六話 闇より照らされし想い
いつの間にか昼時を過ぎていたようで、一人茶室へと残るつむぎの腹からは、まるで産声のように唸りが上がっていた。お茶を飲んだり寝転がったり腹筋をしたりと、思いつく限りの手法でごまかしてはいるようだ。
ふいに襖が開くと、つむぎが待ちに待っていたその時がやってきたようだ。
「お料理が出来ましたわ、つむぎ様」
待ってましたとばかりに振り向くつむぎの目には、料理の乗せられた大きな四角のお盆を持ち、ニコッと微笑むあかりの姿があった。
つむぎの腹の虫が鳴き出した所で、あかりが昼食を作りに行っていたのだった。
黒色の漆塗りをされた木製のテーブルに並べられたそれは、主菜が山菜の天ぷらや肉と野菜の炒めもの、副菜が鯉の刺身や漬物、汁物が鯉のあら汁と、つむぎにとっては見たことも無い豪勢な料理の品々だった。
つむぎは目を輝かせると本能に任せるかのように無造作に箸を掴み取り、大盤振る舞いされた料理の極致へいざ参らんとするが、ふと箸を持つその手を止めた。それは、料理を並べては空になった二人の湯呑にお茶を注いだあかりが、両手を合わせて静かに呟いたからだ。
「いただきます」
つむぎはその姿を見ると静かに箸を置いて背筋を伸ばし、一つわざとらしく咳をしてから同じ言葉を口にした。
「……いただきます」
まずは一つ。つむぎは天ぷらを箸の先でつまんでは、ゆっくりと口元へ運ぶ。そしてパクリと包み込むやいなや、目を丸くしては驚愕の面持ちを浮かべた。
その後はまるで獲物を得た飢えた野獣の如くがっつき、何度もお茶をおかわりしては夢中で料理を口へと運んだのだった。
あかりは自分の手料理を口にするそんなつむぎの反応を目にすると、一つ笑みを纏わせた後に静かに箸を動かした。
丁寧に、物静かに、礼儀正しく料理を口にするあかりの姿は、さすが温室暮らしのお嬢様か、その育ちの良さを雄弁に物語っていた。
「ふー、食った食った……こんなうまいの初めて食ったな。あかり、お前料理うまいんだな」
十分に腹を満たしたつむぎは足を伸ばしては後ろに手をつき、後方へと頭を垂らしている。余程満足したのか、その表情はまだ余韻を感じているようだ。
まだ食事中だったあかりは、もぐもぐと動かしているその口元を隠すように、ピンと伸ばした白く細い五本の指先を唇へと添えた。
「お口に合いましたようで嬉しゅうございます。小さな頃からお料理やお稽古を付けられていましたので、大抵のことならこなせる作法を身に着けております」
「すげーな」
程なくするとあかりも料理を食べ終えたようで、後片づけを終えると食後の口直しか、急須の中の葉を入れ替えては新しくお茶を注いでいた。
テーブルを囲んで向かい合うようにお茶を口にする二人。すると、あかりがおもむろに口を開き出した。
「つむぎ様、私もお供させてください。……自分の弱さを重々存じていますので、足手まといになるかもしれないのは分かっております……。しかし、私はつむぎ様に付いていきたいと思うのです。微弱な力しか扱えませんが、身の回りの世話くらいは出来ましょう。その……だめ、ですか?」
眉を八の字に垂らし、上目遣いで見つめるあかり。
つむぎはお茶を一気に飲み干すと、テーブルへ置いては真剣な面持ちで見つめ返した。
「言っただろ、俺がお前の希望を繋いでやるって。お前が離れていかない限り、俺はそばにいる。それに……ばあちゃんが”星の一族”を訪れろって言ってたんだ、何かあるのかもしれないしな」
「で、ではっ――!」
テーブルに両手を付き、あかりは目を輝かせて体を乗り出した。
「あぁ。一緒に行こう、あかり」
優しい瞳でそう返すつむぎの言葉に、あかりは胸の前で両手をパチンと合わせ飛び切りの笑顔を放つ。
「はい!」
つむぎが軽めに微笑み返すと、おもむろに横になっては少しうなる声をあげた。なにやら少し困った表情だ。
「ん~……しっかし、ご先祖様探すったってどうすればいいんだ? 漠然とし過ぎてイマイチ何をしたらいいのかが分かんねぇ。……あかり、何か知らないか?」
つむぎの言葉に、あかりは若干下を向いては目を瞑って首を横に振った。
「そうかぁ……やばいな、いきなり詰んだぞ。当ても無く三年間彷徨い続けてその結果見つけられませんでした滅亡パターンと、このまま二人で有意義な三年間を送って滅亡するパターンの二つを考え始めちゃったぞ」
「どちらの滅亡がよろしいのでしょうねぇ……」
気を紛らわすために言ったつむぎの冗談を、細い人差し指を顎に当てて真剣に悩むあかりだった。
「滅亡は確定かよ、お姫様。そうならないように”隠れる神”を探すわけだけど……はぁ、ばぁちゃんが生きてたら何か知ってたかもしれないのになぁ」
「……あ!」
開く手で口元を抑えながら、ふとあかりが声を上げた。
「まだ幼い頃、庭にある蔵に入っては遊んでいたんですけど、ある時隠し扉を見付けたんです。その扉の先には地下へと続く階段がありまして、一つの部屋に辿り着いたんです」
「へ~、それで?」
「そこには銀色の鎧が保管されていて、幼いながらも私にはそれがなんなのか理解できました。それは”星の一族”の初代筆頭が身に着けていたとされる物だと。伝承では五百年前の災いの後、銀色に輝く鎧を纏いし女騎士が立ち上がったと聞き及んでおります。茶色がかった髪色の女性で、とても誇り高く高貴な人物だったようですわ。もしかしたら、つむぎ様のお家にも過去の遺産が隠されているということはありませんか?」
「ん~隠すようなところはないと思うけど……そう言われると、まともに家を探ったことなんてないな。何か手掛かりがあるかも……ってことだな?」
「左様でございます」
つむぎは立ち上がると、それに答えるかのようにあかりも立ち上がり、二人は視線を交わして一つ頷いた。
ボロボロの草履に一つの手桶、玄関と思わしき薄暗いその空間で、外へと面する扉が急にガタガタと音を立てて震え出した。強引に開け放たれた扉の先で外に立つのはその家の主、つむぎだった。その後ろには目を輝かせて家の中を覗き込んでいるあかりの姿もある。
「悪いな、こんなボロくて汚い所に連れてきて」
「とんでもありません! ここはつむぎ様とおばあ様の大切なお家です。柔らかく包み込まれるような愛情の想いを感じます……いい家ですね」
「そ、そうか」
胸の前で開く両手を合わせ、まるで家をその全身で感じ取っているかのあかりの言葉に、つむぎは照れくさそうに頭をかいていた。
「よし、家の中にあるかもしれない隠し扉を探す。あかりも手伝ってくれ!」
「はい!」
それからは二人による家宅捜索が始まった。床面を念入りに探すようで、大きな荷物や椅子を退かし、ベッドの下など細かい所まで目を届かせていた。
あかりはたまに現れるいたずらネズミに悲鳴を上げたり、頭に蜘蛛の巣を引っ掛けてはキャーキャーと騒いだり、煙のように舞う埃に咳をもらしたりなど一人百面相を行っていた。
手分けして探す二人は、床を這いながら徐々に一つの部屋へと進んでいき、接近していることにお互い気付かないまま勢いよく頭と頭で正面衝突を引き起こした。
「ぐはぁっ」
「うぅぅ……ごめんなさい」
ペタンと座り込む二人は、片目に薄っすらと涙を浮かべて頭を擦っている。そしてお互いが視線を交わすと、クスリと小さな笑いを零し、解けるように大きな笑いへと変わっていった。
「あっはっは! お前、結構頭硬いんだな」
「む。そんなことありません! これでも柔軟に働く方ですわ」
「はは、違いない」
笑い涙を浮かべては目を擦るつむぎに、あかりは頬を膨らませて視線を外していた。
「それにしても見つからないなぁ……元から隠し扉なんてないのかもな。そもそも俺の一族に隠すようなものがあるのかすら分からない。当の先代がどっかに隠れてるくらいだしなぁ」
「初めてこんなに探すということをしましたけど……思ったより大変だと分かりましたわ」
小さく肩を落とすあかりだったが、つむぎはそこの言葉に何かを思い出したようにハッと顔を上げた。
「そういやこんな時、昔ばあちゃんが言ってたな」
ギイギイと、ゆりかごのように大きめの木の椅子を揺らしながら座る老婆。つむぎの祖母である彼女の傍らには幼い頃のつむぎの姿がある。
老婆はつむぎの頭に優しく手を添えると、静かに語り出した。
「いいかい、つむぎ。隠れた物を探し出す時には、ただやみくもに探っても見つからないもんなんだ。そりゃぁそうさ、見つからない為に隠してあるのだからね。だから隠す側の気持ちになって考えるんだ。そうすればきっと……答えに繋がるはずだよ」
過去の記憶を思い出したつむぎは、おもむろに立ち上がると大きな椅子の前に足を進めた。その椅子はかつて、つむぎの祖母が愛用していた物だった。
「ばあちゃんが俺に何かを託すとしたら、変に隠したりはせずにすぐ見つけられる場所にきっと置く。ここに何もないとしたら、後は本当に何もないと思う」
つむぎはそう呟くと、目の前の椅子に敷いてあるくたびれた座布団のような物を取り払った。
「……どうやら当たりみたいだな」
取り払った座布団の下、そこには半分に折られた一枚の紙があったのだった。つむぎはそれを手に取っては開き、あかりも横に付いては覗き込んだ。
『つむぎへ。
これを読んでいるということは、おそらく私はもうこの世にいないだろう。
つむぎ、お前は立派に成長した。自分では分からないだろうけど、ばあちゃんはお前を誇りに思っているよ。最愛の孫に看取られて、これ以上の至福はないだろう。
もし困ったことがあれば星の一族を尋ねなさい。それでもどうしようもないときは、七つある神之塔を巡りなさい。
つむぎ、強く生きるんだよ』
つむぎが手に持つ祖母の手紙には、静かに零れ落ちてきた数滴の小さな滴があった。
あかりは微笑みながら、涙ぐむ目を袖で拭っている。
「手紙からおばあ様の優しい温もりを感じました。私の心は、とても暖かく包み込まれているかのようです。つむぎ様……おばあ様は命の灯が消えるその時まで、あなたを心から愛していましたよ」
「そうか……。お前は死者の想いを感じ取れるんだったな……。ありがとう」
俯いたまま静かに微笑むつむぎ。
遥か遠い場所に行ってしまった祖母というたった一人の家族の最後の想いは、もう会うことが出来ないゆえに闇の中へと消えてしまっていた。だが、その想いは今、あかりを通して確かに照らし出されたのだった。
「ばあちゃんが最後に残してくれた架け橋……吉と出るか凶と出るかも分からないけど、俺はこの想いを繋げようと思う。それが、今生きる俺達に出来ることだと思うんだ」
「はい! 参りましょう、つむぎ様」
つむぎが手に持つ祖母が託した最後の手紙、そのメッセージの最後には続きがあった。それは七つの不思議な紋章。
”二重丸、四角、三角、狼、炎、羽、雷”を現していた。




