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繋ぎ手と照らし手  作者: ビッグツリー
序章
4/9

四話 出会う二人

 天使と遭遇したその日の夜、一枚の薄い布を腹の上に申し訳程度にかけた男は、両腕を頭の後ろに組んでは天井を見上げていた。久しぶりに聞いた”隠れる神”というフレーズ。それは昔、まだ祖母が生きていた頃に聞いていた話だった。






 古ぼけた木製の大きな椅子に腰かける老婆。パチパチと暖炉にくべた薪が小さく音を立て、淡く燃える炎が優しい光源となってその場を照らしている。その老婆の傍にいる少年は、子供の姿の当時の男だった。


「ばぁちゃ~ん、毎日体を鍛えて何か意味あるの?」


 肩を垂らし、不満そうな表情で老婆へ語りかける少年。老婆は優しく微笑むと、少年へと視線を合わせた。


「折れない意志を持ち続けるのにはね、まず体も鍛えないといけないんだよ。心と体、両方の強さがあってこそ、大切なものを守れる本当の強さになるんだよ」

「僕達は”破滅の一族”なんでしょ。守るんじゃなくて壊すほうじゃん。だからみんなに嫌われて、こんな山奥に住んでるってばあちゃん言ってたじゃん!」


 老婆は口を尖らせる少年の頭に手を添えては優しく撫でている。


「強さはお前を守ることにもなるんだよ。そしていつかきっと、心から守りたいと思える大切なものが見つかるはずだよ。それにねぇ……」


 老婆は少年から視線を外し、どこか遠くを見るかのように虚空を見つめた。


「わたしゃ思うんだ……。ご先祖様もきっと、何かを守りたかっただけなんじゃないのかってね……」

「そんな昔の人のこと分かんないじゃん! 神様になるくらい強かったなら、僕達こんな生活してないじゃん! おとぎ話のようなものだって聞いたよ!」


 老婆は再び少年へと視線を合わせると、少年の小さな両手を握っては微笑んだ。


「確かに今ではおとぎ話のようなもんだろうねぇ……だけどね、しっかりと血は受け継がれている。それはお前にも力があるから分かるはずだよ」

「なんの役にも立たないよっ――! こんな力」


 少年は握られる両手を強引に振りほどくと、下唇を噛んでは泣き出しそうな顔をしている。老婆は背もたれに深く背を預けると、一つ息を吐いては微笑んだ。


「お前は……過去の一族の中でも特に力の遺伝が弱く、一つだけしか受け継がれなかった。だけどね、それは決して血が薄いというわけではないんだよ。お前の『結合』の力は、紛れもなくご先祖様から受け継いだ大切な力だ。きっと役に立つ時がくるはずだよ」

「……他のご先祖様みたいに、僕もいくつか力を受け継げれば良かったのに……」


 機嫌が戻らない少年に、老婆はあることを口にする。


「もし困ったことがあったら、”星の一族”を頼りなさい」

「え、”星の一族”って、仲悪いんじゃないの?」


 老婆の言葉に、少年はきょとんと目を丸くしている。


 五百年前に星が落ちる寸前となった大きな災い。その元凶と伝承される一族の初代先祖は、その後破滅をもたらす者として”破滅の一族”と忌み嫌われた。その一方で、大きな災いの後世界を救済する者達が現れた。その者達は、星を守る者として”星の一族”と称えられるようになったのだ。全く逆の意味合いを持つ両一族は、お互いに干渉せずにひっそりと暮らしていると少年は老婆から聞いていたのだった。



 老婆は優しく微笑むと、一つだけ呟いた。


「きっと、大丈夫」


 




 男はハッと目を開けると、そこにはいつもの見慣れた天井が映っていた。体を起こし、ヒビ割れた窓から空を見上げ、そして呟くように一言零れ出た。


「”星の一族”か……」






 朝になると、いつもの騒がしい目覚まし時計は音が鳴らなかった。男は普段通りに歯を磨き、水で顔を洗っては両手で頬を叩くように挟んだ。


「よしっ」


 立て付けの悪い扉を耳障りな音を立てながら強引に開けて外に出ると、少しだけ零れ出す日の光を浴びて背筋を大きく伸ばしている。そしていつもの下り道ではなく、別の方角へと足を進めて行ったのだった。






 とある山の中、鬱蒼と生い茂る草や木々をまるで感じさせないほど素早く移動する一つの人影があった。それが通り過ぎた後の草は一瞬間を空いてから激しくなびき、無数に存在する木々はその枝から枝へと移り進む人影の足場となっていた。


 頂上には大きな屋敷が存在し、それを見渡せる近くの枝に止まるように人影は現れた。それは少し前に家を出た男の姿。枝の上に片膝を立てて止まり、屋敷を見下ろしている。


「あれが”星の一族”の隠れ家か。隣山ってばあちゃんから聞いてたけど、思ったより近かったな。……ん?」


 男は見下ろす屋敷に違和感を覚えた。なにやら聞こえる金属同士がぶつかり合う音、悲鳴のような声、不穏な雰囲気を感じ取った男は、その場から移動するように姿を消していった。






 屋敷の裏庭、そこには刀を持った賊が一人その屋敷の者であろう人物に斬りかかっていた。


「お~い」


 賊は気の抜けたような謎の声を捉えるなり、すぐさま声のした後ろへと振り返った。そこには薄汚れた格好の男が立っている。


「なんだお前!」

「通りかかりの者です」


 男は至って普通に答えたつもりだったが、その態度をバカにされたと感じた賊は怒りの形相を放ち、男に斬りかかった。


「舐めやがって!」


 振りかぶる刀が男へと直撃する刹那、男は避けそうともせずに一発の裏拳を賊の左頬へと綺麗に当てた。その瞬間、まるで重力など感じさせないかのように吹き飛ぶ賊。一直線に林の中へと消えて行っては、たった一発の裏拳で気を失ったのだった。


 少し痛みが走ったのか、裏拳を放った右腕を軽く振りながら歩く男は目の前を颯爽と走り抜ける二人の賊の姿が目に入った。なにやら慌てて逃げ出すその姿に、賊の来た方へと視線を向けると一人の少女が視界に映ったのだった。


「あ……」


 咄嗟に出てしまった声、当然気が付かれて男へと視線を向ける少女の目は、真っ赤に腫れて頬には涙を伝わせていた。


 少しバツの悪そうに頭をかきながら少女へと近寄る男は、草履のまま縁側へと上がり、そのまま部屋へと足を進ませた。そして、賊にやられたのであろう中年の男女の姿が少女の目の前に横たわり、男もそのすぐ傍へと歩み寄った。


「あ、あなたは?」


 涙を浮かべる瞳で困惑の表情を見せる少女に、男は膝を曲げてしゃがみ込むと、泣き崩れていた少女へと目線を合わせた。


「俺は……つむぎ。これお前の親か?」

「えっ、あ、はい……そうです……」


 下を向いて認める少女を尻目に、その言葉を聞くやいなや、つむぎは両手を大きく二回打ち鳴らし、顔の前でそっと両手を合わせた。


 そしておもむろに立ち上がると、きょとんと目を丸くしている少女を尻目に、息を引き取って倒れている二人の襟首を無造作に掴んでは引きずり出した。


「ぶ、無礼者! 父様と母様をどうする気ですか!!」


 亡者を、しかも他ではない両親を無下に扱われた行動に、少女は立ち上がっては怒りの形相で睨み付けた。

 つむぎはピタリと立ち止まると、首だけを横に向けては横目で声を返した。


「”星の一族”ってのは、死者を大切に想うんだろ? だったらいつまでも寝かせとくわけにはいかないだろ。埋葬して、お前の両親を弔ってやるんだ」


 そう言い捨てて、つむぎは再び歩き出した。

 少女は心に何かを打ち付けられたように固まっていたが、すぐに我に返るとその後を追って走りだした。


「わ、私もやります!」






 表にある庭の一角、そこに埋められていた観賞用の木をつむぎは強引に引き抜くと、穴の開いた柔らかい地面を素手で掘り返していた。少女も向かい側にしゃがみ込み、袖を捲っては同じく素手で地面を掘り返そうとしている。


「おい、スコップか何か持ってきたらどうだ」

「構いません!」


 つむぎの言葉を一刀両断する少女。

 その言葉に投げやりではなく強い意志を感じ取ったつむぎは、それ以上何も言わなかった。


 しばらく地面を掘り返し、それなりに大きな穴が出来始めていた。つむぎは目の前の少女へと視線を向けると、こんな作業は今までしたことないのだろう――少女は額に汗を浮かべては必死の様子で下を向いて掘り続けている。真っ白な肌の手と腕は泥だらけになり、時折額や頬の汗を手で拭っていることで整った顔も真っ黒になり、身に纏う上品な着物もすっかり汚れてしまっていた。しかしそんなことを気にも留めない様子で、ただ必死に、真っ直ぐに、両親の為に地面を掘り返す少女をつむぎは黙って見つめていた。



 それからしばらくして十分な大きさの穴が出来上がると、つむぎは少女の両親と他にも息を引き取った家の者全員を穴の中に入れ、器用に石を擦り合わせては火を起こして火葬した。真っ赤に燃え上がる炎からは、時折黒い煙が立ち上り激しく燃え盛っている。


 少女は膝を抱えしゃがみ込むと、俯いては静かに泣いていた。つむぎは声をかけずとも少女の傍に立ち、燃える炎をただじっと見つめるのだった――。




 どのくらいの時間が経っただろうか、肉体的にも精神的にも疲労していた少女はそのまま眠ってしまったようだった。顔を上げると穴のあったはずのそこは綺麗に土で埋められ、その上には大きな石が乗っていた。


 ちょうど終わったところなのか、石の横ではつむぎが手を叩いては汚れを落としている。


「お、目が覚めたか。今終わった所だ」

「全部、あなたが?」

「あぁ、他に誰がやるんだよ」


 少女はゆっくり立ち上がり、大きな石に向けて両手を合わせた。

 

 程なくすると顔を上げ、つむぎに向けて大きく頭を下げ始めた。


「両親と、家臣の者を弔って頂きありがとうございます。きっと皆も救われましょう。それと……先ほどは無礼者との失言、申し訳ありませんでした。非礼を詫びて、お礼に私に何か出来ることがあれば遠慮無くおっしゃって頂けると助かります」


 つむぎは頭をかきながら少女に近寄ると、それに気が付いた少女も顔を上げた。――のだが、その瞬間につむぎは少女の額にデコピンを放った。


「きゃっ! な、なにを――」


 痛みに片目を瞑りながら額を擦る少女を尻目に、つむぎは顔を覗き込んでは口を開く。


「礼をもらう為にやったわけじゃない。俺がそうしたいと思ったからやっただけだ」


 きょとんとする少女に、つむぎは頭をかいては視線を逸らす。


「そうだなぁ……その堅苦しい話し方はやめてもらえると助かる。それと風呂だな、俺もお前もだいぶ汚れちまってる」


 少女は自分の姿へと目をやると、目を丸くしては今頃気が付いたようだった――。






 とある茶室のような部屋で、つむぎと少女は向かい合わせになるように畳へと腰を下ろしていた。風呂が沸くまでの間、少しお互いの話をするようだ。


「そういやお前の名前をまだ聞いてなかったな」


 上品に両手で持った湯呑を口に付けている少女は、つむぎのその言葉に目を大きくさせる。


「ご、ごめんなさい! 私はあかりと申します。どうぞお見知りおき下さい」


 テーブルの上に湯呑を置き、膝の前に両手の指先をついては丁寧に頭を下げるあかり。そしてゆっくりと頭を上げると、その軌道上に設置されたつむぎの手刀へとチョップの形で誘われた。


「ひゃんっ――」

「堅い。もっと砕けて話せよ、こっちが疲れる。気楽にいこうぜ」

「しょ、精進します……」


 頭をスリスリと撫でるあかりに、あぐらを組んでは両手を後ろについて気だるそうにするつむぎであった。

 

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