった。

「美里、ちょっとさ、おいでよ」

 とうとう行動を起こしたのは古川だった。

「実はさ、ちょっと、今回、小道具用意してきたのさ!」

「ははん、さては化粧道具か?」

 俺がまぜっかえしたとたん、わざとか「きゃっ!」と頬を押える振りをする古川。

「羽飛もねえ、あんたの方こそだんだん『色気付いてきた』んじゃないのかなあ」

「うるせえ、俺の操は優ちゃんに……」

「聞き飽きた! じゃあちょっと失礼!」

 なんだかこののり、俺がいつも美里相手にかましているのと同じじゃねえか。

 女子二人、店内奥のトイレに向かい、ひそひそ話に徹したいらしい。いろいろあるんだなこの辺も。俺もその間に立村と作戦会議を開くことができるわけだ。


「いったい何、あったわけ? あいつら」

「俺もわからない、けど」

 言葉を濁すところを見ると、立村も戸惑っていたのだろう。こいつまだ、半分ウーロン茶を残したままだ。

「昨日の夜のことが響いたのかな」

「昨日ってなんだよ。またお前ら」

「いや、俺たちじゃない。他の評議同士でまたごたごたがあってさ」

 簡単に説明してくれた。俺も別ルートでいろいろ聞いていたことだった。本人の希望としては「シャーロック・ホームズ」を名乗りたいらしいがしょせん、「日本少女宮」のつぐみちゃん命野郎だ。

「ふうん、そっか。難波とC組女子との修羅場ねえ」

「俺もよくわからないことだしあまり触れない方がいいかなとは思うんだけどさ、ただ、そのとばっちりをもしかしたら、清坂氏、受けたのかなとか」

「美里だったらけんか売られても一発ぶん殴るかするだろ?」

 立村は首を振った。

「今の三年女子評議は、かなり険悪になりつつあるんだよ。近江さんの存在とか、あと二年評議の取り合いとかいろいろあるし。あの四人が同じ部屋で寝るってこと自体、爆弾しかけたようなものかもなって今になって反省中というわけ」

「過ぎたことだしいいじゃねえか」

 心配する気持ちもわからなくはない。C組女子評議の霧島っていえば、幼女風美少女の外見にも関わらず、アタックした野郎どもが霧島の野獣な性格におののいて逃げ出すと聞く。たまに口を利いた感じでは、周りが騒ぐほど性格が悪いという気はしない。言いたいことはっきり言うぶん、腹の中には何にもないしわかりやすい女子だと思う。顔が性格と正反対なのがかわいそうなところだってのと、以前流れていた「児童ポルノ」がらみのけっこうやらしい噂なんかもからんでいて、現在のところ彼氏のできる予定はなさそうだと聞く。別の噂では南雲に秒速で振られたらしいが、それは霧島本人のためにもいい展開だったと思う。顔さえもう少し不細工ぽくして毒舌個性派タレントめざせばけっこういい線いけると思うんだが。美里とぶつかり合ったら障子の一枚二枚は軽く破れることだろう。

「いや、霧島さんの方はいいんだよ。言い合いしてもすぐに仲直りするし、単純だから」

「ずいぶんお前、女子に詳しいなあ」

「むしろ単純じゃない近江さんの方だ。あの人は頭がいいから、霧島さんを口でとことん叩きのめして立ち直れなくさせてしまう可能性があるんだ。近江さんはもともと霧島さんのこと大嫌いだからさ。あっという間に一本背負い決めて精神的に病院送りくらいさせかねない。そうなると、今度は清坂氏の方に悪影響が流れるわけで」

「ははあ、そういうことか」

 つまり、立村が心配しているのは霧島と美里の大喧嘩ではなく、「あっさり理屈と正論でたたきのめしてしまった近江の行動」なのだろう。正しいことイコール、うまくいくこととは思えないけれどもだ。美里は霧島とも近江とも仲がいいので板ばさみになっちまうってことだろう。

「たぶん清坂氏は近江さんの方が正しいと言うだろうな。だけど霧島さんの方が再起不能になるし、そうなったらまた男子の方に影響が出るしさ。誰が正しくて誰が間違っているかはどうでもいいんだよ。誰が勝つか負けるか。ああなんかな、食欲なしだよな」

「女子のことは女子に任せておけよ。美里だって、ほら、今日はD組の連中と泊りだろ?」

「そうだな」

 立村は頷くと、ようやくウーロン茶のストローを加えてすすり出した。

「お前さあ、前から思っていたけどな」

 くわえたまんま、目だけ俺に向けた。

「美里のことはとにかくとしても、他の女子たちのことまで気遣う必要ねえぞ」

「別に気遣ったわけじゃないよ。ただ同じ評議委員だし」

「それが余計だっての」

 時計の画面が曇ったのを、袖口でこすりながら言ってやった。

「たぶんな、美里が機嫌わりいのは、お前があいつのこと以外のことばっかし考えてるからだろ」

 立村は黙った。そのままストローの茶色いウーロン茶を動かさないままにしていた。

「今から旅館に戻るまで、お前、美里のことだけ考えてろ。それが一番、いい方法だと俺は思うぞ」

「なんでそう断言できる?」

 気弱そうな言葉が返ってきた。

「いや、なんとなく」

「俺は違うと思うな」

 一気にしゅるしゅるとウーロン茶を飲み干した。  言いかけたところで女子二人が戻ってきた。化粧したのかどうかよくわからん。

「ちっとも化粧した風に見えないんだがなあ」

「あーら、それは殿方、チェックが甘いわよん」

 相変わらず美里は無言だった。やっぱり今のMVPは古川に一票だ。

「でねえ、一つ提案なんだけど」

 すぐにちゃっちゃと腰掛け、古川はいきなり立村の腕を取った。思いっきり退き加減の立村に、顔を接近させて、

「ね、今日は立村をちょっと貸してもらっていい? 美里?」

 こっくり頷く。美里も無表情だ。

「で、明日は二人仲良し行動よねえ、羽飛」

「な、何を言いたいんだ、お前ら」

 妙に色っぽいしぐさに、完全にたじたじ状態の立村。哀れなり。俺の隣で美里はしばらくうつむいていたが、

「うん、それがいいと思う。立村くん、ごめんね」

 さっそく古川はちっちゃい女子用のバック……ポシェットっていうんだってな……から修学旅行前に配られた絵地図を広げた。飲み物のしずくですぐふにゃふにゃしちまっている。気にしていないところがやっぱり、古川だ。

「じゃあさあ、とりあえず三時半まで、自由行動ってことにしようよ。で、ここに三時半集合。そのあとそれなりに四人でたむろって、ってことにしようよね」

「美里、いいのか?」

 念のために無言の美里にも尋ねる。

「いいよ。それがいいと思うんだ」

「じゃあ、羽飛、あとは美里をお願いっ! 私はダーリン立村を独り占め!」

 すげえことを言っている古川だが、真意、全く理解できない俺。ダーリン立村も最初の「おいおいなんだよ」状態から立ち直り、すぐに切り返しはじめた。

「なあにが、ダーリンだよったく。古川さんこそいいのかよ」

「いいっていいって。じゃ、いこうかデート! あんたの奢りでねえ、ここの喫茶店に行こうかねえ」

「な、なんで俺の奢りになっちゃうんだよ!」

「だってさ、レディーファーストっていうじゃないのさあ」

「古川さん、男女平等とか謳ってなかったか? 学校ではさ」

「それはそれ、これはこれ! さ、じゃああとのお二人はおっ楽しみねえ!」

 俺はただ、立村に小さく手を振った。隣の美里も納得顔のままこくんと頷き、二人を見送った。あいつらがデート、ってなんというか、あいつら恋人同士じゃねえよ、雰囲気。どうみても、姉と弟って奴だよ。突然笑い出したくなった。

 けど、いいのか本当にこれで?

 たぶん、美里と立村が一緒に行動するんだろうとは思っていたのだが。

「美里、お前どうしたんだ?」

「いいよ、さっきこずえと話して決めたことだから。明日は別の行動パターンでいこうね」

「もちろんそれでいいけどな。それよかお前」  聞きたいことは山ほどあるが観光したいのだろうか、美里?

「いいよ、貴史。あんたとも少し話したいしさ」

「へえ、それは光栄なり」

 俺と美里との行動ってことだったら別に、それほど金のかからんところでいい。どっかのコンビにかスーパーで、食い物と飲み物を買いまくって、さっき待ち合わせした公園のベンチあたりで時間をつぶそう。なんて経済的なカップルだ俺たちは!

「そうだね、私もそうしたいんだ」

 なんだか妙に素直な美里に、俺は少々調子を狂わされていた。美里が食い物分を全部払っちまったことに気付いたのは、外に出てからだった。男女平等、あとまわしってとこだ。


 外は相変わらずのぴっかり天気だった。たまに青大附中の制服を着た連中らしき奴が通り過ぎていったけれども、俺たちには気付かなかったらしい。男子連中は分散する午後の時間帯を、ボーリング場かカラオケ、あとはゲーセンで過ごす予定らしい。女子はどうなんだろう。美里に聞いてみた。いかにもスーパーって感じの店に入って、パンとペットボトルのお茶、ポテトチップとクッキーとガムと飴玉、そんなもんを選びつつ買い捲っている美里。顔を上げ、

「そうだね、女子はねえ、やはり服とかアクセサリーとか買うんじゃないかな。あとはおしゃべりとか」

「そりゃあそうだわな」

 自分が食うものも入っている関係上、ビニール袋は俺が持った。ぷらぷらと公園に向かい、人気がないのを確認しつつ、屋根のあるベンチに向かい座った。やはり何組か大人のカップルとか外でふら付いている人とか見かけたが、うちの学校の連中はいなかった。

「やっぱりさ、こずえや立村くんには言えないこともあるんだよ、最近はね」

 意味深なことを言う美里だが、他人様が思うほどたいしたことはないのを俺は知っている。

「ほほうなんだよ」

「貴史、あんた、どう思う?」

 まずペットボトルから紙コップに注ぎ、美里は一杯こくっと飲み干した。

「人間に、無駄な努力って、あると思う?」


 ──いきなりくそ真面目な話題ときたかよ!

 この旅行が始まってからというもの俺は、立村以外の連中からずいぶん、人生における堅苦しい話題ばかり振り向けられている。いや、それも悪くはない。悪くはないんだが、この前の金沢のことといい、さっきの立村の話といい、そして今の美里といい。

 ──お前ら、いったいなんでそんなマジなこと考えてるんだ?

「無駄な努力かあ、そうだなあ」

 とにかく言葉出してごまかす。

「ねえとは言わないけどなあ」

「さっき、こずえに聞いたら絶対そんなことないって言ってた。けど、貴史は違うかなって思ったの」

「まあそりゃあそうだけどなあ」

 なんでいきなりこういう話題なのかを説明してほしいもんだ。隣で紙コップにもう一杯お茶を汲み、美里はもう一度こくんと飲んだ。

「たとえば貴史、鈴蘭優と結婚したいとして、どんな風に努力する?」

「絶句させるのもいいかげんのしろっての!」

 俺はしばらくむせ込みそうになった。いや、俺のそりゃあ夢としかいいようのない夢をだ。いきなりなぜ美里は語るんだ!

「そ、そりゃあなあ、今のままじゃあ無理だろうなあ」

「あたりまえでしょうが。だからどうするかって言ってるのよ」  

  我がいとしの優ちゃん。そりゃあ、生で会いたいことは会いたい。コンサートの最前列、チケット取りたいくらいのことは思う。

「結婚」となると、想像の範囲をはるかに絶する。

「まずは、近づくっきゃねえだろ。コンサートの時に差し入れするか」

「できるの?」

「できねえ。本気の大人ファンたちがいてな、絶対に俺たち中学生以下のファンは近づけてくれねえの。唯一のチャンスが、握手会。けどそれ以前に、青潟へ来ることってめったにねえからなあ」

 鈴蘭優ファン倶楽部が公式の組織としてないわけではない。中二の終りまでは会員だった。群れが好きになれねえってこともあって、現在は一匹狼に徹している。例の「日本少女宮」命の難波とは違う。どうしてもチケットは取りづらいし、「今日、優ちゃんはここにいるぞ!」という情報も手に入れにくい。好きな女を追いかけるのに、群れる必要あるのか?と俺は問いたい。奪い合いになっちまうじゃねえか。

「じゃあ、どうやって近づくの?」

「仮にだ、俺が本気で優ちゃんに迫るとしたらな」

 俺はいくつかのパターンを並べることにした。美里も面白そうに前かがみになり、こくこく頷いている。ハンバーガー屋でのぶすっとした態度とは打って変わって爆笑してやがる。やっぱし、これがいつもの美里だ。


 ──鈴蘭優ちゃんと結婚するための方法と対策・羽飛貴史・発──  

 

一、まず、優ちゃんの活躍している地域へ引っ越す。

 二、ファン倶楽部に入り情報を集める。

 三、ファン活動中心にできるように、それなりの学校に入学する。当然青大附中から退学。

 四、優ちゃんに顔を覚えてもらえるよう、コンサートに毎回出る。


「これくらいは普通だわな」

 あの「日本少女宮」ファンの難波が「ファンの心得」として聞いたという九か条を並べる。

「そこまでする?」

「してる奴もいるらしいぜ」


 五、楽屋の出待ちを行なう。コンサートが終わってから楽屋へダッシュ。そこでお土産かなんかをメッセージ付きで渡す。

 六、情報を集めて泊っているホテルで出待ち。

 七、ファンの集いみたいなのには必ず参加する。


「なんかさあ、貴史、お金ばっかりかかりそうなんだけど」

「夢だからいいだろ、さ、次だ」


 八、そのうちにだんだんスタッフさんと顔なじみになってくるのも時間の問題。そこで優ちゃんへつないでもらえるよううまくアピールする。ここまでくればまずはお友達になるというところまでこぎつけられる。


  「えー、そんなうまく行くわけないないよ! だってファンってたくさんいるんでしょ」

「美里、頼むから現実に引き戻すなよ」


 九、その後は優ちゃんの気持ち次第。写真週刊誌に密会場面を撮られないように注意してデートを重ね、あとは普通の恋愛一色で勝負!押しだ! 押しだ! 押しだ!


「なんか、後があっさりよね」

「まあなあ。俺も想像つかねえよ。それこそファン倶楽部入ってねえからなあ」


 語りまくりすぎて、咽が渇いた。笑いすぎてベンチにのけぞっていた美里がついでくれた 。

「ずいぶんと女らしいのう」

「でさ、でさ、これで成功すると思う? あんた冷静に考えて」

「冷静に考えればこんなこと、出来ねえよ!」

 ふっと息を吐いた。当たり前だ。第一考えてみろ、アイドルを追っかけるために引越しまでする根性あるかっての。どこで金都合する? 親の通帳から盗むなんて姑息なことはしたくねえし、アルバイトでも厳しい。もっとも難波の場合、今年のゴールデンウイークに「日本少女宮」のコンサートに行くため、貯金をはたいて交通費をまかない二日くらい泊りで行ったと聞く。俺もさすがにそれ聞いた時は、負けたと思ったな。

「夢だからできるんだっての。それに学校辞めるなんて考えてねえしさ。なによりも、俺、ファン倶楽部ってなんか苦手なんだよなあ」

 一回入ったことはあるんだが、二年の終りくらいにやめた。金も続かなかったというのもあるけれども、ファン通信のいじいじした雰囲気についていけねえものを感じたからだ。やはり好きな子を好きなように応援するのがベストじゃねえのか?

「ファン同士って面倒でさ、応援している年数によって運動部みてえな先輩後輩の序列が出来ちまうんだ。俺もちらっと聞いてぞっとしちまった。俺がなぜバスケ部に入らなかったのか、美里にはわかるだろ?」

「まあね、そりゃあそうよねえ」

「だから、ファン倶楽部での情報集めというのも、パス。となるとあとは出待ちかあ。けどなあ、これもそれこそ序列みたいなのがあって、先輩を差し置いて近づいてはいけない!とかいう決まりがあるらしいんだ。それもなんかなあしんどいな」

 数えてみると、なんだかうっとおしい理由がたくさんでめまいがしそうだ。天辺の葉っぱが少しすれて、毛虫が落ちてきた。美里が見たら悲鳴あげるだろうから、払ってやった。

「なるほどねえ。そこまでして、鈴蘭優と結婚したいとは、思わないわけだ」

「まあな。そこまで努力してってより、やはり青潟で一人静かに優ちゃんの歌やビデオ、写真をめでている方がいいかなあと俺は思う」

 自分でも暗いと思うが、やっぱりそれが本音である。

「そこまでの努力をする必要は、感じないってことか」

「まあなあ」

 隣で美里はやたらと茶ばっかり飲んでいる。俺のしゃべりにくっくと受けていたのに、話が落ち着いたとたん、急におとなしくなった。

「貴史、そうだよね。自分の本当に叶えたい夢とは、違うもんね」

「叶えたい夢?」

「たとえば、将来何になりたいとか、どこの学校に行きたいとか、あるよね。そういうものとは違うよね」

 ──おいおい、金沢と同じこと美里言ってるぜ。  

  俺は腹をくくった。この偶然性、なんか意味があるはずだ。


 昨日、寺の中で金沢と某有名な住職さまとの対面を果たさせた俺は、その夜ひたすら金沢と人生について語り合った。といっても半分以上金沢の一人がたりで終わったのがひとつと、その時に出てきた大量の画家の名前に辟易してしまい、途中寝てしまったというのがひとつ。要するに半分以上頭から抜けていたんでどういう話かは説明できない。ただ、金沢の将来はきっと、美術に関わっていくことになるんだろうとは思った。このまま青大附属のエスカレーターコースに乗っていくことだけは絶対ないだろうとも。

 簡単に昨日の寺事件に関する経緯を説明した。膝を広げて天を見上げた。鳩が足下にあつまってこっここっこいっている。

「俺にはわからねえけど、努力するったらやっぱりこのくらい本気の気持ちになれるもんでねえときついんじゃねえのかなあ」

「金沢くんはそうだよね。将来の夢、画家だもんね。本気だもんね」

 美里もしみじみつぶやいた。

「でもさ、今の段階ですぐに決めちゃっていいと思う? 将来の夢とかを」

「決められねえよ。俺そんな美術の才能なんてねえし」

「立村くんだって決めてないと思うよ、英語の才能あれだけあるのに」

 そういえばそうだった。俺もあまり男子連中と将来の夢についてなんてしゃべったことがない。例外昨日の夜、だけだ。たまに、「いつか俺は青潟市の商人に!」「いや俺は将来医者を目指すんだ!」とかふざけて騒ぐ奴はいるけれど、表を切って話す奴はそうそういない。

 美里、お前はどうなんだ?

「私? 私だって、決められないよ。とりあえず高校は普通科に行こうと思うくらい」

「今俺の選べる未来ってば、それだけだよなあ」

「たぶん立村くんの将来も、英語科に進むってことくらいしか決まってないんじゃないの。貴史、あんた立村くんと将来について語ったことってないの?」

「ねえな」

 言ってみて気が付いた。そうだない。立村と俺との間にはそういうものがほとんどない。

「で、さっきの話に戻すけど」  

  美里は暑そうに指をうちわがわりにぱふはふさせた。

「もしよ、もし、本当に目指す夢があるんだったら、努力するのは当然だよね、でももしその努力が全然報われないとしたら、その場合って努力は意味なくなるのかなあ」

「それはねえだろ」

 これは俺も立村、古川と同感だ。

「もしね、私とか貴史が将来叶えたい夢があったとしてよ、その夢が絶対かなわないってわかっていることだったとして、それでも努力する必要はあると思う? そういう無駄なことしないで言ってあげたほうがいいと思う?」

「つまり何か? 俺が本気で優ちゃんと結婚したいと思って、その夢がかなわないってことがわかっていて、それでも家を引っ越したり中学止めたりしたほうがいいとか、そういうことか?」

「貴史えらい、あんた天才、その通り」

 ぱちぱちとおふざけの拍手。

「俺はやらねえなきっと」

「最初からやめちゃうの?」

 俺は首を振った。

「違うっての。本当に俺のやりたいことかどうか、冷静に考えたらたぶん違うと思うからなあ」

「それってやる前からわかるものなの? 私、わかんないよ」

 美里の声が震えている。

「だってそうだよ。私、その夢がかなわないってことわかっているったって、本当にかなわないって決まっているわけないんだよ。だったらとことん追っかけるのが正しいんじゃないかって思うの。けど、どんなに努力しても、どんなに一生懸命かなえようとしても、周りの迷惑になってしまうとか、かなわないことがわかりきってるとか、そういう時、あきらめなくちゃいけないのかな。周りに迷惑かけてしまう努力は、しちゃいけないのかな」

「そんなことはねえんじゃねえの」

 軽くまぜっかえそうとした。美里はまだ首を振っている。

「立村くんだって、もし科学者になりたいとか数学者になりたいとか思ったとして、けど絶対無理だって私たちはわかっていて、それでも目指した時、私たち、立村くんを止めるべきなのかな」

「絶対ありえない仮定だけどな、俺は止めねえな。あいつが決めることだろ」

「けど、絶対無理だってわかってるのに? 立村くんに出来ないこと、周りはみんなわかってるんだよ。でも理系の大学に何年でも浪人して入学するとかしたら?」

「別にそれはそれでいいけど、あいつ、自分の才能とか能力わからねえほど、ばかじゃねえよ」

 美里の声が高まった。足をとんと踏んだ。ちらばっていた鳩が何羽か飛んだ。

「やっぱり、自分の能力とか才能がわからない人って、おばかさんなの?」

「そうは言わねえけど、遠回りだなって気はするよな」

 何気なく答えたつもりだった。なのに美里は顔真っ赤にしている。理由がわからん。

「じゃあ貴史、もし、自分の能力と才能を勘違いして努力している人がいたら、それは違うって言ってあげた方がいいと思う? あんたにはそんな能力なんてない、でもこんないいところあるんだよって、教えてあげた方がその人のためになると思う?」

 話が飛んで少しわけがわからなくなってきている。

「美里、お前はどうするんだよ。俺に聞くよりも、お前がどうするかだろ」

「私なら」

 言葉を切った。じっと俺をまっすぐ横から見据えて、

「去年までの私だったら、きっと、言ってた」

 しばらく黙らざるを得なかった。俺も言葉を捜す時間が必要だった。

「とにかく、食おう、それからだ」

「そうだね」

 また鳩たちがわらわらと足下に集まってきた。美里がパンのかけらを投げようとしたが、すぐに手を止めて自分の口に運んだ。小学校時代の美里だったらためらうことなくパン屑を投げて鳩に感謝されていただろうに。ふと見ると、目の前の木々にプレートで、 「ふん公害のため、鳩にえさを与えないでください」 とでかでかと張られていた。こんなのを見て注意するようになった美里がいた。

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