第二日目 13
13
夕食が終り、一応クラス別の集会も無事に終り……つまり僕と菱本先生とがいざこざを起こさずにすんだという点においてだが……、あとは男女混合で話し合いのできる時間帯、二十一時までの間に評議委員会を開くという予定となっていた。二日目の夜はできるかぎり、同じ委員同士で組んでほしいというお願いを出していて、大抵の委員は快く受け入れてくれた。もちろん外れてしまった人たちは同じクラス同士でもいいけれども、その辺も特別問題は起こらなかったように聞いている。男子評議については、全く問題なく片がついたけれども、問題は女子評議だった。今まで通り、A組女子評議が西月さんだったらとりたてて騒ぎになることはなかったのだろうけれども、近江さんというのがちょっと頭痛いところだった。なにせ、委員交代の事情があまりにもあんまりな内容だったので、女子評議たちが怒るのも無理はない。幸い、近江さんと清坂氏が仲良しだったということもあって、なんとか無事に納まるのではないかと僕は期待している。
いや、それはささいなことだ。
──けど、これは恐れていた事態、発生だよな。
「要するに、男子たちは女子が邪魔だって言いたいわけ? 難波、何とか言いなさいよ!」
「前からそれはしつこいくらい言ってるだろ! 女子たちが余計な手を出さなければ、みーんな丸く納まったってのがわからないのかよ」
「私たちは一生懸命、準備もしてきたし、協力もしてきたつもりよ。それをなんなの? 余計なことですって? 私たちがいないほうがスムーズに進むってそういう風に取れるけれど」
「確認しなくたってその通りだ。女子は黙っておとなしくしているのが一番役立つんだ」
──難波ももっと言い方気を遣えよな。
修学旅行の行動予定関連については滞りなく確認も済んだ。ひやひやしながら様子をうかがっていた僕だけども、胸をなでおろしてさっさと解散させようとたくらんでいた。が、しかし。霧島さんがいきなり「修学旅行終わってからの、水鳥中学との交流会についてなんだけど」と議題を持ち出して、頼みもしないのに難波が噛み付いて、ただ今収拾がつかなくなりつつある。これはまずい。隣の更科、向かいの天羽も僕と視線をからませて「どうする、どうする?」と合図を送りあっている始末。清坂氏だけが、「ゆいちゃん、旅行終わってからにしようよ」と霧島さんをなだめに入っているけれども、他の女子たちは無関心だった。霧島さんが激昂すると誰も押えられないというのは、みな経験上わかっているからだろう。同時にA組評議の近江さんとしては、あまり霧島さんとうまくいっていないこともあってかかわり持ちたくないんだろう。僕は清坂氏の側に膝ついて寄り添い、
「悪いけど、先に戻ってもらえないかな」
と頼むことにした。当然、不満そうにする清坂氏。唇を尖らせた。
「けど、こんなんじゃまずいよね」
「この機会だ、一回とことん話し合わせた方がいいかもしれないしさ」
少し言葉を切り、思い切って付け加えた。
「かえって難波たちふたりだけの方が本音出ると思うんだ」
清坂氏は僕の顔を見つめた。旅行が始まってから機嫌が悪すぎて、近づくのも怖かったけれど、今はそれほどでもなかった。いつも通りに戻っているようだった。ちゃんと話の通じる、しっかりものの評議委員に、僕の相棒に。
「そっか。そうだね。そうかもしれないね」
「近江さんと一緒に、抜ければいいよ」
名前を口にしたのを聞きつけたのか、近江さんも清坂氏の後ろに近寄ってきた。ついでなので近江さんにも、
「悪いけど、清坂氏、体調崩しているみたいだから、先に休ませてやってもらえないかな」
と伝えることにした。どうせ、今晩寝るわけないんだ。僕たちと同じこと考えているはずだから。耳もとまでざくざくのショートカットで近江さんは、きれいなウインクを送ってくれた。
「委員長、安心してよ。あんたの彼女は私が守りますって」
──彼女、って言っていいのか?
なんだか照れくさいものがあるけれども、とにかく難波と霧島さんの二人だけにした方がいいのだから、こだわってなんかいられない。僕はB組の轟さんにも同じく目で合図を送り、怒涛の男子評議委員宿泊室から追い出した。なんかわかんないけど、近江さんは清坂氏の片手を握り締めて連れ出してなかったか? ちょっと気になった。
「とにかくだ、今回の合同交流会は立村が全部仕切る形になっているんだ。だからもう決まったことに手を出すんじゃないって俺は言ってるんだ!」
めずらしくもホームズ難波が声を荒げた。こいつが女子に対してきつい言い方をする場合、最低限の礼儀を守って皮肉っぽい口調を遣うのだが、霧島さんにだけは違う。露骨、というのだろうか、それとも下品というのだろうか。とにかく男子同士のけんかに用いる言い方だ。
「ふざけないでよ! 評議委員がなんで各クラス男女一人ずつ選出されることになってるかわかってるの? 協力しあって一緒にいいもの作りましょ、ってそういうことじゃないの。ま、うちのクラスのように男子がろくに働かないで何にもしないで、結局私たち女子が動くしかないってこともあるけどね」
ちろりと、更科の顔を見る。更科は肩身狭いのか、神妙な顔をして膝を抱えている。でもしっかり上目遣いで様子をうかがっているところみると、考えている何かはあるんだろう。
「ふうん、そう思ってたのか? 更科もかわいそうになあ。あいつがどれだけ陰でお前の尻拭いをさせられて冷や汗かいていたかなんて考えたこともないだろうなあ」 これは初耳だ。僕も聞いたことがない。難波の口調は全くもって滑らかだ。霧島さんを貶める言葉に関しては尽きることがないらしい。
「なあにがアマゾネスC組の女酋長ってな。さんざんとりまきがひゅうひゅう盛り上げて、ご機嫌とって、それはようございますねえって誉めあっているだけだってのにな。陰で更科はじめC組の男子連中が一生懸命、活躍しているのも見えないってのか」
「見えないわね。去年の宿泊研修だって、合唱コンクールだって、学校祭だって。難波、あんただってB組でなにしてたわけ? ただ黙って、私たち女子評議が準備したりしていたのを眺めていただけじゃない? いきなり今ごろになって文句言い出すって男らしくないわよね、最低!」
まあ、これも、非常に難しいことだけども本音でもある。難波をはじめ、他の男子評議連中が僕の手伝いを積極的にしてくれるようになったのは、本条先輩がだんだん席につかなくなった二学期以降だ。学校祭あたりからかなとも思う。それまでは僕も本条先輩べったりだったし、その他いろいろな問題も抱えていたりして、他の評議連中との話し合いをする暇がなかった。どうしても清坂氏を代表とする女子評議たちにまかせっきりになっていたところもある。けど、難波も結構僕のことを気遣ってくれていたのだと、本当は言いたいのだが。
「余計な手出しして、ろくなことにならないよりは、黙って流れに任せておいたほうが本当はいいってことだってあるんだ。何のために安楽椅子探偵って奴がいるんだ」
──それは話とずれていると思うぞ、難波。
論理的な語りをモットーとする難波なのに、なぜこうも壊れると走り出してしまうのだろう。霧島さんに対してはいつもそうだった。厳密にいうと、今年の三学期以降からだった。霧島さんの行動がとにかく気に入らないらしくて、とにかくけちをつけまくる。いや、つけたいことはわからなくもないし、男子たちにもその本音がちらちら覗いたことも否定できないけれども、ただなんでこうも、難波は霧島さんばかりを責めたてるのだろう。
「流れに任せてその後慌てて修正するってのね」
「ああそうだよな。もう今更言いたくないけどな、西月や杉本のこと……」
これはまずい。注意を促す必要ありだ。
「難波、今の話は抜かせ。とにかく、合同会のことだけにしぼれ」
まるでセコンドだ。霧島さんは僕を始めとした他の男子連中が固唾を飲んで見守っているのをなんとも思っていないようだった。きれいなお下げ髪で、陶器のお人形さん、雰囲気は「不思議の国のアリス」に登場するアリスだろうか。黙っていれば鈴蘭優にも負けないアイドル歌手になれそうな気がする。ほんと、黙っていれば、の話だ。
「どっちにしてもだ、俺が言いたいのは、今年四月以降から男子評議だけで合同会の準備をしていったら、信じられんくらいにうまく話が運んでるんだ。これってどういうことだ?」
「あんたたち男子連中が私たちに情報流さないで、陰でこそこそやるから私たちも手伝いできないからでしょうよ。手伝ったらもっといいものになったかもしれないのに、なによ。結局合同会は、私たち、お茶やお菓子を出すだけ? 発言権もないわけ? それって男女差別よね」
「お前らがばかなことを計画しなければ、そんな小細工もしないですんだっての。それに、一応は清坂が立村の手伝いに回ってくれているから、それで十分なんだ」
どうも、「手伝い」と言う言葉に反応したらしい。目が釣りあがった霧島さん、僕の方をすさまじい勢いでにらみ付け、また難波に噛み付いた。
「手伝い、ねえ。男女平等のこの世の中において、女子は男子の『手伝い』しかさせてもらえないわけなの? もっと計画のひとつひとつから、どういう内容の話し合いをするかとか、互いの学校の交流の題材を何にするかとか、いろいろ私たちが参加できるようなもの、あったじゃないの。どうしてそれなしで、ただ私たちはお手伝いさんになるわけ? 要するに、花? ばかにしないでよ。発言もこの調子だと全部、立村か天羽にまかされるわけよね。私たちの出番はなくて」
「あたりまえだ。言いたいことみんなが言ったら混乱するに決まってるだろ!」
──その通り。そうなんだが、しかしな。
僕なりに二人の会話に割り込みたい気もする。でも、ここで下手に口をはさんだらかえって話がややこやしくなるだろう。ふたりのいいたいことは単に「なぜ、水鳥中学との合同交流会準備に女子を混ぜなかったのか?」という一点にある。もちろん前後にいろいろ面倒な事情はあったけれども、この点については一切持ち出してほしくない。もう評議をやめて、辛い立場にいる人を巻き込みたくないし、その一環を担った天羽の気持ちも汲んでやりたい。また、僕が下手に霧島さんをうっかり責めたりしたら、そのとばっちりが清坂氏や同じクラス評議の更科にいかないとも限らない。できれば難波と霧島さん、ふたりの会話で終わらせてほしい。
霧島さんはせっかくきれいに着付けた浴衣と、きちんとした橙色の帯前を何度も叩きながらわめきちらしていた。よく似合うのに。さすが呉服屋のお嬢さん。とみなささやいていることをきっと気付いていないんだろう。風呂から上がった後、男女みな全員、浴衣に着替えることになっている。男子たちは適当でよかったけれども、女子たちは旅館の仲居さんたちに手伝ってもらって、本当の浴衣用帯を貸してもらいちょうちょ結びにしてもらったと聞いている。こう言っては失礼になるかもしれないけれども、清坂氏の浴衣姿はなんとなく、着物に「着られている」風であまり似合っているようには感じなかった。近江さんは背が高いせいかつんつるてんだったし、女子評議の中ではやっぱり、霧島さんの格好が一番さまになっているような気がした。だから黙っていればいいのに、と僕はひそかに思う。
「口も利かせてもらえないわけ? 私たちが一生懸命……」
「その一生懸命さによって、俺たちがどれだけ迷惑したか考えてみろ!」
同時に怒鳴りあう二人。妙に怒鳴りあいのリズムがぴったり合っている。難波も昨日の夜とは違ってだいぶ、はだけないような格好での着つけをしてもらっている。僕は何度か親に着つけの方法を教えてもらっていたので自分で着たけれど、他の男子連中はかなり、前をはだけて見るに耐えないものを見せびらかしたりしている状態だった。これは注意すべきところなんだろうか迷うところだ。昨日さんざん、素っ裸寸前にさせられた難波はしっかり前をかきあわせあぐらをかいたままさらに指差しした。
「いいか、俺たちが陰でこそこそやっているってのは、水鳥の副会長と立村がまず、話し合いを持っているってことなんだ。水鳥中学もいろいろ面倒なことが多くて、先生連中にばれたら大変なことだってあるんだ。そこで、どうやって水鳥中学の先生たちと、俺ら青大附中方面の連中とがうまく話しあってもらえるかを裏工作しねばなんない。けどな、女子にその辺の情報うっかり流してみろ! すぐばれて、また元の木阿弥になるに決まっているだろう。女子連中の論理はひとえに、『だれだれのために』だ。『だれだれがかわいそうだから』『だれだれが被害者だから』『傷つけられたから』そんな余計なことをされて、本当の目的に向かうのを邪魔されたらたまったもんじゃねえよな」
「杉本さんのことを言ってるわけ?」
まずい、これも注意だ。僕は霧島さんに右手でさして促した。無視された。
「どうして杉本さんのことを応援したらいけないのよ! それとこれとは別でしょ!」
「お前らが杉本を煽り立てたから、合流会のサークルは消えて、掃き溜め『E組』になってしまったってわけだ。あれさえなければ、合同交流会サークルの連中が活躍して、評議は完璧裏方に回って、それこそあんたら女子たちもどんどん参加できたってのにな。要するに!」
霧島さんが何度も口走っている「要するに」をいやみったらしく難波は述べた。
「自分で自分の首を締めたのは女子なんだ。結局俺たちは、その尻拭いをするために、修学旅行ぎりぎりまで眠れぬ日々を過ごしたってわけなんだ。感謝されても責められる筋合いはない!」
「何様のつもりよ! 馬鹿にするのもいいかげんにしなさいよ!」
またいつものパターン。結局のところ、霧島さんがヒステリーを起こすともう誰も止めようがなくなる。いや、止めることができなくもないのだが、やり方を間違えるとまずい。これはC組の相棒、更科に頼むしかない。僕は更科の帯を軽くひっぱった。同じことを反対側から天羽もやっていた。互い、帯を持ち合って、ぎゅうぎゅうひっぱっているわけだ。膝を抱えて上目遣いで眺めていた更科は、ぐいと顎を上げ、あどけない声で発した。
「あの、霧島さん、悪いんだけどいいかなあ」
──待ってました!
難波以外の男子連中はみな、合いの手を入れたに違いない。もちろん僕も同じだ。
──だてに三年同じクラスってわけじゃないよな、更科。
昨日の清坂氏がらみのからかいはやはりまずかったんじゃないかと思う。うちのクラスの水口も似たようなこと口走っていたけれども、その辺は木刀で黙らせたのでどうでもいい。僕の知っている限り、更科と霧島さんが露骨に大喧嘩やらかしたというのは、そうそうないんじゃないだろうか。少なくとも難波相手のようなことは、たぶん、ない。
「俺、思うんだけど、難波の言い分って少し、きついような気がするんだよなあ」
「あたりまえよ、あんたも難波と同じ意見だなんて言わないでしょうね!」
「言わない言わない、たださ。難波もぶきっちょだからどうしても、誤解を招くこと言っちゃうくせあるからさあ」
「俺の言っていることに何か文句あるのかよ更科!」
このあたりはちょっと様子見をする更科。余裕があるみたいだ。両隣で僕と天羽が膝を立てて様子を見ている。難波もむっときたらしい。
「ホームズ、少し落ち着けよ。お前言いたいのは、裏を返せば、合流会の時、霧島さんを始めとする我が三年女子評議のみなさまを見せびらかしたいってことなんだろ」
「見せびらかしって」
口をあけかけたところを制する更科。更科相手には難波もおとなしい。もともとこのふたり、入学した頃から仲がよかったのだ。
「ほら、霧島ねえさんも知らないかもしれないけどさ、俺たち男子としてはやっぱり、うちの学校の女子がどれだけいい女揃いかを水鳥の連中に知らしめたいってわけ。それ本音としてあるわけよ。だってさあ、何度か水鳥に行ったけど、女子のレベルってとにかく差、ありすぎ。ほんと、難波とふたりで訪問した時は絶句したもんなあ、な、ホームズ?」
更科は難波のことを、気安く「ホームズ」と呼ぶ。黙るしかないと思ったのか、難波はうつむいている。
「たぶん話し合いというか交流関係の話ってのは立村が向こうの副会長と煮詰めているし、先生目の前にしているもんだからあまり過激な話題って出せないと思うんだよね。ほら、聞いたところによるとさ、水鳥中学で五月に、うちの『ビデオ演劇』を参考にして時代劇のラジオドラマを放送したんだって。そのテープを持ってきて、一緒にうちのこの前作った『奇岩城』のビデオと較べるってことにするんだって。もちろん、それはいいと思うんだけど、やはりさ、女子にはきついことが多かったろ。あの事件もあって」
と、隣の天羽に視線を向ける。霧島さんがせせら笑う。
「自業自得よね」
──さて、どう出る更科。
僕だったらこのあたり、霧島さんのご機嫌取りに徹するだろう。「やっぱり霧島さんが一番目立つし、その点まず、気合を入れる意味で先にお茶運びとかしてもらえればなって思ったんだ」とかなんとか。でも霧島さんの性格を考えると「会議の花」という扱いは絶対許せないに違いない。男子と女子、平等に扱え、というのが霧島さんの要求なのだから。更科もたぶん、同じことをしようとしているに違いない。でも、どう出るかはこいつの計算次第。
「実言うと、そのこと、向こうの生徒会もみんな知っているらしいんだ。立村が全部話したらしいんだ」
「しゃべってなんかいないよ、何言ってるんだよ!」
断固、抗議する。確かに向こうの生徒会はみな、事情を理解してくれているけれども、元の情報は僕経由ではない。一学年下の評議経由だ。すぐに肘でつつかれて僕も黙った。何か言いたいことあるらしい。
「で、立村も言ってたけど、すっごく同情されているらしいんだ。あそこの生徒会もいろいろごたごたがあって、俺たちほどではないけれど苦労することが多いんだって。でも、その中でもって俺たち青大附中の評議委員会はきちんと運営されているし、あんなひでえことがあっても、女子はみな男子を守り立ててくれている。すっごく心の広い人ばっかりで、しかもすげえべっぴん、ときている。って。だろ、立村?」
頷く。まんざら間違ってない。
「だろだろ、立村もそう言ってるだろ。だから向こうの生徒会連中からすると、うちの評議委員会の女子ってのは、信じがたいくらい高嶺の花でかつ、憧れのマドンナなんだよね。話を盛り上げすぎたかもしれないけれども、みな想像が膨らみまくってるみたいなんだ。だろだろ、立村」
──とも、いえないけど、まあいいか。
だいたい更科の落としこみ方が読めてきた。そういうことならあわせるしかない。天羽にも目で合図した。親指を霧島さんに見えないように立て、頷く天羽。この辺、男子の呼吸は整っている。難波だけが唇をへの字にして懐手にしている。文句言いたいけれど、男子評議同士のあうんの呼吸、無視することもできないし、ってとこだろう。頼む、難波、耐えてくれ!と僕としては叫びたい。
「だから、俺たちとしては我が自慢の青大附中女子評議たちを露骨に男子連中みたいな扱いで低レベルに扱いたくないわけだよな。正直なとこ、立村すげえなやんでたんだ。霧島ねえさんたちには話せなかったけど。『男女差別』扱いかもしれないけど、向こうの奴らって単純だからきれいな人には弱いんだよなって。それにほら、立村もそうだけど、俺たち男子ってそんなにかっこいいことしゃべれねえじゃん」
いきなり今度は男子を卑下する。これも計算のうちか。難波、怒るなと念を送る。
「一応、台本は前持って俺たちがこしらえる予定だけど、それだってうまく行くかどうかわからないし、たぶんただ読み上げるだけだよ。絶対とちるし、きっと物笑いになっちまう可能性、大なんだ。けどさ」
出た、更科の幼稚園児真っ青のあどけない笑顔。赤ん坊攻撃とひそかに呼んでいる。
霧島さんの表情にほんのわずか、女子らしい口元のほころびが見えている。
いまいましそうににらみつけている難波だけが浮いている。
「俺、やっぱり霧島のねえさんがしっかり女子たちの代表として動いてくれたら、きっと勇気が出ると思うんだよなあ。今までもそうだったけど、うちのクラスの男子連中ってそうだよ。女子たちにひっぱられてなんとかやってきたってのも本当だし、それ以上にさ、うちのクラスの女子って他のクラスに較べて、わりといけてる子が多いだろ。だからなおさら、燃えるんだよな」
──女子連中、部屋に戻しておいてよかった……。
これは問題発言だ。C組女子たち以外は不細工ってことにも繋がるぞ。
「もちろん、立村も天羽も、難波もそうだけど、手伝いだけじゃなくて、もっと大きな仕事を当日にお願いしようかなって思ってるんだ。ただ、先生の許可がまだ下りなくて内緒にしているけどね。だから、旅行終わるまで、ちょっくら待ってもらえないかなあ。お願い!」
両手を合わせてすりすりする。猛烈に爆発寸前の難波があぐらをかきなおして、じっと霧島さんを見据えているけれども、当の霧島さんはそんなの全然気にしていないようすだった。いきなり襟元をさりげなく指先で触れたり、髪の毛のほつれ毛を上げたりと、無意識なのか意識的なのかわからないけれど、妙に芸能人っぽいしぐさをしてみせる。それがまた、きれいに決まっているところがなんともいえない。やはり、霧島さん、口利かなければ、と思う。最後にかすかな微笑みを浮かべたところ、羽飛には悪いけど、鈴蘭優よりはるかにきれいだと思う。
「口がうまいよね、更科は」
「だって、永年のお付き合いじゃあありませんか!」
今度は天羽だ。こいつも下手したら、霧島さんに「小春ちゃんをあんな振り方して!」と怒鳴られるかもしれない。おちゃらけ得意、場の盛り上げなら任せとけ、日本の伝統演芸愛好家の天羽が、太鼓持ちをしないわけがない。続ける続ける。
「もちろん俺たちいろいろあったけど、そんなくらいで絆が弱まるわけ、ないっしょうがよ。ねえ、霧島ちゃん、頼むよ、俺たちみたいな腑抜け揃いの評議委員を守ってやってちょーだい!」
また両手を合わせてお願いポーズ。今度は僕か。精一杯明るく呼びかけたいところだ。
「俺も、今まで霧島さんにいつも迷惑かけてばかりで、ほんと悪かったって思うんだ。今の更科の言うこともそうなんだけど、当日、本番の時は、ちゃんと女子にお願いすること、お手伝いだけじゃなくていろいろ用意しているとこなんだ。ただ、俺なりにどうしても、他のほら、評議から外れた人たちとか、一年とか二年の面倒、どうしても見られなくて、清坂氏にばかり頼んでいて、なんだか申しわけなくてさ。今度、いいかな、霧島さんに少し頼っても。ごめん、ほんと俺が馬鹿だからさ、申しわけない!」
この辺は地でできる。ほんと、僕は評議委員長として、全然実力がないってこと毎日思い知らされているわけなんだから。今のことだって、霧島さんのほころぶ笑顔を引っ張り出すことができたのは、更科のお世辞たらたらのお言葉だったんだから。
──そう、天才的、あれはお世辞だ。
三人男子連中が手を合わせて、ご機嫌取りに徹している間、肝心要の難波は何も言わずに知らん振りを決め込んでいた。本当だったら「俺たちに続けよ!この馬鹿ホームズが!」と怒鳴りたいところだけれども、よんどころない事情もあってそのままほっぽいておく。
「あんたたち、そんな見え透いた嘘付いているわけじゃあ」
「そんなわけないって、俺たちのことを、信じてほしいよ、なあ立村、天羽」
ふたり、大きく頷く。当然難波は無視のまま。
「しょうがないわね」
ふっと唇から静かに息をつき、うなじに手を当てる霧島さん。本当に、お人形さんのようだ。僕が見とれていると思ったんだろう、霧島さんは静かに、
「立村くん、今の言葉、忘れないでよ。ちゃんと当日、私たち女子評議を、こき使うのよ」
と念を押した。
「もちろんだよ。女子がいないと俺も困るし、何もできないし」
「うそつけ!」
余計なことを言う難波には後でお灸を据えておこう。
「どこかの馬鹿とは違って、やっぱり話わかる人はわかるのよね」
──本気で信じてるよ、この人。
僕たち男子評議三人は何度も頷きつづけた。難波以外。
小柄で楚々とした歩き方、着物を着慣れた人独特の、裾を広げない歩き方。
やっぱりこうしてみると、霧島さんは他の女子たちと違うとつくづく思う。
部屋を出る寸前にまた、霧島さんが振り返り、僕たち三人へ、
「今の言葉、全部女子たちに伝えるから、忘れないでよ。忘れたら、今度こそ素っ裸にするわよ!」
やはり似合わない言葉で締めくくった。興ざめだが、これもまた現実だ。
しばらく毒気を抜かれた状態で僕たち男子評議四人は座り込んでいた。難波はしっかりあぐらをかいたまま、更科は膝をかかえ、僕は片膝立てて、天羽は正座。霧島さんの気配が消えた後、ほうとため息をついた。かすかに残る石鹸の残り香。更科が一言、
「これ、石鹸じゃないよ、絶対香水だよ」
と言い放った。さすが年上の女性へ想いをかけるだけある、詳しさだ。
「色気づきやがってあの女があ」
吐き出すように、帯のあたりに向かい吐き捨てる難波。前髪をまたかきあげはじめた。だからこのくせやめろって言っているのに。髪の毛抜けるぞ。僕は立てた膝に顎を乗せるようにして、「難波」と呼びかけた。
「お前、いいかげん霧島さんにつっかかるのやめろ」
「あんなわけわからんこと言われて、なぜ黙ってなくちゃあいけないんだ!」
更科が面倒くさそうに「ホームズ」と呼びかけた。
「お前もいいかげん、キリコの扱い方覚えろよ」
誰もいない中では、霧島さんを「キリコ」と呼んでいる更科の口癖。知られたらたぶん、身包みはがれる程度ではすまないだろう。
「そうだな、難波、気持ちは俺、すっげえよくわかるけど」
天羽が締めた。しみじみと。
「世の中、おだてて丸く納まっちまうことも、あるんだって、勉強したよほんと」
石鹸の匂いが消えていくと同時に、僕たちも男子同士の言葉を紡ぐことができるようになった。なぜかわからないけれど、女子がひとりでもいると、妙に緊張感があってうまく言葉が選べなくなることが最近多々ある。清坂氏がいるだけでも、「これは言ってはいけないのでは」と省いたりすることがあるし。僕は恋愛感情なんてよくわからないけれども、ある程度そういう「意識」があるということは、それなりに清坂氏を想っている証拠なのかもしれない。よくその辺はわからない。
ちょうど九時、男子も女子も、それぞれの部屋に戻ることとなる。話し合いも一通りすんだ。ということで、これからは男子同士の水入らず、とことん語り合うことになる。布団を四人分敷いて、ぬるくなったジュースを四人で分け合い、しばらくぼんやりと天井を眺めていた。眠いんだけれども、まだまだ話したいことがたくさんある。
「そうだ、船で話したことだけど、四人がそれぞれプライベートな時間を持つっていうのは?」
一応は確認を取っておくつもりだった。もう他の三人を見る限り、とってもだけども写真を眺めてストレス解消を図りましょ、という気分ではなさそうだった。うまくいえないけれど、ひとりの時間はどうせ旅行後で十分取ることができるし、四人の時間の方をもっと貴重なものとして扱いたい、そんな気がしていた。僕にしては珍しいことだった。
「いい、俺、そういう気分じゃない」
「同じく」
「俺も合わせるぜ」
三人の答えが同じだったのにほっとした。僕は布団に横たわり、思いっきり伸びをした後、起き上がった。隣の天羽に一言つげた。
「さっきは、悪かったな」
なんとなく謝っておかないとまずいような気がしていた。
「いいってことよ、立村ちゃん。この辺お互い様って奴よ」
──相変わらず、いい奴だよ、天羽は。
けらけらと笑う天羽に、僕は心の中で手を合わせた。本当だったら思い出したくもない、天羽本人の恋愛事情をネタにされ、忘れたい相手のことまで持ち出されそうになったわけなのだから。僕が天羽の立場だったら部屋を飛び出して逃げ出しているに違いない。けど天羽はそんなことしないで、霧島さんの心ない言葉を笑って受け止め、さらりと流した。
天羽の隣に場所を取った難波に声をかけた。
「今夜は言いたいこと、何でも聞くから、言えよ、さっきの分もさ」
「わかった、立村、お前もな」
──やっぱり、難波もいい奴だよ。
まだ完全に機嫌が良くなったわけではないけれども男子たちに対しては、紳士に戻っている。今なら「ホームズ」と呼んでやってもいいような気がする。
一番部屋の奥に寝転がる予定の更科へ、少し大きめに呼びかけた。
「それにしても、いつもあんな風に霧島さんはおとなしくなるのか? 三年間、あの調子でか? 更科、やっぱりお前すごいよ」
「キリコはねえ、とにかくちょっとおだてればあとは何でも言うこと聞いてくれるよ。簡単さ。俺からしたらむしろ、清坂とか近江とか、いくらおだてたって本当のことを一発で見抜くようなタイプの女子とうまくやっている立村や天羽の方がすげえと思うよ」
──まあ確かに、あんなみえみえのお世辞であっという間に機嫌よくなるなんて、霧島さんの方が天然記念物的存在かもしれないな。見抜いた更科はすごいよ。
それぞれ、三人の評議仲間に、照れくさいながらも賞賛を送っておいた。
まだ夜は、これからだ。言葉が溢れんばかりに、咽もとで待ちかまえている。