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第二日目 12

12

 

 


 今夜の旅館は少人数部屋。一部屋四人から五人程度だ。学校側の指示もあって、クラス関係なく仲良しグループでお泊りしてよしとの通達が出た。けれども裏で動いたらしい評議委員グループの手により、

「委員会に参加している者で差し支えない人たちは、それぞれ同じ部屋に固まって泊ること」

 という形に決められて。私は図書局だけど実質は部活と同じだから、委員会とは別扱い。関係ない。あまったD組の女子たちとつるめばいい。美里の場合は評議の三人と一緒の部屋にしなくちゃいけないのだそうだ。評議委員の四人組はもともと仲のいいグループだったけれども、今年の四月からA組の女子評議だった西月小春ちゃんが外れてしまい、代わりにクールビューティーの近江さんが入ることになった。事情もいろいろあって当然、いい顔しない評議のみんな。しかも近江さんときたら、やたらと美里のことがお気に入りで、なにかかしら用事を見つけては美里にくっついてくる。女子同士の「ねえねえ、一緒にトイレいこ」ではなく、男装の麗人っぽいのりで……近江さんはもちろんスカートだけど……「清坂さん、こっちへいらっしゃい」とくるんだから、すごい。別に、あの子は私も嫌いなタイプじゃない。けど、一緒に泊る羽目になったゆいちゃんたちの立場はどうなると私は言いたい。


 それにしてもだ。

 あまり文句言いたくないけど、美里もずいぶん自分の立場がわからなすぎ。

 ──なんで、あの後に仕切りたがるわけ?

 そりゃあ美里はしっかりものの三年D組評議委員だし、いつもみんなをまとめることに力を注いできてたし、ちゃんと実力もついているってことくらい、私もわかっている。でも、昨日の今日だよ。いや、昨夜の今日だよ。もう面倒見切れないよ。

 荷物を持って自分の割り当てられた部屋に向かい、まずはさっさとお風呂にに入る準備をしたかった。昨日泊った旅館とは違って、男子と女子がそれぞれ別棟に振り分けられる格好となっている。夜這いはちょっとむずかしいかもしれない。ここの旅館、温泉が出るらしくって、しかも露天風呂まであるという。中学の修学旅行ごときに温泉だなんて!と怒る先生もいたらしいけど、いいじゃんいいじゃん。

「なによ、こずえなに怒ってるのよ!」

 かばんを持ったまま……美里はダーリン立村に運んでもらったらしいので手ぶら……まずは互いの部屋がどこらへんなのかを確認した。男子たちもさっさと荷物を片付けたらしく、あいている時間を使って見学にきている奴もいる。

「あんたさあ、自分の立場もうすこし理解しなよ」

 さすがに人前で怒鳴るのはまずいと思った。他のD組女子たちがだんだん険悪な気分になっているとこ、普段の美里だったら気付かないわけないと思うんだけどな。

「美里、お寺のご飯の時からそうだったけど、いつもののりで仕切りたがるのやめなよ。あんた、今クラスでどういう風に思われてるか自覚ないよねえ」

「あるわよ、あるけど私悪いことしてないもん」

 ──悪いことはしてないけどさ。

 普段の美里だったら許されるだろう。なんでもできるし頭の回転も速くてしかもおしゃれセンス抜群ときたら。多少きつい言い方をして女子たちに指示を出したっておかしくない。でもだ。美里、昨夜はどこで寝てた? どうして寝てた?

「箸をくばったりご飯盛ってあげたり、そういうことが悪いって言ってるんじゃないの。あんた、一緒にいた子たちがなんであんなむすっとしてたか考えたことあんの?」

「私がむかつくからでしょ。しょうがないわよ。背丈順でわけられるなんて思ってなかったもん」

 今回痛かったのは、奈良岡彰子ちゃんが混じってくれなかったことだ。全部丸く納めるように動いてくれただろう。ご飯を盛るのも、後片付けをするのも、

「いいよ今日は、美里ちゃん無理しなくてもいいよ」

って言ってくれたに違いない。たまたま昼ご飯を一緒に食べたグループは美里と仲の良くないタイプだった。しょっちゅう美里が、

「もう少してきぱき動いてよ! 集合に間に合わないよ!」

とか、

「もっと手伝ってよ! みんな困ってるんだからってば! 男子ばかりに力仕事させるのってよくないと思うんだ!」

 とか、とにかくはっぱをかけていた子たちだった。

 シュチュエーションにもよるけれども、私も美里の言いたい気持ちはよくわかるから、ちゃんと手伝う。けど、美里のようになんでも上手に出来てしまうタイプの子って、わかんないんじゃないだろうか。どんなについていきたくたって、追いつけない、おっかけてもおっかけても逃げられてしまうそういう性格の子が。

 いや、その子たちが別に美里へ文句をびしばし言ったわけじゃあない。ただむっとして、じろっとにらみ返した、その程度のことだ。私からしたら「もっとはっきり言ってすっきりしなよみんな!」と喝を入れたいところ。。いつもだったらその辺でお開きにするんだけど、今回だけはちょっと、そうもいかなかった。

「美里、いいかい、あんたさあ、周りでどう思われているかわかってるよね」

「けど!」

 あえてこの辺できついこと言っておかないと!

「彰子ちゃんがうまくごまかしてくれたけれども、他の女子たちね、できれば美里が生理じゃなくておねしょしててほしいって思っているんだよ」

「はあ?」

 とんがった声で思わず他のクラスの子たちが振り返る。慌てて頬を両手で押えているところみると、そう思われたくないんだろうなやはり。だから私は繰り返す。

「みんなわかってるよ本当のところは。いくら美里が必死こいて隠したって、あんたが初めてのあれになっちゃって目の前真っ暗になっちゃったってことくらい」

「そんな、私」

 また私を責めたそうな顔するので無視してしゃべる私。

「ほとんどの女子はみんな心当たりあることだからね。けどさ、美里、あんたが今までしてきたこと、ゆっくり考えてみなよ。もしあんたじゃなくて、別の子がそうなってたらあんたどうしてた?」

 うなだれてくるところみると、やっぱりわかっているみたいだ。美里は目をそわそわさせた。「たぶん、『誰にでもあることだから、そんなめそめそしてちゃだめ!』とか言ったんじゃないの? それが悪いとは言わないけどさ、他の子たち、正直いって、美里にざまみろって思っているんだよ」

 ──ちょっと言い過ぎたかなあ。

 ──けどそのくらい言わないとなあ。

 恨めしそうににらむ美里にもう少し聞いてもらいたい。今後のためにも。

「あんたのダーリンがしっかりと男子連中押えてくれたからあっちの方は大丈夫さね。けど、女子たちとしてはなんとかして美里を、おねしょ直っていない赤ちゃんみたいに言いたいわけよ。『いつもえらそうに鼻膨らませていた清坂さんも、おねしょが中三になっても直っていないなんてねえ』ってさ」

「私そんなの違うもん!」

「違ったって違わなくたって同じなの! 美里、いいかい、黙ってききな」

 とうとう一喝。周りに何聞かれてももうしょうがない。 

 横を通り過ぎようとしたC組の霧島ゆいちゃんが、心配そうに美里の側に近寄ってきた。「こずえも美里もどうしたの?」

「まあこの機会にね、ゆいちゃんも聞いてくれる?」

「こずえ!」

 周りに何言われようがかまわない。悪いことなんにも思ってないんだし。


「いい、美里。あんたが今まですっごく努力してきたことはわかるよ、なんでもやってきたしさ、できることはなんでもやってきたはずだよね。でもね、あんたが一生懸命にやっていることをできないで、困ってる子だってたくさんいるわけだよ。昨日の夜、あんたがぱにくってる間、うちのクラスの女子たちと話しててさ、思ったよ」

 ──やば、告げ口になっちゃうぞこれじゃあ。

 いろいろ思うところはあるけれども、それこそ悪口陰口のままにしとくのは、私にとっても、美里にとってもよくないと思う。ここんところオープンでいく。

「去年の宿泊研修の時もそうだったよね。使い物になんない立村の代わりに一生懸命だったよ。女子たちの大ピンチを救ったところとかさ、いろいろあるよね。それはわかるよ。けどね」

 めちゃくちゃバスの中で、乙女の口では訴えられない切迫した欲求っていうんですか? すっかりぱにくってしまった私と他数名の女子が、美里の機転によって女の子のプライドを守っていただいたという、ちょっとした話。この辺の話は男子たちにも緘口令が布かれていて、立村もたぶん知らないんでないかと言われている。具体的説明は今回パス。

「けどさ、昨日のあんたの様子見てて、ほんっと赤ちゃんそのもんだって思っちゃったよ。いやさ、ああいう状態の中で冷静になれとは言わないよ。私もあんたがあんなに騒ぐのはしゃあないよって思うよ。でもね、あんなになっちゃったらもう少し他の子のことも考えなよ。思い遣ってやんなよ。今のあんたはね、完璧な評議委員の清坂さんじゃあないの。初めて女の子になっちゃって泣いちゃってる、ちょっと晩生な子なんだって周りの子はみんな思ってるわけよ」

 興味しんしんといった顔で、今度はC組の更科が美里の背後に立っている。本当は同じクラス評議のゆいちゃんに用事があるんだろうな。ちょっとまずいなとは思ったけど、しょうがない言いかけたことを言わないでおいて、便秘になっちゃうのは絶対いやだ。

「だからさ、少しおしとやかにしなよ。今だけは」

 私は曖昧な言葉を捜すことにしてみた。男子にはわからないようにする方法として、お上品な言葉を使う。

「今まで美里にさんざん怒られてきた子たちが、少しは『私も清坂さんより上なんだ、ああいうとこだけは』って思っているんだよ。そう思いたいに決まってるよ。だったら少しは、そうさせてやんなよ。妙に意地になんないでさ。あんたが少しぼろだしても、かえってうまくいくことだってあるんだからさ」

 ゆいちゃんと目が合った。この子、結構勘がいいのだ。

「今夜は評議の子と一緒に泊るんだよね。だったら少し頭冷やして考えなよ。ゆいちゃん、悪いけど少し美里の話、聞いてやってくれないかな。私もちょっとさ、疲れてるのかもしれないし、明日はずうっと美里と一緒の自由行動だしさ。ここでいっぺん頭のお通じをすっきりさせたいんだ」

 ほんっと、これが私の本音。ゆいちゃんはしばらく私と美里を交互に見ていたが、

「そうだね、美里、今夜は一緒に話そ。ね」

 女子限定に見せる笑顔を浮かべてくれた。ありがたや。そんな貴重な笑顔だというのに、美里は思いっきりむくれている。少しはゆいちゃんにお礼言えばいいのにだ。

「あとで、部屋に行くね」

 私を思いっきりすねた眼で見つめると、美里はてぶらのまんま、いきなり廊下の奥へ駆け出してしまった。美里は答えたくない時とか、顔見られたくない時、とにかく走るのがくせだ。ああいう時はそのまま好きなようにさせとくに限る。取り残された私とゆいちゃん、ついでにもの言いたげな更科、三名だけが無言でいた。

 ゆいちゃんが更科を見つけて、笑顔を引っ込めにらみつけた。びびりまくる更科。そりゃ怖いよね。

「あ、あのさ、霧島さま、あの、ちゃんと、男子連中には、話したから」

 なに焦ってるんだか。ゆいちゃんは無表情に更科を見つめると、ほっとため息をついた。

「本当ね」

「もちもち。うちの先生にも釘刺されてる。立村にも、変なこといったらぶん殴るって言われてるから」

 ──なんで立村出てくるの。

「わかってるならいいのよ」

 それ以上ゆいちゃんは、更科に対して返事をすることなく、

「こずえちゃん、一緒にお風呂入ろうよ」

 と腕を取った。

「クラス別じゃあないの?」

「うん。女子棟と男子棟、別々のお風呂だから、広く使えるんだって。学年全員入ってもいいって話だし、美里は今日も、うちの先生の部屋のシャワールーム借りるでしょ」

 ──あ、そっか。美里まだ二日目だもんね。二日目って量が多いからなあ。

 私もいらいら指数が上がりまくってて、そっちの方まで気が回らなかった。あのどふりふりおばば、殿池先生のことだ、美里をうまく丸め込んで、またあの薬臭いお茶飲ませるかなんかするだろう。その辺は放っておいてよさそうだ。

「しかし、ゆいちゃんってほんと、黙ってればいくらでももてるのになあ」 

 何度でも言いたくなる誉め言葉だ。ゆいちゃんの、小柄ながらも、生まれたところはチューリップの花の中じゃあないの?と言いたくなるようなお姫さまぶり。あくまでも口を開かせなければ、の話だが。

「どうでもいい男子にもてたって、嬉しくないわよ」

 ──だからそういう言い方がまずいよやっぱし。

 両手を合わせて見送る更科に聞こえるように、ゆいちゃんは吐き捨てた。


 「修学旅行のしおり」を見ると、確かにゆいちゃんの言うとおりだった。一日目はクラスごとに順番つけて入ることになっていたけれども、二日目は「夕食までに」というお約束のもと、みな好きなように湯船に使っていい湯だなを歌ってろ、って感じらしかった。美里、教えてくれなかったしなあ。私が知っているのは温泉だってことくらいだ。

 同じ部屋の女子たちもてんでばらばらに、仲のいい子たちと一緒に行動してくれたんで気を使わないですんだ。シングルも悪くはない。

「じゃ、先に温泉楽しんできまーす!」

「いってらっしゃーい!」

 私はさっそく、ゆかたと帯、下着とシャンプー石鹸、いかにもお風呂場セットってものを持っていった。評議委員女子四人が一緒に泊る部屋の前に立って、

「ゆいちゃーん、行くよ!」

 と声をかけた。美里とはやっぱりあのあとだと、気まずい。

「お待たせ!」

 開いた戸の中には、ゆいちゃんしかいなかった。美里の大きな肩掛けかばんだけが、床の間の花瓶前にどすんとおかれていた。

「さっき立村くんがさ、持ってたのよ。美里の分だって」

 ──彼女のためってことするのに慣れてきたのかな。

「で、さっき立村くんに話してくるって、どっかいっちゃった」

 ──さっそくデートですか。

「いろいろありそうだけどあのカップル、よく持ってるよね」

 ──そりゃあみな誰もが思うでしょうよ。青大附中の七不思議。

「けど、やっぱり美里にはもっとしゃきっとした男が合うと思うんだけどね」

 ──それは言わないお約束。

 ゆいちゃんはふわふわのソパージュっぽく髪の毛を広げて、数回指先で伸ばした。今日はお下げにしていたのをほどいたらしい。今朝見た時は違う髪型だったと思ったんだけどな。となにげに聞いてみると。

「ほら、お寺で写経にまわされたでしょ。筆ペンで文字なぞっていく時に髪の毛邪魔だと集中できないでしょ。髪の毛お下げにしたほうがすっきりするかなと思って、編み込みにしたの」

 ──そういえば、写経にまわされた奴、南雲も入ってたみたいだよねえ。

 ゆいちゃんといえば、つい南雲のことを条件反射で思い出してしまう。そこらへん通らないかしらん。ゆいちゃんの天然ソパージュ髪は、ちょっぴり短めの「不思議の国のアリス」のアリスっぽく見える。可愛いぞ。

「すっごい似合ってるよ、可愛い可愛い」

「可愛いなんて、意味ないのよ」

 一応はありがと、と言いたげに微笑んだ後、ゆいちゃんは下を向いてつぶやいた。

 髪の毛を洗ったらたぶん、ごく普通のストレートに戻ってしまうだろうし、夕食の時は一つか二つに結んでおかないと先生たちに怒られるだろう。

 せっかくの可愛いゆいちゃんヘアーを他の男子連中に見せびらかしてやりたかったのだけど、残念、ちらっと視線を留めたのは、ゆいちゃんの天敵ひとりだけだった。青大附中の「シャーロック・ホームズ」もどきの彼が、眉間にしわを寄せて何か一言文句言いたげにロビーのところで立ちすくんでいたが、ゆいちゃんは一切気付くことなく通り過ぎた。

 ──あーあ、名探偵、まずは自分の内面を探索しなさいよ。

 私はいくつか、記憶の奥にしまい込んだものを引っ張り出して、B組男子評議委員あてにテレパシーで呼びかけておいた。当然、テレパシーなんて繋がるわけもなく、奴は男子側の棟へ歩いていった。


 女子同士、風呂場で何をチェックするかというと、まずは下着の色とかデザインだ。美里が今回、一番気合を入れて選んだのがそのあたりだと初日に聞いたけれども、いきなりの初潮でもってはかなく夢は費えたってわけだ。しかたない。あまりぶりぶりしたものは好きじゃないので、薄茶ストライブのスポーツブラとショーツ程度にしておいた。これだったら万が一覗かれても、ビキニの水着だと言い張ることもできるから。他の子たちのものも何気なくチェックしてみると、おしゃれに決めている子もいれば、おへそがしっかり隠れるくらいの真っ白いパンツ姿の子もいる。中にはブラしない子もいた。なあんだ、意外とみんな、下着って気にしてないわけね。

「ゆいちゃん、ちゃんと気合入れてきた? 勝負パンツとブラ」

「誰に勝負するっていうのよ」

 薄桃色のそれこそゆいちゃんらしいブラスリップ。このままレースのケープを羽織って、裾の短いネグリジェっぽく着こなしても可愛いと思うのになあ。たぶんゆいちゃんは「可愛い」という表現でもって誉められることを好んでいない。だから、

「いいセンスだよねえゆいちゃんってさ」

 とさりげなくささやくにとどめる。

「しかも、ゆいちゃんってプロポーションいいよねえ」

「胸はこずえの方があるでしょが」

「ボインがいいのか悪いのかは好みにもよるけどさ。ほら二年の杉本さんみたいにあふれんばかりの胸でもさ」

「うん、そうだね」

 私の知っている限り、青大附中一番のビックバストの持ち主は、二年の杉本梨南さんだろう。彼女の初めてのブラを買いに付き合った私が言うのだから間違いない。中一の段階で八十近くっていうのは、ちょっとすごい。もっとも本人にとっては「うっとおしい贅肉です。痩せなくては」とか勘違いしたこと言っていたけれど。

「けど、いくら体つきよくたって、関係ないよね」

 ゆいちゃんは手ぬぐいを垂らすように胸から下をきれいに隠した。しぐさもお人形さんみたい。ほんと、黙っていればいくらでも男子たちが選り取りみどりだろうに。今だに彼氏なしなんていうのがもったいなさ過ぎる。

「意味ないもん、外見なんて」

 また、きつい口調で一言言い切った後、ゆいちゃんはまず室内の大浴場へと向かった。だいぶ色とりどりのポーチが籠の中に放置されている。下着ドロでも来なければ、まあ大丈夫だろう。私はとりあえず下だけ隠して、先に入っていた子たちに手を振った。湯気で最初は目つぶしされ、いかにも温泉腐った卵、というような匂いに顔をしかめたけれども、やっぱり温泉っていい。簡単に汗を流して髪を洗い、一気に飛び込んだ。ゆいちゃんも続いた。うちのクラスでは彰子ちゃんが上がりの少し階段っぽくなったところに腰掛け、胸とおなかをちょこっとさらけ出したまま、おしゃべりをしているのが見えた程度。あとは他のクラスの子ばかりだった。 ゆいちゃんがちらっと彰子ちゃんの方に視線を向け、すぐに逸らした。首までしっかり浸かり、手ぬぐいを髪に巻きつけた。ターバン風に巻き、前髪をきれいに隠している。彰子ちゃんたちから離れた方に正座して、背中を向けた。顔を洗い、ふうっとため息をついた。

「こずえ、いいかげんにしろって思ってるよね」

「なにがよ」

 なんとなく、勘でぴんときたけれど、そ知らぬ振りして尋ね返した。

「私、こんなに執念深い性格だなんて、思ってなかったんだよね。今までは」

 うつむきかげんでゆいちゃんがつぶやく話は限られている。相槌を打った。

「しょうがないじゃんよ。ゆいちゃんだって女の子なんだし」

「だから、悔しいよね」

 たんたんと、でも切々と。

「一年前のこと今だひきずって、なにやってるのさって思ってね」

 ゆいちゃんはもう一度、顔をお湯で洗った。何度も頬のところをこするようにして、ばしゃばしゃと温泉の湯を救いとった。最後に頬を両手でばしっと叩きつけ、

「だからこういう女子って大っ嫌い! 女々しすぎ!」

 といきなり怒鳴った。一瞬だけ静まり返ったけど、また何事もない雰囲気に戻ったのは幸い。私はゆいちゃんの後ろに回って、肩を指先でマッサージしてあげた。


 ──ゆいちゃんは一途過ぎるんだよねえ。

 去年の今頃、ゆいちゃんはC組女子たちの「打倒・奈良岡彰子! 南雲を元彼女の元にもどせ!」運動を押えるのに非常に苦労していた。美里とA組の西月小春ちゃんとが懸命に「お願い! これ以上いじめが始まるのをやめさせて! ゆいちゃんしか説得できないよ!」と頼み込み、複雑な心境のゆいちゃんは懸命に事態を沈静化させたってわけだ。

 ──彰子ちゃんが悪いわけじゃないし、本当だったら南雲を吊るし上げればいいことだったんじゃないのかな。

 彰子ちゃんに惚れぬいた南雲が、かつての派手な恋愛沙汰をすべて捨てて、全身全霊で告白し、「奈良岡彰子を我がものに!」と派手な行動を取りまくり、周りからは大顰蹙。南雲には女性ファンが全学年から多数いて、かわいそうな彰子ちゃんはその女子たちのジェラシーを全身に受けまくってしまった。もっとも彰子ちゃんの「私の周りの人はみんないい人だから大丈夫!」っていう楽観的思考により、なんとか納まったけれどもだ。

 ──女子ってどうしてもそうなんだよね。悪さした男子よりも、相手の女子を恨んじゃうんだよ。

 ゆいちゃんも内心は、彰子ちゃんのことを快く思っていないだろう。

 美里たちに頼まれた以上は嫌な顔をしてはいけない、無表情で通そう、そう決めたのだろう。「ゆいちゃんは強いよ。私、そういうゆいちゃん大好きだよ!」

 あの時のゆいちゃんが、どれだけ傷ついていたかはたぶん、ほとんどの人が気付いていなかったと思う。そりゃあそうだろう。一ヶ月前に告白し全く希望も持てずに玉砕し、次の瞬間同じクラスの女子が彼女に選ばれただけでも辛い。さらにその一ヵ月後、その彼女も振られ、自分の全くライバルとも思っていなかった相手に熱を上げられてしまう。最後にそのライバルをかばってやってくれと頼まれる有様。これが悔しくないとどうしていえようか! と私は強く訴えたい。

 ──美里ももう少し考えたらよかったんだよ。ゆいちゃんに頼むのは考えもんだよって。

 ──だって今だにゆいちゃんは。

「ありがとね、こずえってどうしてなんだろうね」

「なにがよなにが」

 ゆいちゃんは水の滴る顔を向けてつぶやいた。

「羽飛はどうしてこずえちゃんのよさ、気付かないんだろうね。ほんっと男って馬鹿だよね」

 ──ありがと、ゆいちゃん。そのお言葉だけで、マッサージ代十分いただきました!

 お互い、届かない恋をしているもの同士、連帯感があるのかもしれない。美里はさておいても、ゆいちゃんや小春ちゃんと私がよくつるんでおしゃべりし、恋の相談を持ち掛け合ったりしたのは、やはり同じ失恋組だったからかもしれなかった。もっとも小春ちゃんが口利けなくなるくらいのダメージを受けるとか、ゆいちゃんがライバルのために力を注がねばならなくなったりとか、あまりにも悲惨な結末を迎えているのに、私はひとりのほほんと片想い続行中。露骨に振られ、チョコレートも突っ返されているけれども、なんだかんだ言ってお友達ではいてくれている。恵まれているのは私の方だろう。少なくとも、「好きでいる」ことを拒絶されてはいない。それだけでもたまらなく、羽飛っていい奴なんだと思えるひとつの理由だった。

「ゆいちゃんさあ、やっぱり新しい恋をしようよ。いくらでもゆいちゃんの超プリティーな魅力にいちころの男子は転がっているよ」

「だからそういう馬鹿な男子なんか相手にする気なんてないの!」

「こういっちゃあなんだけど、南雲もそんなかっこいいとは思えないよ」

 彰子ちゃんには聞こえないように心して。

「こずえは羽飛が一番なんだからしょうがないよ」

「へへ、それはご名答」

 今度は拳骨で肩を叩いてあげた。

「けど、ゆいちゃん」

 リズムよく、「ゆいちゃんお肩を叩きましょ!」と歌いながら私は続けてみた。反応を知りたいひとつのこと。

「約一名、ゆいちゃんにベタぼれの男子がいるよ。ゆいちゃんさえOK出してくれればすぐ、私めが愛のキューピットさせていただきまーす!」

「よけいなことしないでいいの! 私、そんな切り替え早くないんだからね!」

 ──そうだね、人のこと、言えないか。

 私はそれ以上よけいなことを言わないで、ゆいちゃんにマッサージサービスを施しつづけた。 

 あらためて女の子らしい体の魅力について再考させられた私。

 今度はもう少し、プロポーションよく見える下着を選ばないと、と反省しきりだった。ゆいちゃんってやっぱり、きついことさえ言わなければ童話の中のお姫様そのものなのに。浴衣に着替えて、きちんと髪の毛をお下げに編み込んでいる姿に見とれた。

「じゃあ、美里のことなんだけど、お願いしていいかなあ」

「うん、わかった。大丈夫だよ。美里、落ち着いたらちゃんと話聞いてくれる子だし、それにね」

 ゆいちゃんはさっさとスリッパを履いた。ちょっと厳しい顔をした。

「食事が終わったら、評議委員全員集まって、ミーティングやる予定なんだ」

「ふうん、それは公認なわけ?」

「ううん、立村くんの指示みたい。夕食終わったらどうせ暇だし、夜九時半までは男子棟にも出入り自由みたいだし」

 それは知らなかった。いろいろ評議委員も修学旅行中お忙しいのだろう。

「そこで立村くんと顔を合わせたら、少しは落ち着くんじゃないかなあ。あ、それとね」 ゆいちゃんはもう一つ付け加えた。「うちの更科日記にも命令しといたけど、美里のこと、もしなんか男子たちがからかうようなことしたら、今度は私が制裁加えるからって言っといたの。だから大丈夫」

「制裁っていったい」

 やることがこの子、過激だ。用心して聞く。

「やった奴、私の手ですっぱだかにして、ざんげの札ぶら下げて廊下歩かせるの。もちろん女子の部屋の前よ」

 ああ、この顔、このお下げ髪で言わないでほしい。ゆいちゃん、やっぱり黙っている方が絶対いいと、私は思う。

 それぞれの部屋の前でゆいちゃんと分かれため息をつく。

 ──女子の恋って複雑だよねえ。

 本当だったらいくらでも、私が面倒を見てあげたいのだ。特にゆいちゃんに関してはいろいろ事情も知っているし、可愛くて大好きだし、幸せな恋をしてほしいと思っている。黙っていてもダーリン立村にほれ込まれている美里はとりあえずそのままにしておいてもだ。


 南雲は確かに派手で目立つ。私らの学年女子たちが一目見るなり熱に浮かされたようにファン倶楽部をこしらえ、告白合戦になったりしたのはわからなくもない。私や美里のように最初から全く問題外、という扱いをしている女子は少なかったんじゃないかとも思う。私が南雲に関して「いい奴だ」と認識したのは、やっぱり二年に入ってから奴が立村とつるむようになり、その繋がりでしゃべるようになってからだろう。外見では全くタイプじゃなかった。私も相当の面食いだと思うけれども、だ。かっこいいタイプの男子に恋することはちっとも珍しいことじゃない。むしろ謎なのは美里の立村好みってところだけれども、この辺は「謎」ってことで片付けてよしだ。

 競争率が高すぎて振られてもそれはしかたない。だって南雲はひとりしかいないんだから。光源氏の女人たちみたいな立場でもよければ話は別だけども、ゆいちゃんだってそんなことは望んでいなかっただろうし。

 ゆいちゃんが今、辛いのは、きっとあきらめきれないからなんだろうと思う。

 ──どんなに自分に気がないってわかってても。

 ──告白したこと自体、覚えられていなかったとしても。

 ──一度好きになった相手、そう簡単に忘れられるものかって。

 だって、私だって同じなんだから。羽飛にいくら

「悪い、お前のだけは受取れねえわ。悪く思うな。ほんっとこれが俺の誠意なんだっつうの」とチョコレートを突っ返されても。他の男子に目を向けろって言われても、たぶんそんなこと無理だって言うに決まっている。ゆいちゃんにとって南雲って奴は、たぶん、そういう存在だったんだと思う。

 けど、今の南雲状況を見る限り、彰子ちゃんとのらぶらぶ関係が解消される可能性はほぼ、ゼロに近い。あんなにめろめろになって彰子ちゃんを想う南雲の姿を見てあらためて、彰子ちゃんパワーのすさまじさを思い知らされた。前向きに笑顔、それさえあればゆいちゃんの抜群なプロポーションが勝負をかけたとしても、あっさり切り捨てられてしまうだろう。つまりそれだけ、彰子ちゃんへの想いは強いわけだ。叶わない恋だとゆいちゃんだってわかっているはずだ。

 ──けど、ゆいちゃんあまりにも今の状態はかわいそう過ぎるよ。

 ──ほんと、立ち直らないと辛すぎるよ。

 美里も本当に残酷なことをしたもんだと、今になって思う。もちろん彰子ちゃんのためを思って頼み込んだことなんだろうけれど、

「瞬時に振られて忘れられ、ライバルを救うために力を注げと命令される」

 そんな理不尽なことを要求されたゆいちゃんの気持ちも少しは考えてほしいもんだと思う。

 ゆいちゃんはえらかった。ちゃんと頼まれた通り、頭を下げて、C組女子たちを押えたらしい。どんなこと言ったかは知らないけれども、夏休み前までには彰子ちゃんへの悪口、いやがらせはあっさりやんだ。「ブス・デブ・南雲くんになんて似合わないよ」だいたい三つのパターンの悪口だったっけ。本当に悔し泣きしながら悪口言いたかったのは、本当のこと言うと、ゆいちゃん本人だったんではないかと改めて思うのだ。


 今でも覚えている、ある日の光景。

 確か二年の夏休み直前。夏服のゆいちゃんはC組の教室からぼんやりと、外を眺めていた。

 教室には誰もいなかったし、私もゆいちゃんと友だちだったし、断りもなく入っていって声をかけた。

「何見てるの?」

「今、通ったんだ」

 ゆいちゃんが答えたのは一言だけだった。視線の向こうには、南雲と彰子ちゃんが仲良く砂利道を歩いていく姿。ちょうど南雲がデートにこぎつけて後、無事にふたりで仲良く登下校するようになった頃だった。遠目から見ても、南雲と彰子ちゃんとの体格差はあらわだった。鉛筆と筆箱を立てて歩いているって感じだろうか。彰子ちゃんごめん。でも本当にそうとしかいえないカップルだった。

「ゆいちゃん、ファイト!」

 それしか言えなくて、私はさっきみたくゆいちゃんの肩を軽くマッサージしてあげようと手をかけた時だった。


「ふうん、次期規律委員長さまのお通りか」「難波くん!」 注目。この時はまだ、難波のことをゆいちゃんは「くん」付けで呼んでいた。

 いつのまにか背後に忍び寄ってきたらしい。青大附中の自称シャーロック・ホームズのくせに、人間心理を全く読めない困った奴。理屈っぽいところだけが推理小説の影響ありかっていう、少々暗めの顔をした男子だった。B組男子評議ということもあり、私とも顔見知りだった。が、私の方なんて全然見もせずに、ゆいちゃんの方にわざわざ回り込んでいった。正面から見据えようとしたわけだ。思わずゆいちゃんが一歩退いた。

「何なのよ! 宿泊研修のこと?」

「あいつも見る目あるよな」

 全くゆいちゃんの質問に答えることなく、難波の奴、目線を歩いていく南雲・彰子カップルに向けたままつぶやき続けた。「知ってるか。奈良岡って外見は相撲取りだけど、性格がパーフェクトで、他の学校ではファン倶楽部が出来てるらしいぞ。南雲が焦って奪いに勝負に出たんだと」

「ふうんそれが」

 いかにも攻撃したそうな難波の口調に、ゆいちゃんがわざと無関心を装おうとした。ちらりと難波も顔をあげ、ゆいちゃんに向かって舌打ちをした。

「やっぱり、女子は性格なんだ。わかったか」

「はあ?」

 これは私の相槌だ。一切、難波、無視。

「女子は性格良くて、暖かくて、男を立ててくれる子が一番いいってことだ。顔なんかどうだっていいんだってこと、覚えとけ」

「はあ? ちょっと頭やられたんじゃないの、暑くって」

 この時、ゆいちゃんは何も言い返そうとしなかった。私としては女子の端くれ、このあたりの暴言を見逃すわけにはいかない。

「なあにが『男を立てて』だって? なあにが『顔なんかどうだって?』だって? それってまず彰子ちゃんを誉めているように見えてかなり貶してるし、目の前にいるゆいちゃんを思いっきりばかにしているってことじゃないの? なにがホームズなんだかあんた、意味不明じゃん!」

 ここまで文句を言ったにも関わらず、妙なことに難波は一切ゆいちゃんから視線を逸らさなかった。私の反撃を聞いているのか聞いてないのかわからないけれども、しばらく浅黒い顔をじっと向けて、唇を何度か震わせるようにして、

「言っとくがな、南雲は霧島のことなんか覚えてないぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなよ!」

 相当憎憎しげに私には見えたけれども、本当のところはどうだったんだろう。難波は指をまっすぐにゆいちゃんの胸元へ指すようなしぐさをした。

「南雲は、自分が惚れた女子以外、全く、関心ない奴だ。付き合いかけられた女子多すぎて、顔、全然覚えていないんだそうだ」

 突如、難波の目が正気にもどった。かくんと二歳くらいがきっぽい真ん丸い目になったかと思うと、いきなり私の顔に気がついたらしく、慌てて廊下へ飛び出していった。

 取り残されたゆいちゃんは、いきなりしゃがみこみ、口を覆った。しばらくそのままでいたが、すぐに立ち上がり、

「もう大丈夫。帰ろう」

 とだけ言った。私が一方的に難波ホームズの悪口をまくし立てている間も、何も言わなかった。美里から聞いたところによると、それから冬休み半ばまで男子評議委員とのいざこざはほとんどなかったらしいとのことだった。ゆいちゃんはそれまで、難波の暴言を心の奥に隠してきたのだろう。ゆいちゃんが難波を「くん」抜きで罵倒するようになったのは、二年三学期以降のことだったと聞いている。


 いろいろな出来事が絡み合い、評議委員会事情のよしなごとを美里や立村から聞き知ったりして、たどり着いた私なりの結論。

 一年前の夏と同じまなざしで、さっき廊下ですれ違った時も、難波はゆいちゃんを見つめていた。思い出していくうちに一番、問題を悪化させた原因は私にあるのでは、と思わず焦った。

 ──うわ、そうだよそうだよ。いくらなんでも他のクラスの女子がいてさ、言えないよね。


 ──南雲は、自分が惚れた女子以外、全く、関心ない奴だ。付き合いかけられた女子多すぎて、顔、全然覚えていないんだそうだ。

 あの後にもう一言、難波は言うべきだったんだと思う。

 ゆいちゃんを真っ正面で指差したまま。

 

 ──俺も自分が惚れた女子以外、全く関心ない奴だ。

って。

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